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玉華の長い夜・終結 3


「……ジーン…なに…したの?…」


「少し残っていた罰とやらを消し去っただけですよ。大丈夫です。これで姫様にはもう影響は無いはずですから」


「…罰が……残って?…影響って?」


「正直立っているのは勿論、(しゃべ)るのも辛いでしょう。今は黙って俺に支えられてて下さい」


ユージーンの肩に顔を埋め息も荒くなる蓮姫。


そんな彼女に告げるユージーンの口調はいつものように厳しく、だが声色はとても優しい。


よしよし、と頭を撫でてやるユージーンと、されるがままの蓮姫。


まるで恋人同士のような二人の姿。


一見すると甘い雰囲気を出す二人だが、それを邪魔する第三者の声が小さく響く。


「………っ、…お前ら…何をして…っう、」


目を覚ましたレオナルド。


寝起きで目に映った蓮姫とユージーンの姿に慌てて体を起こそうとする。


しかし怪我をした体は正直で激しい痛みが走った。


「っ!?レオっ!!?っ、」


「姫様っ!」


ユージーンから体を離しレオナルドへと駆け出そうとする蓮姫だが、体はフラリと揺らめき自分の思い通りには動かない。


慌ててユージーンが抱きとめ、そのままレオナルドの元へと二人で歩み寄る。


「…レオ…大丈夫?」


「…くっ、…俺の事はいい。それより…お前達…何をしていた?」


心配する蓮姫を…いや正確にはその隣のユージーンを睨みつけるレオナルド。


ユージーンも本音では睨み返したかったが、そこは我慢し蓮姫の代わりに答える。


「レオナルド様。何もやましい事はございません。姫様がお疲れだったのでお体を支えていただけです」


「蓮姫が…疲れて…」


「はい。想造力を使い過ぎたことが一番の原因かと」


「…想造力を………っ!蓮姫っ!お前は…ぅう、」


「レオ!無理しないで。傷口は塞がってるけど……中が上手く治らなくて…ごめんなさい」


レオナルドが刺された直後、蓮姫は想造力を使い傷を塞いだ。


血も止まりレオナルドは治ったと蓮姫も思っていた。


しかし館に来ても目を覚まさないレオナルドを蓮姫が再度想造力で見ると、傷ついた内臓や血管の傷は癒えていなかった。


蓮姫の想造力で治せないソレは、蓮姫よりも強い想造力をかけられた証拠。


「姫様。姫様が謝られる事はありません。ソフィア様が刺した時、剣に魔術が込められていたのです。…命に別状はなく…安静にしていれば治ります。…その代わり…治るまでの間、痛みや苦しみが続くように」


それは正確にはレオナルドを標的としたものではない。


愛する男の苦しむ姿を見て蓮姫が苦しむようにと、女王が蓮姫に与えた罰の一つだ。


だがレオナルドは今の話で一番気にかかった部分はそこではない。


痛む体を無理に起こして、必死の形相で蓮姫とユージーンへと問いかける。


「…ソフィア……そうだ!蓮姫!っ、ソフィアは…何処に!?」


「……………ソフィは…」


「ソフィアは無事なんだろう!?違うのか!?まさか…ソフィアまで…どうなんだっ!?」


傷口を(おさ)えながらも、レオナルドは必死に二人へ問いかけた。


その姿に蓮姫は少しだけ胸がチクリと痛むのを感じる。


「レオナルド様。あまり興奮されますと傷に触ります。私が説明致しましょう。姫様。姫様はどうぞ腰を下ろして休んで下さい」


ユージーンは蓮姫を椅子に腰掛けさせると、レオナルドに全て話した。






「……………それでは……全てが…陛下のご意思だったと…言うのか」


「はい。レオナルド様」


ユージーンにことの真相を全て聞いたレオナルドは、信じられない、と顔を青くする。


蓮姫も(うつむ)きながら口を(はさ)むこと無くユージーンの話を聞いていた。


そんな二人とは対照的にユージーンは淡々(たんたん)と言葉を紡ぐ。


「レオナルド様。レオナルド様は女王陛下からなんと(めい)を受けて、この玉華へと参られたのですか?」


「………それは…『蓮姫の行動を監視しろ』とだけしか受けていない」


「私の行動を…監視?」


「余計な情報は一切与えられなかった、と。レオナルド様は陛下のご意思は何も知らなかったのですね」


さらりと無知という意味を込めて告げるユージーンだが、その言葉にレオナルドが激昂(げっこう)する。


「っ!?当然だ!知っていたら…ソフィアを危険な目に合わせるはず無いだろう!蓮姫の事もっ!…ぐぅっ、」


「レオ!無理しないで!」


興奮して傷口を再び抑えるレオナルドの体に触れる蓮姫。


レオナルドは蓮姫の手に触れると彼女の顔を覗き込んだ。


「蓮姫。やはり…一刻(いっこく)も早く王都に戻るべきだ。陛下の逆鱗(げきりん)にこれ以上触れる前に…王都に戻り陛下へ正式に謝罪するんだ。そうすれば…もう陛下だって…こんな真似はなさるまい」


