玉華の長い夜・突入 7
顔を顰めながら小さく告げるユージーン。
腕を組み、ただ蓮姫の方を見つめるユージーンを見て、火狼は今の自分の言葉が失言だったと気づく。
「…わ、悪ぃ。…そうだよな…簡単な訳ねぇよな」
「あぁ、簡単じゃねえ。でもまぁ…楽だったかもな」
「は?人殺すのが楽とか……俺が言うのもなんだけど意味分かんない。どゆこと?」
ユージーンが呟くように発した言葉の意味がわからず、火狼は首をひねる。
そんな火狼の方をユージーンは腕を組んだまま振り向いた。
「姫様が最初に殺したのは誰だ?」
「え?……そりゃあ………こないだのアーシェちゃんじゃん?」
ユージーンの問いかけに困惑しながら答える火狼。
人の命を何度も奪ってきた火狼だが、先日のアビリタでの出来事は彼にとっても良い思い出ではない。
火狼の答えにユージーンはコクリと頷く。
実は蓮姫が初めて自分で手にかけたのはユージーンだ。
しかしユージーンは不死身のため、何度蓮姫が心臓を短剣で突き刺そうが死ぬ事はない。
そのためにユージーンは自分の身で人を殺す感覚を蓮姫に覚えさせたのだから。
ユージーンは死なない。
だからこそ、蓮姫が初めて殺したのは友のアルシェンになる。
「姫様が初めて殺したのは心を許した友人だ。それもこの世界で初めて触れ合った友人達と同じ能力者。…世界に拒絶された存在という点では姫様自身とも似てる」
「そのうえ自分に殺してくれ、なんて懇願してきた。ありゃ初めてにしちゃキツすぎるよな」
火狼も同じように腕を組んで、うんうん、と頷きながら同意する。
そしてふと、ユージーンの言った言葉の意味を理解した。
「………え?…つまり…初めてが酷すぎたから…アーシェちゃん殺したのが辛すぎたから、反乱軍殺すのは全然楽だったってこと?」
「そうとは言ってねぇよ。まぁでも…あながち間違ってもねぇだろうけどな」
「………旦那、説明プリーズ」
火狼に促され、ユージーンは一つため息をつくと蓮姫の方を向き直り、言葉を続けた。
「アーシェの件は姫様にとって一生心に残る傷を作ることになった。だからこそ人を殺す事に抵抗もあるし、命の重さを顧みる機会にもなった 」
「えっと~……ふっ切れたってこと?」
「それも違ぇ。吹っ切ったというか……全部抱え込む覚悟を決めたんだ」
「覚悟を決めた…ねぇ。俺みたいな仕事してる奴には一番いかんぜソレ。何も考えないで標的を瞬殺。それが最も必要とされるスキルだかんね。要らん事ばっかり考えてたらいつか足元すくわれちまう」
「そうならないために俺がいる」
蒼牙の傷を完治させる為に、想造力を発動させる蓮姫を見ながらユージーンは口元に笑みを浮かべた。
「俺が姫様を守る。その命も…心もな」
「…………やっべぇ……旦那マジでかっけぇわ。いっかい抱いて」
「…ぜっっってぇ断る」
火狼の冗談を心底嫌そうに返すと、ユージーンは蓮姫の元へと足を進める。
短剣が突き刺された時に出来た服の隙間から傷口が見え、その傷はほとんど塞がっていた。
ユージーンの姿をとらえた蒼牙は苦笑しながら声をかける。
「はは。元帥ともてはやされてもこのザマだ。陛下に会わせる顔もない。ユージーン殿の方が余程従者として優れている」
「何をおっしゃいます。私などはまだまだ未熟者。あの女王陛下にお仕えする事など私には到底無理なことです。元帥より優れた従者などおりませんでしょう」
謙遜と嫌味をこめて告げるユージーン。
しかしこの場でその本当の理由を知るのは蓮姫のみ。
元帥の手前、叱りつける事も出来ず蓮姫はチラリとユージーンを睨むだけにとどめた。
そして再び想造力へと集中すると、傷口は完全に塞がれ服の破れまでも修復される。
「……ふぅ。これで大丈夫だと思います、蒼牙さん」
