玉華の長い夜・突入 6
そんな中、オースティンは俯いたかと思うと静かに笑い出した。
「くっ……ふふふ…ふははははは!!馬鹿め!これで勝ったと思うな!やれ!お前達!我等の力を見せつけてやれぇ!!」
その言葉に、残っていた反乱軍は全員両手を広げ詠唱を始めた。
「我が生の源!我を生かせし全ての力!」
それはあの13が唱えていた自己犠牲型の自爆呪文だった。
「ちっ。自分たち諸共、ここを木っ端微塵に吹き飛ばすつもりか」
「その通り!弐の姫を殺せるのなら我等の命など些事にすぎん!飛龍元帥も含めここで全員死ぬがいい!我等の悲願はこれで成就する!いや!ここから始まるのだ!ははははは!!」
ユージーンの言葉に大きく笑いながら答えるオースティン。
弐の姫を…蓮姫を殺せるのなら自分達の命など惜しくはない。
むしろ彼等の本当の狙いは女王麗華だ。
ここで弐の姫を殺す事で、反乱軍全体の指揮を上げるのが狙いだろう。
その為ならば、彼等は自分達の命すら簡単に捨てられる。
反乱軍とはそういう者達の集まりなのだから。
だが、そんなオースティンや反乱軍の魔術師達の行動に蓮姫は怯む様子もなく、一歩前に踏み出した。
「そんな事させない。絶対に」
蓮姫は片手を前に出すと、一度目を閉じ集中する。
そして目を開けた時には鋭い眼光で魔導士を見つめた。
「はっ!愚かで弱い弐の姫が何をしようと無駄な事だ!」
「確かに…私は弱くて愚かだ。だけど…ここにいる人達を守ることぐらいは出来る!」
蓮姫が叫んだ瞬間、彼女の体から光が放たれる。
すると魔導士達の体は氷から解放され、空中に一人づつ浮かび出し結界に囚われた。
その光景に誰もが息を呑む。
「姫様…あの時とは違います。これだけの人数を止めるには…」
ユージーンの言うあの時とは、13の自己犠牲呪文を止めた時。
あの時は一人だったが、今は数人を結界で閉じ込めている。
彼はわかっている。
蓮姫がこれから何をしようしているか。
そしてそれが、どれだけ残酷かを。
「止めないで、ジーン。アーシェの時と同じ。これは…私にしか出来ない」
「そうですね。俺の、蒼き冥府の檻では奴等を封じきることは出来なかった。確かに姫様にしか出来ないことです。…覚悟の上ですね」
「………あぁ」
魔導士達を倒す事はユージーンにも火狼にも可能だ。
だが、一人でも殺す前に呪文を唱えきってしまえば全てが終わる。
しかし蓮姫の場合は違った。
彼女が結界に閉じ込めてしまえば、爆発は外にはもれない。
現に魔導士達の魔力は抑えられ、掌から出された光の玉は既に消えてしまっていた。
それでも魔術師達を囲う結界は解かれない。
むしろ段々と収縮していった。
それはこの場を救う為に、一気に片をつける方法。
「蓮姫は…何をするつもりだ?……まさかっ!?」
結界の収縮を見たレオナルドは、蓮姫がこれから何をするのかを理解した。
いや、レオナルドだけではない。
この場にいる全員が理解した。
あの桃花の母親も震えながら娘の目を庇うよう抱きしめ、自らも固く目を閉じる。
レオナルドはいてもたってもいられず、蓮姫へと駆け出そうとした。
しかしそれは火狼によって止められる。
「貴様っ!離せ!」
「おっと!離しませんよ、お坊ちゃん。俺達にはなんにも出来ないんすから、黙って見てましょうよ」
「ふざけるな!蓮姫をっ、蓮姫を止めなくては!おい!ユージーン!貴様何をしている!蓮姫を止めろ!蓮姫にそんな事をさせるな!」
離れた位置から怒鳴られるユージーンだが、レオナルドの言葉を無視している。
いや、むしろ口元には軽く笑みも浮かんでいたのをレオナルドは見逃さなかった。
男達が騒いでいる間にも蓮姫は想造力を止めない。
蓮姫は一瞬だけ表情を歪め目を閉じる。
そして目を開けると開いていた手のひらを段々と握り、それに合わせて結界の縮むスピードが増す。
中にいた反乱軍達は少しづつ体を潰される激痛に悲鳴を上げた。
結界はその間も縮小していき、最後には花火のように散っていった。
ソフィアはその光景に「ヒッ!」と口元を抑えながら小さく叫ぶ。
