玉華の長い夜・突入 5
オースティンはユージーンが辿り着く前に蓮姫を殺そうと、再び頭上に剣を振り上げる。
しかしソレは、既に剣としての機能を失っていた。
「っ、クソッ!弐の姫だ!!弐の姫さえ殺してしまえば我等の悲願は」
「させるかっ!」
オースティンの言葉を遮りユージーンが叫ぶ。
ユージーンは目の前に立ちはだかる反乱軍を斬ると、倒れてくる体を踏み台に高く飛び上がった。
「氷柱・弾!」
飛んだ体勢のまま、ユージーンは氷柱を掌から撃ち出しオースティン達を攻撃する。
襲いかかる氷柱から逃げるように後ろへ引くオースティン。
そのままユージーンはオースティンと蓮姫の間に着地すると、自分の主へと跪く。
「大変お待たせ致しました。姫様のユージーン、只今ここに」
微笑みながら告げると、次の瞬間、蓮姫の手枷に手をかざすユージーン。
蓮姫の手の自由を奪っていた手枷は一瞬で凍りつき、瞬く間に砕けてしまった。
「大丈夫…ではないですね。待っていて下さい。姫様を踏みつけたあの汚い足は、今直ぐに斬り落として姫様に捧げましょう」
「いや、いらないから。それよりジーン。……あの人は…どうしたの?」
蓮姫の言う『あの人』とは、この場にいない、だがユージーン達をこの場に案内した者のこと。
あの13と呼ばれた青年のことだ。
ユージーンは立ち上がると、蓮姫に背を向けて自分達に襲いかかる反乱軍に剣で応戦しながら悠長に答える。
「彼ですか。姫様なら彼を戦いに巻き込みたくないだろうと判断し、洞窟の前で犬が気絶させました。奴の話ではそう簡単には意識は戻らないそうです。彼が起きるのは全て終わっている頃でしょう」
「……そう。良かった」
蓮姫は13にユージーン達を案内させようと考えていた。
しかし危惧していた事もある。
13がオースティンとまた会えば、彼は再び任務のため蓮姫達を殺そうとする、と。
それも自分の命を犠牲にして。
蓮姫はソレを阻止したかったが、その心配はユージーンの機転により回避された。
「なら…心配する事は何も無い。ジーン」
「はい。姫様…あの短剣はお持ちですね?」
背中越しで問いかけられた言葉に、蓮姫は自分の服を探り短剣を取り出した。
「うん。ここにある」
それは蓮姫がかつて手に入れたオリハルコン製の短剣。
そして短剣を構えながら決意を口にする。
「私も戦う」
「姫様……一応確認しますが、それは復讐のためですか?」
自分が短剣を持っているか、わざわざ確認したくせに、更に戦う理由を問うユージーン。
蓮姫の方からは彼の表情は見えない。
だが、その声は普段よりも冷たさや重さを感じた。
従順な従者から威圧を感じながらも、蓮姫は引かずに答える。
「正直…それもある。でもそれだけじゃない」
「と、言うと?」
「かつて…守れなかった人と、今守りたい人のために戦いたい。戦わなきゃいけない」
蓮姫からは見えない。
蓮姫を守るため、蓮姫の側に反乱軍を近づけないように戦うユージーンの表情が。
だが…ユージーンは怒っても、ましてや落胆もしていない。
彼は笑っていた。
「わかりました。それが姫様のお望みでしたら…このユージーン、何処までも御一緒し、姫様をお守り致します」
目の前の敵を斬り捨て、ユージーンは楽しげに告げた。
復讐のためだけではなく、今自分が守りたい者達のために戦いたいという蓮姫。
またそれをバカ正直に自分に伝えた彼女に、ユージーンは喜びを感じていた。
蓮姫にしっかりと向き合うとユージーンは微笑みながら主へと告げる。
「共に戦いましょう、姫様」
「…ジーン。一つ言い忘れてた」
「はい?なんですか?」
「助けに来てくれて…ありがとう」
「…ふっ…はい。どういたしまして、姫様」
ユージーンは向かってくる敵を斬りつけ、弱っている所を蓮姫の方へ蹴る。
「ハァッ!」