「ありがとうございます弐の姫様。この命を救って頂いた御恩、決して忘れは致しません」
蒼牙は座り込んでいた姿勢を但し、片膝を立てると蓮姫に向けて深く頭を下げる。
その様子を見ていた大牙も、父にならうよう跪いて蓮姫へと礼を告げた。
「弐の姫様………我が父…そして我が玉華の民をお救い下さったこと。心より感謝致します。この御恩は決して忘れません」
父、と口にする時だけ一瞬口ごもる素振りを見せた大牙。
まだ父親へのわだかまりが溶けていない事がわかる。
それでも…父親を救って貰った事への感謝は本心で、何より玉華の危機が去ったことに対して深く頭を下げていた。
そんな二人の姿に蓮姫は慌てるように両手を振る。
「蒼牙さん!領主様!頭を上げて下さい!むしろ感謝しなきゃいけないのは私の方です」
蓮姫の言葉に親子は同時に頭を上げて首を傾げる。
口を開いたのは蒼牙の方だった。
「弐の姫様が?何故ですか?」
「それは……」
蓮姫はチラリとユージーンの方を見ると苦笑して言葉を続けた。
「私を信じてくれたからです。ジーンがどう言ったかはわかりませんが、私がわざと反乱軍に捕らわれた時も動かず、ここに来る時もジーン達少数で来てくれた。大軍で無理矢理来る事も出来たのに」
「それは……それが最善の策だと判断したからです。それに弐の姫様を危険に晒したのは我等玉華の民であり、彩一族。これは謝罪してもしきれぬ罪です」
大牙は隣で話す父と蓮姫の様子をただ黙って聞いている。
それは自分も同じ思いだったからだ。
しかし蓮姫は蒼牙の言葉に首を振りながら答える。
「それは私が首を突っ込んだからです。蒼牙さん達は何も悪くありません。前にも同じような事をして痛い目を見たのに…繰り返してしまいました。でも……後悔はしていません。」
ロゼリアでは好奇心で首を突っ込み、足と目の機能を一時的に失った。
そんな思いまでしたというのに、蓮姫は再び事件に自ら首を突っ込んだのだ。
学習能力の無い蓮姫は愚かに見えるだろう。
だが今後また同じ事が起ころうが、時間が戻ろうが、蓮姫は同じ行動をとる。
自分の認めた主はそういう姫だ、とユージーンは心の中でのみ納得しクスリと笑みが零れた。
「私は自分のしたい事、やりたい事を勝手にやりました。だけどそれを蒼牙さんも領主様も許してくれた。本当にありがとうございます」
「弐の姫様…ですが…」
「それは…」
笑顔で自分達に頭を下げる蓮姫に蒼牙と大牙は眉を下げる。
感謝したいのは自分達の方だ。
今回の件で返せない程の恩が出来たのは自分達の方だ。
そう思い口を開くが、ふいにパンッ!パンッ!と手を叩く音が洞窟内に響いた。
蓮姫…いや、全員が警戒するようにその音の方へ目を向ける。
もしや反乱軍の残党か、とユージーンと火狼は直ぐに蓮姫を庇うように立ったが、その音の発生源を見て目を丸くした。
火狼の方は気が抜けたように張り詰めていた肩の力を抜く。
その音の発生源。
それはソフィアだった。
ソフィアは口元を歪ませながら笑みを浮かべ、手を叩き続ける。
それは讃賞というより馬鹿にしたように見えた。
明らかにおかしい態度の従姉妹にレオナルドは困惑する。
「ソフィア?どうしたんだ急に?何をしている?」
「何をしているって……見てわかりませんか?讃えているのですわ。聖人の如く自己犠牲精神の塊のような事を言って平気で人を殺せるお姉様を。流石は弐の姫様だと」
クスクス笑いながら拍手を止めずに告げるソフィアの言葉にレオナルドは驚く。
レオナルドだけではなく、蒼牙と大牙、火狼も目を見開いてその様子を眺めた。
しかし蓮姫とユージーンだけは驚かず、むしろ蓮姫はこのソフィアの姿を予見していた。
あの桃花の母親は一度、豹変したソフィアを見ていたからか、彼女から逃げるように娘を抱えて後ずさる。