②
宿屋から出ると火狼は大きくため息を吐く。
「あ~あ……旦那ってばホント人使い荒いぜ~。そう思わねぇ?」
「……俺…わからない」
「……聞く相手間違ったな。他にいねぇけどさ」
同意をもらいたかったが、未月相手だとそれも難しい。
しかし聞く相手も未月しかいない。
その現実に火狼は更に肩を落とし、再度ため息を吐いた。
「あ~……幸せ逃げそう。つっても、遅くなったら旦那怒るしな~。よし!二手に別れようぜ。俺は武器調達。お前は薬屋。その方が早い」
「……俺…薬屋」
「そ。風邪薬と解熱剤と腹痛薬。あとは頭痛薬…これくらいでいいだろ。ほい。こんだけあれば余る余る」
火狼は預かった札束から未月に数枚渡す。
一枚でも十分足りるだろうが、火狼も細かい事は気にしない。
「……薬を…買う」
「そっ。確か薬屋は…そこの角を右に曲がった先にあったぜ。それが今回の任務な。出来るだろ?」
「っ、……俺の任務…遂行する」
任務という言葉に未月は大きく反応した。
未月は新たな任務を胸に、早足で目的地へと向かう。
「うわぁ~……めっちゃ単純。……………扱いやすくて……助かるねぇ」
未月の背中を眺めながらニヤリと呟く火狼。
すると火狼は武器屋がある大通りではなく、人気の無い裏通りへと一人進んで行く。
暗がりの中、一人歩みを進める火狼。
ふと立ち止まると、普段の火狼とはまるで違う声音で呟いた。
「…さて………出て来いよ。今なら俺しかいねぇ」
火狼が振り返ると、影の中から細く小さい炎が二柱上がる。
火柱から一人づつ、火狼と同じ黒装束の男が現れると火柱は煙となって消えてしまった。
現れた男達は火狼へと跪き、深く頭を下げる。
「お久しぶりです、頭領」
「来やがったな。この街に来た時から同胞の気配には気づいてたぜ。心配すんな。殺気は出てねぇから、他の奴等は気づいてねぇ」
「頭領。弐の姫暗殺の件は?」
「見てたんだから知ってるだろ?弐の姫は生きてる」
現れた男達……それは暗殺ギルド朱雀の一員だった。
当然、朱雀現頭領である火狼の部下でもある。
「頭領ほどの方が手こずるとは……やはり弐の姫は一筋縄ではいかぬ、と?」
「いや。姫さ…弐の姫は想造力こそ脅威だが、それ以外は普通の小娘と変わらねぇ。問題は従者の方だ」
「報告にもあった不死身の男、ですか。一体何者ですか?」
「それも詳しくはまだわからねぇ。わかる事といえば不死身の体。めちゃくちゃ強ぇ。その上、魔力も桁外れって事くらいだ」
火狼は指を一本づつ立てながら、部下達に言い聞かせる。
それは、ユージーンという男がどれだけ厄介か…どれ程の強敵かという事を含んでいた。
「弐の姫に仕えてる理由も知らねぇ。けど、弐の姫には絶対忠実で弐の姫の敵になる奴には容赦無い」
「厄介ですね。やはり我等が囮となり、従者を弐の姫から引き剥が」
「ダメだ。前に別の奴らにも言ったけどな。それは確実に失敗する。一度失敗した作戦は、二回目以降の実行が遥かに厳しい」
火狼は部下が言い終わる前に、その作戦を否定する。
ユージーン相手ならば、朱雀の者が何人かかろうが敵うはずもない。
仮にユージーンを蓮姫から引き離す事が出来たとて、蓮姫には想造力がある。
彼女が強固な結界を張ってしまえば、朱雀だろうと誰だろうと、蓮姫に傷一つ付ける事すら出来なくなる。
そうこうしてる間にユージーンが戻ってきて、朱雀の者は皆殺しにされるだろう。
「報告した通り今回の依頼は、慎重に慎重を重ねて俺一人の長期戦で行く。相手が相手だしな。朱雀として、これ以上の失敗は許されねぇが…人員を増やしたところで無駄な犠牲が出るだけだ。安心しろ。これでも俺は朱雀だ。俺が今の朱雀だ」
「頭領の腕を心配している訳ではありません」
「貴方は我等が頭領。貴方こそが朱雀。それは里の誰よりも強力な『朱雀の炎』が証明しております」
「つまり?他に言いたい事があるってんだな?言ってみろ」
部下達は火狼の腕を心配している訳ではない。
火狼の事は朱雀の頭領として信頼もしている。
今回の依頼、弍の姫暗殺も頭領ならば実行出来ると信じている。
ならば何が気がかりだと言うのか?
