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女王の思惑 4





「それではユリウス様、チェーザレ様。これで失礼致します」


「蒼牙殿。お話し下さったこと感謝します。お気をつけて」


蒼牙は全てを語った後、頃合いを見て城へと戻ることになった。


チェーザレは蒼牙を見送り扉を閉めると、椅子から立とうともしないユリウスへと振り返る。


「どう思う?ユリウス」


「どう思う?…と言われてもねぇ。一体どれの事だい?蓮姫が想造力を自在に操れる事?反乱軍を何人も殺した事?それとも…ユージーンとかいう男の事?」


「…………全部だな」


「…ま、当然だね」


チェーザレも椅子へと腰掛け直すと、新しいお茶を淹れ語りかけた。


「女王と姫だけが扱える力、想造力。恐らく禁所を解放した時は、既に想造力を操れていたんだろう」


「正直、成長が速すぎる気もするね。それこそ壱の姫はそれだけの力、使えるとは思えない。全然知らないけどさ」


「想造力の事はまだ分かる。玉華の民を救った事も。……しかし…」


その先を口にしたくないのか、話すのを途中で止め、チェーザレはティーカップへと口をつけた。


そんな弟の代わりにユリウスが言葉を続ける。


「相手が反乱軍とはいえ…蓮姫は人を殺した…か」


「っ、ゲホッゲホッ!…ユリウスっ!」


ユリウスの言葉に激しく咳き込むチェーザレ。


涙目ながらも強く兄を睨みつけるが、ユリウスは立ち上がると「大丈夫?」と背を撫でてやる。


「怒らないでくれ。綺麗な顔が台無しだっていつも言ってるだろ?俺だって正直戸惑ってるよ。でも……蓮姫の事だから…楽しんだり、妥協(だきょう)したりで殺した訳じゃないさ」


