疎まれる存在 3
一時間程、女王に根掘り葉掘り聞かれたレオナルドとアンドリューは、二人並んで城内の回廊を進んでいた。
「さすがは陛下。あそこまで人の恋路に土足で突っ込んでくるとは。そうは思わないか?レオナルド殿」
「……………」
「おや?顔が紅いようだが……公爵家のおぼっちゃまには刺激が強すぎたかな」
「…………殿下」
「ハハッ!そう睨むな。陛下も仰っていただろう?姫の婚約者同士、仲良くしようじゃないか」
誰が仲良くできるか、とレオナルドは思ったが、やはり相手は皇族なので、口にはせず睨むだけにしておいた。
それでも大分不敬だろうが。
「先程も言ったが……レオナルド殿は随分と弐の姫が気に入ったようだな」
「婚約者たる者、相手を愛しく思うは当然でしょう」
「当然…ね。確かに弐の姫は美しい。俺の婚約者が壱の姫ではなく弐の姫なら……と感じる程には」
「殿下っ!!」
「そう怒るな。例え話だ」
ソレはアンドリューの本心でもあった。
確かに弐の姫は壱の姫に劣る。
しかし外見は真逆だった。
凛はまだ少し幼さのある可愛らしい姫だが、蓮姫は何処か憂いを秘めた美しさを持っている。
外見だけなら、アンドリューは凛よりも蓮姫の方が好みだった。
しかし、どうせ婚約するなら女王となるに相応しい者が好ましいのも事実。
アンドリューは国にとって、自分にとって良いとされる婚約をするだけだ。
「そうだ、レオナルド殿。怒らせた侘びに、一杯奢ろう」
「………申し訳ありませんが…先約が有りますので」
「なんだ?弐の姫と約束でもあるのか?暇してるようだったしな」
アンドリューの言葉に、レオナルドは弾かれたように振り向いた。
「蓮姫と………会ったのですか…?」
「あぁ。なんだ?気づいていなかったのか?」
「てっきり……人から蓮姫の容姿でも聞いたのかと」
「弐の姫を褒めるのは、貴殿と陛下に飛龍大将軍。あとは例の双子くらいだろ」
アンドリューから出た双子という単語に、レオナルドは自分の眉間が更に深くなったのを感じた……が、こればかりは自分ではどうしようもない。
「弐の姫とデートか?」
「……いえ。蓮姫に贈り物を買いに行くのです。従兄妹を連れて、女性が好みそうな物を探そうかと」
デートに誘いたくとも、どうすればいいのか?
蓮姫にどう声を掛ければいいのか?
悩みに悩んだ結果、蓮姫にまた贈り物を届けることにした。
ソフィアは呆れ返っていたが、結局は付き合ってくれるらしい。
「ほぉ。ならば……良い事を教えよう。今、この王都にはレムスノアの商人も滞在していてな。レムストーンを扱う者もいる」
レムストーンとは宝石の一種であり、レムスノアでしか採れない貴重な石だ。
値は張るが、昔から女性達には人気が高い。
女の事には疎いレオナルドも、それくらいは知っていた。
「そいつは腕の良い職人でもあってな、折角のレムストーンだ。耳飾りを送るのはどうだ?指輪や首飾りに加工しても良いが……レムストーンは耳飾りに限る」
「それは……お気遣い感謝します。では、殿下も壱の姫に?」
「いや、まさか。まぁ俺の事はいいだろう。ではな、レオナルド殿」
それだけ告げるとアンドリューは、去って行った。
アンドリューは羨ましかった。
全身で弐の姫に焦がれているレオナルドが。
自分は婚約者に対して、そこまで本気にはなれないだろうと知っていたから尚更。
だからこそ、レオナルドの……恋に焦がれる若者の背を押したくなったのかもしれない。
久遠に自分の立場を初めて聞いた蓮姫は、そのまま城を飛び出し城下の街へと来ていた。
いつもなら無理だが、幸い今は見張る者もいない。
お付きのものがいないのなら、真っ直ぐ公爵邸へ帰るべきなのだろうが……自分に対する他人の評価を知った今では、帰りたくなどなかった。
いっそ………このまま何処かへ消えたかった。
ドンッ!