「……レオ…それは…」


蓮姫を(さと)そうとするレオナルドだが、蓮姫は眉根を下げるだけ。


自分を心配する婚約者の姿を見て…少なからず蓮姫は幸福を感じる。


だがそれ以上に、彼を傷つけた事に深い後悔も感じていた。


ユージーンは二人が見つめ合い、自分の方を見ていない事をいいことにレオナルドを睨みつける。


ユージーンが一番面白くないのは今のレオナルドの発言。


そして蓮姫が何と答えるのか、それを聞きレオナルドがどんな反応をするのか、ユージーンには簡単に予測が出来た。


ユージーンのよく知る蓮姫は……自分の意思で逃げることなど…決してしない。


だからこそ蓮姫が答える前に先手を打つ。


「姫様。そろそろ姫様も休まれませんと。レオナルド様もまだ休息が必要です」


「…そう…だね。……レオ…まだレオは完全に治ってないから…今は休もう」


「蓮姫…だが…」


「お願い。これ以上…苦しむレオを…私は見たくない」


自分のために悲しむ婚約者の言葉に、レオナルドは困惑しながらも頷いた。


「…わかった。俺はまた休む。蓮姫…話はまた明日だ」


「……うん。おやすみ、レオ」


「では姫様。参りましょう」


促すユージーンの言葉に蓮姫は扉へと足を進める。


しかしそれをレオナルドの声が引き止めた。


「蓮姫っ」


「……?どうしたの?」


「ソフィアの記憶を……いや、ソフィアの心を守ってくれたこと…感謝する」


その言葉に蓮姫は(はじ)かれたようにレオナルドを見る。


ユージーンは逃げだ、と言ったがレオナルドは頭を下げ蓮姫に感謝していた。


それが嬉しくもあり、悲しくもあり、蓮姫は複雑な思いを抱きながらもレオナルドを見つめる。


「っ、レオ…」


「あいつはまだ幼い。精神的に。そんなソフィアを守ってくれて…ありがとう」


「……うん」


「姫様」


ユージーンに促され、蓮姫は今度こそレオナルドの部屋を出た。


ユージーンが扉を閉め、レオナルドが見えなくなるまで彼を見つめて。




「姫様…これからどうなさいますか?」


「…多分…ジーンの予想通り」


「俺の予想通りなら…急ぎましょう。ノアも犬も…あの青年も待っていますしね。しかしその前に…」


「…???なに?」


「姫様は領主様への借りを返さなくては」


ユージーンの言葉の意味を理解した蓮姫は、別館に用意された自分の部屋ではなく本館の方へと足を進める。


本館に入ると、そこには玉華領主でありこの館の主でもある大牙の姿があった。


「弐の姫様!?こちらへ()られるとは…どうなさいました?」


「領主様…お願いがあり…失礼とは思いましたが、勝手にこちらへと足を運ばせて頂きました」


「弐の姫…様?」


急な蓮姫の訪問に驚く大牙だったが、淡々とした蓮姫の様子に一瞬たじろぐ。


蓮姫はそんな大牙に構わず、彼を見据えて話を進めた。


「領主様。会わせて頂きたい方がいるんです」


「会わせてほしいとは?……もしや…元帥ですかな。元帥ならば」


「いいえ。飛龍元帥ではありません」


大牙の言葉に首を振る蓮姫。


そして大牙が予測していない人物の名を告げる。




カチャ


「…どうぞ……弐の姫様」


「ありがとうございます、領主様」


蓮姫が大牙に案内された部屋。


そこは次期彩一族当主にして、今は反乱軍による呪詛で苦しむ彩銀牙の部屋だった。


蓮姫の目に映るのは表情を歪めベッドで横たわる銀牙。


そしてベッドの横に腰掛けていた小夜だった。


「弐の姫様!?どうされたのですか?このような場に来られるとは」


「小夜殿、失礼致します。私が領主様へ無理を言って案内して頂きました」


蓮姫は小夜に一礼すると部屋の中へと足を進めた。


蓮姫を案内した張本人である大牙は扉から動かず、またここまで同行していたユージーンは扉の外で待機している。


「弐の姫様…わざわざ御足労(ごそくろう)頂き恐縮ですが、銀牙(ぎんが)は…息子はまだ…」


「反乱軍の呪詛が解けていないのですね」


蓮姫は銀牙が横たわるベッドへと近づき、その顔を見つめる。


まだ幼さの残る少年は眉間にシワを寄せ、苦しげに呼吸をするだけ。


「銀牙…弐の姫様ですよ。…銀牙」


母である小夜が呼びかけるが、少年はそれに答えることも、閉じられた瞳を開けることもなかった。


「小夜殿。領主様から伺いました。彼がかけられた呪詛はとても強いのだと」


「……はい。この子が…銀牙が倒れた原因が呪詛であると聞き、この玉華にいる魔導士に()()せたのですが…彼等では……」


その先は言葉にせず唇を噛み締める小夜。


そんな小夜の肩に蓮姫はそっと触れた。


「……弐の姫…様」


「大丈夫です、小夜殿」


蓮姫は小夜に優しく微笑みかけると、ベッドへと腰を下ろし銀牙の額に手をかざした。


蓮姫の手のひらから淡い光が放たれ、その光は徐々に銀牙を包んでいく。


光に包まれた銀牙の表情は段々と和らいでいき血色も良くなっていた。


しかし…それとは逆に蓮姫の顔色は段々と血の気が引いていくように青白くなっていく。


その姿を間近で見た小夜は、慌てたように声を上げ蓮姫を止めようとした。


「弐の姫様!御無理をなさってはいけません!!」


「…いいえ……私は…大丈夫です。…小夜殿…御心配は…無用です」


「ですが!弐の姫様!」


「………ぅ……ぇ」


小さく…本当に小さく呟かれた言葉。


その声に誰よりも反応したのは小夜。


小夜はその瞬間、息を呑んで驚いた。


驚愕に染まるその顔は段々と赤く染まり、涙が溢れてくる。


小夜は横たわる銀牙へゆっくりと顔を向けた。


「……は…は……うえ…」


自分に向けられた言葉。


自分を見つめる瞳に小夜は口元に手を当てて涙を流した。


「銀…牙……銀牙っ!!」

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