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玉華の長い夜・始まり 6


そんなユージーンの心中など知らない13は、凍りつき小さくヒビの入った剣を再度構える。


「お前ら…弐の姫の…味方?」


「だとしたら……どうする?」


目の前の13をキツく睨みつけながら答えるレオナルド。


彼は今、これまで生きてきた中で最も怒りを覚えていた。


愛する婚約者の蓮姫、そして兄妹のように共に育ったソフィアが危険に晒されたのだ。


レオナルドは自らの手で13を……目の前の青年の息の根を止めたかった。


しかし13はそんなレオナルドの心情を逆撫でるように呟く。


「こいつは…弱い。でも……そっちの奴は…かなり強い」


「なっ!?」


13の素直な発言で更に怒りが増すレオナルド。


一方蓮姫の直ぐ隣まで辿り着いたユージーンは冷静に13へと声をかける。


「一瞬で相手の力量が分かるか。そういうお前も相当強いな」


「うん。俺…強い。でも…多分お前…俺と同じ……ううん。…俺より…強い」


「あぁ。お互い無傷じゃすまないが…俺の方が上だ」


「俺より強い奴を……殺すには………」


そう言って目を閉じる13。


だが(すき)をついて攻撃しようとは誰も思わない。


一歩踏み出せば相手もまた動き出すのがわかっているからだ。


たった数秒……しかし長く感じた沈黙を破ったのは、この沈黙を生み出した張本人。


13は持っていた剣を捨てると両手を広げて呪文を詠唱(えいしょう)する。


()(せい)の…(みなもと)(われ)を…()かせし…全ての力」


詠唱と共に13の両手の中心……胸の前に光の玉が出現する。


その詠唱の意味を知るユージーンは慌てて蓮姫へと告げた。


「これはっ!?姫様!!奴に結界を!急いでっ!!」


「えっ、な、なにジー」


「早くっ!!」


自分の名を蓮姫が言い切る前にユージーンが怒鳴る。


それだけ切迫(せっぱく)した事態だと蓮姫が理解し、慌てて結界を張ろうとするが上手く集中できない。


そんな事は構わず13の詠唱は終盤(しゅうばん)まできていた。


()が元に…(つど)いて…(われ )と…共に果てよ」


13が詠唱を終えると手中の光の玉が凝縮(ぎょうしゅく)され、弾け飛ぼうとした。


が、ギリギリで蓮姫の結界が間に合い、13は透明の壁の中へ閉じ込められる。


光の玉は元の大きさに戻り、胸元で小さな炎に変わっていた。


しかし13は焦る様子もなく自分を囲う結界を眺めている。


「はぁ……どうなる事かと思いましたが…間に合ったようですね」


ユージーンはは額に(にじ)んだ汗を拭いながら呟く。


よく見ると13の指先も凍っていた。


蓮姫の結界が間に合わない時の為にユージーンも詠唱無しで、氷結系の下級魔術、蒼き錠枷クリスタル・ロックを放っていた。


「ジーン。あの魔法…一体なんだったの?」


「アレはとうの昔に滅んだ筈の『自己犠牲呪文』の一つ。…さっきの詠唱は…自爆する時のものです」


「じ、自爆!?」


「なんだとっ!?」


ユージーンの発した物騒な言葉に、蓮姫とレオナルドは驚きの声を上げる。


ソフィアは既に悲鳴も出ないのか、真っ青な顔でヒッ!と息を呑むだけだ。


「自己犠牲の呪文!?そんなモノが!?」


「待て。そんな魔術は聞いたことも、ましてや魔導学書で読んだ事も無い。ユージーン、ソレが本当なら何故お前は知っているんだ」


13が結界に閉じ込められた事で、レオナルドにも余裕が生まれる。


そしてそれ以上にユージーンへの不審さも増していた。


「何故、と言われましても……知っていたから、としか答えられません」


「なんだと…貴様、人を軽んじるのもいい加減に」


「ま、待ってレオ!ジーン、今は結界を張っているけど…あの人……大丈夫なの?」


また喧嘩に発展する前に蓮姫が二人の間に入り仲裁する。


そして自分の疑問を、恐らく答えられるユージーンへと問いかけた。


「想造力で作った結界ならば、内部の爆発が外へ出る事はありません」


