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玉華の長い夜・始まり 5


一方その頃、蓮姫は館中を駆け回るソフィアに追いついていた。


そのまま手を伸ばし、ソフィアの腕を掴んで彼女の名を呼ぶ。


「ソフィ!」


「つ、いやっ!いやぁぁああぁ!!」


しかし余程混乱しているのか、蓮姫が相手だともわからず、叫んで暴れるソフィア。


蓮姫は叩かれ、引っ掻かれながらも、その手を離さずに、やっとのことで近くにあった部屋へ二人一緒に避難する。


「はぁ…はぁ……ソフィ…大丈夫?」


扉の鍵をしっかりと閉めて、乱れた息を整えながら背後のソフィアへと声をかける蓮姫。


しかし返答はなく、蓮姫が振り返るとそこには静かに(たたず)むソフィアの姿があった。


「ソフィ…?」


先程までの脅えた様子もなく、涙も止まっている。


その姿はついさっきまで泣き叫び、騒いでいた少女の面影はない。


ぼんやりと空中を眺めるだけの少女。


蓮姫が再度声をかけようとするが、それよりも先にソフィアの声が部屋へと響く。


「…逃げましょう」


「え?…ソフィ」


「逃げましょう、お姉様」


困惑する蓮姫を他所(よそ)に、ソフィアは同じ言葉を投げかける。


どう見ても様子がおかしい。


蓮姫の知るソフィアという少女は、こんなに淡々(たんたん)と言葉を発したことは一度もない。


「ソフィ、どうしたの?」


「お姉様。ソフィアとお兄様と一緒に逃げてしまいましょう」


「逃げるって……でも外には反乱軍がたくさんいるし。それにジーン達が来るまでここで隠れて待っていた方が」


「お姉様。ソフィアが言っているのは反乱軍の事ではありませんわ」


「え……ソフィ?」


ソフィアは一言呟くごとに一歩、また一歩と蓮姫へと近づく。


蓮姫は妹のように可愛がっていた少女を、ほんの少しだけ不気味に思い後ずさる。


しかしソフィアは構いもせずに、足を前に出して蓮姫へと声をかけ続ける。


「お姉様…全てから逃げましょう」


「ソフィ…何を言ってるの?…全てって」


「勿論。お姉様を取り巻くもの全てからですわ」


「私を…取り巻くもの…?」


「本当は……お姉様が誰よりもわかっておられるのでしょう?」


後ろに下がり続けた蓮姫の背が壁にぶつかる。


そのままソフィアの手は蓮姫の頬へと伸び、14の少女とは思えないほど妖艶(ようえん)に微笑み……呟いた。



「誰も弐の姫なんて必要としていない、と」



「っ!?」


ソフィアから(つむ)がれたその言葉に、息を()む蓮姫。


図星だった。


いつだって蓮姫の心の中に(ひそ)んでいた言葉。


『この世界に弐の姫はいらない』


かつて蓮姫が王都の公爵邸で過ごしていた頃。


訪ねてきたチェーザレに一度だけ(さら)した本心。


「お姉様はかつておっしゃいましたわ。『だれも弐の姫なんかいらない』『弐の姫なんてもう嫌だ』と」


