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玉華の長い夜・始まり 3




蓮姫に用意された部屋へ入ると、ソフィアははしゃぎながらベッドへ飛び乗るように腰掛けた。


「ふふふ、お姉様とお泊まり。とっても楽しみですわ!湯浴(ゆあ)みはここに来て直ぐに済ませましたし、後はお姉様と心ゆくまで語り合える!本当に今日は人生最高の日です!」


「ソフィったら、大げさだよ」


「大げさではありませんわ!淑女二人水入らず!大いに語り明かせる!それもお姉様と!!」


背後に花でも咲きそうなほど満面の笑みで告げるソフィアに、蓮姫も笑みがこぼれる。


ソフィアと二人きりになるのは実に久しぶりだった。


部屋にはノアールもいたが、やはりソフィアに懐くつもりはさらさら無いらしく、蓮姫の腕の中でゴロゴロと鳴いている。


ユージーンと火狼は部屋には入っていないが、部屋の外にて待機していた。


「でもお姉様と(はな)(ばな)れももうおしまいですね!王都に戻ったら、またたくさんおしゃべりもお茶も出来ますもの!」


「え?ちょっと待ってソフィ。(はな)(ばな)れがおしまいって…王都に戻るってどういうこと?」


ソフィアの言葉に困惑する蓮姫だが、当の本人はニコニコと笑顔を崩さずに話す。


「お兄様がおっしゃっていました。お姉様を王都に連れ戻すと。ソフィアもお兄様に大大大賛成ですわ!」


「王都に連れ戻すって……私を!?」


「お姉様以外いらっしゃいませんわ!女王陛下に(うかが)いました。お姉様は『弐の姫としてヴァルを探しに旅に出た』と。ユージーンという立派で素敵な殿方……っ、いえ、ヴァルを見つけたのですね!改めておめでとうございます!お姉様!」


ユージーンの事を話す時だけ顔を赤らめたソフィア。


かつて二人の女王を虜にした彼の美貌はソフィアにも(あわ)い恋心を抱かせた。


それを当のソフィアは気づいてはいない。


慌てたように話を戻し、蓮姫にヴァルが出来たこと、王都に戻ることをソフィアは自分のことのよう喜んでいた。


「ちょ、ちょっとソフィ!? 」


「王都に帰ったらまず何をいたしましょう?あっ!ソフィアはやっぱりお姉様のドレスを選びたいです!普段のものも!ウェディングドレスも!」


「ソフィ!」


「お姉様と一緒ならマナーレッスンも刺繍(ししゅう)もダンスもきっと楽しいですわ!ですから王都に戻ったら伯父様にもその事をお伝えして」


「待って!!ソフィ!!!」


楽しげにこれからの事を話し続けるソフィアの言葉を(さえぎ)るように、蓮姫は叫ぶ。


先程から何度も蓮姫が止めようとしていたが、それでも止まらないソフィアの言葉を遮るにはコレしかなかった。


とはいえ、蓮姫に怒られたと思いソフィアはわかりやすく落胆(らくたん)(うつむ)いてしまう。


自分の行動に自己嫌悪にかられた蓮姫は、ノアールをそっと床に置くとソフィアの隣に腰掛ける。


「………ソフィ。大きな声を出してごめんね」


「…お姉様は……ソフィアのこと…お嫌いですか?」


「っ、そ、そんなことない!嫌いなわけないよ!」


「だったら!どうしてそんなに怒るんですか!?ソフィアはただ!お姉様と一緒にいたいだけですっ!」


見当違いの言葉を蓮姫は否定するが、ソフィアは涙を流しながら訴える。


「ソフィアは……お姉様が大好きです!大好きなんですっ!お姉様がいなくなって!とても辛かった!寂しかったんです!」


「ごめん、ごめんねソフィ」


蓮姫はソフィアを抱きしめ、頭を撫でながら謝ることしか出来ない。


まだ王都に帰るつもりがない蓮姫の気持ちを伝えても、今のソフィアには逆効果だとわかっているからだ。


「ソフィアはずっと……ずっとお姉様と一緒にいたいです。だって大好きなんです。お兄様とお姉様と…三人でずっと仲良く暮らしたいです」


三人で仲良く…という言葉に蓮姫はピクリと撫でていた手を止める。


かつて蓮姫にも自分を含めた三人で暮らしたい、と思った友人達がいた。


しかしその願いは、蓮姫の『弐の姫』という立場のせいで叶えられなかった。


だが、蓮姫が手を止めたのは過去を思い出したことだけが原因ではない。


(私と…レオと……ソフィの三人で?…どうして?)


