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女王の思惑 1


蓮姫達が玉華の地を(あと)にした次の日。


飛龍元帥の少数部隊は王都へと帰還する事になった。


レオナルド、ソフィアを共に連れて。


その知らせを受けた日の晩。


現女王麗華は、蒼牙との逢瀬(おうせ)の場所でもある城内の庭園、東屋(あずまや)へと足を運んでいた。


薔薇の花弁(はなびら)を撫でながら妖艶(ようえん)に微笑む麗華は、誰が見ても美しい女神のよう。


「ふふ。反乱軍は無事に玉華から消えた。……あやつも、もうすぐ帰ってくる。楽しみじゃなぁ」


嬉しそうに呟く麗華の顔は、女神から恋する少女のように変わり、無邪気ささえ感じられる。


純粋に、愛する男が自分の元に帰ってくる事が嬉しいのだと。


後ろに控えていたサフィールは眼鏡を片手でカチャリと正す。


「使いの話では元帥達は三日後に到着するとのこと。ソフィア嬢が天馬に不慣れなせいで、休憩をとりながら帰ってくるそうです。まったく……考えなしの貴族の令嬢はこれだから……元帥達もいい迷惑でしょう」


「じゃがのサフィ。今回のことはソフィアがいたからこそ、蓮姫に罰を与える事が出来たのじゃ」


サフィールに向き直り微笑む麗華。


その笑顔は純粋無垢(じゅんすいむく)に見えるのに、美しく()を描く口からはとんでもない発言が飛び出す。


「ソフィアが甘やかされた単純な小娘だからこそ、(わらわ)の望み通りにことが運んだ。(わらわ)のメイドをわざわざ侯爵邸へと忍ばせ、ソフィアに蓮姫やレオナルドの事を教えた甲斐(かい)があったというものよ」


あの時……レオナルドが王都を出発する日に、ソフィアがメイド達から話を聞いたのは偶然ではない。


ソフィアが無理にでもレオナルドについて行こうとしたことも、メイド達がソフィアに話したことも。


全ては麗華の計画。


全ては麗華の手のひらの上で、ことは進んでいたのだ。


「陛下の望み通り、ソフィア嬢は直ぐに謁見を願い出ました。そして陛下はソフィア嬢に会われ……ソフィア嬢へと魔術を(ほどこ)した」


「抱きしめたソフィアの体は…ほんに小さく、未発達の少女その物じゃった。術をかける事はいとも容易(たやす)く……(いささ)か罪悪感も芽生えたがの」


「……御冗談を、陛下」


「おや?ふふ。そなたは何でもお見通しじゃの」


サフィールは知っている。


ソフィアのような純粋無垢な少女を利用しようとも、麗華の心に罪悪感など芽生えるはずもない事を。


自分の目的の為ならば他人の命など軽んじる。


だからこそ、キメラの実験は秘密裏に続けられ、蓮姫に罰を与える名目で関係のないソフィアを巻き込んだ。


そして他にも二人……犠牲になった者がいる。


「陛下。あのメイド達は?」


「あやつらは孤児での。15年前、反乱軍に襲われた小さな村を通った際、みすぼらしい姿で行き倒れておった。見かねた(わらわ)が拾ってやったのだ。それからは(わらわ)付きのメイドとして育て、傍に置いてやった。(わらわ)を恩人として(うやま)い、母のように慕っておった。ほんに可愛らしい者達じゃったの」


「……陛下。あのメイド達の身の上ではなく…その後、陛下の元へと戻ったあの者達はどうなったのですか?」


サフィールにしては珍しく、麗華へ問い詰めるような眼差しを向ける。


だが麗華は笑みを崩すこと無く非情な言葉を放った。


「あやつらならもうおらん。(わらわ)の元に戻ったその日に、首を吊って死んだからの」


「……恐れながら…陛下自らが手にかけられたのですか?」


「そう怖い顔をするでない、サフィ。(わらわ)は望んだだけじゃ。何の(うれ)いも残す事の無いよう、死んでくれ…とな」


麗華の言葉は真実だろう。


だが、いくら恩人とはいえ「死ね」と言われ素直に死ねる人間が、一体どれほどいるというのか?


記憶にしっかりと残る程に印象深い訳ではないが、サフィールの知る彼女達はごく普通のメイドだった。


いや、普通だからこそ記憶に残る事はなかったのだろう。


つまり自殺したとは考えられない。


サフィールの予想でしかないが、恐らく麗華は想造力でメイド達を操り、自ら死ぬよう仕向けたのだ。


だがやはり、麗華の心には罪悪感など湧くはずもない。


(わらわ)に拾われ、(わらわ)の傍で生き、最後は(わらわ)の役に立って死ねた。あやつらはきっと幸せであろう。そうは思わぬか?サフィ」


問いかける言葉とは裏腹に、麗華はそれが当然だと信じているのだ。


そして麗華の忠実なヴァルの一人であり、今では最も信頼され常に傍に置かれるサフィールが返す言葉など一つしかない。


「陛下のおっしゃる通りかと」


胸に手を当て、頭を下げるサフィールの姿に麗華は満足気に頷いた。


自分が否定されるはずがない。


自分が愛し、また自分を愛するこの男が自分を否定するはずないのだ、と。


「ですが陛下。そういう事は今後、私にお任せ下さい。陛下自らが手を汚される必要など無いのです」


「優しいのう、サフィ。じゃが、(わらわ)はあやつらの事をとても愛しておったのじゃ。…そして愛されておった。(わらわ)(みずか)ら手を下す事こそ、(わらわ)の愛情」