「依頼人の傍で控えている者からの報告です。未だ暗殺出来ずにいる事に対して、依頼人の苛立ちは増すばかり。『暗殺ギルド朱雀ともあろう者達が弐の姫一人に何を手こずるのか』と。頭領が単独で動かれる事も伝えましたが……里にも連日、催促の文が届きます」
「暇人だな、あの人も。まぁ…昔からのお得意様を、無下には出来ねぇよな」
「頭領。依頼人の方は頭領が説得するのでは?」
「あ?……あ~……んな事…言ったような…」
確かに火狼はあの禁所で(正確には禁所の外で)部下達に『依頼人の方は俺が何とかする』と言っていた。
しかし、いつまで経っても依頼人が納得した様子はなく、むしろ朱雀への不信感すら増している。
「あぁ~……めんどくせぇ。どうすっかな~」
火狼は心底嫌そうにため息を漏らす。
部下達も依頼人の態度や文には困っているのか、火狼と同じ心境で顔を見合わせた。
しかし相手は依頼人であり、先代からのお得意様。
無下にする事など出来るはずもない。
火狼は嫌々ながら頭を捻る。
そして、とりあえずの処置として懐からある物を取り出した。
「……じゃあ…とりあえずコレやっとけ」
それはユージーンから預かった札束だった。
「は?金…ですか?」
「あぁ。あの人からすれば、はした金だけどな。今回は俺の独断で依頼決行を遅くしてる。それの侘びだ、とでも言っておけ」
「納得…するでしょうか?」
「してもらわねぇと困る。ギルドの朱雀が逆に金払ってでも時間かけるって言ってんだからな。それと今から言う事も伝えておけ。あ、ちゃんと敬語に直せよ」
火狼は部下の一人に札束をしっかりと手渡すと、その目を見据えて言葉を続けた。
「俺は禁所から弐の姫と行動を共にして来た。結果、弐の姫は俺を少しづつ信用してきてる。これからも俺一人が弐の姫の傍で仕えるフリをして、深い信用を得る。そうすれば暗殺出来る機会は必ず来る。確実に弐の姫を殺す事を約束する。だから依頼に集中出来るように裏でかけた弐の姫の賞金も消してくれ。下手な賞金稼ぎより確実に仕事をする。時間をかける代わりに代金は半額でいい。それと、こっちの都合で遅くした分、ささやかな金を受け取ってくれ。依頼人にはそう伝えろ」
「わ、わかりました。…ですが頭領。もう一つだけお聞かせ下さい」
「なんだよ。まだ何かあんのか?」
いい加減、彼等との話すら面倒になってきた火狼。
だが部下は何処か思いつめた表情で火狼を見つめた。
「頭領は何故…今回の依頼を受けられたのですか?」
「は?そりゃ相手がお得意様だからで」
「だとしても…今回の依頼は朱雀にとって危険過ぎます。頭領の腕を疑う事はありえませんが、弐の姫を殺める事…いえ、弐の姫暗殺の依頼を受けた事が女王陛下のお耳に届きでもしたら……朱雀は終わりです」
「そんなヘマはしねぇ。誰にもバレてねぇしな」
実は対象者である弍の姫や、厄介な従者であるユージーンには既にバレている。
むしろ火狼自身が自らの素性をバラした。
その上、他にも朱雀が弍の姫暗殺依頼を受けた事を知っている者もいる。
「あ、色々あって青葉は知ってる。だけどな、あいつは青龍さんに話したりしない。仮に青龍さんにバレて四大ギルド全ての頭領に話がいったとしても、そこから漏れる事はねぇ。四大ギルドの結束の固さはお前等も知ってるだろ」
「し、しかし…」
「安心しろ。今回の依頼…朱雀の為でもあるからな。俺が言えるのはそれくらいだ。これも口外するなよ。後は何聞かれようと話す気はねぇ」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら……我等は頭領を信じるだけです」
正直、腑に落ちない。
だが、これ以上問答を重ねても火狼は本当に何も告げないだろう。
渋々ながらも部下達は頭を下げた。
「よし。それともう一つ。さっき言ってた従者だけどな…いつだって俺の行動を見張ってやがる。今はたまたま俺一人の行動が許されたが…またいつ一人で動けるかもわかんねぇ。今後は一切の接触は無用だ。何かあったら俺から連絡する。いいな」
「頭領の仰せのままに」
「よし。なら俺はそろそろ行く。前にも言ったけど、お前等は他の依頼や里の事、残火の事を頼むぜ」
「……あ………は、はい」
部下は火狼に何かを言おうとしたが、それを飲み込みただ返事をする。
火狼もその様子が気にはなったが、あまりこんな所に長居は出来ない。
「じゃ、頼んだぜ~」
火狼は部下を背中に、ヒラヒラと手を振ると大通りへと戻って行った。
「おい。いいのか?残火様の事を頭領に言わなくて」
「言ってどうなる?それに頭領は先代の忠臣を消し炭にしたんだ。残火様が今回の事を知り、里を飛び出したと聞いたら……俺達が頭領に消される」
「…それも…そうだな。頭領は残火様に一切の依頼を受けさせる気が無い。それが余計に残火様の逆鱗に触れたようだが。親族でもある残火様に殺しをさせないとは…頭領は何をお考えなのか…」
「頭領の考えが読めないのは今に始まった事じゃない。案の定、何も話してはくれなかったしな。俺達は里に戻って他の依頼をこなすだけだ」
部下達から離れ大通りへと足を運んだ火狼。
彼は今、自分の犯した過ちの重大さに頭を悩ませていた。
(やっべぇ~!超やべぇよ!成り行きで有り金全部やっちまったけど…このまま戻ったら旦那に殺される!俺も知らねぇえげつねぇやり方でジワジワ殺されるー!!)
