13 ③
恐らく、この13という青年には善も悪も無い。
任務という名目の元、言われた事だけ遂行しようという思考しか無いのでは?と。
「ねぇ、さっきジーン…あの男に『死ね』って言われて、その通りにしようとしたよね。任務をくれるなら……誰でもいいって言うの?」
「……俺にとって…必要なのは任務だけ。…その為に生きて…死ぬだけ」
13の言葉に蓮姫は確信した。
蓮姫はこの、まるで何もわからない赤ん坊のような青年を殺したくはなかった。
そして彼を救う一つの希望を見出す。
「なら…私の命令も聞くってこと?」
「……弐の姫。…俺に…任務をくれる?」
蓮姫の問いかけに13は先程ユージーンに問われた時と同じく、目を輝かせた。
その様子を見て蓮姫は頷くと13に手を差し出して、ユージーン以上にとんでもない事を言い放つ。
「これからは私と一緒に生きて」
「え?」
「姫様!?」
「ちょっと姫さん!?マジで言ってんの!?」
蓮姫の発言に13は呆気にとられ、ユージーンと火狼は抗議の声を上げる。
しかしそんな男共の反応など聞こえない、とでもいう風に蓮姫は言葉を続けた。
「任務が必要だと言うのなら…私と共に生きる事を任務にして。私は君に生きてほしい。任務のためじゃなく、ただ…普通に。だから私と一緒に来て…一緒に生きて」
「……一緒に…生き…る?」
何を言われているのかわからず、ただただ困惑する13だが蓮姫は優しく微笑みかけるだけ。
しかしやはり黙っていられない男が、蓮姫が13に差し出した手を横から掴んだ。
「姫様!なに馬鹿な事を言ってるんですか!?」
「ジーン。さっきのお前の言葉よりよっぽどマシだ」
腕を掴まれたままユージーンを見上げ睨みつける蓮姫。
彼女はユージーンの先程の行為に対して、まだ怒りがおさまっていないからだ。
それでもユージーンは怯むことも引く事もせずに口を開く。
「姫様。こいつは危険です。こいつに殺されかけた事を忘れたんですか」
「忘れてない。彼に助けられた事もちゃんとわかってる」
「いいえ。姫様を助けたのは俺や元帥達です。こいつは利用したに過ぎません」
「彼がいなければあの作戦だって上手くいかなかった。彼がいなければ…私は今、ここにこうして生きていない」
お互い睨み合う二人。
特に蓮姫は一歩も引く気が無い。
それは彼女の意志の強さも表している。
13を仲間にする、という意志が。
「姫様。俺は反対です。これ以上危険で信用出来ない怪しい男を姫様の傍に置くなんて。そんな奴は一人だけで充分です」
「それ…もしかしなくても俺の事よね?姫さ~ん。俺は大丈夫よ。信用してね」
ユージーンの言葉にガックリと肩を落とす火狼だが、直ぐに蓮姫にむかってヒラヒラと手を振る。
「狼の事なら…私は彼を信じてる。勿論ジーン、お前の事だって信じてる。……ムカつく奴だけど」
「大丈夫です。俺も姫様に何回もムカついてます。それはもう数え切れない程に。それでもお傍にいるんです。貴女を守る為に」
13が任務の為だけに生きている、というのなら、ユージーンだってそうだ。
ユージーンは蓮姫を守る為に彼女の傍にいるのだから。
だからこそ、蓮姫に害を成す可能性がある者は排除したい。
だからこそ13を殺そうと…いや自殺させようとしたのだから。
「ジーン。殺すだけが全てじゃない。生かす事だって選択肢にあるはず」
「世の中、危険人物は殺した方が安全で安心な場合の方が多いです。勿論今回も」
蓮姫はその言葉を聞き、悔しげに唇を噛んだ。
ユージーンの発言も行動も全ては蓮姫を守る為。
危険な事をさせるのも、非道な事を言わせるのも……自分が原因だ。
蓮姫がユージーンに言わせているようなものだ。
しばし蓮姫は黙り込むと、一度息を吐いて諦めたように再びユージーンへと顔を向ける。
「………正直に言う。私は彼をこのまま殺したくなんかない。生きてほしい。こんな躊躇なく命を捨てる生き方じゃなくて…普通に。生きて欲しい理由は…そんな大層なものじゃなくて…彼にこのまま…他人や自分の命の重さを何も知らない、何も感じない、何もわからないまま…死んでほしくない。それだけ」
「同情ですか?御立派なお考えですね、姫様」
ハッ、と鼻で笑うユージーン。
蓮姫の言葉はユージーンが一番嫌いな類のものだった。
蓮姫は住所から軽蔑の眼差しを受けながらも、苦笑して言葉を続ける。
「同情だろうと偽善だろうと構わない。私は彼を助けたい」
「いつか寝首をかかれるかもしれませんよ」
「彼はそんな事はしないし出来ない。万が一そんな事が起こっても…いざとなればジーンが傍にいるから問題ない。そうでしょ?」
