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再会 8


蓮姫の手がソフィアに触れようとしたその時……


背後から伸びてきた手が、蓮姫の手を握りしめた。


「姫様。こんな所にいらっしゃいましたか」


耳元で(ささや)かれる聞きなれた男の声。


彼は蓮姫の肩に両手を置き直すと、クルリと彼女の体を回し自分に向き合わせる


そして蓮姫の両手を自分の両手で包み込んだ。


普段とは違う(にご)った黒い瞳を見つめながら、彼は再び優しく蓮姫を呼ぶ。


「姫様」


「…………ジーン?」


「はい。ジーンこと姫様のユージーンです。大丈夫ですよ。姫様」


ユージーンは微笑みながら優しく(おだ)やかな声で蓮姫へと告げる。


蓮姫の瞳にも徐々(じょじょ)に光が戻ってきた。


「大丈夫です。姫様。大丈夫」


「……ジーン?…っ!?私!」


完全に正気を取り戻した蓮姫に、一気に恐怖と後悔が押し寄せた。


彼女はカタカタと体を震わせる。


(…私……私…今……なんてことを!…ソフィに何をしようと!)


「姫様。大丈夫なんです。俺がついています。大丈夫です」


「……ジーン」


「大丈夫です。姫様は大丈夫」


幼子(おさなご)をあやす様に、ゆっくりと同じ言葉を繰り返すユージーン。


「……うん。ありがと」


「はい。どういたしまして」


蓮姫は泣きそうになるのを(こら)えて、ユージーンへと礼を告げる。


ユージーンもまた追及するでも責めるでもなく、蓮姫の額に自分の額を当てて微笑んだ。


「お、おい。お前達…何をして…」


当然ユージーンが現れてから一部始終を見ていたレオナルドは、二人へと驚愕(きょうがく)困惑(こんわく)を込めて問う。


ソフィアは真っ赤に染まる頬を両手をで抑えながら、二人を凝視していた。


蓮姫は慌ててユージーンから額を離し弁明(べんめい)しようとしたが、彼女よりも先にユージーンが蓮姫の前に出て跪く。


「婚約者であるレオナルド様の前で姫様に触れるなど、無礼な真似をお許し下さい」


「許せだと?無礼な真似だとわかっていながら!従者の分際で!」


「ま、待ってレオ!ジーンは!」


「姫様。お叱りは私が全てお受け致します。ですので姫様はお部屋にお戻り下さい。領主様がおいでです」


「え?領主様が?」


「はい。姫様にお話があるとお待ちです」


ユージーンは顔を上げると、蓮姫の方ではなくレオナルドの方を見て言葉を続けた。


それは、早く蓮姫を部屋に戻せ、という意味を込めている。


領主の名を出され、門前で元帥を待たせた事もあり、レオナルドも蓮姫を促すしかなかった。


「……領主である大牙殿がお待ちなら…仕方がない。蓮姫、部屋へ戻るんだ」


「う、うん」


「えぇ~!せっかくお姉様と一緒にお着替えやお喋りが出来ると思ってましたのに~」


レオナルドの申し出に口を尖らせて不満を言うソフィアだが、蓮姫も早くソフィアから離れたかった。


「ごめんね。それじゃあ二人共、また後で」


「ぶぅ~~~。は~~~い」


不貞腐(ふてくさ)れているソフィアの方をなるべく見ないように、蓮姫はそそくさと早足でその場から離れた。


そんな蓮姫を見届けると、レオナルドは嫉妬のこもった瞳でユージーンを睨みつけた。


しかしユージーンは怯むこともなく、ニッコリと微笑んだ。


「ただの従者が……随分と主に馴れ馴れしい真似をするじゃないか」


「失礼ながら……先程も申し上げました通り、私は『ただの従者』ではなく『ヴァル』でございます」


ユージーンはゆっくりと立ち上がると、自分より少し低いレオナルドを見下ろしながら答える。


いや、見下ろしてるのではなく、見下している。


そんなユージーンの態度もレオナルドは気に入らなかった。


「ヴァルならば何をしても許される…とでも言いたいのか?随分(ずいぶん)傲慢(ごうまん)で浅はか…いや、厚顔無恥(こうがんむち)な従者もいたものだな」


「……世の中には、愚鈍(ぐどん)狭量(きょうりょう)、その上…(ひと)()がりな婚約者様もおりますので」


鼻で笑うレオナルドに、ユージーンは全く表情を変えずに言い返す。


(ありゃ~……旦那ってばズバリ言っちゃうね~)