ソフィアの頭を耐えず撫でながらも、蓮姫は遠くを見つみる。


その黒い瞳が段々と(にご)っていくさまは、ソフィアを階段から突き落とそうとした時と同じだった。


(ソフィはレオと離れるつもりが、ないってことなの?)


悪い方にばかり思考が動く。


ふと、ソフィアの頭から手を離し別の場所へと近づける。


それはソフィアの首元へと近づいていた。


「………お姉様?」


「っ!?ご、ごめんソフィ!何か言った!?」


「いえ。ただ…急に頭を撫でてくれなくなったので…」


蓮姫の心中など知らないソフィアは、プクリと頬を膨らませ()ねた様子を見せる。


自分の愚かな行為がバレておらず、安心した反面、心苦しくなる蓮姫は再度「ごめんね」と呟き、頭を撫で直した。


「ふふ。お姉様に撫でて頂けるの…ソフィアは好きです」


「ありがとう。私もソフィのこと……」


言いかけて言葉を止めた蓮姫は深呼吸し、自分の心に問いかける。


自分がソフィアをどう思っているのか?


本心は何なのか?


少し考え、蓮姫はしっかりとソフィアに伝わるように気持ちを告げる。



「………好きだよ」



これが自分の本心だ、と自分自身にも言い聞かせるように呟いた言葉。


レオナルドが(から)むと、どうしても自分の(みにく)い嫉妬心が浮き出てくる。


それでもソフィアを嫌いにはなれない。


いなくなってほしい、とも思わない。


仮にソフィアがいなくなれば、自分はきっと寂しいだろう。


仮にソフィアが死んでしまったら、自分の心は悲しみに満たされ、涙は枯れるほどに流れるだろう。


自分を姉と慕うこの少女を、自分だって本当の妹のように慕っていた。


(あやま)ちを(おか)そうともしたが……やはりソフィアのことは好きだ、と蓮姫は自分に言い聞かせた。


「はいっ!ソフィアもお姉様が大大大好きですわっ!」


ギュッ!と自分に抱きつくソフィア。


蓮姫も自然と柔らかい笑みが零れ、彼女を抱きしめ返した。


(お願い。あの時の…ソフィに酷いことをした(みにく)い私。どうかもう出てこないで。私は…私にとってソフィは…とても大切な存在なの。お願い……もう…二度と出てこないで)


自分の心の中にいるだろう、もう一人の自分へ想いを()せて、蓮姫は二度と(あやま)ちは(おか)さないと自分自身に誓う。


蓮姫の腕の中でウフフ、と無邪気に笑うソフィア。


「ソフィアは幸せです。お兄様とお姉様が結婚して、ずっとソフィアのお側にいて下されば…もっともっと幸せです」


「結婚って……気が早いよ、ソフィ」


「いいえ。早くなどありません。むしろ遅すぎます。お兄様とお約束したのはずっと前…ソフィアが子供の頃でしたもの」


「子供の頃…約束って?」


以前王都にいた頃、蓮姫も使用人達が話しているのを聞いたことがある。


その時は『レオナルド様とソフィアお嬢様は幼い頃に結婚の約束をされた』と聞いていたが、今の話の流れで出るとなると、どうもおかしい。


「お姉様はご存知ありませんか?お兄様はずっと前に」


ソフィアが過去の約束を語ろうとした時、バタバタバタ!と人が走り出す音が聞こえてきた。


いや、それだけではない。


何か叫ぶ声も聞こえる。


決定的だったのは、窓の方を向いてグルル、と唸るノアールの全身の毛が逆立っていたこと。


ノアールは動物的本能で危険が迫っていることを察知していた。


「ノア?一体どうし」


バンッ!!


