玉華の長い夜・始まり 7
「…弐の姫を…殺す。…それが…俺の任務」
「どうして?どうしてそこまでして私の命を狙うの?」
「…どうして…?……それが…俺の任務だから」
「任務だから私を殺すっていうの?」
「…そうだ。それが…俺の任務……弐の姫殺す」
蓮姫が結界の中にいる時と同じ会話を繰り返す二人。
ふと蓮姫へと手を伸ばす13。
当然その手は届くことはなく、二人を隔てる結界へと触れるだけ。
中から触れているせいが、先程のように電流ようなものが彼の体に流れることはない。
ただ透明な壁の冷たい感触があるだけ。
それでも13は手を引くことも、蓮姫から目をそらすこともしない。
「弐の姫は…俺が殺す」
「私が憎いからとか、嫌いだからじゃないの?」
「…憎い?…嫌い?……わからない。…でも……命令されたのは…弐の姫を殺すこと」
「そのためには自分が死んでもいいって言ってたよね?それも……任務だから?」
「そう。…それが…俺の任務」
淡々(たんたん)と告げる13。
その表情からは、やはりなんの感情も読み取れない。
蓮姫はただ同じことを繰り返す様な会話で、自分を殺そうとするこの危険な青年がどういう者か悟った。
それと同時に……とても悲しくなった。
「そんなの…おかしいよ。……悲しいよ」
「悲しい?…弐の姫…わからない」
「任務のためなら生きたいとも思わないなんて……悲しすぎるよ」
「……弐の姫…若様みたいなことを言う」
「わかさま?それって一体…誰のこと?」
13から初めて聞く他者を表す言葉に蓮姫は問いかける。
しかし13はそれに答えず、蓮姫の後ろ……この部屋の扉の方へと目を向けた。
それに気づいたユージーンと火狼が、急いで振り返り蓮姫を庇うように構える。
大牙も蒼牙も言い合いを止めて、扉の方を向いて構えた。
しかしソレの今の狙いは……蓮姫ではなかった。
「貴女が知る必要の無い方だ。弐の姫」
「きゃあぁぁあああぁ!!」
そこに現れたのはこの反乱軍の首領オースティンだった。
彼は扉から一番近い位置にいたソフィアを片手で捕らえると、空いた方の手で剣を向ける。
誰よりも早く逃げたいという思いから、ソフィアは扉の直ぐ前へと立っていた。
それが災いして一番の危険に晒される。
「お兄様っ!お姉様ぁ!助けて下さい!!」
「ソフィア!」
「ソフィ!!」
「おっと!動かないでもらおう。この少女の命が惜しいというのならな」
オースティンは剣をソフィアの首元へ近づけニヤリと笑う。
「我が名はオースティン。この玉華へ赴いた者達…お前達が反乱軍と呼ぶ一族の者を束ねる首領。久しぶりだな弐の姫」
「何を言ってるの!私は貴方なんか知らない!狙いが私ならソフィを離して!ソフィは関係ないでしょう!!」
「随分と威勢がいいな、弐の姫よ。以前に見た無防備で非力な女とは思えんな」
オースティンと蓮姫が初めて対峙した時、蓮姫はエリックを失ったショックで呆然としていた。
あの時、蒼牙が現れなければ蓮姫はこの男によって殺されていただろう。
「本来ならばこの玉華を全て燃やしつくし、彩一族と弐の姫を一掃するつもりだったが……玉華の民の戦闘力…そして弐の姫が既に想造力を使えるとは。想定外の事態ばかりだ」
想定外と口にするオースティンだが、口元の笑みは消えることなく余裕も漂う。
ソフィアが捕らわれていることから誰もオースティンに飛びかかる事も出来ない。
「予定とは違う。だが、想定外の事態にも対応出来る策を講じるは戦の定石。そして人質というものは、いついかなる時も有効だ」
「呑気に説明ありがとうございます。しかし…ソフィア様を抱えながらでは貴方も戦えないでしょう」
「それに人質ってのは殺しちゃ意味が無ぇ。俺達は姫さんと猫を入れて六人と一匹。あんたは一人。旦那の言う通り、どう考えても有利なんは俺達だぜ」
ユージーンと火狼がオースティンへと告げる。
確かにこの状況では人質を取られないよう守って戦うオースティンの方が不利だ。
しかしそれでも、オースティンの余裕は崩れない。
「人質が一人だと?誰がそんな事を言ったのだ」
その言葉にいち早く反応したのは蒼牙だった。
蓮姫達の一行、そしてレオナルド達はここにいる。