「…当たり前だ」


咳が落ち着き、ユリウスが椅子に座り直すのを見届けるとチェーザレは深呼吸してから呟く。


「蓮姫の事だ。迷って、悩んで、考えた末の行動だろう」


「もしくは、そうしなければ…いや、強くならなきゃ生きていけない状況に直面したのかもね。それも何度も、さ。その中で苦しんで、傷ついて、覚悟を決めたのかも」


蓮姫は弐の姫というだけで、何度も命を狙われる事があった。


ユージーンという強い従者がいて、彼女自身も結界を張る事もできる。


だが蓮姫は自分だけが手を汚さず、安全な結界に(こも)っている道を選ばなかった。


従者と共に戦う道を選んだ。


蓮姫と長らく離れていたユリウスだったが、その勘は見事に当たっていた。


やはりチェーザレも同様の考えらしく、苦々しげに語る。


「結果、蓮姫はまた傷ついただろう。蓮姫は人を殺して平然と出来る奴じゃない。どんなに強くなろうが、変わろうが……人は本質まで変わらない」


「変わってほしくない、の間違いじゃない?…だから、図星言われたからって睨まないでくれるかな。君の考えは俺と同じだから、わかっちゃうんだよ」


「……嫌味な奴」


「その分、弟が素直だからね。……さて…一番気になる事だけど」


「ユージーンとかいう男の事か?……一体何者だ?」


蒼牙からの報告にあったユージーンの情報は、簡単にまとめると以下の通り。


・蓮姫のヴァル候補であり蓮姫自身も彼を信頼している。


・蓮姫にとても忠実だが、蓮姫が戦う事も反乱軍を殺す事も止めはしなかった。


・戦闘能力は高く詠唱無しで洞窟内を凍らせる程の魔力を持つ。


・とても美しい容貌をした男。


「……謎だよね。普通なら『弐の姫のヴァルになりたい』なんていう(やから)はそういないから」


「その上、蒼牙殿の話通りの実力なら…何故わざわざ弐の姫である蓮姫に仕えているのか」


「それもただの従者じゃなくて、ヴァルとして、だからね」


「本心で蓮姫に仕えているのか……もしくは何か目的があるのか…」


「それこそ……俺達にはわかるはずもないけどさ」


ユリウスとチェーザレは首を捻りながら、お互い答えの出ない問いを繰り返す。


先の見えない問答にユリウスは両腕を組みながら、う~ん、と(うな)る。


考えたところで、この場で答えなど出るはずもない。


だが、蓮姫の側にいる男の存在を気にするな、というのも無理な話。


チェーザレはわざとらしく唸る兄を見て、呆れたようにため息をつくとティーカップを再び持ち上げた。


「蒼牙殿の話からすると、蓮姫もそのユージーンとやらを信頼しているんだ。私達がここで詮索(せんさく)しても仕方あるまい」


今度こそむせる事無く安全に甘いお茶を口に含む弟を見て、ユリウスはニヤリと口角を上げた。


そしてチェーザレの喉がコクリと動き、お茶を飲み込んだのを確認すると、両肘をテーブルにつきニヤニヤと話しかける。


「チェーザレ~……もしかしなくても…妬いてる?」


「なっ!?何を言い出すんだ!?」


「ははっ!やっぱり?また図星だよね?ホント可愛いな~、俺の弟は」


顔を真っ赤に染める弟の姿に、ユリウスは腹を抱えてカラカラと笑う。


とても楽しげなその様子に、チェーザレは本気でいつかのように、純金製の置時計を頭にくらわせたくなった。


「…ユリウス」


「ははっ、怒らないでよ。じゃあ聞くけど…妬いてないの?」


「……………別に」


「ふ~ん………俺は凄く妬いてるのに」


「………は?」


思いがけない兄の言葉にチェーザレはポカンとする。


お互いの思考がわかるといっても、発言まで予測出来る訳では無い。


ユリウスも自分と同じなのは知っていたが、まさか馬鹿正直に言うとは思ってなかった。


「あれ?まさかお兄様の言葉を信じてないのかい?」


「……まさか。お前が言ったんだろう。私とお前の考えは同じだと。そもそも…お前は私に嘘はつかない」


「ふふ。うん。俺は君に嘘はつかないよ。君だってそうだろう。だから君には何でも話す。隠していても意味無いから。何より俺がチェーザレに隠し事なんてしたくないから。だからこそ言うよ……(うらや)ましいよね、そのユージーンがさ」


ユリウスは頬杖をつくと戸棚へ目を向けた。


正確には戸棚の中に片付いてある割れた水色のカップを。


「ずるいと思わない?蓮姫と最初に心を通わせたのも、一緒に過ごしたのも俺達だったのにさ。でも能力者ってだけで、俺も君も蓮姫と離れる事になった。なのに、そのユージーンは俺達のかつての場所に…蓮姫の隣に平然といるんだ。俺は彼が羨ましくて仕方ないね」


「……ユリウス」


「俺達に残されたのはあのカップだけ。勿論、蓮姫が俺達を忘れたとかは思ってないよ。蓮姫を想う気持ちだって変わってない。でもさ……顔も知らないユージーンとかいう美形に妬くぐらい…いいでしょ」


そう口を(とが)らせるユリウスに、チェーザレも苦笑するしかなかった。


自分の気持ちを全て代弁してもらったようなものだ。


チェーザレだって、顔も知らないそのユージーンが羨ましい。


そのユージーンが女だったり、もしくはヴァルではなくただの従者なら、ここまで妬くことはなかったかもしれないが。


しんみりとした空気が部屋の中を包む。


しかし次の瞬間、ユリウスはガシガシと両手で頭を掻きむしりながら、天井に向けて早口でまくし立てた。


「その上、蒼牙殿の話だと蓮姫の傍にはもう一人従者がいて、そいつも男だって言うじゃないか!もしかすると…まだ男が従者として加わるかもだし!」


蓮姫と遠く離れているというのに、ユリウスは先程から的確に蓮姫の様子を言い当てる。


勿論、それは彼の予測…むしろ外れてほしいただの勘だが。


既に蓮姫の元には、新たな男が仲間に加わった事を彼等が知るはずもなく…いや、知らない方が良い。


「まったく!そんなふしだらな子に育てた覚えはない!って、蓮姫が戻って来たら叱ってやらなくちゃいけない!」


「……叱ったところで『ユリウスに育てられた覚えはない』と一蹴されるだけだと思うぞ」


本気なのか、冗談なのか?


いや、半分本気で半分冗談といったところだろう。


ギャンギャンと騒ぎ続けるユリウスに半ば呆れてため息をつくと、チェーザレは壁にかかった世界地図を眺めて呟く。


「蒼牙殿の話によると、蓮姫の次の目的地は……大和(やまと)か」


「……ついに大陸を渡ってしまうんだね。ホントに……どんどん遠くに行ってしまう気がするよ」


「……そうだな」


ユリウスも騒ぐのをやめ、眉根を下げて呟く。


二人の声からも表情からも寂しさが伺えた。


遠くに行ってしまう。


それは物理的な距離の事か……それとも。


しかし直ぐにユリウスはいつもの笑顔を浮かべると、元気よくチェーザレに言い放った。


「大丈夫だよ。蓮姫は必ず帰ってくる。元気な姿で。姫として成長してさ。俺達は待っていよう。ただこの王都で。この共に過ごした塔で」


それは奇しくも母である女王麗華と同じ言葉。


しかし麗華よりも数倍、愛しさがこもっている言葉。


そんな兄の様子にチェーザレも笑みを浮かべ、ゆっくり頷いた。


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