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玉華の長い夜・始まり 2




広間に戻った蓮姫と蒼牙。


だが二人が戻った瞬間に宴は終わってしまった。


何故なら主催者(しゅさいしゃ)でもある大牙が、父である蒼牙の姿を見た途端「では、皆様そろそろ休まれますかな」と広間に響くほどの声で告げたからだ。


そんな息子の姿を(たしな)めようとする小夜だが、大牙は早々と広間を出ていく。


当の蒼牙はため息をつくと、ただ立ち去る息子の姿を困ったように見送るだけだ。


父として誰よりも今の息子の言動を咎めるべきだろうが、誰よりも息子を責めることの出来ない存在でもある。


蒼牙にとっては後者の後ろめたさの方が強いのだろう。


蓮姫に息子の態度を謝罪し一礼すると、頭を抱える妻の元へと戻っていった。


これも自分のせいだろうか…と悪い方にばかり考える蓮姫。


が、彼女が落ち込む間もなく、直ぐに別の人物が蓮姫へと駆け寄る。


「お姉様っ!!おかえりなさいませっ!!お姉様がいなくてとっても寂しかったのですよ!それにお兄様が怒ってばかりなんです!」


「ソフィ…ただいま」


ソフィアは頬を膨らませながら、自分を叱るレオナルドへの不満を口にした。


蓮姫はこの少女から再び逃げたい願望を抑えながら、苦笑して彼女の頭を撫でる。


一方従姉妹に先を越されたレオナルドも蓮姫へと歩み寄る。


「れ」


「姫様、おかえりなさいませ」


が、蓮姫に声を掛けようとした瞬間ソレはユージーンによって遮られた。


「ジーン」


「元帥も奥方様も退室されるようです。姫様も休まれた方がよろしいでしょう」


「…そうだね。そうしようかな」


宴を途中で抜け出た蓮姫はあまり夕食を口にしてはいない。


だが、お開きになった宴の席にいつまでも居座る訳にもいかない。


それに空腹を訴えれば彼女の優秀な従者なり、この館の使用人なり部屋に持ってきてくれるだろう。


この場にいるよりは早々に部屋に戻った方がいい。


そう判断した蓮姫の意図にレオナルドも、面白くはなかったが心の中で納得する。


だが、一人だけそれに気づいていない少女。


「えぇー!!お姉様!お戻りになったばかりではありませんか!?ソフィアはしっかり見ていました!お料理もあまり召し上がっておられませんでしたよ!」


「でもねソフィ、領主様達が戻られたのにいつまでも此処(ここ)にいるのも失礼でしょう?」


「そんな!ソフィアはまだまだお姉様とお(はなし)したいです!全然話(ぜんぜんはな)し足りません!」


まるでリスのように頬をパンパンに膨らませるソフィア。


しかしその態度にまたしてもレオナルドのカミナリが落ち、ソフィアは(うつむ)いてしまう。


そんな二人の姿を見ないように、蓮姫はユージーンと火狼に声をかける。


ちなみに食事の席ということもあり、ノアールは部屋で留守番中だ。


「戻ろうジーン、狼」


「かしこまりました」


「はーい、姫さん」


レオナルド達に背を向け、退室しようとする蓮姫。


しかしその手をソフィアに掴まれてしまう。


「ソフィ?」


「………………………」


名を呼ばれても応えず、ただ蓮姫の手を強く握りしめ俯くソフィア。


しかし次の瞬間、勢いよく顔を上げる。


その目はイタズラを思いついた子供のようにキラキラと輝いていた。


ユージーンは嫌な予感がしたが、ソフィアは嬉々として語り出す。


「お姉様っ!ソフィアはとっても()いことを思いつきました!」


「ソフィ?」


「ソフィア、お前はまた何を言っている」


首を(かし)げる蓮姫と、ため息を吐いて(あき)れるレオナルドだったが、そんな保護者達なぞ構わずソフィアは自分の名案とやらを告げる。


「ソフィアもお姉様のお部屋にお邪魔すれば()いのですわ!そうすればもっともっとお話出来ますもの!!」


自分の手を握ったまま左右に振ってはしゃいでいるソフィアの言葉に、蓮姫は思考が一瞬止まる。


それは蓮姫だけでなく、この場にいるソフィア以外全員だった。


チラリと火狼はユージーンの方へと目を向ける。


(………ヒィッ!!)


