玉華の長い夜・始まり 4
剣を携えるレオナルドは蓮姫は勿論、ソフィアも数回しか見たことがない。
それも殆ど剣術稽古や正装時でつける飾り等で、レオナルド本人も実践経験は無い。
それだけ今は温室育ちである公爵家の跡取り息子が武器をとる程の緊急事態、ということだ。
「レオ…反乱軍はどうなってるの?領主様達は?」
「反乱軍は今、バラバラに玉華へと入り込んでいるらしい。民の家や森に火を放ったり、この館に入り込もうとしている者も何人かいるようだ」
レオナルドはこの部屋に来る前に領主である大牙に会ったという。
そして彼からの言伝も預かっていた。
『反乱軍は我等で片付けましょう。これでも玉華の民は彩一族を筆頭に武術に長けた者が多くおります。レオナルド様は弐の姫様達の元へ。部屋を固く閉ざし、ユージーン殿達と篭城なさって下さい』
蓮姫の脳裏にはどっしりと構えてレオナルドに告げる大牙の姿が映る。
彼の力量を蓮姫は知らないが、昼頃に話した内容を思い出し心配はいらない、と自分に言い聞かせる。
軍師のような格好をしていても彩家の長男として武道を学び日々励んでいた大牙。
あの話しぶりなら彼は腕っぷしにも自信があったのだろう。
今、心配するべきは武に長けた彩一族ではなく、命を狙われている自分自身。
そして自分を取り巻く中で特に非力な少女。
決まり事のようにソフィアを叱りつけるレオナルドは、やっとの事でユージーンからソフィアを引き剥がす。
「まったく!ソフィア、少しは落ち着け!いいか!扉と窓を固く締め、万一、反乱軍が侵入したら俺達が剣で応……戦…して…」
周りを見回しながら語尾が段々と力なく小さくなるレオナルド。
正確にはユージーンと火狼を見て、だ。
それもそうだろう。
『敵が来たら剣で応戦する』という考えに反して、今ここにいる者で剣を携えているのは自分ひとりだけだ。
戦力と思っていた自分以外の男二人が丸腰だったことに、もはや言葉が出ないほど驚いたらしい。
若干、顔から血の気が引いているようにも見える。
そんなレオナルドの意図に気づいたユージーンは、爽やかな笑顔を向けた。
「あ、レオナルド様。我々のことはどうぞお気になさらず」
「なっ!?貴様ら…まさか武器を持っていないのか!?」
「あ~……そうね~。俺も旦那も基本は丸腰。武器ってあんま使ってないわ~」
慌てるレオナルドに、のほほんと答える火狼。
しかしそれが、かえって火に油を注ぐようにレオナルドの怒りを買う。
「貴様ら!揃いも揃って何を言っている!?武器も持たずに弐の姫を守ろうとでも言うのか!?従者としてなんという」
「レオナルド様、そこまでです。……来ますよ」
レオナルドの言葉を遮り、ユージーンは窓に向き合いながら蓮姫を庇うように前に立つ。
火狼もペロリと唇を舐めながら右手で印を結び胸に当てた。
ノアールは一瞬で巨大化し窓に一番近い場で唸り声を上げる。
初めて見る巨大なサタナガットの姿に、と脅えて蓮姫にしがみつくソフィア。
しかし少女の悲鳴は窓ガラスが割られる音によりかき消された。
窓から侵入した男は四人。
闇夜に紛れられるよう、全身黒づくめの装いで顔も半分…目元意外は黒い布で包まれている。
だがいくら全身を布で包もうが、その身から溢れ出る殺気は隠せはしない。
隠す気もないだろうが。
「来やがったな。にしても少数ね~。やりがいねぇな」
「無駄口をたたくな犬。レオナルド様、お二人をお願い致します」
あえて『弐の姫』という単語を出さいユージーン。
たったその一言が、蓮姫を今以上の危険に晒してしまうから。
もしくは蓮姫だけでなく、ソフィアも命を狙われる可能性がある。
反乱軍が『弐の姫』の顔を知らずとも、その言葉に反応して近場にいる女性を無差別に殺す可能性があるからだ。
レオナルドが剣を構えコクリと頷くのを合図に、ユージーンと火狼、ノアールは反乱軍の男達へと突っ込む。
ノアールは一人の男の体に食らいつくと、その男を咥えたまま窓の外へと飛び出した。
一方剣や鎖鎌といった武器を持つ反乱軍三人に対し、体術で応戦するユージーン達。
レオナルドは二人に…もしくはユージーン、火狼のどちらかに何かあった際は直ぐに自分も蓮姫達を守る為に戦おうと思っていた。
しかし…その意気込みとは真逆にユージーンも火狼も戦いを楽しんでいるかのようだ。
うっすら笑みすら浮かべている彼等に、レオナルドは理解できないと思いながらも少しだけ恐怖の汗を流す。
「よっと!ねぇ旦那~。武器って…あった方がっ、いいかね~?」
「無いよりは…っ、あった方がいいかも…なっ!」
なんとも緩い会話を交わしながら、反乱軍兵士の攻撃を紙一重でかわすユージーンと火狼。
「やっぱり~?まぁここでっ、炎出せねぇもん…なぁっ!」
「お前なっ、ここを燃やしたら、…誰の責任にっ、なると思ってんだ」
「ひ……じゃなかった。我等が麗しのっ、お嬢様の責任…かねぇ?」
「わかってんなら…遊んでねぇでっ!」
ゴキンッ!!
