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女王の思惑 3


「それにの……ソフィアの事もある」


「ソフィアが?…何故ソフィアが関係あるのですか?」


急に発せられた従姉妹(いとこ)の名前に戸惑うレオナルド。


まさかまだ…この女王はあの幼気(いたいけ)な従姉妹に何かするつもりか、と。


だが麗華は憂いた表情のまま言葉を続ける。


「ソフィアは蓮姫が王都に居た頃から、蓮姫を慕っておった。それは他の貴族も知るところ。それ(ゆえ)に…ソフィアは他の貴族やその令嬢達から軽んじられ、敬遠されておる。それは…そなたも知っておるのではないか?」


「…それは……」


麗華に問われレオナルドは言葉に詰まる。


その通りだったからだ。


地位の高い貴族令嬢達はお互い集まり、優雅なお茶会を定期的に(もよお)している。


蓮姫がこの世界に現れる前、ソフィアは他の令嬢達とお茶会や談笑を楽しんでいた。


しかし叔父が弍の姫の後見となり、また従兄弟まで弐の姫の婚約者となった事から彼女を取り巻く環境は変わった。


ソフィアも弐の姫を支持する関係者として、他の貴族達から認識されるようになったからだ。


ソフィアの周りにいた令嬢達は、あっという間に彼女から離れていき、お茶会にも一切誘われなくなった。


当のソフィアは毎日のように公爵邸へ、蓮姫やレオナルドを訪ねていた為にお茶会などに出る暇もなかったが。


それに、どれだけ他の貴族達にヒソヒソと悪い噂を囁かれても、ソフィア自身は気にしなかった。


どうせ噂など直ぐに別の噂によって流されてしまう、と。


自分や家族が悪く言われていようと、そんなものは今だけだ、と。


もしかすると、ソフィアは誰よりも早く、蓮姫の本質を見抜いていたのかもしれない。


ユリウスとチェーザレがそうだったように、何の偏見(へんけん)もなく蓮姫本人を受け入れていた。


それほどまでにソフィアは蓮姫を慕っていたのだ。


かつての友人……いや、上部だけの付き合いをしていた者達が離れても、ソフィアは構わなかった。


ソフィアにとって、ただお茶を飲み噂話に興じる貴族令嬢達との時間より、蓮姫と過ごす時間の方が遥かに楽しく大事だったから。


しかし……ソフィア本人が気にしなくとも、コレット侯爵家の評判が落ちたことも、ソフィアが(かろ)んじられているのも事実。


「レオナルドよ。そなたにとって蓮姫はとても愛おしく大切な存在じゃろう。しかし、それはソフィアとて同じなのではないか?そなたはソフィアを実の妹のように慈しんでおるのだから」


「…陛下の…おっしゃる通りです」


「ならばソフィアの為にも、そして自分自身の為にも、一度蓮姫との婚約を解消するのも一つの策と言えよう。なにも婚約を破棄(はき)する訳では無い。一時的な解消にすぎん。蓮姫が王都に戻った際、再びそなた達の婚約を結ぼうと妾は考えておる」


「……蓮姫が…戻るまでの間……一時的なもの…」


あくまで一時的なものだ、という言葉にレオナルドの心は揺らぐ。


確かに、女王の言っている言葉も一理ある。


自分が他の貴族に軽んじられたままでは、蓮姫が戻ってきた時に彼女の評価を更に下げる要因にもなりかねない。


それにソフィアの評判が、何も知らぬ貴族達によって勝手に下げられているのも、本心では我慢ならなかった。


ソフィアは侯爵家令嬢という、貴族の中でも高い立場。


本来なら他の貴族に(うやうや)しく振る舞われる存在なのだから。


揺れ動くレオナルドに、麗華はとどめの一言を告げる。


「これはそなたの今後の活躍、そして蓮姫の成長を期待してのことじゃ。二人の未来の為にも…妾は必ず、蓮姫が戻った際に再び婚約を申し付ける。誓っての」


「陛下……勿体(もったい)ないお言葉です」


「のうレオナルド。妾の意見…聞き入れてはくれまいか?」


あえて命令ではなく、力なく問いかける麗華。


絶対的な女王としての態度をとらずに、蓮姫とレオナルド、二人の将来を心配する一人の女として振る舞う。


それはあくまで、フリでしかない。


レオナルドが受け入れやすいように、わざと優しげに、弱々しい姿を見せる。


玉華でソフィアを巻き込み、蓮姫を傷つけた女と同じとは思えないほどに。


そしてレオナルドは一度ゆっくり深呼吸すると、女王へと深く深く頭を下げた。



「…陛下の……ご意思に従います」







レオナルドが謁見室を去った後、麗華は楽しげにサフィールへ声をかけた。


「ふふふ。レオナルドは単純で可愛い奴じゃ。そうは思わぬか、サフィ?」


「陛下に対して無礼な振る舞いを多くした事は、可愛いどころか大変(たいへん)遺憾(いかん)に思いますが…陛下のお望み通りに婚約解消を受け入れた事に関しては、最低限の礼儀を払ったと言えましょう」


