疎まれる存在 4
「ううん。宿じゃなくて、お世話になってる所があるから」
「どーせ遠慮してあんまり食べてないんだろ?ほら!サービスしてやるから、しっかり食べな!そんな細いと、将来丈夫な子供を産めないよ!ねぇカイン」
「なんで俺に振るんだよ」
そう言うと、リックの母親はドンドンッ!と皿を何枚もテーブルに置く。
どれも美味しそうな匂いがして、出来立てを表す湯気が出ている。
一口オススメのシューマイを食べると、本当に美味しい。
自然と箸が進む。
味も勿論だが、今食べているこの雰囲気が良かった。
普段は広い部屋の真ん中にある長いテーブルに一人で座り、冷めきった食事を見張られるように食べている。
豪勢な食事のはずなのに、味などろくにわからず、ただ口元に料理を運ぶだけだ。
しかし今は、狭いお店の中で小さなテーブルを数人で囲み、騒がしく食べている。
「あ~~!!カイン!ソレ俺のシューマイだよ!!」
「ボーっとしてる方が悪いんだよ!」
「ほら!おかわりあるから取り合うんじゃないよ!!」
蓮姫の瞳には、目の前の光景が、塔で過ごしていた日々と重なって見えた。
『ちょっとユリウス!?何ピーマン、人の皿に入れてんの!?』
『いや~。蓮姫があまりに美味しそうに食べるから、お裾分けだよ』
『いい年して、嫌いな物を人の皿に移すな。まったく』
あの塔で食べていた食事は、質素だったが美味しく、楽しかった。
「蓮姉ちゃん?どうしたの?食べないの?母ちゃんの飯、美味くない?」
「ううん。凄く美味しいし、凄く楽しいよ」
蓮姫はリックの頭を撫でると、料理に再度箸を伸ばした。
「はぁ~~っ!!食べた食べた!満腹満腹」
「ったく、見た目によらずよく食うなぁ。腹減ってねぇとか言ってたくせによ……ちょっとは遠慮しろよ。俺の金だぞ?」
「でもツケだよね。ありがとう。そしてご馳走様」
「ハイハイ。お粗末さん」
蓮姫とカインは、二人並んで街の大通りを歩いていた。
楽しい食事が終わると、既に夕方になっていた。
蓮姫がそろそろ帰らなくてはと、三人に伝えると
『カイン。アンタ送ってやんなよ。どうせ暇だろ?女の子を一人歩かせるなんて、危ないじゃないか』
というリックの母親の言葉により、カインは蓮姫に同行していた。
「なんかごめんね。気を使わせちゃってさ」
「いや、それは構わねぇんだけどな。なぁ、蓮って……まさか貴族か?」
「違うけど……なんで?」
「こっちの方角、貴族街だろ?貴族の家とか貴族御用達の店とかの」
「貴族じゃないよ。それは本当。お世話になってる人は貴族だけどね」
自分から聞いておいて、蓮姫から貴族という言葉を聞くと、カインは驚く。
「はぁ!?マジかよ!?」
「う、うん。マジ…だけど……どうしたの?」
「どうしたって言うか……」
ハァ~、と深く息を吐くと足を止めるカイン。
蓮姫も立ち止まり、カインへと向き合う。
「俺……貴族嫌いなんだよ。まぁ、俺だけじゃねぇだろうけど」
「どうして?」
「……お前、ホントに何も知らないんだな。貴族ってのは、ソレだけで俺達庶民を馬鹿にしやがる。それだけじゃねぇ。横暴だし、俺達から税金絞るだけ絞って、戦とか飢饉の時はまっっったく助けてもくれねぇし」
カインは青筋を浮かべ、更に言葉を続けた。
「たまに街に来たと思ったら『こんな下民ばかりの所にいたら病気になる』とか嫌味言ったり、店に入って『こんな物を貴族に出すのか!』とか勝手にキレたり、ぶつかったり服が汚れただけで大金請求したりよ。で、挙句の果てには『わざわざ来てやってるのに感謝も口に出来ぬとは』とか言いやがる。誰が来てくれっつったよ!お前等の顔なんざ見たくもねえんだっつの!!」
一気に早口でまくし立てるカインに、蓮姫はちょっと引いていた。
(小学生並の喧嘩みたい……レベル低いな)
「それに……貴族の家を見たんなら、わかるだろ?貴族の家はめっちゃ豪勢なくせに、俺達庶民は質素なもんだ。その日暮らしが精一杯の家だってある。税金を払えない奴だっている。それなのに……。貴族が裕福に暮らせんのは、庶民が一生懸命働いて、つつましく暮らしてるからだ」
カインは本当に嫌そうに語る。
いっそ憎悪が篭っていると、言ってもいい。
蓮姫は今、楽しく幸せに暮らしている訳ではない。
しかし、やはり何不自由ない生活はさせてもらえている。
自分の今までの生活を顧みると、そして先程軽く彼を馬鹿にしていた事を思い出し、物凄く罰が悪かった。
「…………ごめんね」
「は?あ、いや。別にお前を攻めてる訳じゃねぇんだって!俺の方こそ悪かったな。変な話しちまって。まぁどうせ、別の国から王都の貴族の家に住み込みで働きに来たとか、そんなもんなんだろ?お前は貴族じゃねぇんだし。大体貴族のお姫様って感じしねーもんな!」
「………それ褒められてんの?」
「褒めてんよ。そりゃもう最上級の褒め言葉だって」
そう言うと、カインは笑いながらバンバンと、蓮姫の肩を叩いた。
「い、痛いよ」