魔導士達は苦しみの末に潰され、蓮姫によって殺された。
蓮姫は震える体を必死に抑えこむように、俯きながら両手を強く握りしめた。
そんな蓮姫の様子を見て、レオナルドはユージーンに対して激しい怒りを覚えた。
蓮姫の直ぐそばにいながら……蓮姫に仕えるヴァルという身でありながら、蓮姫自身の手を汚させたユージーンに。
蓮姫とは逆に、レオナルドは抑えきれない怒りが、震えとして体に出る。
「っ、ユージーンっ!!貴様ぁ!」
「ちょっとちょっと!危ないですって坊ちゃん!」
「離せ!離さんかぁ!」
レオナルドはユージーンへの怒りのまま駆け出そうとするが、やはり火狼によって止められる。
それも後ろから羽交い締めにされるような形で。
それでもバタバタと暴れるレオナルドに、ユージーンは冷ややかな目を向けていた。
だが目を閉じ、やれやれとため息を一つつくとオースティンへと向き直る。
「……さて、外野がうるさいですが。これで貴方だけになりましまね。…首領殿」
ユージーンの言葉に、蓮姫も俯いた顔を上げてオースティンを睨む。
この洞窟内にいる反乱軍はオースティン以外、全て氷漬け。
残っていた魔導士達もたった今、蓮姫によって消された。
残されたオースティンはただ愕然としたまま、膝から崩れ落ちる。
「…馬鹿な……たかが弐の姫に…我が軍勢が倒されるなど…」
「信じたくないのなら…それでも構いませんよ。しかし事実は変わりません。我々が、姫様が、貴方を決して逃がさない現実も変わらない」
ユージーンはオースティンを見下ろすように、ピシャリと告げる。
そんな中、オースティンへと距離を詰める者が一人いた。
玉華領主の大牙だ。
彼は父から離れオースティンへと近づき、ユージーンの言葉に賛同するように口を開く。
「そうだ。貴様等が我が民を苦しめた罪も決して変わらん。いや、許されん」
「玉華領主…。…弐の姫さえ来なければ…彩一族も…根絶やしに出来たというに」
「我が民の苦しみ、我が弟の苦しみを…貴様も味わって死んでいけ。それが玉華領主である…俺の務め」
大牙は剣を抜きながら告げる。
玉華領主として、民を苦しめた者を裁くという意志が彼には満ちていた。
大牙は一度蓮姫の方を見る。
自分にやらせてほしい、という意図を蓮姫も理解し小さく頷いた。
だが次の瞬間、オースティンはゆっくりと立ち上がる。
足どりがおぼつかず、ゆらゆらと揺れるように歩くオースティン。
「…弐の姫を…彩一族を…玉華を滅ぼすと言っておきながら…全ての部下を失い…負けたというのか?」
その目は虚ろで何も移していない。
目的もなく、グルグル回るように歩くオースティン。
その不気味さに、大牙もユージーンも迂闊に動こうとはしない。
「ふっ…ははっ……なんというザマか。…若様に顔向けなど…出来るはずもない。若様が気にかけていた…俺が自ら育てた…13まで殺したというのに。…全てを失い……得るものは……何も無かったというのか…」
自嘲気味に笑うオースティンに、大牙は剣を下ろしながら呟く。
「……これが反乱軍首領の成れの果てか。…哀れだな」
「っ、哀れ…だと…我等が哀れだと言うか!玉華領主!!」
大牙の放った一言が、オースティンの瞳に光を再び取り戻させてしまった。
だが、今更戦況など変わらない。
それでも…オースティンにとって許せない一言だった。
「我等の悲願は…この世界の秩序を取り戻すこと!女王などと宣う卑しい女に媚びへつらう貴様等とは違うのだ!」
オースティンはそう叫ぶと蓮姫を力強く睨む。
そして持っていた剣を投げ捨てた。
「もはやこれまで!今更命乞いなどせん!誰が貴様等などにするものか!殺すなら殺すがいい!!哀れな弐の姫!卑しい女王の哀れな民よ!この世界の真実を知らぬ愚か者共め!」
「この世界の…真実?」
ふいに発せられた言葉に蓮姫は眉を寄せる。
しかしオースティンは覚悟を決めたように、その場にドカッと勢いよく座り込んだ。
「さぁ!我が命!奪いたければさっさとするがいい!命など惜しくは無い!」