蓮姫の問いかけは、問いかけではない。
ユージーンへの絶対的な信頼がその言葉には込められている。
「はぁ……犬を一緒に連れていくと決めた時も、同じ事をおっしゃいましたね」
「あの時と…ジーンの気持ちは変わってる?」
「まさか。姫様をお守りする気持ちが変わる事なんて…生涯ありえませんよ」
いつの間にか険悪だった二人の空気は柔らかいものになり、蓮姫もユージーンも笑みを浮かべていた。
ユージーンは掴み続けていた蓮姫の腕を離すと、その場に跪き頭を下げた。
「姫様に無礼を働きました。お許し下さい」
「大丈夫。ちゃんとツケておくから」
「あ……許す気は毛頭ないんですね」
二人の交わす言葉や空気からは、もはや先程までの張り詰めていたものは感じない。
それこそ、普段通り、といった言葉が相応しい程に。
ユージーンが顔を上げて蓮姫と目を合わせると、お互い微笑んだ。
「やれやれ……仕方ありません。我が愛しの姫様は、わがままで自己中でいらっしゃいますからね。今に始まった事じゃありませんが」
「愛しの、とか心にも無い事言うな。……気持ち悪い」
「ホンっト姫様は俺には辛辣ですよね!それこそ今に始まった事じゃありませんけどっ!」
「わかってるじゃない。これからだって変わる気も、変える気も無いから」
腕を組み、フンっ、と顔を背ける蓮姫。
そして顔は笑っているが額に青筋が浮かぶユージーン。
目の前で繰り広げられる夫婦漫才のような光景に13は首を傾げる。
そんな13の様子に気づいた火狼は笑いを堪えながら声をかけた。
「くくっ……あぁ、気にすんな気にすんな。この二人はいっつもこうなんよ。仲が良くてね~。いや~、俺様の炎より熱くて…まいっちまうわ」
「……狼。本気で吐きそうなほど気持ち悪いから…やめろ」
「姫様。俺もそろそろ泣きますよ?」
「………やっぱり…弐の姫……わからない」
本気で困惑…というか、どうしていいのかわからない13。
彼にとって仲間うちのじゃれ合いなど、無縁のものだったのだろう。
こんな取るに足らない、意味の無い会話。
13には理解できなかった。
蓮姫は13に振り向き微笑む。
「ごめんね。とりあえず話はついたから。後は…君次第…かな」
「……俺…次第?」
蓮姫は再度、13へと手を伸ばす。
「もう一度言う。これからは…私と一緒に生きてほしい」
「……弐の姫と………俺は…」
13は差し出された手と蓮姫の顔を交互に何度も見る。
「姫様と共に生きるなら…その命をかけて姫様を守れ。姫様が生きているなら『共に生きる』っていう任務は無くならない」
ユージーンの言葉に、ハッと息を呑む13。
蓮姫はチラリとユージーンを睨んだが、直ぐにまた13へと視線を合わせる。
またユージーンもそれ以上は口を挟まずに、彼の次の行動を見守った。
そして13の決断は…
「………俺……弐の姫と…生きる」
蓮姫の手を取り、蓮姫の目を見据えて、しっかりと自分の意思を告げた。
「…俺の任務……弐の姫と…生きる。…だから…俺…弐の姫…守る」
蓮姫は13の言葉に頷くと、彼の手に自分の手を重ね両手で包み込んだ。
「これからよろしくね」
「…よろしく?……うん。…よろしく」
蓮姫の言動に再び首を傾げる13だが、とりあえず蓮姫の言葉をそのまま返した。
そんな初々(ういうい)しい反応に蓮姫は苦笑しながら、ゆっくりと手を解く。
「………あたたかい……これ?」
13は蓮姫から開放された手を見つめてポツリと呟いた。
「まさか反乱軍までお仲間にしちまうなんてな~。危険人物に同情して懐に入れちまうなんて…姫さんは心が広いっつーか、なんつーか」
「危険人物その1がよく言うな」
「うっ!旦那…今の言葉で…俺のガラスのハートはヒビが入ったぜ」
「そのまま木っ端微塵になれ」
「…そいつ……殺すの?…俺…やろうか?」
ユージーンと火狼の軽口をまともに受けた13は尋ねる。
その言葉に火狼はブンブンと首と両手を振った。
「ダメダメダメ!絶対ダメ!そんな怖い発想ダメ!あんな、こう見えて俺と旦那はチョー仲良しだから!な、旦那」
「いっそ殺してもらえ」
「怖い発言ダメ!こいつ本気にしちゃうじゃんかよぉ!っと、そうだ。改めて自己紹介しねぇとな。俺は火狼。よろしくな」
二カッと人懐っこい笑顔を向ける火狼に13は「…よろしく?」とまたオウム返しで答えた。
それに気を良くした火狼は13へと近づく。
蓮姫は13から手を離すと立ち上がり、彼にも立つよう促した。
13が立ち上がると火狼は、蓮姫がしたように手を差し出しながら矢継ぎ早に尋ねる。
