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13 ④


ユージーンも火狼も何気なく聞いた話題。


世間話と変わらない程に深い意味は無い。


だが、これから語られる13の過去は重く悲惨(ひさん)なものだった。


「…番号は……俺だけ。…試練で俺…生き残った…から」






時は8年前に(さかのぼ)る。


当時、8歳だった13は首領オースティンにある洞窟へと呼び出された。


そこには反乱軍の一員として、戦闘訓練を受けた子供達が13を含めて44人集められていた。


年齢は8歳から14歳まで。


男もいれば女もおり、反乱軍を親に持つ子、親がいない子、拾われた子など様々。


共通しているのは皆、子供とは思えない程の戦闘能力や魔力を持っているということ。


子供達は番号をつけられ、最後の44まで付けられた後にオースティンは告げた。


「全員集まったな。これから結界を張った洞窟内で試練を行う。ルールはひとつ。自分以外の者を全て殺すこと。生き残りが一人になるまで結界は解けない。以上だ」


オースティンの非情で非常な発言に、集まった子供達は表情が強ばる者、冷や汗を流す者、震える者もいた。


だが誰一人逃げ出すことは無く洞窟へと入っていった。


それは13も例外ではない。


いや、13はオースティンの言葉に何の疑問も持たず、何の感情も()かなかった。


最後の一人が洞窟へ入ったと同時に結界が張られる。


自分以外の43人を殺さなくては、洞窟の外へ出る事は叶わない。


もし助け合う者達が現れても、最後の一人にならなくては結界は解けず、洞窟内で餓死(がし)することになる。


だが、そんな選択をする子供は一人もいなかった。


この試練を恐れる子供、自分が最強だと信じる子供。


どの子供も思う事は一つ。


自分だけが生き残る為に他者を殺すということ。


誰が合図するわけでもなく、明かりの一切ない暗い闇の中で子供同士の殺し合いは始まった。






試練が始まってから、半日も経たずに結界は解かれた。


洞窟の前にある岩に座っていたオースティン、そしてその横に立つ男は期待の込めた眼差しを洞窟へと向ける。


「もう結界が解けるとは……過去最短ではないか」


左様(さよう)ですね首領。生き残ったのは有力候補の1番か2番でしょうね」


「ふむ。あやつらは生まれた頃から魔力があり、物心(ものごころ)つく前から刃物を握らせ、日々最強の戦士となるよう育ててきた、と親が言っていたな。さて……どちらが出てくるか」


(あご)に手を当てニヤニヤと洞窟を見つめる首領達。


だが、洞窟から出てきたのは彼等の想像とは全く違う少年だった。


「っ!?お前は!?」


「………終わった」


現れた血塗(ちまみ)れの少年に首領達は驚かずにいられなかった。


有力候補の1番や2番と違い、彼はまだ10歳にもなっていない。


その上、この子供の親は彼が生まれてすぐに死んでいる。


反乱軍としての英才教育を受けた訳でも無い、その他大勢と同じ訓練しか受けていない子供。


「生き残ったのはお前か?」


「……うん。…全員…死んだ」


「お前は何人殺した?」


「……何人?……分からない。…近くにいた奴……殺した」


「せっかく生き残ったというのに…少しも嬉しくないようだな」


「…嬉…しい…?……わからない。…ただ…他の奴…殺しただけ。ただ…生き残った…だけ」


オースティンはこの少年と話しながら冷や汗をかく。


普通、こんな状況に(おちい)れば生きている事への喜び、自分と同じ子供を殺し事への後悔の念などが現れる。


情緒(じょうちょ)不安定になってもおかしくはない。


それなのに……この少年からは何も感情が読み取れなかった。


全身、血塗(ちまみ)れになりながらも淡々と答える少年。


オースティンはこの少年に対して…一瞬だが、確かに恐怖を感じた。


しかしそれも一瞬のこと…次第に笑いが込み上げてくる。


「…フフッ……フフフ…ハーハッハッハッハ!!成程(なるほど)!お前程の逸材(いつざい)に気づかなんだとは!俺もまだまだ未熟だったと言えよう!お前!名はなんという?」