「んぎゃっ!?」
「ぅわっ!?だ、大丈夫!?君?」
一人落ち込みながら歩いていると、蓮姫は少年とぶつかってしまった。
慌てて手を差し出すが、少年は怪訝な顔をしてその手を取ろうとしない。
「???ホントに大丈夫?怪我しちゃった?」
「ううん。俺はしてないけど……。お姉ちゃんの方が大丈夫?」
「え?なんで?大丈夫だけど?」
「じゃあ……お姉ちゃん、なんで泣いてんの?」
少年に言われて自分の頬に触れると、確かに濡れていた。
考え込むうちに次第と心は追い込まれ、無意識に泣いていたらしい。
「どっか痛いの?」
「ううん!ホントに私は大丈夫だから!私の事より君!!君はホントに大丈夫なの?」
「俺はホントのホントに大丈夫だってば!!お姉ちゃんの方こそホントに大丈夫!?」
「だから!私もホントにホントにホント~に大丈夫だからっ!!」
子供相手にムキになり、かなり低レベルの会話となる。
通行人も、どう口を挟むべきか一瞬悩み、結局関わりたくないのか素通りしていく。
「リック?お前、道の真ん中で大声出して…何してんだ?」
声の方を振り返ると、そこには一人の青年がいた。
どうやら少年の知り合いらしい。
「カイン!?大変なんだよ!!このお姉ちゃんが大丈夫じゃないのに、ホントに大丈夫って言って!自分が泣いてんのに『大丈夫』とか聞いてさ!!俺はホントのホントに大丈夫でっ!」
「意味わからん。取り敢えず…あんた、こいつが何かした?」
一見申し訳なさそうにも聞こえるが、カインと呼ばれた青年は蓮姫を警戒している。
「ううん!何かしたのは私の方で!ぼーっとしてたら、この子にぶつかって転ばせちゃったの!」
「んな自信満々に答えんなよ。そうなのか?リック」
「うん。でもお姉ちゃん泣いてて」
「ソレは……なんて言うか……思い出し泣き?」
「いや俺に聞かれてもな」
青年は軽く笑うと、少年を立たせて肩に手を置いた。
「二人共怪我なくて良かったな。俺はカイン。こいつはエリック。あんたは?」
「私は……蓮って呼んで。」
蓮姫は咄嗟に嘘をついた。
彼等は自分が弐の姫だとは知らない。
弐の姫が嫌われていると知った今、簡単に名乗る事はできなかった。
「蓮姉ちゃん?」
「そうだよ。エリック君」
「皆リックって呼ぶから、リックでいいよ」
「そっか。じゃあリックって呼ぶね」
「自己紹介中悪いんだけど、リック。お前お使いに行ったんじゃなかったか?」
カインの言葉に、リックは落ち込んだ顔をした。
「そうなんだけど……買えなかったんだよ」
「は?なんでだよ」
「店のおじさんは『ぶっかがこーとーしてるからそのねじゃ売れない』って」
「物価が高騰?なんで?」
「なんでって……あんた知らねぇの?隣国に反乱軍が来てるから、王都も今や厳戒態勢。商品も簡単には入って来れないんだよ」
また反乱軍。
大将軍と呼ばれる蒼牙が出向いたからには、簡単に事態は収まるだろう、という蓮姫の考えは甘かった。
「そっか。大変なんだね」
「大変なんだね…って、なんか…他人事みたいに言うんだな。……そーいや、あんた見ない顔だし……王都初めてか?」
「…………来たのは最近だよ」
嘘は言っていない。
だが、蓮姫は少し罪悪感を感じた。
「そっか。リック、お前家に戻るんだろ?俺も行っていいか?」
「え?いいけど……カイン仕事は?」
「………辞めてきた。だからツケで飯食わせてくれよ」
「えぇ~~~~っ!!?またぁ!?なんでだよ!?またケンカしたの!?」
カインの退職兼タダ飯発言に、リックは頭を抱えて叫ぶ。
また、ということは仕事を自主的に辞めたのは初めてではないらしい。
しかも喧嘩が原因で辞めた事が、過去にあるようだ。
「蓮。あんたも来いよ。奢るぜ」
「ツケだろ!?」
「いいんだよ。そのうち払うんだから」
「え?う、うん。お邪魔しようかな」
