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玉華の長い夜・突入 1


蓮姫達が去った後、館内にいた反乱軍も首領を追うように去っていった。


残された者達は直ぐに生き残った者や負傷者の救助へと向かう。


敵を追わないように、と領主から指示があったからだ。


大牙、そして蒼牙も無闇に追ってしまえばこちらの武力が削られ、蓮姫にも危険が(およ)ぶかもしれないと判断したから。


しかし黙って指示に従えない者もいた。


レオナルドはあの部屋から一歩も出ずに自分の拳を強く握りしめ無力さを噛み締める。


そしてその怒りは、この部屋に(とど)まっていた別の者へと向けられた。


「貴様っ!蓮姫のヴァルのくせにっ!偉そうにほざいていたくせにっ!」


レオナルドはユージーンの胸ぐらを両手で掴み上げると、自分の怒りをぶつける。


ユージーンは苦しむ素振りもなく、またその手を振りほどくこともしない。


ただされるがまま、レオナルドの好きにさせる。


「あんなに…あんなに簡単に蓮姫を見捨てるなどっ!許さんっ!俺は決して貴様を許さんぞっ!!」


「……………」


「所詮は貴様も他の者と同類かっ!蓮姫を弐の姫だというだけで軽んずるっ!蓮姫の事を!彼女の命すらなんとも思っていないっ!!」


「……………」


「っ!なんとか言ったらどうなんだ!!」


「……ではレオナルド様。この腕をどけて下さい。私にはやらねばならぬ事がございます」


やれやれと呟くユージーンの発言に、レオナルドは怒りを更に爆発させた。


「っ!?なんだとっ!貴様ぁっ!」


「今すぐどけて下さい。姫様を助けるために」


ユージーンはそれだけ告げると、乱暴にレオナルドの腕を解き、倒れている13の元へと近づく。


レオナルドはまだ怒りが収まらず、再びユージーンへと詰め寄ろうとしたが、それは火狼に止められた。


「まぁまぁ、待って下さいよ。公爵の御子息様。俺も旦那も、姫さんを見捨てたりなんかしてませんって」


「何を言っている!貴様もそこを退けっ!」


「退いてもいいんすけどねぇ…ちょっとだけ待って下さいよ。……そろそろなんでね」


火狼はチラリと後ろに目を向ける。


息の止まった13の前にユージーンが片膝をついてその姿をジッ…と眺めていた。


すると次の瞬間…


「っ、………はぁ」


13は息を吹き返す。


荒く呼吸を繰り返す13の姿を目の当たりにしたレオナルドは目を白黒とさせた。


「っ!?し、死んでいたのでは…蓮姫が殺したのではなかったのか!?」


「死んでいません。姫様は息を止めるとは言いましたが…殺してはいませんでした。文字通り一時的に彼の息を止めただけです」


驚くレオナルドに、ユージーンは冷静に答える。


そして火狼もノアールですら慌てることはなかった。


その様子にレオナルドは知る。


事態を把握していなかったのは、自分だけだったことを。


そしてそれは13も同じだった。


「俺…生きてる?……なんで?」


「姫様がそう望まれたからだ」


「姫様?……弐の姫?…なんで?」


自分は死んだとばかり思っていた13。


それが今こうして生きており、普通に会話も出来ている。


そしてその理由は、自分を殺したがっていた弐の姫にあると知り、訳が分からなくなった。


「姫様が部屋を出る時…言葉にはしていないが、唇だけで俺にこう言った」


『彼は数分で目を覚ます』


「つまり姫様は、自分がこれから直ぐには殺されないこと。そしてこの13と呼ばれる青年を使ってアジトを突き止められること。その二つを理解していたのです」


レオナルドへと体を向け、ニッコリと嫌味のように笑って告げるユージーン。


そう言われてもかえって混乱するレオナルドは、足元が震え危うく転びそうになる。


「どういう事なんだ。ちゃんと順を追って話せ」


「では姫様が殺されない理由から。理由は二つ。まず一つは姫様の想造力が反乱軍達も恐ろしいから。実際人質であるソフィア様を解放せず、わざわざもう一人の人質の元へと向かわせました。そうなれば姫様も簡単に想造力を発動出来ません」


「そうかもしれんが…しかし何故だ?この場で蓮姫を亡きものにも出来ただろう」


ユージーンの言葉に納得しつつもレオナルドは更に疑問を投げかける。


そしてそれにもユージーンは答えを用意していた。


「もう一つの理由。どうせ殺るなら大々的に処刑した方が反乱軍の指揮も上がる。あのオースティンという男がこの場で自分を殺そうとしなかったことで、姫様は自分の命はまだ消されないと思ったのです。……以前にも捕まって直ぐに殺されなかった事がありましたからね」