「おやおや、随分と辛口じゃのう」


サフィールの呆れた口調にも、麗華はクスクスと楽しげに笑う。


それはまるで悪戯(いたずら)が成功した子供のように、無邪気な笑顔だった。


そんな麗華の笑い声を聞き、サフィールも笑みを浮かべる。


「弐の姫にとって後ろ盾である、公爵家との関わりを消してしまうとは。これで本当に、王都の貴族社会において弐の姫の味方はいなくなりました。王位継承者としての立場は更に弱くなる。陛下の与える罰、とても理にかなっておりましょう」


「おや?サフィは気づいておらなんだか?妾が蓮姫に与えた罰に」


「……弐の姫とレオナルド殿の婚約解消こそが、陛下が弐の姫に与える罰なのでは?違うのですか?」


麗華の言葉に首を傾げるサフィール。


麗華が蓮姫に与えた最後の罰……正確には、麗華が長年欲していたユージーンをいとも容易く奪い去った事への罰。


それはレオナルドと蓮姫の婚約解消。


サフィールは弍の姫から後ろ盾を無くし、蓮姫を完全孤立させることこそが罰だと思っていた。


しかし麗華が与えた罰の真意は、そのような政治的な事では無い。


今回与えられる罰は非常に単純なもの。


そして何より……女性的な怖さを秘めたものだった。


「ふふふ。ソフィアを通じて感じたのじゃ…一方通行に近いが……蓮姫とレオナルドはお互い愛しあっておった。とても健気(けなげ)で、いじらしいほどにの」


「弐の姫もレオナルド殿を?ではお互い、利益とは関係なく想いあっていたということですか?」


「そうじゃ。蓮姫はレオナルドを愛しておった。そして蓮姫は……妾から愛しい男を奪った。じゃからの…妾も蓮姫から愛しい男を奪ってやる事にしたのじゃ」


ふふふ、と満足そうに告げる麗華。


それは罰というよりも、仕返しに近いもの。


「ですが陛下。弐の姫が王都に戻った際には、婚約を再び結ばれるのでしょう」


「そうじゃ。その約束はきちんと守る。しかし……今回の事は直ぐに王都に、いや世界に広まる。近いうち蓮姫の耳にも届くことになろう。果たしてそれは……事実と同じように伝わるかのう?」


「……人の噂とは事実よりかけ離れたものが流れやすい。恐らく今回の件も、事実とはねじ曲がって伝わりますね」


麗華に真意に気づいたサフィールも、ニヤリと口角を上げる。


「事実としては『レオナルド殿は陛下の(めい)を渋々(しぶしぶ)受け入れ弐の姫との婚約を一時的に解消した』に過ぎません。ですが…人の噂とは当てにはなりませんからね」


「蓮姫の耳に届く頃には、どのように変わっておるかのう?そしてその噂を聞き、蓮姫はどう思うか?どのように傷つき、レオナルドへ想いを馳せるか?……なによりそんな蓮姫が…王都に戻った際に婚約を再び命じられて、素直に頷けるものか……ふふふ」


蓮姫の姿を想像しながら麗華とサフィールは笑い合う。


とても愉快に……楽しげに。


「蓮姫よ。愛しい男を奪われる苦しみ……とくと味わうがよいぞ。ふふふ 」


「陛下の思慮深さには感服致します。これが罰などと……誰にも、それこそ弐の姫本人も気づかれぬことでしょう。…しかし……それほどまでに憎いのであれば、早々に弐の姫から王位継承権を剥奪(はくだつ)なさっては?」


「おや?妾は確かに蓮姫を憎んでおるが………同時に蓮姫を深く愛しておる。王都に居た頃からあやつの行動は見ていて飽きんかった。そして蓮姫は着実に成長しておる。それは壱の姫である凛を既に上回っておるかもしれん」