「でも…いつまで経っても爆発しない。どうして?」


「万が一、姫様の結界が間に合わない場合を考えて俺が蒼き錠枷クリスタル・ロックをかけたからです。奴の手が凍った事で力の流れも(とどこお)り不発に終わりました」


ユージーンの説明を受けるとレオナルドは苛つく様子を抑えず言葉を発する。


「最初から貴様の魔術で止められるのならば、蓮姫にわざわざ想造力を使わせなくても良かったのではないか。考えが足りん」


「お言葉ですが…俺…いえ私は奴の魔術や攻撃を防ぐことは出来ましても、奴の行動そのものを止めることは出来ません。恐れながらそれは…レオナルド様も同じことかと」


口の端を少し上げ相手を馬鹿にしたように微笑むユージーン。


今の言葉には『お前には奴と戦うことすら出来ない』『俺より弱い奴にはそもそも何も出来はしない』と含まれている。


そしてその意味はレオナルドも気づいた。


「貴様という奴は…何処まで人を馬鹿にすれば気が済むのだ!」


レオナルドは怒りに任せてユージーンへと刃を向けた。


しかしレオナルド程の力量ならばユージーンにしてみれば赤子同然。


構える事すらしないユージーンがさらに場の空気を険悪にする。


だがそんな空気など関係ないように、むしろ壊すかのように部屋へと飛び込む者達がいた。



「お待たせっ!!…………て、あれ?ピンチの姫さん救う騎士(ナイト)みたいに飛び込んだはずなのに…何この空気」


いきなり現れた火狼は部屋中をキョロキョロと見回して状況を探ろうとする。


しかし場の空気は火狼が来る前よりは柔らかくなった。


「……はぁ。遅かったな、犬。それとノア、ご苦労」


「『遅かったな』じゃなくね!?旦那が押し付けたから遅くなったんじゃん!つーか俺の扱いって猫以下!?」


ノアールの喉元を撫でてやるユージーン。


もはやレオナルドの前だからと取り繕う事もやめたらしい。


そんな彼の発言に火狼は大袈裟に身振り手振りもつけて話す。


「今更気づいたか。頭悪いな。流石に犬だ」


「うわ~。ひっでぇ~。姫さん!俺頑張ってるよね!?」


「う、うん。とりあえず今は感謝かな」


火狼の突入により、とりあえずユージーンとレオナルドの喧嘩は収まった。


いや、未然に防ぐ事ができた。


レオナルドの方もため息をつきながら剣を鞘へと収める。


「つーかさ、あの後…敵倒した後に猫に姫さんの匂いを辿(たど)らせてここには来たけど……どういう状況よコレ?」


クイッ、と(あご)を13の方へと動かし問いかける火狼。


それも13は手を凍らされ魔術も失敗し、その上結界に閉じ込められているというのに微動だにしていない。


彼の手の中にあった光…爆発寸前だったエネルギー体である玉は既に消滅していた。


「反乱軍のガキが自爆しそうだったのを俺と姫様が止めた。それだけだ 」


「それだけって……結構な大事(おおごと)よね、ソレ」


あまりにも簡潔に、そして何事も無かったかのように語るユージーンに火狼はガクリと肩を落とす。


しかし直ぐに頭を上げると蓮姫へと体を向けた。


「あ!そうそう姫さん!さっき兵士に聞いたんだけどさ!領主様と元帥が」


「「弐の姫様っ!!」」


火狼が言い切る前に玉華領主大牙とその父飛龍元帥蒼牙が同時に部屋へと飛び込む。


「……あ~…いらっしゃいましたよ」


本当は『来る』もしくは『弐の姫を探している』と続くはずだった言葉は、泳いだ目をする本人に訂正された。


ユージーンはこめかみに血管を浮かべ、火狼へと近づくとその足を思い切り踏みつける。


痛みに(もだ)える火狼だが、蓮姫がそれを心配するより先に彩一族の二人が蓮姫の元へと向かう。


「弐の姫様!ご無事で何よりです!」


「蒼牙さん、心配ありがとうございます」


「弐の姫様、現状は我々が有利。反乱軍を押している状況です。我等が御身(おんみ)をお守りいたしますので、有事(ゆうじ)の際に非戦闘員や女中を(かくま)う為の部屋へご案内致します。そう易々(やすやす)と侵入も突破も出来ぬ部屋です。皆様もどうぞそちらへ」