もしこの男の言う通り、他の人質がいるのなら……それは玉華の者の可用性が高い。
「貴様っ!それは一体どういう意味だ!答えろ!」
「おぉ、飛龍元帥殿。先日はよくも邪魔をしてくれた。しかし……今の質問に答える良い客が、たった今到着したようだ」
オースティンがチラリと一瞬だけ後方に目を向ける
そこに現れたのは昼間蓮姫に『娘を救ってほしい』と懇願した、あの母親だった。
母親は息を切らしながら蓮姫へと訴える。
「魔導士様っ!いえ、弐の姫様!お願いします!娘を助けて下さい!!」
突然の訴えにオースティン以外の者達は驚く。
館を襲撃する前から既に反乱軍は第二の手を回していたのだ。
「桃花ちゃんに何かあったんですか!?」
「さて弐の姫よ。交渉の時間だ。武器を交わす野蛮なものではなく、言葉でこの場を収めようではないか」
オースティンは意地の悪い笑みを浮かべながら、剣を鞘へと収めた。
しかしソフィアを解放しようとはしない。
絶好の機会だというのに誰もオースティンに攻撃できないでいるのは、今の発言で人質がソフィアだけではないという思いがこの場にいる者達の中に生まれたからだ。
「弐の姫、お前が呪詛から解放したこの女の娘は我々の手中にある」
「っ!?なんですって!?」
「ははっ!わかるか?人質はこの少女だけではない。もっと幼い娘が、それもここから離れた場所にある我等のアジトに捕らわれている。俺が無事に帰還せねば…『その娘は殺して構わん』と見張りの部下にはあらかじめ伝えている」
「っ、卑怯だ!」
「はっ!俺が卑怯だと言うのなら貴様はどうなのだ、弐の姫。別の世界の人間のくせに想造力などという馬鹿げた力を持ち、その恐ろしき力でこの世界の王になろうなどと……貴様ら姫や女王の方が余程卑怯ではないか!」
卑怯だと激高する蓮姫だが、それにも負けぬほどの大声で怒鳴るオースティン。
だが直ぐに口元に笑みを戻すと、彼はとんでもない事を言ってのける。
「娘を無事に母親の元に返したいのならば…弐の姫。貴様が一人で我々と共に来ることだ」
「な、なんだと!ふざけるなっ!蓮姫を貴様なんぞに渡せると思っているのか!」
レオナルドは再度剣を構え、オースティンへと怒鳴る。
しかしそんな反応も読んでいたオースティンは、ソフィアを捕らえる腕に力を込めた。
「おっと。今ここにも人質がいることも忘れないでもらおう。それとも何か?この少女の命はいらんと?」
「ひっ!お、お兄様!た、助け、助けて下さいぃ!!」
「ソフィア!……クソッ!」
ソフィアの懇願にレオナルドは為す術なく、そのまま剣をカラン、と床へ投げる。
オースティンの言葉に怒りを覚え、剣を向けたかったのはレオナルドだけではない。
ユージーンは人質など関係なく、今すぐこの場で目の前の男をソフィアごと斬り捨ててしまいたかった。
しかしそれで後悔するのは彼ではく、彼の主蓮姫だ。
蓮姫の性格上、そんな事をすれば一番彼女の心が傷ついてしまう。
それがわかるからこそ、ユージーンはあえて何もしない……何も出来ずにいた。
そんな中、今まで黙っていた蒼牙と大牙が声を上げる。
「反乱軍よ!我が民は関係ないであろう!貴様らの狙いはこの男…飛龍元帥、そして我等彩一族ではないのか!」
「弐の姫様や陛下に刃を向けるだけでは飽き足らず、非力な少女にまで手をかけようなどと、恥を知れ!!」
「そう吠えるな、玉華領主と飛龍元帥よ。我等とてかような卑怯な真似をしたいわけではない。この世界に安寧をもたらす為、女王と姫を亡きものとするために仕方の無い事なのだ」
「陛下への冒涜……許せん!」
「その陛下がすんなりと玉座を渡さぬのだ。そしてその陛下を守る主力がお主だからこそ、我々もこの玉華を襲撃した。今回の件はお主のせいだ、飛龍元帥」
責任転嫁にも程がある。
だが、その言葉が指すものは偽りばかりではなく真理も込められていた。
自分の言葉に歯を食いしばる蒼牙を満足げに眺めると、オースティンは蓮姫へと向き直る。
「弐の姫よ。お主は確か、王都で幼い子供の命が失われた事にとても心を痛めたとか?そんな愚かな…いや、心優しき弐の姫様は……この少女も幼い娘も…見殺しにはすまい」