そして見た瞬間後悔した。


他人が見れば微笑みを浮かべる美しい男。


だが火狼には彼の笑顔が『氷の微笑(びしょう)』ならぬ『氷河期(ひょうがき)なみの黒い()み』に見えた。


(こ、こぇええええ!旦那マジでこのお嬢様にブチ切れてんよ!『何ふざけたことぬかしてんだブス』とか思ってんよ!絶対!)


心の中でのみ叫ぶ火狼だが、次の瞬間クルッ!とユージーンが彼の方へ振り向く。


「……何か言ったか?」


「イ、イエ。ナニモイッテオリマセン」


自分で名付けた『氷河期なみの黒い笑み』を真正面から向けられた火狼は、カタコトで答えるしかなかった。


むしろこの場で『泣き出さなかった自分を誰か褒めてくれ!』とすら思っていた。


「ねっ!お姉様!とってもとっても()いことでしょう?早くお部屋に参りましょう!」


火狼が恐怖の魔王に(さいな)まれている間、ソフィアは蓮姫の腕を引いて部屋を出ようとしている。


「ま、待ってソフィ。もう夜でしょ?そろそろ休まないと」


「はい。ソフィアは今日、お姉様と一緒のベッドでお休みします」


「おい!少し待つんだ!ソフィア」


更にとんでもない提案を出すソフィア。


慌ててソフィアを止めたレオナルド は、今度は邪魔されずに蓮姫の隣へと立つ。


「一人で勝手に話を進めるな」


「あ、お兄様はダメですよ!淑女(しゅくじょ)のお部屋にお泊まりなんて許されませんわ!たとえ婚約者でも!結婚なさったらお好きなだけ一緒に寝られるんですから、今日は我慢なさって下さいな!」