「姫さんを守る者同士、仲良くしようぜ~。お前、歳は?特技は?好きな食べ物とか趣味は?」
「……歳は…16。…他は……わからない」
13は火狼の手を握り返しながら呟く。
火狼の質問は13にとって答えられないものばかりだったようだ。
「わかんないって……お前さんどんな人生歩んできたってのよ」
「…どんな人生?……任務をしてきた」
「ありゃりゃ~。そうくる?…なんか…聞いた俺が悪かった、って気になってきたわ」
「…悪い?…やっぱり……わからない」
首を傾げてばかりの13に蓮姫は苦笑をもらす。
蓮姫の望み通り生きる事を選んだ13だが、これまでの彼の人生が明るく楽しいものではなかった事は明白。
蓮姫の望む、普通に生きる、という事が出来るまではまだまだ時間がかかるだろう。
蓮姫は微笑むと13の頭に手を伸ばし優しく撫でた。
「大丈夫。わからないことは、これから知っていけばいいんだから。自分の事も、世界の事も、他の人の事もね。ゆっくりでいいんだよ。一緒に…知っていこう」
「……弐の姫………うん……わかった」
13を相手にするとユージーン達とは違い、言葉遣いが素に戻る蓮姫。
いや、素に戻るというよりは、まるで幼子をあやすような言動になる。
13の方も蓮姫の好きなようにさせていた。
受け入れるとは少し違い、どう応えていいかわからないためそのまま放置している方が近いかもしれない。
ただ彼は…自分に向けられる笑顔や触れてくる柔らかい感触を失いたくなかった。
頭を撫でられ…素直な感想が口から出る。
「……気持ちいい…」
「あ、ごめん!なんかつい!つい撫でたくなっちゃった!ごめんね!」
パッと頭から離れていく手を名残惜しそうに眺める13。
「うわ~お、姫さんてば手が早~い。男たらしだね~……………ごめん。俺が悪かったから。だからそんな冷たい目で見ないで!」
「姫様、いっそ眼光で殺せる程に睨み、蔑んでやって下さい」
「旦那はどうしてそう一言も二言も余計な事言っちゃうわけ!?」
「「お前が言うな」」
見事にハモる蓮姫とユージーン。
火狼はガックリとわざとらしく肩を落とすと、13へと助けを求める。
「な~!俺いつもこんな扱い受けてんだぜ!酷くね~?」
「…酷い?……そうなのか?」
「こいつの言う事は一々(いちいち)真に受けるな。基本は姫様や俺の言葉を聞いてろ、13」
「……???……わかった。…そうする」
言っている意味が本気でわからない13だったが、とりあえずユージーンの言葉に従う事にした。
そして蓮姫は、今の会話の中で一つの疑問が浮かぶ。
「ねぇ、私からも一つ聞きたいんだけど。いい?」
「…なに?…弐の姫」
「13っていうのは…反乱軍の中での呼び名?まさかとは思うけど …本名…ってことは無い…よね?」
「姫さんナイス質問!それなら答えられるよな?」
蓮姫の言葉に火狼はパチン!と指を鳴らす。
「犬。お前全く同じ質問をこいつにしただろ」
「あれ?そうだったっけ?」
「…ちっ。ホントに犬並…いや犬以下か。姫様。犬に聞かれた時こいつ…13は『認識できるなら名前も番号も変わらない』と首領に言われていた、と話していました」
「それじゃあ…」
蓮姫はチラリ、とユージーンから13へと視線を移す。
そんな蓮姫に13は感情のこもっていない声で淡々と告げた。
「……俺は…13。…首領も…若様も…皆…俺をそう呼んだ」
自分の名前の事だと言うのに、まるで興味が無いように答える。
さっきまで蓮姫に撫でられていた時とは雲泥の差だ。
「名前も番号も変わらない?だから番号が名前でも構わない?…そんなのって…」
「姫様。反乱軍の考えやらルールやらは気にするだけ無駄です。そんなに名前が気になるなら、いつものように姫様が名前をつければいいじゃありませんか。なぁ、ノア」
「うにゃっ!」
ユージーンに声をかけられノアールは元気よく一鳴きすると、蓮姫の足元に擦り寄った。
蓮姫はノアールを抱き上げ優しく撫でるが、ユージーンの方へは不満気な眼差しを向ける。
「ノアとジーンの時とは違う。人ひとりの名前をつけるなんて…そんな大それた事、簡単に出来ない」
「俺は一人の人間として認識されてなかった、とでも言いたげですねソレ」
やれやれ、とため息をつくとユージーンは13へと問いかける。
「そもそもなんで13なんだ?お前達は1から順番に番号がつけられていたとでも?」
「はいはーい!俺もそれ気になる!やっぱりあの首領が1なん?番号が若い方が強い!とか偉い!とかあんの?」
ユージーンの問いかけに火狼は先程蓮姫が質問した時と同じように同調した。