「ハハハッ!………お?噂をすれば…あれは貴族様だな」
「え?………………れお?」
カインが顎で、ほれ、と促す方を見ると、そこにはレオナルドとソフィアが楽しそうに露店を見ていた。
ソフィアが露店に出ている耳飾りを指差すと、レオナルドが店主を呼び、ソフィアへと渡す。
本当に嬉しそうに笑うソフィアに、レオナルドも優しく微笑んでいる。
その姿は仲睦まじい恋人同士としか見えない。
蓮姫は痛む胸を押さえて、近くの路地に逃げ込み、しゃがみ込んだ。
「お、おいっ!?蓮!?大丈夫か!どっか痛いのか!?」
「…………ううん。大丈夫だよ」
慌てて自分を追い掛けたカインに、蓮姫は力なく笑った。
「大丈夫じゃないだろ!待ってろ!今誰か」
「ホントに大丈夫!ちょっと……食べ過ぎてお腹痛くなっただけ。もう平気だから」
蓮姫が嘘を付いている事くらい、カインには直ぐにわかった。
だが、彼女の顔を見れば正直に話す気は無いのだという事もわかる。
「……………はぁ。まったく…それならいい。心配させんなよ」
悩んだ結果、カインは彼女の嘘に乗ってやる事にした。
「でもよ……なんか悩み事あったら、いつでも庶民街に来いよ。貴族の家が嫌になったら、お前一人くらい俺が面倒見てやんよ」
「…うん……ありがと」
カインが手を差し出すと素直にソレを取り、立ち上がる蓮姫。
(出ていけたら……いろんな事から逃げられたら…楽なのに)
今日1日で自分がどれだけ嫌われているか、疎まれているか知った。
望まれてなどいないのなら、自分だって姫なんて辞めたい。
ソレは許されない事だけれど。
二人が大通りに戻ると、レオナルドとソフィアの姿は既に無かった。
ホッとしたが、何故こんなにも胸が痛むのかわからない。
「蓮。さっさと行こうぜ」
「うん。でも貴族街はもう直ぐそこだから、大丈夫」
「また大丈夫かよ。………お前が言うなら帰るけど……大丈夫じゃない時は、あんま大丈夫大丈夫言うな」
「あはは……うん。気をつけるね」
「あと無理に笑うな」
「き、きをつけます」
カインに指摘されても、蓮姫にソレは約束できない。
辛い時に辛いと言える相手も、泣きたい時にすがれる相手もいない。
彼女はいつからか、無意識に本心を隠しながら強がって生きるようになっていた。
強がって平気なフリをしていても、誰も気づかないし……気づこうともしないから。
蓮姫はカインに手を振り別れると、貴族街へと入って行った。
貴族とは違い簡素な格好の蓮姫を見る目は冷ややかだ。
わざと聞こえるように、嫌味を言っている。
「嫌だわ。どうして庶民がここにいるの?」
「ホントですわね。あぁ!なんだか気分が悪くなりますわ」
「奥様、大丈夫ですの?兵に頼んで害虫駆除致しませんと」
確かに、貴族は庶民を見下している。
それどころか同じ人としてすら見ていない。
蓮姫が弐の姫だと知る者も何人かいるようだが、そちらも聞くに耐えない事を言っている。
「あら?あれが噂の?」
「そうだ。公爵様に囲われているというのに、わざわざ庶民の格好をなさるとは……」
「仕方ありませんわ。所詮は弐の姫ですもの。壱の姫様と比べるなどお可哀想ですわ。……壱の姫様が。ホホホ」
「ハハハ!おいおい。聞こえるぞ」
馬鹿にされている。
弐の姫というだけで。
蓮姫は耐え切れなくなり、公爵邸へと逃げるように全力で駆け出した。
「蓮姫っ!こんな時間になるまで、供も付けずに一体何処へ行っていたんだっ!!」
公爵邸に入るやいなや、聞こえてきたのはレオナルドの叱責だった。
お供……というか、見張りの人間は勝手に自分から離れていったし、時計を見ても今はまだ六時だ。
子供でもあるまいし、門限がある訳でも無い。
(レオだって……今帰って来たばかりのくせに…)
先程のレオナルドとソフィアの姿が脳裏に浮かぶが、心配させたことは悪かったかもしれない。
連絡の1つもすれば……そもそも蒼牙と別れた後、街になど繰り出さず直ぐに帰れば良かった。
だが……。
「心配をかけてしまって、ごめんなさい」
「謝罪をするくらいなら、初めから一人で外出などするな。何事も無くこうして戻ってきたのはいいが、いつも言っているだろう。もう少し姫としての自覚を持てと」
今日は一日中、自分に対する偏見やら嫌味を聞いている。
自分だけが悪いと、自分だけが間違っていると言われるのは、もううんざりだった。
誰にも会いたくない。
自分を邪険にしている者達から解放されたい。
さっさと部屋に一人、引きこもりたかった。
「…蓮姫?顔色が悪いな。……まさか!?何処か怪我でもしたのか!?」
(怪我なんかして…また面倒だとか思ってるのかな)
レオナルドは心底心配しているが、ソレを素直に受け入れる事も、今の蓮姫には無理だった。
弐の姫に対する人々の態度。
仕えようが、心配しようが、笑顔を向けてくれようが……それが本心だとは…もう思う余裕も心には無い。
(どうせ…弐の姫なんて……皆いらないくせに)