この世界に来てから大切に扱われ、それこそ王都から出た事はあのロゼリアに行った時だけの凛。


殆どの時間を城で蘇芳と過ごすか、貴族達とのお茶会やパーティーに参加するだけ。


壱の姫という肩書きに群がる貴族達に、もてはやされる日々を送っている。


この世界の歴史、帝王学、習慣、行事なども学んでいるが、あくまで壱の姫に甘い家庭教師達に囲まれてだ。


想造力も一応使えるだけで、殆ど使ったことは無い。


彼女に仕えたがる軍人も多く、王都の軍は、蒼牙が率いている部隊など一部を除いて、既に壱の姫が次期女王となると考えており率先して護衛にあたりたがる。


蓮姫とは違い自らが先陣切って戦う事も無いため、護身術すら受けてはいない。


「壱の姫である凛よりも、弐の姫である蓮姫の方が、遥かに次代の女王として相応しいかもしれんな」


「陛下。滅多な発言は混乱を招きかねません。お控え下さい」


「すまぬすまぬ。じゃが……妾は蓮姫の更なる成長を、心から期待しておるよ」


麗華は玉華から立ち上がると、王都を見渡せるバルコニーへと足を運ぶ。


サフィールは止めることもせずに、ただ麗華の背中を眺めていた。


麗華は王都を見渡した後、王都の奥に広がる地平線を眺めポツリと呟く。



「失恋してこそ女は強くなるもの。蓮姫よ……そなたがどれほど強くなって戻るか……妾は楽しみに待っておるぞ。……この王都で…この玉座での」




【忌み子の塔】


女王がレオナルドの謁見を受けていた頃、忌み子の塔にも客人が来ていた。


それは前回のように麗華からの使者などではなく、珍しくユリウスとチェーザレが訪問を歓迎する人物。


力強いノックが聞こえ、いつものようにチェーザレが扉を開く。


ちなみにユリウスは立ち上がる事もせず、呑気にお茶を飲み扉を眺めていた。


だが、開かれた扉の先にいた人物の姿に、一瞬目を丸くする二人。


「蒼牙殿!王都に戻られたのですか?」


「はい、チェーザレ様。お変わりないようで何よりにございます」


双子を訪ねてきたのは、かつての師でもある蒼牙だった。


能力者である自分達に臆することなく、親しげに接してくれる数少ない人物にユリウスも気楽に声をかける。


「変わりなんて何もありませんよ。どうぞ蒼牙殿。質素な我が家ですが、お入り下さい。今お茶を淹れましょう。あぁ、安心して下さい。チェーザレではなく俺が淹れますから」


「…ユリウス……」


チェーザレが淹れてしまえば、それはもはやお茶ではない。


軽く兄を睨むチェーザレだが、蒼牙は苦笑しながらも内心ユリウスに感謝した。


蒼牙が席に着いたのを確認すると、チェーザレも自分の椅子へと腰掛ける。


「どうぞ。王都にはいつ頃お戻りに?もう母上への報告は済んだのでしょう」


「ありがとうございますユリウス様。実は到着したのはつい先程でして、陛下へはこの後に謁見を申し込む次第にございます」


「おや?蒼牙殿にしては珍しい。真っ先に母上の元へ報告に行かないとは」


蒼牙は忠実なる女王の臣下であり、軍をまとめる元帥でもある。


今回は多くの軍を動かした訳では無いが、女王の側を離れ、尚且つ勅命も受けていた。


「陛下の元には直ぐに参るつもりでした。しかし……サフィール殿に止められまして」


「サフィール殿に?」


「はい。陛下は先にレオナルド様からの報告を受けられるので…私は後ほど参るようにと」


「レオナルド殿ね……そういえば彼も玉華へ行ったんでしたっけ。母上は何をお考えなのか…」


そう呟くユリウスはチラリとチェーザレへ目線を送る。


チェーザレもユリウスの目を見つめ、お互い考えている事はやはり同じだと頷く。


((どうせ、ろくな事じゃない))


「では蒼牙殿。単刀直入にお聞きします。蓮姫の事をね」


「おいユリウス」


「だって蒼牙殿が城で待機してないで、わざわざこんな所まで来たんだ。あ、歓迎してるんですよ。蒼牙殿ならいつだって歓迎します。なんたって俺達の師ですし。で、俺達に会いに来たのは蓮姫の事を伝えようと考えたから。…違います?」


「……ユリウス様のおっしゃる通りです。ユリウス様もチェーザレ様も、弐の姫様とは懇意(こんい)にされておりましたので。陛下と同じく、弍の姫様の現状を知るべきだと…勝手ながら足を運ばせて頂きました」


「お心遣い、感謝します。蒼牙殿」


蒼牙の申し出に素直に礼を告げるチェーザレ。


ユリウスも口にはしないが蒼牙へと頭を下げる。


蓮姫は今、何処で何をしているのか?


まだ一人で苦しんでいるのか?


蓮姫は元気にやっているのか?


(はや)る気持ちを抑えつつ、二人は蒼牙の言葉を待つ。


しかし当の蒼牙はなかなか口を開こうとはしない。


「……蒼牙殿?どうされました?」


「っ、…申し訳ありません、チェーザレ様。弐の姫様の事なのですが……」


言い淀む蒼牙に、内心焦るユリウスとチェーザレ。


そんな二人の様子に気づいた蒼牙は、慌てたように口を開いた。


「いえ!弐の姫様は息災にございました!それは真です!……しかし…その……」


「蒼牙殿。蓮姫の事ならば、どんな些細な事でも、言い難い事でも…俺達は知りたいんです」


「……ユリウス様」


「私もユリウスと同じ気持ちです。どうか蒼牙殿、お聞かせ願いたい」


真剣な四つの眼差しを受け、蒼牙はゆっくりと語り出す。


「弐の姫様は……変わられました。それが良い事か、悪い事か……正直私には判断しかねる部分もございます」


「軍の最高司令でもある元帥ならば、思う事も多いでしょう。しかし俺達は蓮姫の友です」


「私達は王都を出る事すら叶いません。出来る事と言えば、蓮姫の無事を祈る事のみ。だからこそ……包み隠さず、全てをお教え願いたい」


「……分かりました。お話致しましょう。弐の姫様のこと…そして玉華で起こった事を…」

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