「っ!な、なんで知って!?」


「藍玉様の(いき)なお(はか)らいでお兄様もご存知ですわ。本当は…お姉様だってお嫌なのでしょう?」


「そ…そんなことは………」


『無い』と続くはずだった言葉。


しかしどうしてもその一言を発する事が出来ない。


「わかっておりますわ。お姉様はお優しい方ですもの」


「わ、私は優しくなんか……それに…に、逃げたりなんか…」


「逃げてはいけない、と?おかしいですわ。だって弐の姫なんて誰も期待していませんもの。逃げたって誰も失望しませんわ」


蓮姫の言葉を傷つける言葉を平気で吐くソフィア。


自分の呼吸が荒くなるのを感じながらも、蓮姫はただソフィアの言葉を否定し続ける。


ソフィアの言葉を認めてしまえば、自分が否定される存在だと認めることになってしまうから。


「大丈夫ですわ、お姉様」


ソフィアは蓮姫をそっと抱きしめながら耳元で(ささや)く。


「逃げたって誰もお姉様を責めません。誰にも必要とされない弐の姫は、いなくなってこそ喜ばれるのですわ」


「…逃げ…る?必要と……されない…から?」


「ふふ。大丈夫。大丈夫ですわ。ソフィアとお兄様がいます。ユリウス様やチェーザレ様だって、お姉様のお側にいて下さいますわ」


「ユリウス……チェーザレ…」


ソフィアから発せられる言葉をオウムのように繰り返す蓮姫の瞳からは、段々と光が失われていく。


それは蓮姫の意思ではない。


それでも…勝手に口が動き、声を発する。


感情のこもっていない声、表情はまるで人形のようだ。


「ですから……逃げましょう、お姉様。弐の姫という重圧から…解き放たれるのです」


「弐の姫……から…逃げる?…私……が?」


「うふふふふ。本当にお姉様は……可愛らしい…可愛らしいお方ですわ」


蓮姫には見えない。


ソフィアが今浮かべている(ゆが)んだ微笑みが。


蓮姫の口は最悪の言葉を紡ぐ為に開く。


その瞬間…



バンッ!!


部屋の扉が乱暴に蹴破(けやぶ)られた。


そこに居たのは蓮姫の忠実な従者ユージーンではない。


また蓮姫の婚約者でありソフィアの従兄弟でもあるレオナルドでもない。


そこにいたのは…


「……やっと見つけた…弐の姫」


13と呼ばれた反乱軍の青年。


部屋に響いた音に蓮姫は正気に戻り、ソフィアを引き剥がすと青年へと目を向けた。


一方ソフィアは人が変わった……いや、元に戻ったように叫び出す。


「いやぁあ!!お姉様ぁ!助けっ、助けて下さい!お姉様ぁ!」


「うわっ!ソフィ!?」


蓮姫の体にキツく抱きつくソフィア。


これでは蓮姫自身も身動きなどとれない。


蓮姫はチラリと男の方へ目を配る。


フードで顔が隠れているが、恐らく自分と同じ年頃だろうと蓮姫は思った。


しかしそんなにぼんやりと眺めている時間などない。


13は懐からナイフを取り出すと、床を蹴り一瞬で蓮姫へと飛びかかった。


キィイイイイィン!!