「名前?………無い。『おい』…とか『そこの』って……呼ばれてる」


「番号は?」


「13番」


「いいだろう。お前は今日から『13』と名乗れ。認識出来るなら名前も番号も変わらん。同士を殺す事も、死も恐れぬお前を…俺が最強の兵士にしてやろう!」





だから自分は『13』なのだと語る青年の姿からは、やはり何の感情も浮かばなかった。


13の話を聞き終えた蓮姫達の反応は様々。


「……な~るへそ。それでお前は13な訳ね」


「本当に名前が13だったんだな。この場合は名前というか…ただの呼び方といった方が正しい気もするが」


「……………」


ユージーンと火狼は納得した様子だったが、蓮姫は眉間(みけん)(しわ)を寄せ、苛立(いらだ)ちとも悲しみともとれる表情で黙り込む。


(子供達に殺し合いまでさせて…強い兵士を育てて…反乱軍は一体何を目的に動いてるの?陛下を…女王を(はい)して…その先に何をしたいというの?何が…彼等をそこまでさせるの?)


蓮姫は口に出すことはせず、ただ己の心の中で答えの出ない自問を繰り返した。


あえて言葉にしなかったのは、この場にいる者は誰一人としてその答えを持っていないと知っているから。


蓮姫は怒り、悲しみ、(あわ)れみといった感情を深いため息と共に出す。


そして柔らかな微笑みを13へと向けた。


「話してくれてありがとう」


「…ありがとう?…なんで…礼を言う?…聞かれたから…答えただけ」


礼を言われた意味がわからない、と13は首を傾げる。


そんな13に蓮姫は変わらぬ笑みで告げる。


「貴方は聞いた事にちゃんと、嘘偽(うそいつわ)りなく話してくれたから。だから、ありがとう」


「……やっぱり…弐の姫」


「わからない、だよね。…これから知ってくれれば嬉しいな」


「弐の姫を…知る。…それは…任務?」


やはり13にとっての基準は任務か、そうでないかだけらしい。


蓮姫はゆっくりと首を振りながら答えた。


「任務でも強制でもないよ。でも、私は貴方を知りたいし、貴方に私の事を知ってもらえたら嬉しい」


「…嬉しい?…弐の姫……わからない事…ばっかりだ」


任務の為だけに反乱軍の兵士として生きてきた13には、蓮姫の考えを直ぐに理解することは難しい。


だが、蓮姫は焦る事はないと、ゆっくりでいいのだと思った。


そんな中、火狼は挙手をしながら蓮姫達に声をかける。


「あのさ~……こいつの名前の理由やら経緯やらはわかったぜ。でも…さすがに呼び方13はどうなのよ?街中とかで『おい13!』とか呼んだら、無駄に視線集めたりしない?」


「…確かに…狼の言う事にも一理あるかも」


火狼の言葉に納得する蓮姫。


確かに『13』という呼び名は注目を集めてもおかしくない。


「犬にしては珍しく…ですけどね。この際です。さっきも言いましたが姫様、いつものお願いしますよ」


前半はともかく、後半ニヤニヤしながら告げるユージーンに蓮姫はギロリと睨みつけた。


いつもの、とは蓮姫による『名付け』のこと。


ここにいる『ユージーン』も『ノアール』も、蓮姫が名前をつけた。


火狼に関しては『狼』という蓮姫だけの呼び名がある。


蓮姫は一応13へと確認をとった。


「ねぇ…『13』じゃない貴方の新しい名前…私がつけてもいいかな?」


「…俺の…名前?……弐の姫がつける?…なんで?」


「な、なんでと言われても…」


13の問いかけに今度は蓮姫の方が困惑した。


なんと答えていいものか、と。


そんな蓮姫にユージーンは助け舟を出す。


「『13』だと俺達が呼びにくい。姫様に仕えるのなら、姫様がつける新しい名前を名乗れ。これは任務だ」


「…任務。…わかった」


ユージーンの言葉に納得し、頷く13。


『任務』という言葉に、心なしかその目は期待に満ちているように映る。


蓮姫はそんな13の様子に苦笑しながら、両手を組んで頭をひねる。


ふと空を見上げ首を動かす。


すると森の木々の隙間から、明け方の空に浮かぶ欠けた細い月が見えた。


(あれは……三日月?…()ちる前……()だ…()ちていない月……………よし)


蓮姫は13へと視線を戻すと、一度目を閉じ深呼吸する。


そして13の新たな名前を呟いた。


「決めたよ。…未月(みつき)