ユージーンは火狼へと目を向け呟くが、向けられた方は苦笑しながら口笛を吹いていた。


目の前で口笛を吹かれている意味がわからずレオナルドは困惑(こんわく)するが、そんな事よりももっと気になる事の方を優先しようと再度ユージーンへと問いかける。


「…蓮姫は何故わざわざそいつを殺すという茶番を演じたんだ?」


「それも理由は二つですね。一つ目。これは先程も言いましたが、こいつを使って俺達を反乱軍のアジトまで案内させること。目の前で死……正確には仮死状態ですが…それでも死んだと、あの首領に確認させました。そこまでしたんです。疑われないでしょう」


「それは…そうかもしれんが。なら…もう一つの理由はなんだ?」


その問いにユージーンはレオナルドの方から13の方へと向き直った。


問いかけたのはレオナルド。


しかしその答えを知るべきなのは、この13と呼ばれた青年だとユージーンは判断したから。


「もう一つの理由。それは……姫様はお前を(あわ)れと思ったんだ」


「……あわ…れ?」


「もっと簡単に言えば『お前は可哀想(かわいそう)な奴だと勝手に同情した』だな。任務にしか生きられないお前を、姫様は悲しい存在だと思ったんだ。弐の姫らしい勝手、傲慢(ごうまん)な考えで」