しかしナイフは蓮姫にもソフィアにも刺さる事はなく、空中で何かにぶつかり止まってしまった。


13のナイフよりもほんの少し、蓮姫が本能で 結界を張る時間の方が早かった。


とはいえ、こんな瞬間的に想造力で結界を張ったことはない。


息が乱れそうになるのを我慢し、ソフィアを背後に庇いながら意識を結界に集中する蓮姫。


ガタガタと体を震わせギュッ!と目をつぶりながらも泣き続けるソフィア。


13は一度ナイフを引くと、腰に差していた剣で直ぐにまた結界へ振り下ろす。


だが、何度当てようと結界が崩れることは無い。


13は剣を一度下ろし結界に触れるが、バチバチと電気が走り彼の手を焦がす。


今まで外から結界に触れる者などいなかった。


蓮姫も初めて知ったが驚くのは蓮姫ばかりで、13はしばらく自分の片手を見つめる。


「…結界…邪魔。……でも…弐の姫殺す。…それが…俺の任務」


13は再度結界へと剣を振り下ろす。


今度は弾き返されぬよう13は力を込めて結界を壊そうとした。


だが、結界から走る電気が剣を通して彼の体にも流れているのが見える。


「そ、そんなことしても無駄だから!諦めて!体が()げちゃう!」


今まさに自分を殺そうとする者を案じている蓮姫。


そんな彼女に13は(しび)れる唇で普段以上にゆっくりと答えた。


「…弐の……姫……殺す」


「貴方が先に死んじゃうよ!?」


「…俺……死んで…も……いい。…弐…の姫…死ぬ…なら……俺も死んで…いい。……それ…が…任務」


ビリビリ、バチバチと電流がほとばしる中、13は蓮姫を見つめてそう告げる。


無理に結界を壊そうとしているからだろう、結界から溢れる電流は勢いを増し、彼のフードを外させた。


13の顔が(あらわ)になり、蓮姫は今日の昼間に自分が会った青年だと気づく。


自分と同じ年頃の青年が反乱軍、しかも今まさに自分を殺そうとしている事に驚きを隠せない。


だが蓮姫はもう一つの事実に気づいた。


自分を殺すと言いながら、彼からは全く殺気を感じない。


それどころか、彼の蒼い瞳からは一切の感情を読み取れないのだ。


多少は痛みに顔をしかめるがそれだけ。


「任務って…私を殺せれば自分もどうなってもいいって言うの!?」


13とは違い感情的になる蓮姫。


自分を殺す人間が、おそらく自分と歳が近い……というただの憶測(おくそく)


しかしその憶測(おくそく)が、蓮姫から警戒心や攻撃性を失わせていく。


「…弐…の姫……殺す……俺の…任務」


「任務の為なら自分が死んでもいいっていうの!?」


「……いい。…任…務の……為に…俺は…死んでも…構わ…ない」


「…そんな…っ、」


任務の為なら…蓮姫を殺すためなら自分の命も犠牲にする青年。


その姿が蓮姫の黒い瞳に、一瞬だけある人物として映った。


自分が初めて殺した友人に。


13の姿がアルシェンの姿と重なって見えた瞬間、蓮姫は結界を張る力が弱まってしまう。


そしてその一瞬を13は逃さなかった。


「弐の姫……殺す」


13が剣に力を込めるとバリッ!という大きな音と共に結界が破られる。


蓮姫は慌てて結界を張り直そうとするが間に合わない。


それを悟った蓮姫は振り向いてソフィアを抱きしめる。


自分は斬られてもソフィアだけは守れるように、と。


13の剣が無慈悲にも蓮姫へと向かう。


ガキィイイン!!


だが大きな金属音が響くだけで、蓮姫の体には剣が触れる事すらなかった。


「蓮姫っ!」


「姫様っ!」


自分を呼ぶ二人の男の声に蓮姫は13の方を振り向く。


そこには自分へと振り下ろされた剣と、それを(さえぎ)り自分を守る剣。


そして自分へと向けられた13の剣は刃の部分が凍りつき、水蒸気が上がっている。


レオナルドが13の剣と刃を交わし、またユージーンは氷結系魔術で援護していたのだと蓮姫は理解した。


「貴様っ!弐の姫に(やいば)を向けるなど…愚かな反乱軍め!!」


キィイイン!


相手の剣を弾き返し、蓮姫達と13の間に立つレオナルド。


剣を構えながらも小さく震えている。


それは脅えから来るものではなく、怒りからだ。


「よくも蓮姫を…その上ソフィアまで…貴様はこの俺が絶対に許さん!!」


「……剣が凍った。魔導士も…いる?」


激昂(げっこう)するレオナルドの声が聞こえていないように、13は自分の剣を触る。


悠長(ゆうちょう)に「…あ、ヒビ」と呟く姿は何処か幼さすら感じた。


一方ユージーンはゆっくりと蓮姫達へと近寄る。


本心は直ぐに蓮姫に駆け寄りたかったが…彼にはそれが出来なかった。


(この反乱軍のガキ…なんだ?相当強ぇのはわかる。…しかし…剣を凍らせたってのに…(あせ)りもしねぇ。それに…なんだこの不気味さは)


ユージーンは直ぐに13の力量を察知した。


目の前にいる反乱軍は相当な手練(てだれ)だと。


だがそれ以上に、殺気をまるで感じない青年に、言い知れぬ不安や不気味さを感じていた。


警戒しながら、相手を刺激しないように動く。


(攻撃を防がれても焦らないどころか動じない。なんなんだ、こいつは)


少しづつ蓮姫へと距離を詰めるユージーン。


この時ばかりは相手の力量がわからず、ただ頭に血の昇るレオナルドが羨ましいとも思った。

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