その敵に短剣を突き立てる蓮姫。
短剣から肉を刺す感触に顔をしかめるが、そのまま短剣を抜き取る。
「クソッ!弐の姫死ねぇ!」
ユージーンでは敵わないと悟ったのか、反乱軍の一人が単体で蓮姫へと襲いかかる。
自分に向けられた敵の長剣を短剣で受け止める蓮姫。
攻撃には転じることは出来ないが、しっかりと攻撃を受け止める。
ユージーンは片手を剣から離し、その手で蓮姫に襲いかかる反乱軍に氷柱を撃ち込んだ。
「グアッ!」
反乱軍が怯んだ瞬間を見逃さず、蓮姫は同じように短剣を突き刺す。
それでも後から何人も蓮姫へと襲いかかってきた。
怯むことなく応戦している蓮姫に、ユージーンは戦いながら声をかけた。
「実戦はっ、初めてですが…よく動けていますよ。姫様」
「いつも…っ、誰かさん相手に…鍛練、してるからねっ!」
「そうです…ねっ!その誰かさんみたいにっ、不死身じゃありませんから…一回仕留めればっ、…十分です。簡単でしょっ!」
ユージーンの言葉に悪態をつけるほど蓮姫はよく動けている。
普段不死身のユージーン相手に鍛錬をし、また彼の教えもスパルタだった事が影響しているようだ。
それでも、敵に短剣を突き刺したり斬りつけた時には、どうしても顔が歪んでしまう。
人を殺す事に抵抗がないユージーン達とは違い、蓮姫には一人、また一人と敵を倒す度に罪悪感が心を満たしていった。
だが、蓮姫は戦うのをやめたりしない。
それは復讐のためではない。
ソフィア達を自分の手で守りたいからだ。
「本来でしたら…姫様には結界を張って、…中で見ていてほしかったんですが…ねっ!」
「自分だけ安全にっ、結界の中になんかっ!いられるわけ…ないで…しょっ!」
蓮姫が結界を張らずに戦う理由の一つ。
それは結界を張れば身動きが一切取れなくなる。
本来ならユージーンの希望通り結界を張れば安全だった。
しかしソフィア達を放って自分だけ無事というのは蓮姫には出来ないし、したくもなかった。
ソフィア達を含めて結界を張れればそれが一番だったが…彼女達とは距離がある。
一人で駆けつける間に数人に攻撃されれば、蓮姫とて無事では済まない。
だからこそ、蓮姫はユージーンの側で戦う事を選んだ。
「まったく…俺の姫様はっ、お転婆で困りますねっ!」
「じゃあっ!結界張って…一人で泣いてる方がっ、良かったっての!」
「いいえ。そんなのっ、姫様らしく…ありませんからっ。今のままで…充分ですっ!」
命のやり取りをしているというのに、悠長に会話する二人の姿。
反乱軍相手に一歩も引けを取らない、むしろ押している姿にオースティンは怒りを覚える。
周りを見回すと、優勢なのは蓮姫達だけではない。
人質であるソフィア達の周りには火狼やノアールが、他の者達は飛龍元帥と大牙に圧倒されている。
「ええい!貴様ら何をしている!相手はたかだか数人ではないかっ!さっさと殺せぇ!」
「確かに数では劣りますが。数だけです。我々一人一人の実力は、貴方達よりも遥かに強い。まだわからないとは…反乱軍の首領は愚かですね」
目の前の敵を斬り捨てて告げるユージーン。
まだまだ余力があるその様子が、オースティンを更に憤慨させる。
「クソッ!愚かで弱い弐の姫なんぞに!何故貴様のような者が!」
「そのお言葉、そのままお返ししますよ。愚かで弱い、ついでに大馬鹿者の首領さん。こんな奴が上に立てるくらいでは…反乱軍とは取るに足らない存在らしい」
自分達の周りを取り囲んでいた敵を全て倒したユージーンと蓮姫。
蓮姫は流石に心身ともに疲れたのか、息があがっている。
そんな蓮姫を背に庇うユージーン。
「姫様、大丈夫ですか?」
「…大丈夫。…ちょっと…疲れただけ」
「姫様の今後の課題は体力作りですね。今度から筋トレも追加しましょう」
「貴様ら何を悠長に!皆の者!他などどうでもいい!全員で弐の姫達に襲いかかれ!」