このまま、街中を歩けばさっきみたいな事になるかもしれない。
しかし、公爵邸に帰るのもやはり嫌だった。
蓮姫はカインの申し出を受け、三人並んでリックの家へと向かう。
「ツケって事は、リックのお家はお店なの?」
「うん!飯屋だよ!母ちゃんの飯は王都一なんだ!」
「そっか。楽しみだな~」
「蓮、最近王都に来たっつったよな?生まれは何処なんだ?」
「……遠い所だよ。二人は?王都生まれの王都育ち?」
バレたくない。
バレてはいけない。
そう必死に思いながらも、他愛ない話をしながら歩く道のりは、いつもより気が楽だった。
カランカラン
「いらっしゃ……なんだ、カインじゃないか。またタダ飯食いに来たのかい?」
「人聞き悪い事言うなよ。払うって言ってるだろ。いつかは」
店に入ると、恰幅のいい体格の女性が声をかけてきた。
彼女がリックの母親で、この店の店主らしい。
カインとも親しい間柄のようだ。
「一体いつになんだろうね?おや?そっちのお嬢さんは誰だい?あんたも隅に置けないねぇ」
「こいつは違ぇよ。そんなんじゃなく、リックがぶつかったんだと」
「あらま。そりゃ悪かったね。うちの子はやんちゃだから」
「いえ!ぶつかったのは私の方ですから!!」
「母ちゃん!ただいま!」
「あいよ、おかえり。リック?なんで手ぶらなんだい?頼んだ味噌と魚は?」
「無理だったみたいだぜ。おい蓮。取り敢えず座るか」
蓮姫が座ると、他の三人も同じテーブルについた。
店主まで座って大丈夫かと周りを見渡すが、店内には客は数人しかおらず、店員も二人しかいない。
要するに暇なのだろう、と蓮姫は納得した。
「………そうかい。反乱軍が。…また戦になんのかねぇ?戦といえば、弐の姫もいるし…慌ただしくなりそうだ」
その言葉に、蓮姫はギョッとした。
何故、戦という言葉に自分が出てこなくてはならないのか?
久遠は、弐の姫は争いの元だと行っていたが……そういう意味なのだろうか。
「あの?弐の姫が戦争するってことですか?」
「そーいう可能性もあるな。姫にその気が無くても、貴族や王族は壱の姫派と弐の姫派に別れんだろ」
「迷惑な話じゃないかい。そんな事になって大きな戦にでもなったら、とばっちりはぜーんぶ、私ら庶民が被るんだからさ」
蓮姫は初めて聞くこの世界の民の本音に、何も言えなかった。
やはり弐の姫は、世界に受け入れられていない。
「ホントだぜ。あーあ、壱の姫だけだったらこんな事にならなかったってのに。面倒臭ぇよな。ま、あの双子の側に居たんだったら保護しなきゃ危ねぇし。なんたって、化け物みたいな力持ってんだもんな」
「そうさねぇ。きっと弐の姫使って悪い事でも考えてたんだろうさ」
バンッ!!
ユリウスとチェーザレに対する暴言には、さすがに黙っていられず、蓮姫はテーブルを強く叩いた。
オドオドとしながら、リックは蓮姫の顔を下から覗き込む。
「れ、蓮姉ちゃん?どうしたの?」
「…………あ、あはは。ごめん、なんか虫がいたみたいだからさ」
「おや、そいつは悪かったね。ちょっとアンタ達!窓閉めといておくれ。さてと、ツケとはいえせっかく来てくれたんだ。さっさと注文しとくれ、アンタ達!」
リックの母親は、パンッ!と大きく手を打つと、笑いながらメニューを渡してきた。
そんなに腹は減っていなかったが…取り敢えず、自分が聞きたくない話題は逸れたようなので蓮姫はメニューを受け取る。
「ありがとうございます。オススメはなんですか?」
「マルゲリータとシューマイとミニ雑炊のセットだよ!!」
「………お、美味しそうですね」
なんだ、そのチョイス?
この店が暇な理由が一瞬わかったような気がしたが、突っ込むわけにもいかず、蓮姫はレモンティーだけ頼む事にした。
「蓮姉ちゃん、他所から来たんなら何処に泊まってんの?」
「まだ決まってねぇんなら、安い宿いくつか紹介するけど」