(かたよ)った自分の愛情表現を口にする麗華だが、サフィールも引くつもりはない。


「陛下。私は陛下を、心からお慕い申し上げております」


「知っておる。(わらわ)もそなたを愛しておるよ」


真っ直ぐと自分の目を逸らすことなく告げるサフィールに、麗華も微笑みながら答える。


だが、サフィールは眉を寄せながら言葉を続けた。


「ですからこそ、ただのメイド如きが陛下に殺されるなど…心中穏やかではいられません。激しく燃え盛る嫉妬の炎でこの身が焦がれるほどに」


「おやおや?そなたもほんに可愛らしい事を言うの。……仕方ない。今後はそなたに託す。よいなサフィ」


「…有り難き幸せにございます、陛下」


サフィールの言葉が余程嬉しかったのか、クスクスと笑う麗華のなんと無邪気でなんと美しいことか。


しかし、この場に蓮姫がいれば美しいのはその容貌だけだ、と感じただろう。


蓮姫が一番傷つく方法を罰として選んだ麗華。


そしてサフィールも、それを知っていながら止めようとはしなかった。


「それでは陛下。そろそろお部屋に戻りましょう」


「ふむ…そうじゃな。ここで待っていても、あやつが帰ってくるのはまだ先じゃからの。今宵はあやつへの想いを胸に独り寝とするか」


「……陛下」


「ほほ。そう怒るでないよサフィ。ほんの()(ごと)じゃ。(わらわ)は蒼牙を愛しておるが、そなたも同じくらい愛しておるのだから」


つい先程、嫉妬で狂いそうだと告げた相手に、他の男の話をわざわざして嫉妬心を(あお)る麗華。


サフィールの苦虫を噛み潰したような顔を見て、彼への愛しさが込み上げる。


「まったく…お(たわむ)れも程々になさって下さい」


「ふふ。そんなそなたじゃから愛おしい」


麗華はサフィールへと歩み寄ると、その顔にそっと触れる。


細長く美しい指が自分の頬や唇を撫でる仕草で、サフィールは麗華の意図を感じ取り麗華へと顔を近づけた。


麗華は目を閉じながらゆっくりと背伸びをし、サフィールの唇へと自分のそれを重ねる。


触れるだけの簡単なものだが、麗華の心は愛で満たされた。


かつて自分が欲した男が、自分を愛するようになった幸せで。


ふと数ヶ月前まで水晶に囚われていた、この世の誰よりも美しい男を思い出す。


あの男は唯一、自分ではなく他の女を…それも弍の姫を選んだ。


麗華はサフィールから唇を離すと、にこやかに告げた。


「サフィ。そなたが(わらわ)を愛してくれて、ほんに幸せじゃ。……あの女を殺したのは正解じゃったの」


麗華の言葉にサフィールはピクリ、と眉を動かす。


だがそれは一瞬で、直ぐに笑顔を麗華へと向けた。


「…………はい、陛下。私をあの人から解放して下さり、心から感謝しております。では、参りましょう」


それ以上は語らずに、サフィールは麗華を促す。


まるでその人のことには触れたくない、というように。


「陛下。弐の姫への罰は終わったことですし、今後は弐の姫ごときの為に力や時間を費やされることは」


「いいや」


「陛下?」


麗華が先程の話を続けないよう、わざと話題を変えたサフィールだったが、麗華は彼の言葉を遮る。


まさかまだあの話をするのか?と警戒するサフィールだが、麗華の口から出た言葉は意外なものだった。


「蓮姫への罰はまだ終わっておらぬ。此度(こたび)の罰は、蓮姫が(わらわ)のペットを殺したことへの罰。蓮姫にはまだ……罰を受けてもらう事がある」


「……と、申しますと?」



(わらわ)が愛し、心から欲していた男を奪ったこと。それについての罰じゃ」





【 三日後・王都、女王謁見室】


麗華は玉座に腰掛け、その者が自分の元に来るのを今か今かと待っていた。


扉が開かれサフィールが現れると、「ようやく来たか」と楽しそうに微笑む。


サフィールは一礼すると麗華へと訪問者の名を告げた。


「陛下、レオナルド殿が参られました」


「通すがよい」


サフィールは再度麗華へと頭を下げると、扉の向こうへと声をかける。


それを合図にレオナルドは謁見室へと足を運ぶ。


玉座へ続く赤い絨毯(じゅうたん)を進み麗華の前へと辿り着くと、女王へと跪いた。


「レオナルド=フォン=ヴェルト。只今玉華より帰還致しました」


「ご苦労、レオナルド。此度(こたび)のそなたの働き、実に見事じゃった。()めて(つか)わす」


「……恐悦(きょうえつ)至極(しごく)に存じます。…陛下」


レオナルドは頭を下げたまま苦々しく告げる。


