表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/433

再会 9


火狼は渾身(こんしん)のツッコミを入れたが、もはや慣れたものでため息一つつくと「まぁいいや」とユージーンへと珍しく真剣な目を向ける。


「いいのかよ。あんな坊ちゃんにお嬢様……ただの足でまといだぜ」


「俺は姫様しか守る気はない。あんな奴等関係ないな。むしろ姫様にとって相応しくねぇのはあの二人だ。いっそここで反乱軍にでも殺されりゃいい」


「うわ~…見捨てる気満々じゃん」


ユージーンの蓮姫至上主義はいつもの事だが、流石の火狼もその発言には引いている。


その上ノアールにも「お前も姫様以外守んなくていいからな」とまで告げる始末。


だがユージーンも、レオナルドに『蓮姫に相応(ふさわ)しくない』と言われたのは、かなり心外だった。


ただでさえ蓮姫の記憶で彼女への対応が気に入らなかったが、その一言で余計に彼への嫌悪感(けんおかん)は増したらしい。


「とはいえ、あの二人がここで死ねば姫様は一生後悔するだろうからな。適度に生きててもらうさ。元帥や領主に任せる」


「あ、領主様と言えばさ!早く俺らも戻った方がよくね?」


思い出したかのように慌てて告げる火狼。


領主である大牙が蓮姫を訪ねて部屋に来たのは数分前。


二人は蓮姫を探す名目で一人大牙を部屋に残して出てきた。


つまり客……いや現在進行形で世話になっている家主を待たせっきりだ。


蓮姫が向かっているとはいえ、従者である二人も早く戻らなくてはならない。


「そうだな」


「急ごうぜ。さっきも旦那が注意したけどよ…今の姫さんなら領主様に変な事、口走っちまうかもじゃん。怒らせると色々めんどうだしさ~」


「……………………」


火狼の言葉にユージーンは口元に手を当てる。


ノアールも不思議そうに「にゃ~?」と鳴きながらユージーンを見上げた。


火狼に返事もせず、ユージーンは何かを思案しているようだが、その口はゆっくりと開かれる。


「………………いや。俺達はゆっくり戻る。せめて五分……いや十分は後に戻るぞ」


「は?な、なんでよ?姫さん領主様怒らせるかもだぜ?めんどうじゃねぇの?」


「めんどうと言えば、今の状況は面倒事だらけだろ。今更一つ二つ増えても変わらねぇよ」


いつものユージーンらしくない発言に火狼は首を傾げる。


普段なら蓮姫に害が及ぶ前に防ぐ、または蓮姫自身が失言をする前にフォローを入れるのがユージーンだ。


それをあえて放置しようという考えに至った理由が、いくら考えても火狼にはわからない。


「…………なぁ。何考えてんだよ」


「俺が考えてんのはいつも姫様の事だけだ」


「うわ~……発言が男前~」


「当然だろ。お前とは違うんだ」


ニッコリと火狼に向けるユージーンの笑顔は、言葉とは逆にとても爽やかだった。


火狼は向けられた笑顔に口元が引くつく。


しかし切り替えが他人よりも早い火狼。


直ぐに真剣な眼差しを今まさに自分を小馬鹿にした相手へと向けた。


「そんな旦那に……一つだけ聞きたいんだけどいい?」


「まともな話ならな」


「実はずっと考えてたんだけどよ。…姫さんが………もし今の姫さんが魔術とか…陛下も何も関係なく……重圧に押しつぶされそうな自分を守る為に、想造力を使っちまってたら?」