「ならば…望み通りにしてくれる!」
大牙は再度オースティンへと剣を構える。
だが、その時を待っていたようにオースティンはニヤリと微笑んだ。
大牙が剣を高く掲げたことで、胴体に隙が出来たのをオースティンは見逃さなかった。
「貴様も道ずれだ!愚かな玉華領主!」
オースティンは隠し持っていた短剣を大牙へと向ける。
既に相手が殺される覚悟を決めたと大牙は油断しきっており、反応が遅れた。
避けきれない。
しかし次の瞬間、大牙の体が何者かによって強く押される。
横に倒れた大牙が見上げると、そこには自分の代わりにオースティンに刺された父親、蒼牙の姿があった。
蒼牙は長年の戦の経験、そして父親として誰よりも早く息子の危機に反応していた。
「蒼牙さん!?」
「ぐっ…は、」
叫ぶ蓮姫に答えようとした蒼牙だが、声の代わりに血を吐いてしまう。
だが、自らの腹部に突き立てられた短剣の柄をオースティンの手ごと握りしめ、力強く引き寄せた。
驚くオースティンの肩をもう片方の手で掴むと、蒼牙は睨みつける。
「…はっ、…よく聞け、反乱軍よ。貴様なんぞの…好きにはさせん!」
「ひ、飛龍元帥…貴様ぁっ!」
「元帥として…彩一族当主として…そして父として……この俺が…貴様等の毒牙を阻止する!大切な者を傷つけさせはせん!」
「お、おのれぇ!」
逃れようとするオースティンだが、蒼牙の力が強く体を動かす事は勿論、短剣から手を離す事も出来ない。
「大牙っ!」
「っ!?覚悟ぉっ!」
父親に名を呼ばれた大牙はその意味を理解すると再度剣を構え、オースティンへと振り下ろす。
オースティンが血を吐くのを合図に、蒼牙はその手を離した。
ドサリと横に倒れるオースティンと、刺された腹部を抑えて座り込む蒼牙。
蓮姫は慌てて蒼牙へと駆け寄る。
「蒼牙さんっ!」
「弐の姫様…御心配なさいますな。急所は……ぐっ…ぅ、ぅぁっ!!…は、はぁ…外れております」
腹部に刺さった短剣を自分で抜きながら話す蒼牙の姿に、蓮姫はしゃがみこんで傷口に手を掲げ、傷を治すため想造力を発動させる。
必死に蒼牙を助けようとする蓮姫とは逆に、守られた大牙は駆け寄る事もせずにその光景を眺めていた。
いや、睨みつけていた。
「……ぜ…だ」
「……大牙?」
小さく呟く息子の声に蒼牙は息を切らしながら聞き返す。
大牙は蓮姫の隣にしゃがみこむと、父親を強く睨みながら…しかし目元を潤ませながら叫んだ。
「何故だ!?何故俺なんかをかばった!今更…今更父親面をするつもりか!?」
「今更…か。悪いが……いつでも…父親面を…している」
ポンと大牙の頭に手を置くと蒼牙は柔らかく微笑んだ。
「何故だ?…と言ったな。…息子を……守って死ねる…なら……父親として…これ以上の名誉は…ない」
「っ!?」
「しかし…弐の姫様の…おかげで……まだ…死ねそうにないな。…ハハ」
笑いながら話す父親の姿に、大牙は涙が零れないよう唇を強く噛んだ。
そんな彩親子の様子を遠くから眺めるユージーン達。
離れていた火狼もユージーンの隣に立ち、ノアールは仔猫の姿で欠伸をしていた。
「なんか感動的じゃん?これで親子の関係修復!…って訳にはいかねぇか?」
「いかねぇよ。んな簡単な問題じゃねぇ。ただ…お互いが近づく一歩にはなったんじゃねぇか」
「んなら良かったじゃん。姫さんのおかげで元帥死なねぇし結果オーライ!で、あの坊ちゃん相当旦那にキレてたけど?どうすんのよ?」
「……………」
「え?無視なの?」
火狼の言葉通り、レオナルドは離れた場所からユージーンを睨みつけている。
突き刺すような視線に気づいていながらも、ユージーンはあえて気づかないフリをした。
今レオナルドと問答をした所で時間の無駄…何より面倒だと感じていたからだ。
何も反応しないユージーンだが火狼は構わずに話し続ける。
「お~い。無視すんなよ~。あ、そういやさ。姫さん意外と動けた……ってか殺せたな。それも結構簡単に人をさ。普通の女の子じゃ無理だぜ。流石は弐の姫様なんかね~?」
「………簡単じゃねぇよ」