反乱軍にも、蓮姫の人となりがバレている。
蓮姫が見捨てるはずはない、と。
それで蓮姫が本当に彼女達を見捨てたとしても…ここまで手を回している奴等が他の策を考えていないとは思えない。
蓮姫の気持ちは既に決まっていた。
そんな彼女の気持ちを後押しするように、桃花の母親は再度叫んだ。
「弐の姫様!お願い致します!どうかっ!どうか娘を助けて下さい!」
悲壮な(ひそう)顔で訴える母親に、蓮姫の心は動く。
「わかった。桃花ちゃんとソフィを無事に返す。…それを約束できるなら………貴方の言う通りにする」
自分を殺そうとしている相手に対して、臆することなく毅然とした態度で答える蓮姫。
しかし彼女の周りはそうとはいかなかった。
「蓮姫っ!!?」
「「弐の姫様っ!!?」」
レオナルドと大牙、蒼牙は蓮姫の言葉に動揺し声を上げる。
当然だろう。
弐の姫が反乱軍の元へただ一人で出向くというのだ。
反対しない方がおかしい。
だが蓮姫の従者達はそのおかしい部類の人間だった。
深くため息を吐いたり苦笑したりと反応は違うが、レオナルド達のように動揺することもない。
彼等はこの場で一番、蓮姫という人物を理解しているから。
慌てふためく三人とその反応は真逆だった。
「ほう!さすがは心優しき弐の姫殿。ご賢明な判断だ」
「弐の姫様っ!ありがとうございます!ありがとうございますっ!!」
高笑いをするオースティンと、その横で涙を流しながら何度も頭を下げる母親。
その母親の姿に、大牙と蒼牙は同じく子を思う母親…小夜の姿が重なり押し黙ってしまう。
しかしレオナルドは自分の感情を抑えることなど出来ない。
「蓮姫っ!馬鹿な真似はやめろ!」
「ごめんねレオ。でも…これは私も譲れない」
「わざわざ自分から殺されに行くと言うのか!?」
「じゃあソフィはどうなるの?桃花ちゃん…この人の娘さんは?」
「っ、そ、それは!しかし…お前が行く必要など!」
「私が行かなきゃ意味がない。……そうでしょう?反乱軍の首領さん」
ギロリとオースティンの方を睨みつけながら呟く蓮姫。
人質などという汚い手法を使うこの男に蓮姫は激しい怒りを覚えていた。
「ふっ。そう怖い顔をするな。約束は守る。我等が手にかけたいのはそこらの娘ではなく姫と女王。今この場では…お前だけなのだからな」
「それなら今すぐソフィは解放して」
「それは出来ん相談だな。貴様が逃げんようにこの娘には共に来てもらう」
「っ、そんなっ!」
オースティンの発言にソフィアは震えながら絶望に満ちた瞳で涙を流し続ける。
そんなソフィアを嘲笑いながらオースティンは言葉を続けた。
「安心しろ。先程も言ったがこの娘など興味もない。弐の姫の首を落とせば解放してやる」
「お、お姉様っ!」
「ソフィ。大丈夫。私が必ず助けるからね」
ソフィアを安心させるように優しく告げると蓮姫はユージーン達へと体を向けた。
「姫様。よろしいのですか?」
「うん。後はお願い」
言葉少なくそれだけユージーンへと告げる蓮姫。
その姿は今までの弱々しい蓮姫ではなく、ユージーンが良く知る強い蓮姫の姿だった。
その変化に火狼は少し首を傾げるが、あえて何も口にはせず二人の間に割って入る事もしない。
そしてユージーンが胸に手を当てたまま蓮姫に頭を下げると、火狼も同じように彼女へと頭を下げる。
「分かりました。姫様の仰せのままに」
「姫さんのお望み通りに致しますよ」
「ありがとう」
小さく微笑んで二人に礼を告げる蓮姫。
そんな姿にやはり納得のいかないレオナルド。
「~~~っ、ユージーン!火狼!!」
「レオナルド様。いついかなる時も私は姫様のお気持ちを優先致します。それが姫様のヴァル。それが私の唯一の務めですから」
「ふっ、ふふふ…ふははははは!!流石は弐の姫だ!なんとも良い従者に恵まれているなぁ!!」
ユージーンの言葉に反応したのはレオナルドではなくオースティン。
言葉は褒めるものでも、彼はユージーンや蓮姫を馬鹿にしている。
そんな中、今まで何も言葉を発しなかった人物が小さく呟いた。
「………首領」
「…ちっ。13。お前がここまで使えんとはな。手塩にかけて俺が自ら育ててきたというに…なんと情けない」