火狼の考えはこうだ。


世界中何処に行っても受け入れられない弐の姫という立場。


それでも女王を目指さなくてはならない重圧。


友人を死なせてしまった過去と…………殺してしまった過去。


現実から逃げる為に自己防衛の為、無意識に想造力を発動させたのでは?と。


それが出来る程に女王と姫の想造力は強大な力。


時には本人の無意識下でも発動される危険な力。


口にするのは戸惑われたのか、火狼は口ごもりながら告げる。


「もし俺の仮説が合ってたらさ……姫さんは……」


「もし俺の仮説が正しくても、お前の仮説が正しくても……他の理由でも関係ない。俺は姫様のヴァル、ユージーンだ。その事実は変わらん」


火狼の言葉を遮りながら力強く告げるユージーン。


彼の決意に迷いなど微塵(みじん)も無い。


「……そか。やっぱ旦那ってば凄ぇわ」


「当然だ。お前とは」


「違うってんだろ。わかってんよ。よ~し猫!ちょっとの(あいだ)遊んでから姫さんのとこ戻るぞ!」


何処か吹っ切れたような表情で、火狼は嫌がるノアールをうりうりとくすぐった。




【蓮姫の部屋】


「すみません領主様。お待たせしました」


蓮姫が自分にあてがわれた部屋に戻ると、ユージーンの言葉通り玉華領主大牙が彼女を待っていた。


椅子に腰掛けていた大牙は、ゆっくりと立ち上がり頭を下げる。


「弐の姫様。私の方こそ急に参ってしまい、失礼を致しました」


そう穏やかに告げる大牙からは、父親である飛龍元帥へ向けた威圧感など微塵(みじん)もない。


やはり大牙にとって父親は特別な存在なのだろう。


それも……悪い意味での特別。


「外へ出ておられたようですが……体調はいかがです?」


「あ、はい。本当にもう大丈夫なんです。ちょっとレオやソフィと話してきただけなので」


「それはようございました。しかし……あれ程の想造力を使った後なのです。ご無理はなさいませんよう」


そう告げながら大牙は自分が座る向かいの椅子を引き、腰を下ろすように促す。


それに気づいた蓮姫は「ありがとうございます」とにこやかに答えて椅子へ腰掛けた。


「それで…領主様は何か御用があったんですよね?」


「はい。実は……我が末弟(まってい)の件でございます」


自分も椅子に腰掛け二人用のお茶を準備しながら答える大牙。


いつもなら蓮姫が率先してやろうとする(そしてユージーンに阻止され彼が代わる)が、彼女はただ大牙がお茶を()み終わるまで足をブラブラさせながら待っていた。


「どうぞ、弐の姫様」


「はい。ありがとうございます。それで末弟(まってい)というと……銀牙くん……でしたっけ?」


「はい、作用にございます。我が末弟にして彩家次期当主、(サイ) 銀牙(ギンガ)。あやつは今、(やまい)()せっておりますが……恐らくは反乱軍の呪詛のせい、と私は思っております」


苦々しく呟く表情から、声から、弟を心配している事がよくわかる。


誰が見ても兄が弟を心配しているのだ、と。


だが……蓮姫の脳裏には飛龍元帥と小夜の会話が思い出され、それにより今の言葉に違和感を感じてしまった。


「心配……なんですか?銀牙くんのこと?」


「はい。銀牙はまだ子供ですが次期当主としての役目を担う者。何より私の家族です。ですが、これ以上弐の姫様に御負担をかけるつもりもありません。失礼とは思いましたが、せめて呪詛であるかどうかだけでも見て頂ければと思いまして」


苦笑いしながら頼む大牙からは、兄として弟を救いたい気持ちと、玉華領主として頼み込む申し訳なさが入り混じっていた。


だが蓮姫は無神経な言葉でそれを返す。


「そうなんですか?私は大丈夫ですけど。でも……そんなに大切な銀牙くんのこと…お父さんに知らせるなって言ったんですよね?」


蓮姫のその一言に………最後の一言に…大牙はスッ…と目を細める。


「…………父……ですか。飛龍元帥の事をおっしゃっているのでしたら、それは違います。あのような男……我等にとって父親でも何でもありません」


片眉を上げながら忌々しげに……しかし馬鹿にした様な笑みを浮かべ、告げられた言葉。


流石に地雷を踏んだと気づいた蓮姫だが、口を挟む暇すら与えられない。


「あの男……いえ、飛龍元帥は私と同じ玉華の出ですが私などとは違い素晴らしい武人です。この世の何よりも美しい主の為に全てを捨てお仕えしておられるのですから。しかもその主とは女王陛下。陛下より元帥まで任せられ、あの方もお幸せでしょう」


パタパタと羽扇(うせん)で顔を扇ぎながら笑顔で、まくし立てるように喋り続ける。


言葉の内容とは真逆に、とても苛ついているようだ。


「あ、あの……蒼牙さんは」


「いやはや。飛龍元帥ともあろうお方が、この様な田舎にお戻りになられるとは。陛下のお側にて陛下をお守りするのが元帥のお役目。陛下の御命令もお有りでしょうが、元帥も本心では直ぐに王都に戻りたいでしょうな」