麗華からは見えないが、レオナルドは奥歯をギリギリと噛み締めていた。


この目の前にいる女が、玉座に優雅に座る女王が、自分と父の祖先が……愛しい蓮姫を傷つけ、また何も知らない無邪気な従姉妹(いとこ)さえも利用した。


怒りで怒鳴り散らし、暴れたい衝動が全身を駆け巡る。


だが、相手はこの世界を統べる女王。


絶対的な力、想造力を自在に操れる女王。


そして自分は、その女王に仕える貴族の一人であり、多くの民を統べる公爵家の跡継ぎ。


レオナルドは次期公爵としての誇りと、蓮姫への愛で自分の衝動をなんとか抑えこむ。


「おやおや?言葉とは裏腹に、レオナルドは(わらわ)に何か言いたい事があるようじゃ。そうは思わぬか、サフィ」


いつの間にか玉座の隣へと辿り着き、麗華と同じようにレオナルドを見下ろすサフィールへと麗華は楽しげに告げる。


その言葉にレオナルドはビクン!っと体を震わせ、顔だけ上げると麗華とサフィールを見つめた。


自分の心など見透かされてるようで、レオナルドの頬を冷や汗が流れる。


「陛下、そのお言葉には私も賛同致しかねます。陛下に(ねぎら)いとお褒めの言葉まで頂いたというのに……それではまるで、レオナルド殿は陛下に文句の一つでもあるかのよう。ですが、そのような事、あるわけ無いのです。…そうでしょう?次期公爵、レオナルド殿」


麗華の言葉の意味、そしてレオナルドの心情を読み取れるからこそ、サフィールは釘を打つ。


その視線はただ上から見下ろしたものから、激しく軽蔑(けいべつ)し見下すものへと変わっていた。


レオナルドは視線から逃れるように再び(こうべ)()れると、慌てたように言葉を発する。


「さ、サフィール殿のおっしゃる通りにございます、陛下」


「おや?本当かえ?」


「ち、誓って本当にございます!」


「ふふ…はは…ははははっ、虐めすぎたようじゃな。ふふ、すまぬ」


麗華は決して自分に逆らわない…いや、逆らえないレオナルドの様子に満足したのか、声を上げて笑った。


サフィールもやれやれ、と苦笑しながら息を吐く。


ただ遊ばれたのだと気づいたレオナルドは、羞恥(ちじょく)屈辱(くつじょく)で顔を赤く染めた。


「ほんの(たわむ)れじゃ、許せレオナルド」


「わ、(わたし)ごとき若輩者(じゃくはいもの)に…恐れ多いお言葉です、陛下」


「よいよい。堅苦しい言葉など。……そなたも知っておろう?(わらわ)がソフィアに何をしたか?ソフィアに何をさせたか?」


「っ!?へ、陛下。恐れながら…申し上げます。何故…何故ソフィアに…」


あんな真似をしたのか?と続くはずの言葉をレオナルドはぐっ、と堪える。


それこそ恐れ多くも女王陛下に文句を言うことに他ならないからだ。


だが麗華は、眉根を下げ申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「すまなかったの。あれは流石にやり過ぎた。ソフィアまで巻き込んでしまったのは、本当にすまぬと思っておるよ」


「へ、陛下」


「蓮姫への罰…それは下されて当然のこと。じゃが蓮姫は、自分に罰が下ろうが、自分が傷つけられようが構いはせぬ。そういう娘じゃ。だからこそ…ソフィアとそなたを使った。二人の存在で蓮姫が傷つくように、と。…我ながら悪趣味過ぎた罰じゃった」


片手で顔を覆い項垂(うなだ)れる麗華の姿に、レオナルドは心が揺らぐ。


自分は決して今回の事を、女王を許すことはないだろうと思っていた。


だが、今回のことで女王も傷ついたのか?と素直に思ってしまったのだ。


「偶然にもソフィアが話を聞いてしまい、そなたと共に行きたいと言った時……下手な考えを起こさずソフィアを止めるべきであった。(わらわ)は自分が恥ずかしい」


「陛下…そのような…ことは……」


ない、とレオナルドは言葉を続けられなかった。


ソフィアは反乱軍に捕まった後の記憶が全て無くなっていた。


それは蓮姫によるものだが、そうさせたのは麗華。


レオナルドは知るはずもない事だが、ソフィアが彼等に同行したのは、偶然などではなく麗華が仕組んだ事。


目覚めて玉華に蓮姫がいないと知ってから、王都まで帰ってくる間も、そして今も、侯爵邸でソフィアは泣き崩れている。


蓮姫だけではなく、ソフィアまで深く傷つけたのは麗華。


そんな相手を(なぐさ)める言葉など、レオナルドは口に出来なかった。

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