蓮姫が最後まで言い切る前に、ユージーンと火狼が勢いよく部屋へと入ってきた。


その表情はとても険しく、しかし何処か焦りのようなものを感じる。


「姫様、ソフィア様。緊急事態の為、無礼をお許し下さい」


軽く頭を下げるユージーンだが、その一瞬でさえ警戒を(おこた)っていない。


火狼の方も閉めた扉や窓の外をしきりに気にしている。


「ジーン。緊急事態ってなに?どういうことなの?」


「落ち着いてお聞き下さい」


ユージーンは蓮姫の側へ歩み寄ると静かな声でとんでもない事を告げる。


「反乱軍が攻めてきました」


「っ!?反乱軍が!?」


「そ、そんな!は、反乱軍だなんて…なんと恐ろしい!」


ユージーンの発言に驚きを隠せない蓮姫だが、それ以上にソフィアは驚く。


いや、恐怖で体が震えている。


ソフィアはバッ!とユージーンへと抱きつき涙を流しながら訴えた。


「ユージーン!私とお姉様を守って下さい!反乱軍だなんてっ!あの人達は!目的のためなら手段を選ばないと家庭教師の先生が言っていましたわ!怖いっ!!」


必死に助けをこうソフィアだが、抱きつかれたユージーンは彼女に見えないのをいいことに、ウンザリとした表情を隠しもしない。


しかし自分に抱きつくか弱い少女を引き()がせないのは、彼女が蓮姫の関係者であり、無礼な行為はそのまま蓮姫へと反映(はんえい)されてしまうから。


やんわりとソフィアの体を離そうとするが、小さな体は必死に自分の体にしがみつく。


「ソフィア様。大丈夫です。姫様は勿論、ソフィア様もお守り致します」


ついでにな、と心の中でのみ付け加えるユージーン。


そしてソフィアにしがみつかれたまま、蓮姫へと声をかける。


「姫様。反乱軍の狙いは姫様と彩一族です。俺達から決して離れてはいけません」


「狙いは…私…」


ソフィアだけでなく、蓮姫も恐怖が体を支配しカタカタと震えていた。


ユージーンは今すぐにでも蓮姫を抱きしめ安心させたい衝動にかられるが、逆に自分にしがみつく少女がそれを阻止する。


ユージーンは小さく舌打ちしたが、それは幸い火狼以外には気づかれなかった。


「姫さん、大丈夫だって。俺も旦那も猫も強い。知ってんだろ?あの時だって一緒にめっちゃ戦ったじゃん」


「お前は何の役にも立たなかったがな」


「わぁお、辛辣(しんらつ)~。でもそれって旦那にまんま返ってくる言葉じゃん」


火狼の言うあの時、とはキメラと戦った時の事だ。


確かに結果キメラを倒したのは他ならぬ蓮姫。


しかし火狼の正論に現状、手を出せない代わりにユージーンは殺気を込めた目で睨みつける。


「そ、そんな睨まねぇでよ。大丈夫だって!今回は相手が反乱軍だし!人間だし!ちゃんとお仕事して役に立てっからさ!」


「本当に大丈夫…狼?」


蓮姫は涙で(うる)む目を火狼へと向けて問いかける。


涙目で上目遣いされた火狼は少し顔を赤くして、蓮姫の肩に手を置いた。


「大丈夫だよ姫さん。俺が守ってやっから心配いらないって」


「うん。ありがとう狼」


本来なら蓮姫を慰め安心させるのは自分の役割だというのに、火狼に取られてしまったユージーンは本気でソフィアを引き剥がそうと思った。


その時、新たな来訪者が部屋へと飛び込むように入ってきた。


「蓮姫!ソフィア!無事か!?」


「っ!?レオ!!」


「お兄様ぁっ!!」


レオナルドの登場にその場にいた全員が振り向く。


一瞬レオナルドの後ろから見えた廊下には、武器を持ったこの館の使用人達がバタバタと走っていく姿が見えた。


レオナルドも腰のベルトに剣を差している。


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