蓮姫がやっと口を開いても、かぶせるように話しかける。


まるで『話を聞くつもりはない』または『自分が彼をどう思っているのかしっかりと聞け』という態度だ。


怒りはこの会話……いや一方的に話しいる最中から徐々に増している。


羽扇(うせん)(あお)ぐ手が若干乱暴になっていた。


「弐の姫様のお客人方はしっかりと我が一族でおもてなしさせて頂きますが、飛龍元帥だけでも早く王都に戻れるように手配しなくてはなりませんなぁ」


「あ、あの!領主様は……なんでそんなに…蒼牙さんの事を嫌いなんですか?」


「嫌いなどと。その様な感情は持ち合わせておりませぬ。あの方は私と同郷であるだけ。それだけの他人なのですから」


全身全霊で拒絶しているのも嫌悪しているのも丸わかりだが、大牙の中では父に感情を抱いている事すら認めたくないらしい。


「他人って!?蒼牙さんはとても優しくて強くて立派で!自慢のお父さんじゃないですか!!」


叫ぶように蓮姫から放たれたこの言葉が……大牙の顔から一切の感情を失わせた。



「…………自慢の……父……ですと?」



低く(うな)るような言葉を向けられ、蓮姫は自分の失言に……軽率すぎた発言に気づく。


だが今更気づいた所でもう遅い。


大牙は父である飛龍元帥に向けたソレよりも強い眼光(がんこう)で蓮姫を睨みつけた。


「あの男は彩家当主としての役割を……玉華の民を守る役目を捨て、王都で気楽に過ごす男です。そのような道楽者(どうらくもの)……誰が父などと」


それでも怒りを抑えようとしているのか、わなわなと全身を震わせながら呟く。


しかし蓮姫もその言葉には黙っていられなかった。


そしてそれが……かえって大牙を(あお)る事になる。


「き、気楽だなんて!蒼牙さんは陛下をお守りしてるだけで」


ドンッ!!


「その陛下の!この世の何よりも美しい女性の傍に居たいが為に!故郷も!妻も!……子も捨てた男です!!」


大牙は拳をテーブルに打ち付けながら怒鳴った。


目の前にいる者が弐の姫だという事や、玉華領主としての体裁(ていさい)はもはや無い。


それ程までに……抑えられない程に怒りが達していた。


「弐の姫様にはわからないでしょうな。良家の当主たる父親が女王陛下の美しさに酔いしれ…領地も家族も捨てたと周りに言われて育った者の気持ちなど。わかるはずもありません」


「……え?」


たった一瞬だが、大牙の瞳に悲しみが見えた。


蓮姫は言葉をかけようとするが、それを拒むように大牙は言葉を続ける。


「あの男は陛下に信頼され、五将軍の位、元帥の位を授けられた。…しかしヴァルには任命されない。それがかえって……あの男が陛下の情夫だからだという噂を強めました」


「で……でも……陛下は蒼牙さんに家族がいるからヴァルにしないって」


「いっそヴァルにでもなり、我等と(えん)を切ってくれた方が幸せです。我等はあの男のせいで、好奇(こうき)の目に(さら)されつづけた。ソレが全て……女王陛下を選んだくせに!家族を捨てたくせに!自分達を愛していると平然と言ってのける!あの男のせいで!!」


「りょ、領主様」


「私はまだいい!それでもっ!……それでも…あんな男を見限る事の出来ない母が……父を慕い続ける弟達が…私は(あわ)れで仕方がない」


最後の方は俯き、声も震えていた。


怒り、悲しみ、様々な感情が渦巻いているのだろう。


そしてそれは……大牙の言う通り父親のせい…………ではない。


この言葉を言わせた蓮姫のせいなのだ。


沈黙が部屋の中に流れる。


この怒りと悲しみに満ちた男にかける言葉を…蓮姫は………今の蓮姫は持っていない。


ようやく大牙が顔を上げたと思うと、彼は立ち上がり蓮姫へと頭を下げた。


「弐の姫様。先程の我が弟を見て頂く話はお忘れ下さい。……弐の姫に頼むなど…愚かは私の方でした。貴女を信じようとした私が愚かだったのです。今後は我が一族との接触はお控え下さい。語る事などもう何もありませんので。それでは失礼致します」


「え!?ま、待って下さい!!」


それは拒絶。


もう弐の姫とは……今の蓮姫とは関わりたくないという大牙の心境の現れだった。


蓮姫が慌てて追いかけようとするが、大牙は蓮姫の方を向かずに自分の言いたい言葉だけ告げる。


その言葉に蓮姫が一瞬怯んだ隙を見て、大牙はやや乱暴に扉を閉め、出ていってしまった。


残された蓮姫は自分の失言、軽率さに一人嫌気がさす。


そしてただ……自分の過ちと先程の大牙の言葉を思い出して一人泣いた。


宣言通り遅れて戻ってきたユージーンと火狼は、中から聞こえる蓮姫の泣く声に扉を開くのを止める。



二人は扉の外で蓮姫が泣くやむまで、ひたすらに待っていた。








「玉華の民を救って頂いた礼に一つだけ助言致しましょう。あの男を信用し過ぎてはなりません。あの男は……陛下の為ならば誰だろうと斬り捨てる男です。貴女だろうと……私だろうと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