「…みつき?…それが…俺の名前?」


「そう。君の新しい名前。……どうかな?」


蓮姫は不安そうに尋ねるが、13は何処か(ほう)けた表情のまま動かない。


そんな当事者を放ってユージーンが蓮姫へと声をかける。


「未月…ですか?何故その名をつけたのか…理由を聞いても?」


「空に浮かぶ三日月を見て思った。彼は…月みたいだって。確かに今は…任務にばかり執着して…感情も(とぼ)しくて…生きる事に対しても無関心で。でも…今は()だ…欠けている三日月でも…いつか満月のように満ち足りてほしい。そう願って」


「へぇ~、姫さん、ちゃんと考えてんな。俺はいいと思うぜ!気に入った!」


火狼は一人テンション高く騒ぐが、蓮姫は褒められ素直に嬉しかった。


照れているのか、頬も少し赤く染まっている。


が、蓮姫の忠実なる従者は火狼に一言突っ込んだ後、照れる彼女に対しても遠慮なく失礼な物言いをする。


「お前が気に入っても意味ねぇだろうが。…それと姫様。明け方に見えるアレは、正確には三日月じゃありませんよ。形も逆です。三日月は姫様がおっしゃったように、これから満ちる月ですが…アレは満月が欠けていって、完全に消える前に見える月ですからね」


「………うるさいな」


ユージーンの正論に先程までの照れは何処に行ったのか、ブスっと頬を膨らませる蓮姫。


「まぁまぁ、いいじゃないの旦那。姫さんがせっかくいい名前考えたんだからさ」


「別に悪いなんざ思ってねぇよ。姫様…姫様らしく大変素敵なお名前ですよ」


「……褒められてるはずなのに…何故だろう。凄くムカつく」


「ムカつきついでに言いますと、未月の『()』は大和(やまと)の言葉で『ひつじ』を意味してます。時間を表す言葉の一つで、()(こく)()つ時…おやつの時間のこと。つまり、今の時間やら三日月の出る時間とは全然関係なく」


「うん。ジーン、ちょっと黙れ」


こめかみに青筋を浮かべながら満面の笑みでピシャリと告げる蓮姫。


顔は笑っているが、その瞳は恐ろしい程の眼光を放っている。


『名前を付けろ』というから考えたのに、的確(てきかく)にダメ出しをいくつもくらえば誰だろうと腹が立つものだろう。


当然、言ったユージーン本人も蓮姫が怒る事は予測済みだ。


わかって言っているのだから、彼も相当意地が悪い。


どす黒い空気を纏う蓮姫を見て、火狼はオロオロしながらユージーンと蓮姫を交互に見る。


だがユージーン本人は何処か安心していた。


これは玉華に来る前に幾度(いくど)も繰り返した、二人のやりとり。


玉華に来てから…蓮姫が女王の罰を受けてからは、こんな他愛ないやりとりすら出来なかったのだから。


蓮姫が蓮姫として本当に戻ってきたのだと、ユージーンは安堵(あんど)していた。


ユージーンはクスリと笑うと、胸に手を当てて蓮姫へと頭を下げる。


「ご無礼お許し下さい姫様。しかし…もう一言だけいいですか?」


「………今度はなに?」


「未月と名付けられた張本人が、今まで以上に無反応ですよ」


「え?……ご、ごめん!気に入らなかった!?」


「っ、………そうじゃ……ない…」


ユージーンの言葉に慌てて蓮姫は13へと声をかける。


蓮姫に声をかけられた事で、13はハッとしたように答えた。


やはり表情は変わらないが、その声から動揺が伝わる。


やはり13は、この名が気に入らないのか、と蓮姫は改めて尋ねた。


「ホントに大丈夫?嫌なら嫌って言っていいんだよ。だって自分の名前なんだから。私も頑張って、もっといい名前考えるから」


「…嫌…じゃない。…俺…未月が…いい」


「え?」


小さく呟かれた言葉。


だが、確かに聞こえた言葉。


13は蓮姫の目を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。


「俺の…名前……未月」


心配げに13を見つめていた蓮姫だったが、その言葉を聞くと先程よりも嬉しそうに頬を染めて手を差し出す。


「……うん。これからよろしくね、未月!」


「…よろしく?……うん。…よろしく…弐の姫」


未月と名付けられた青年は、戸惑いながらも差し出された手を握り返した。

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