「誰もそんな事は言っていないだろう!?」


ソフィアの天然発言に顔を真っ赤にさせるレオナルドだが、ユージーンの方は冷気が更に増していた。


それに一人だけ気づいている火狼は今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。


「絶対に!今日は!お姉様と一緒に寝ます!一緒に眠くなるまでお話するんです!お兄様に怒られたって邪魔されたって!ね、お姉様!」


何故かソフィアと一緒に寝る事は決定事項にされている蓮姫。


ソフィアとしては自分の提案を蓮姫が断るなど、想像もしないのだ。


蓮姫が自分を可愛がってくれているのを知っているし、自分だって蓮姫を慕っている。


女同士でお喋りするのは楽しいし、ソレは大人も子供も女ならば絶対にそうだと思っている。


断る理由などどこにも無い、と。


貴族社会という狭い世界で生きてきたソフィアには、自分の願いが叶えられる、というのは当然のことだった。


「あ!それともソフィアのお部屋に行きますか?」


「う~ん、お部屋の問題じゃないんだけどな」


蓮姫はもはや苦笑いしか出来ない。


ソフィアを可愛いと思っているのは事実。


それに夕方の件もあり、蓮姫はソフィアの提案を無下(むげ)には出来なかった。


彼女が出した決断はやはり、というか、彼女らしい答えだった。


「いいよ。私の部屋で。お喋りしよっか、ソフィ」


「はい!参りましょう!お姉様!」


自分ではなく他人の主張を叶えることだった。


そんな蓮姫の様子にユージーンの冷気が更に増す。


「では、戻りましょう。姫様」


「う、うん。なんか怖くない?ジーン」


「気のせいですよ。えぇ、気のせいです」


ユージーンの無言の…いや『氷河期なみの黒い笑み』の圧力で冷や汗が流れてきた蓮姫は「は、はい」とだけ答えた。


これ以上は追求(ついきゅう)しない方が得策(とくさく)であり、身のためだと動物的本能で悟ったからだ。


今この場でノアールがいれば誰よりも(おび)えていたことだろう。


しかしそんなユージーンの様子よりも、先程の発言にレオナルドは聞き捨てならない、と彼を睨みつける。


「おい待て。『戻りましょう』だと?貴様…もしやとは思うが、蓮姫達について行くつもりか」


「はい。勿論です。私は姫様の護衛も()ねていますので」


レオナルドの怒りが自分に向いている事がわかっていながら、さも当然のようにユージーンは答える。


そしてレオナルドは黙ってそれを受け入れられるほど、物わかりの良い青年ではなかった。


「貴様、従者の分際で何をぬけぬけと」


「はい。私は姫様だけの従者。姫様をお側でお守りする事は至極当然(しごくとうぜん)の事にございます」


「れ、レオ。ジーンもやめて」


男二人が自分の事で火花を散らし合うのを、蓮姫は間に入って止める。


先にけしかけたのはレオナルドだが、蓮姫はあえて従者であるユージーンの方を咎めた。


レオナルドの怒りがこれ以上増さないないように。


だがその怒りの火の粉は蓮姫へと降りかかる。


「お前もお前だ蓮姫!弐の姫が!いや、年頃の娘が従者だからと男と二人で部屋で過ごすなど何を考えている!従者をつけ上がらせるなど主として軽んじられている証拠だぞ!従者の無礼は主が(せき)()われる!そんな事もわからないのか!」


「っ、ご、ごめんなさい」


「謝るくらいなら最初から男を寝所(しんじょ)に………まて。まさか寝る時までこの男を(そば)に置いているわけじゃないだろうな!?」


自分でした想像に顔が烈火(れっか)の如く赤くなるレオナルド。


ユージーンは内心「いい加減にしろよ、このガキ」と思いながら、やんわりと首を横に降る。


「いいえ、レオナルド様。確かに姫様のお部屋に私も入らせて頂きますが、姫様がお休みになられる時は部屋の外で護衛をさせて頂いております。それは領主様にもお伝えし了承(りょうしょう)は頂きました。そうだな、火狼」


「…え?あ、あぁ。いや。そうです。俺達は姫さんが寝て…あ、お休みになられてる時は扉の外にいました」


「………本当だろうな」


「はい。女王陛下に誓いまして」


自分を睨むレオナルドに、ニッコリと笑顔を向け、この世で一番嫌いな女性に誓うユージーン。


ユージーンにとってはこの上ない皮肉であり嫌味だが、それをレオナルドが知るはずもない。


本音を言えばユージーンも蓮姫の寝所に入り彼女を朝まで護衛したかった。


ベッドが一つしかなくても、自分は一晩二晩寝なくとも平気だ。


最悪床で寝たって構わない。


だがここは彩一族という貴族の邸。


流石の蓮姫達も人目を気にし、ユージーンが彼女の部屋の外で護衛する形で手を打ったのだ。


「ユージーンはお仕事熱心ですのね!とても頼りになりますわ!」


ソフィアは空気を読まずにニコニコとユージーンへと笑いかけた。


ある意味それがこの場を救ったとも言える。


これ以上続けば、恐らくレオナルドは確実に怒りが収まることはなく、ユージーンの方も我慢の限界が来ていただろう。


「さぁ!参りましょうお姉様!お兄様はここでお別れですわ!おやすみなさいませ!」


「っ、わかった。蓮姫、ソフィアを頼む。それと……ゆっくり休め」


「うん、ありがとう。おやすみレオ」


ソフィアに手を引かれ去っていく蓮姫を見つめながら「またやってしまった」と反省するレオナルド。


しかし目が合い、自分に一礼するユージーンの事は彼らが部屋から出るまで睨んでいた。

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