「領主様、ありがとうございます」


蓮姫は二人へ深く頭を下げると、共にこの部屋を出ようとした。


それは他の者達も同じ。


しかし蓮姫は部屋を出る直前に、後ろを振り向いた。


その目に映ったのは自分が結界に閉じ込めた青年の姿。


そして大牙へと振り返った蓮姫は一言、彼へと尋ねる。


「……すみません。少しだけ時間をもらえますか?」


その言葉に大牙の眉間に(しわ)がよる。


「お言葉ですが弐の姫様。時間などございません。今は御自分のお立場を考え、早急に避難なさるのが賢明なご判断かと存じます」


不機嫌さを隠そうともせず、その上威圧的な口調で告げる大牙。


レオナルドも口には出さぬだけで同じような表情をしている。


「お姉様っ!領主様のおっしゃる通りですわ!!早く安全な場所へ参りましょう!」


目に涙を溜めながら震えるソフィアの訴えに、蓮姫は罪悪感がこみ上げてきた。


しかし……それでも彼の事が気にかかる。


「…ごめんなさい。でも…どうしても気になるんです。ここが危険なのもわかってます。だけど少しだけでいいですから。…せめてソフィだけでも早く連れて行ってあげて下さい」


「そのそうにソフィア様をお思いでしたら、御一緒に今すぐ参るべきでしょう。こうしている今の時間も惜しい」


大牙は例え相手が弐の姫であろうとも、全く引くつもりがないようだ。


いや、むしろ相手が蓮姫だからこそ引かないのだろう。


しかし、そんな蓮姫に助け舟を出す人物もいた。


「弐の姫様、大牙の申す通りあまり時間は取れません。しかし…ほんの数分でしたら」


「元帥っ!?何を!?」


蒼牙の言葉に驚くレオナルド。


しかし大牙の方は驚くだけでは済まなかった。


蓮姫の時とは比べ物にならない程、怒りが彼の体を駆け巡る。


「……勝手な真似は困りますなぁ、元帥」


「大牙よ。お前はレオナルド様とソフィア様をお送りしろ。俺はユージーン殿と共に弐の姫様をお守りして後を追う。構わんな、ユージーン殿」


「勿論です。姫様の申し出を受け入れて下さり感謝致します、飛龍元帥」


状況を見て今まで一言も口を挟まなかったユージーンだが、蒼牙に問いに胸に手を当てて一礼しながら答える。


自分を抜いて話が進む様子に大牙の怒りは頂点に達した。


「勝手に話を進めないで頂きたい!!弐の姫様には今すぐ私と避難して頂きます!!」


「弐の姫様のご意思を無下(むげ)にするなど出来ん。さっきも言ったが護衛は俺達が引き受ける。お前は直ぐに戻れ」


「玉華を捨てた貴方が!何を偉そうに!」


「おい。今はそんな話をしている場合ではないだろう」


蒼牙と大牙…どちらもお互いの考えを曲げる事も引くこともしない。


そして今までの確執もあり壮絶な親子喧嘩へと発展する。


そんな中、火狼は蓮姫へと近寄り彼女の耳元で囁いた。


「姫さん姫さん。今のうちにアイツのとこ行っちゃえよ」


「え、で、でも」


「大丈夫だって。俺も旦那もいるし。大体アイツ姫さんの結界の中だろ。安全とは言えねぇかもだけど、話すことぐらいは大丈夫さ」


「でも…蒼牙さんや領主様が」


「元帥は俺が動いた時点で気づいてる。旦那もそう。分かってて黙認(もくにん)してんの。気づかねぇのは頭に血が登った領主様だけだから……今なら平気さ。急いで」


「う、うん。わかったよ」


火狼の助言を聞き入れ、蓮姫はそっと13の元へと歩み寄る。


13は呆然と立っていただけだったが、蓮姫が近づくのがわかると彼女をじっと見つめた。


蓮姫も13を見つめ、二人は無言で見つめ合う。


しかし直ぐに13が感情のこもっていない声を発した。

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