火狼に話しかけながら反乱軍の一人の背後に回り込み、その首を回し折るユージーン。
その仕草に「ヒッ!!」とソフィアは小さい悲鳴を漏らす。
「さっさと片付けろ、犬。」
何事もないように「これでやっと二対二か」と呟くユージーン。
蓮姫は悲鳴を出すこともなく、ただ青ざめて自分の従者を眺めた。
今までユージーンが人を殺す所は見た事がある。
彼は蓮姫の命を狙う刺客達を何度も…それも他ならぬ蓮姫を守る為に、殺してきたのだから。
それなのに……今の蓮姫にユージーンは、とても恐ろしく映った。
「なんなんだ、アイツらは…。蓮姫、ユージーンと火狼とは一体何者なんだ」
「ジーン達は…私を守る……守ってくれる…」
「蓮姫?」
レオナルドの問いかけに小さく途切れ途切れ呟く蓮姫。
そう。
ユージーンは自分を守ってくれる。
自分を守る存在なのだ、と。
繰り返し言葉にしなくては自分の中のユージーンが、恐怖の対象でしかなくなりそうで。
この感覚は覚えがある。
あの時……ソフィアを階段から突き落とそうとした時と同じ。
自分の中に、自分のモノとは思えない感情が勝手に溢れそうになってくる。
あの時と同じ轍は踏むまい、と蓮姫は自分の思考を否定する。
だが自分を案じるレオナルドに「大丈夫」と告げる蓮姫はわかっていない。
自分の顔がユージーンへの恐怖で、真っ青になっていることを。
(コワイ。アンナニカンタンニヒトヲコロス。ジーンガコワイ)
(違う!怖くなんかない!ジーンはいつも私を守ってくれる!怖くなんかない!)
それでもユージーンから目を逸らさないで必死に自分の中の感情と戦う蓮姫。
(コワイ。ジーンガコワイ。コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ)
(怖くない!ジーンを怖がったりなんかしない!!)
蓮姫が自分の心の中で葛藤している間に、戦いは終わろうとしていた。
ユージーンは敵の剣を奪うと、そのまま相手の顔を横一線に斬り捨て、胴体に残る顔半分に剣を突き立てる。
火狼はかつて自分の部下にしたように、相手の頭を鷲掴むとそのまま炎を掌から放ち、その顔を一瞬で消し炭へと変えた。
「おっしま~い。お、猫も戻ってきたぜ」
「良くやったな、ノア」
「グルルルゥ~」
咥えた反乱軍を噛み砕いてきたのか、戻ってきたノアールの口の周りには血がべっとりとついていた。
ユージーンに褒められ撫でられると、唸るように鳴くノアール。
その姿は二人の悪魔が魔獣を引き連れているように映り、蓮姫達は悪寒と共にゾワリと鳥肌が立った。
それでも蓮姫は自分達を守った従者から目を逸らすことはせず、レオナルドも次期公爵としての威厳を保つ為、震えようとする体を我慢している。
だが、蝶よ花よと育てられ血なまぐささとは無縁に生きてきたソフィアは違った。
目の前で起きた光景にガタガタと震えながら涙を流す。
かつてユージーンを恋慕の対象として映した瞳には、ただ恐怖しかない。
そんな少女の様子など気に留めるはずもないユージーンは、蓮姫達へと歩み寄る。
「終わりましたが…まだ油断は禁物です。領主様がおっしゃられた様にこの場で籠城するのが得策でしょう」
「あ、あぁ。そうだな」
掛けられた言葉に自分の声が裏返らないよう、脅えていることを悟られないように答えるレオナルド。
「何よりも優先させるのは姫様です。狭い室内ならこちらが優位でしょう。レオナルド様は姫様のお傍に」
「わ、わかっている。頼りにしているぞ」
「へぇ~。まさか次期公爵様からそのようなお言葉を頂けるなんてねぇ。恐縮の至りですよ…って、あれ?そっちのお嬢様大丈夫?」
あまりに脅えるソフィアに火狼が一歩近づき声をかける。
だが、それがいけなかった。
「ヒィッ!!いやぁあああぁぁあ!!来ないでぇえええ!!」
ソフィアは恐怖のあまり叫び出し、そのまま部屋を飛び出してしまった。
「ソフィッ!!」
「ソフィアッ!?」
「姫様っ!?」
ソフィアを追い蓮姫まで部屋を飛び出してしまう。
レオナルドもユージーンも二人を追いかけようとした。
だがその二人の目の前に針が飛んでくる。
慌ててレオナルドを庇いながら一緒に避けるユージーン。
そして直ぐに新手が窓から入ってくる。
それも次々と。
「ちょっ!?旦那!」
「クソッ!犬!ノア!お前らだけでなんとかしろ!」
それだけ言い捨てるとユージーンは部屋から出た。
しかし辺りを見回しても既に蓮姫の姿もソフィアの姿も無い。
「レオナルド様!手分けして探しましょう!」
「わ、わかっている!」
二人は反対方向へと駆け出す。
しかし反乱軍は館の中にも入り込んでおり、応戦をやむなくされた。
(あのクソガキ!勝手な真似しやがって!!)
心の中でソフィアへと悪態をつきながらも、ユージーンは次々と反乱軍達を倒す。
進む事も戻る事も出来ず、ただ相手を倒す事しか出来ない。
それはレオナルドも同じ。
実戦経験は皆無だが玉華の者と共に反乱軍を倒しても、次から次へと新手が現れる。
いくら敵を倒しても安心などは出来ない。
ただひたすらに焦りや不安だけが増していく。
(姫様っ!)
(蓮姫っ!ソフィア!)
((無事でいてくれ!!))