「…俺の任務……弐の姫を殺す…こと」
「そうだ。だがお前は失敗した。弐の姫を殺せる絶好の機会だったというに、結界に閉じ込められるとは…恥を知れ」
「失敗…俺……任務を失敗…した?」
そう呟いた瞬間、13の声には悲しみが込められていた。
そして今の会話を聞いて、蓮姫にはオースティンに更なる怒りが生まれる。
『恥さらし』と紡がれた言葉が、あの禁所で出会ったある人物の姿を蓮姫に思い出させた。
復讐という自分達の勝手な理想でキメラを利用していたくせに、蓮姫に殺される事を望んだ彼女を『恥さらし』と吐き捨てた……あの大婆に。
蓮姫はギリと自分の唇を噛むと、怒りを込めオースティンへと告げる。
「……首領さん。ついて行く前に一つだけ条件を追加させて」
「条件の追加だと?それは当然、こちらが呑めるようなものであろうな、弐の姫」
蓮姫の方へと向き直り眉をしかめるオースティン。
彼は人質の解放か、または誰かを護衛としてもう一人連れていく…といった条件を想像した。
当然そのようなものなら断る気でいたが、彼女の提案は彼が予想などしなかった全く別のもの。
「条件は私にその人…結界に入っている人の息の根を止めさせて」
「なん…だと。それが条件だというのか」
「そう。それが終わったら直ぐにでも出発してあげる」
蓮姫の出した条件にオースティンは目を丸くする。
オースティンだけではなく、それは他の者達にも言えることだったが一人だけ反応の違う者がいた。
当の本人、13はやはり感情のこもっていない瞳でやり取りを眺めている。
「それは何故だ、弐の姫。何故13…この男を殺したがる」
「私はたった今この人に殺されかけた。理由はそれだけ」
「ほほう。無抵抗の人間をそれ程簡単に、それも子供の仕返しのように殺したがるとは……いいだろう」
オースティンが面白がるように笑いながら答えるのを確認すると、蓮姫は13の方へと足を進める。
「蓮姫っ!何を考えている!?どれだけ馬鹿な事か…愚かな事かわかっているのか!」
「わかってる。でもレオ…邪魔しないで。ジーン」
「かしこまりました。姫様」
蓮姫を必死に止めようと彼女の行く手を阻むレオナルドだが、蓮姫に名を呼ばれたユージーンがその間に入り、それを防ぐ。
スタスタと進む蓮姫だが、更にある人物が声をかけた。
「弐の姫様…」
「蒼牙さん。止めないで下さい」
後ろからかけられた声に振り向くこともせず、蓮姫は結界へとたどり着いた。
「…弐の姫…俺を殺す?」
「……えぇ。私が…貴方を終わらせる」
「…首領……俺は…どうすればいい?」
オースティンの方へ目を向ける13。
それは助けを求めるものではなく、本当にどうしていいのかわからず指示を待っているようだ。
「13よ。我等が悲願のため弐の姫に殺されろ。それが任務だ」
「それが…任務」
「そうだ。思えばこの数年、姫や女王を殺すためだけに俺が自らお前を育てた。ここで死なすは惜しいが…お前の代わりなどいくらでもいる。この場で死んでも構わん。任務のために死ぬがいい」
「………わかった。…俺…ここで死ぬ。…それが…俺の任務」
オースティンの勝手きわまりない言葉に13はコクリと頷いた。
そんな13の様子に蓮姫はまた胸が苦しくなり、顔が歪む。
だがそんな蓮姫の表情が13には理解出来ず彼は首を傾げた。
「………?…弐の姫?」
自分の名を呼ばれ蓮姫はフルフルと軽く首を降ると、13に向かって手を伸ばす。
その手は淡い光を放ち、13を囲っていた結界が段々と薄くなり消えていった。
そして次の瞬間、13を光が包みこみ……ゆっくりと彼は床に倒れ込んだ。
オースティンはソフィアを捕らえたまま倒れた13の元へと寄る。
蓮姫は一瞬、彼が13の死を悲しんでいるのかと期待した。
だが、オースティンはうつ伏せで倒れていた13の体をゴロッと足で乱暴に返す。
「………確かに息はしていない。終わったようだな。では行くぞ、弐の姫」
13の息の根が確かに止まったことを確認すると、オースティンは振り返ることもせずにサッと歩き出してしまった。
蓮姫はオースティンの背中を睨みつけると、仲間達に頭を下げその後を追う。
その際、ユージーンにのみ唇の動きだけで言葉を伝えて。