ユージーンから預かった金は全て部下達に渡してしまった。
本当なら彼はこれから武器を調達しなければいけない。
それも彼が恐れるユージーンの命令で。
その資金を自分から捨ててしまったのだ。
(ど、どうするよ!?本当の事言って…………言っても殺されるだろ!?でも俺のおかげでこの大陸に姫さん狙う奴は来なくなるじゃん!やっぱ言ってむしろ褒めて………は、くれないな!絶対ありえないな!)
街ゆく人々は一人で頭を抱えて百面相する火狼をジロジロと、時にはヒソヒソと何かを言いながら見つめる。
怪しい事この上ない。
だが何処からどう見ても怪しい本人は、いたって大真面目だ。
(と、とりあえず!これで姫さんの賞金は無くなる!無駄な賞金稼ぎも刺客も朱雀の奴等も来ない!今までより姫さんの道中は安全になる!なってもらわなきゃ困る!同胞に嘘までついて…………)
そこまで考えて火狼はふと動きを止める。
しばらくそのまま固まっていたが、スっと頭にあてていた両腕を解放し自嘲気味に呟いた。
「………嘘つきは…今に始まった事じゃねぇか」
火狼は蓮姫達と過ごしている間も、いくつも嘘をついてきた。
それは相手が弐の姫だからではない。
相手が誰だろうと平然と偽る。
彼はそうやって生きてきたのだ。
(さて…姫さんの前の俺と頭領としての俺…どっちが本物か。それとも…どっちも嘘…なんてね。いいさ。俺は俺にだけは嘘つかねぇ。いつだって俺は、俺のやりたいようにやるだけだ。…残火の為にも…)
フッと空を見上げて微笑む火狼。
その姿は今までの怪しさとは無縁で、いっそ清々しく感じられた。
が、それも一瞬。
「……で、やりたいようにやった結果……無一文。……や、ヤバい」
自分が置かれている状況を思い出し、再度冷や汗をかく。
自分の行動に後悔はしない主義だが、それを覆す程にユージーンは恐ろしい。
(なんか土産でも買って……土産買える金なんてそもそも無ぇっつの!大体旦那の好物も欠点も知らねぇし!……ん、旦那の好物といや……旦那はいつも食堂で……)
火狼はユージーンの普段の行動を思い返す。
彼がいつも食堂でどのように振る舞っていたか、を。
(……もしかしたら……責められるのは俺だけじゃない…かも?…………と、あれは…正規の武器屋じゃねぇな。流しの武器商人か?)
目的の武器屋に行く途中、武器を扱う小さな露店を発見する。
小さなテーブルや後ろの幕に飾られている武器の数は少ないが、質は悪くない。
値段も手頃な物ばかりだ。
しかしどれだけ手頃な値段だろうと、たたき売りされていようと、今の火狼は金を持っていないので関係ないが。
しかし火狼は何かを思いついたのか、上機嫌で露店へと足を運ぶ。
「よーっす!景気はどうよ?」
「おう兄ちゃん!いらっしゃい!景気はボチボチだねぇ。なんせ近くに青龍の造った武器を売る白虎の店があるんだ。安物でもいいって客は来てくれるから…一応商売にはなっとるよ」
「ふんふん。そうだよな。ここじゃ売れねぇよな~」
店主の言葉を聞き、火狼は一つの作戦を思いつく。
「おっさん流しだろ?いつまでこの港街にいるんだ?」
「あんまり売れないからねぇ……明日か明後日にでも街を出ようかと考えてるよ」
その言葉に火狼はニヤリと微笑む。
「実はさ…俺って知り合いに白虎の奴等が何人もいる訳。そいつらから聞いた噂だけど…やっぱ流しの商人や露店に困ってるらしいんだわ」
「お互い様だな」
「で、明日にでもこの街にガサ入れが来るらしいぜ。露店を取り仕切ろうって魂胆さ。おっさん、ここで会ったのも何かの縁だ。今日中にここを離れた方がいい。他の街や村の方が売れるさ」
それは勿論、火狼の大嘘だ。
だが彼の作戦としては、この店主にこの場を離れてもらいたかった。
「それが本当なら…確かに店をたたんだ方がいいが…兄さん、なんで教えてくれるんだい?」
「ん?おっさんが丁度街を出るって言うからさ、なんなら一軒くらい助けてやろうと思ってね」
「そうかい?まぁ何にしても長居は無用だな。感謝するよ兄さん」
礼を告げて店仕舞いを始める店主。
その様子を火狼は満足気に眺めていた。