「な、貴様っ!」


ユージーンの言葉に再び怒りが湧いたレオナルド。


自分を押しのけてユージーンの元へと飛び出そうとするレオナルドを、火狼は慌てて止める。


今度は前からではなく、抑え込みやすいよう後ろから羽交(はが)い締めするような形で。


「ちょっとちょっと!旦那もさ!お坊ちゃんの機嫌損ねるようなことわざわざ言うなって!姫さんの事なら旦那が一番よく知ってんじゃん!っ、あでっ!?」


火狼の言葉に…蓮姫を一番理解しているのは自分ではなくユージーンだという図星に、手を自由に動かせないレオナルドは怒りのまま頭突きをくらわせる。


「あぁ。そこの犬ならそのまま再起不能になるまでボコってもいいですよ」


「旦那酷いっ!」


「まぁ犬はほっといて……お前。任務のために生きているって言ってたな」


「…うん…俺は……任務のために…生きて…任務のために…死ぬ」


「だが今のお前は反乱軍から見放された存在だ。わかるか?任務なんて何も無い」


「……任務が…無い」


ユージーンの言葉に俯く13。


任務のためだけに生きてきた彼にとって、任務が無いと言われればどうしていいのかわからないのだろう。


「だが一つだけ任務を得る方法がある。聞きたいか?」


「……聞きたい」


13は下げていた頭をゆっくりと上げ、ユージーンを見つめながら呟く。


その瞳には希望めいた光が宿っていてた。


「俺達は今から姫様を追う。だが何処にいるのか検討もつかん。お前が案内するんだ」


「………なんで?……俺が案内?」


「お前だって任務がほしいんだろ?ならお前らの首領様にもう一度会えば任務を貰えるはずだ」


ニヤリと唇の端を上げて笑うユージーン。


つまり13の任務がほしいという願望、生きる望みを利用して蓮姫を助けに行くということだ。


そんな彼の心情を知らない、知ろうという考えも浮かばない13は直ぐに返事を出す。


「……わかった。…俺…案内する」


「決まりだな。ノア、火狼。領主様と元帥に伝えて直ぐに出るぞ」


ユージーンは立ち上がりノアールと火狼へと告げる。


だが今の言葉から自分だけ綺麗に除外されていたことに気づいたレオナルドは、再度火狼の腕の中で暴れた。


「待て!俺も行く!!いい加減離せ!」


「はいはい離しますよ。旦那~。どうするよ?」


今度は簡単にレオナルドを解放する火狼はユージーンへと指示を仰ぐ。


「…レオナルド様、こちらで待つつもりはありませんか?」


「ふざけるな!蓮姫はこの俺が助ける!それに人質として連れていかれたのは俺の従姉妹(いとこ)だぞ!」


「………はぁ。わかりました。しかし一つだけ約束して頂きたい」


「な、なんだ!?」


ユージーンは彼の主と同じように条件を出した。


その内容はとても簡単で、レオナルドにとっては屈辱(くつじょく)的なこと。


「何があっても俺の指示に従って下さい」


「は!?な、なんだと!?何故俺が貴様なんぞの!」


「約束出来ないのでしたら、失礼ながらこの場で気絶させて勝手に抜け出せないように縛らせて頂きます。それでもよろしいですか?」


「貴様っ!どこまで」


「それはさっきも聞きました。時間がありません。約束出来ますか?出来ませんか?」


ユージーンにズイッと迫られ嫌な思い出が浮かぶレオナルド。


蓮姫の事を案じるのなら、いつまでもここでこうしている訳にもいかない。


彼は言いたい言葉をなんとか飲み込み、苦々しく告げた。


「~~~っ!!?…………わかった。約束しよう」


「感謝致します。レオナルド様」


ニッコリと満面の笑みを向けられ、レオナルドは瞬時に彼から離れると怒りのままダンッと近くの壁を蹴った。


レオナルドが離れた事で今度は火狼がユージーンへと近づく。


「ホントにいいのかよ?マジで気絶させた方が良くね?」


「万が一、意識を取り戻して一人で突っ走られるより、一緒に連れてった方が面倒はない」


「そんなもんかね。俺だったら早々起きないように、ツボに一撃くらわせられたってのに」


「………それを早く言え。クソ犬」


ユージーンは忌々(いまいま)しげに火狼を睨む。


火狼がレオナルドを長時間気絶させる事を知っていたら、迷わずそうしていたからだ。


ユージーンもレオナルドを一緒に連れていくのは、ある意味苦渋(いみくじゅう)の選択で本当なら連れてなど行きたくはない。


そんなユージーンに火狼は先程の発言の真意を問う。


「で?さっきのなんなん?」


「なんのことだ。ちゃんと主語いれて話せ」


「さっきのだって。ほら、弐の姫が傲慢(ごうまん)とか勝手とかさ」


火狼の問いにユージーンは口角を上げる。


「事実だろ。弐の姫は傲慢(ごうまん)で勝手。姫様はわがままで俺をいつも振り回す」


「え?何それ?てっきりあのお坊ちゃまをわざと怒らせてるんだと思ってたんに…本音だったわけぇ?」


「本音。俺の本心だ」


火狼はユージーンの考えがわからず首を傾げる。


火狼が知るユージーンという男は、蓮姫に従順、忠実で彼女が最も信頼している男だ。


それは火狼がわかっているように、ユージーン本人もよく知っている。


だからこそ、蓮姫を悪く言う今のユージーンが火狼にはわからない。


「ねぇ~。まさか旦那までおかしくなっちゃった?やめてよ~。姫さんがやっと戻ったかと思ったんに」


「なんだ?気づいていたのか……犬のくせに」


「犬関係ないし。いや、旦那の言う通り俺は半分犬科だけど、だからこそ野生の勘的なもんはあんのよ。姫さんがおかしいままなら、こんな冷静にそいつ………ええと…お前、名前なんつったっけ?」


「………13」


急に自分に問われて13は短く答える。


自分の目の前で繰り広げられる会話に興味は無いのだろうが、兵士として育てられた彼は一言ももらさず彼等の会話に耳を傾けていた。


当然、それはユージーンも火狼も気づいているが、聞かれて困る内容でも無いためレオナルドに聞こえない程の声量で会話を進める。


「そうそれ。変わってんな。名前が番号みたいだぜ」


火狼はニッコリと人受けの良さそうな笑顔を向ける。


だがやはり、13の表情は変わらない。


「…認識できるなら……名前も番号も…変わらない……首領…そう言ってた」


「その言い分はまぁ間違っちゃいねぇわな。で、姫さんだけど。あの場面で凄い冷静に次の手まで考えてコイツを殺す茶番とやらを演じたわけじゃん」


わざわざ名前を聞いたのに、結局コイツ呼ばわりする火狼にユージーンはため息を漏らす。


「お前聞いといて名前言わねぇのかよ」


「俺、男の名前に興味無いんよね~」


「まぁいい。俺としても犬になんざ呼ばれたくねぇし、姫様の名前もずっと言わないでいてくれた方が一々お前をボコりたい衝動にかられなくて済む」


「わ~お。旦那こわ~い。……じゃなくて、あん時の姫さん泣きもしなかったし (おび)脅えてもいなかった。つまりは元の姫さんに戻ったってことじゃん?」


「犬にしては上出来だな。だが恐らく…まだ完璧には戻れてない。姫様をおかしくした原因には……心当たりは出来たけどな」


「そうなん?じゃあ姫さんがおかしくなった原因って」


「おい!何を呑気に喋っているんだ!?」


「何?」と続くはずだった火狼の言葉だが、(しび)れを切らしたレオナルドが割って入る。


「早く蓮姫の元へ行くぞ!急がなくてはならない時に何をしている!?」


「………申し訳ございません、レオナルド様。ではそろそろ領主様達の元へと参りましょう」


こめかみにピク、と青筋をたてたユージーンだが、それを(さと)らせず丁寧に答える。


先に部屋を出たレオナルドに聞こえないよう、ユージーンは火狼へと声をかけた。


「さっきの話だが。姫様は傲慢(ごうまん)でわがままで勝手でお転婆(てんば)で弱く、他人の事を気にしすぎだ」


「さっきより悪口増えてね?」


「だがそんな姫様はだからこそ、俺は仕えるに(あたい)する(あるじ)だと思ってる。女王に相応(ふさわ)しい器だとな。お前もそんな姫様が好きだろ、ノア」


「にゃんっ!」


「そこ俺には聞かねぇで猫に聞くんだ?旦那ってば酷い人ね~」


和やかに笑顔を浮かべながら自分の主を、弐の姫を悪く話す従者達を、13は首を傾げながら眺めていた。


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