オースティンの言葉を合図に、一斉に蓮姫達のいる石台へと駆けつける反乱軍達。
火狼達も追いかけるが、反乱軍の方が早い。
だがやはり、ユージーンは慌てる様子もなく、むしろこれを好機と悟った。
「姫様、元帥と領主様に結界を。犬!火柱だ!元帥は領主様のお傍に!」
「はっ!?あぁ、了解!」
ユージーンの言葉に火狼はノアールを呼び戻すと、自分やソフィア達の周りに大きな火柱を生み出す。
そして蒼牙が大牙の側に行ったのを確認すると、蓮姫は二人を結界で包み込んだ。
自分達の攻撃ではない支持と行動に、オースティンは声を荒げる。
「貴様っ!なんのつもりだ!?」
「直ぐにわかりますよ。姫様、ちょっと失礼」
ユージーンは剣を投げ捨てると蓮姫を抱き寄せる。
そして空いた方の手を向かってくる反乱軍達へと向けた。
「蒼き冥府の檻!」
ユージーンの片手から放たれた氷結系の上級魔術、蒼き冥府の檻は一瞬でこの洞窟を埋め尽くした。
自分達へと向かってきた反乱軍の大半は氷像へと姿を変える。
その中でも、オースティンを含めた数人は全身氷漬けは免れたものの、下半身を凍らされ身動きがとれない。
「蒼き冥府の檻……だと!?詠唱無しでこれほどの威力など…ありえんっ!」
「おや?結構な人数が残ってますね。まぁ、魔力が強い者や戦闘力の高い者には威力が半減されるので仕方ありませんか。しかし、これで半分以上は減りました」
蓮姫を解放しながらのんびり話すユージーンの姿に、蒼牙と大牙は驚愕の表情を浮かべる。
「詠唱無しで…この洞窟の…反乱軍の大半を凍らせた?これがユージーン殿の実力……大牙…お前は知っていたのか?」
自分の方を向いて問いかける父に、大牙はユージーンから目を逸らさず首を振った。
普段、父には悪態しかつかないその口は、ユージーンの実力を目の当たりにした事で素直になった。
「…知らん。いや、只者ではないと思っていたが…これ程とは。…なんという男だ」
息子の言葉が嘘ではないとわかり、蒼牙はユージーンへと向き直る。
「ユージーン殿。弐の姫様にお仕えするに相応しい男のようだ」
「だが…何故あのような者が…弐の姫様に仕えているのだ?その気になれば…女王陛下のヴァルにすらなれるはず。何故わざわざ弐の姫様に?」
「わからんが……ユージーン殿を従わせる何かが…仕えたいと思わせる何かが、弐の姫様にはある。主に仕えるとは…誰かに仕えるとは…そういうことだ」
蒼牙と大牙がユージーンについて思案していると、火狼の放った火柱が上部より消えていく。
火柱から視界を解放されたレオナルドとソフィア、あの親子も蒼牙達と同じようにその顔を驚愕に染めていた。
火狼はユージーンの行動を予想していたからか、驚く様子などなく、ヒュー、と口笛を鳴らす。
「さっすが旦那。相変わらず凄ぇや」
「…これを……あの男がやったというのか?」
「そっすよ。坊ちゃ…いや次期公爵様。旦那の魔力はずば抜けて高いらしくて。多分だけど、詠唱無しでこれですわ」
「っ!?詠唱…無しだと!?」
「凄い……ユージーン。…こんな魔術…生まれて初めて見ましたわ。……寒い」
「母ちゃん!凄いよ!冬じゃないのに氷がいっぱい!」
「桃花…そうだね。寒くないかい?」
氷に包まれた洞窟内は気温も下がり、吐いた息が白く染まる。
母親は娘を寒さから守るように抱きしめた。
ユージーンの実力を知らない、蓮姫達以外の人間はこの光景にただ呆然とする。
「さて……まだ戦うんでしょう?当然です。姫様の命を狙った代償は…まだまだ払い切れていないんですから」
ユージーンは蓮姫を背に庇いながらも、オースティンへと一歩、足を踏み出した。
まだ戦いは終わっていない、と言いながらも口元の笑みは深くなっている。
その余裕の表情が全てを物語っていた。
もう勝負はついたのだ、と。