ユージーンより少し遅れてその場に現れた火狼だが、二人の口論を止めるでもなく、ただ抱きかかえたノアールを撫でていた。


今のユージーンの言葉が当然レオナルドを指しているのだと、この場にいる誰もが気づく。


ソフィアは目の前の美しい男と従兄弟を交互に見ながら、顔を真っ青に染めていた。


「……なんだと。貴様」


「そう怖い顔をなさらないで下さい。(うるわ)しいお顔が台無しになってしまいます」


(いや、誰のせいだよ。そもそも(うるわ)しいお顔って…旦那の方が遥かに美人じゃん。旦那ってばわざと喧嘩売って…………じゃないな。ただイライラしてっから八つ当たりしてるだけだ、こりゃ)


普段ユージーンに八つ当たりされてばかりの立場なので、火狼は気づいた。


今のユージーンはすこぶる機嫌が悪い。


「貴様……(いや)しい身だと言っていたな。その(いや)しい(やから)が蓮姫のヴァルだと?貴様のような男は蓮姫に相応(ふさわ)しくない。さっさと消え失せろ」


「お言葉を返すようですが、姫様の許しなく消え失せるなど出来ません。私に命令出来るは姫様のみ。私は姫様を心からお(した)いし、お守りする役目を与えられた者ですので」


「っ!?お(した)い……だと!」


ユージーンの発言にレオナルドの怒りは頂点に達した。


わざわざ婚約者の前で言う必要の無い事まで伝え、激昂(げっこう)させる。


だが……火狼が思っている以上にユージーンは冷静だった。


ユージーンは流れるような仕草で、怒れるレオナルドの手をとり自分の両手で包む。


それは先程蓮姫へとった仕草と全く同じ。


いきなりの出来事にレオナルドは手を振りほどこうとするが、それは叶わなかった。


「貴様っ!何を!」


「レオナルド様。私は何があろうと姫様をお守り致します。そして……レオナルド様の事も」


「お、俺を守る…だと?」


ユージーンはその問に応えず、両手に力を込めてレオナルドへと顔を近づける。


「な、何を!」


「レオナルド様……姫様からお話を聞いてから私は…本当にレオナルド様に…お会いしたかったのです」


「お、俺に?何故?……い、いや。待て。その前に手を離……何故顔を近づける!?」


もはや唇が触れ合うのでは?という程にユージーンとレオナルドの間に距離はなくなっていた。


そんな二人の様子に火狼はポカンと口を開けて見つめ、ソフィアは真っ赤になりながら両手で目を塞いでいた。


指の間からしっかりと二人を見ている辺り、年頃の少女らしい。


「レオナルド様……レオナルド様を一目見たその時から……私はレオナルド様と…一度ゆっくり…お話をしたいと思っておりました」


ユージーンはレオナルドの額に自分の額をつけながら囁く。


レオナルドの顔は既に真っ青だ。


「私の思いの(たけ)を……聞いて頂けますか?……レオナルド…様」


(つや)っぽい声が耳から入り、レオナルドの身体中を鳥肌がぞわわわと駆け巡る。


目の前の美しい男に最早恐怖……いや貞操(ていそう)の危機を感じたレオナルド。


スッ…とユージーンが両手の力を緩めると、慌ててレオナルドは彼の手を振りほどき離れた。


「そ、そろそろ失礼する!い、行くぞ!ソフィア!」


「あ!お兄様!お待ちになって!」


脱兎(だっと)(ごと)くその場から逃げ出したレオナルドに、慌ててソフィアは追いかけていった。




「………………どんな八つ当たりの仕方?」


レオナルドとソフィアが見えなくなると、やっとの思いで言葉を発した火狼。


振り向いたユージーンは心底嫌そうに、吐くふりをしながらため息をつく。


「あ~~~……気持ち悪りぃ。男に迫るなんざ姫様の為じゃなきゃ二度としたくねぇ」


「あんれ?姫さんの為だったん?八つ当たりじゃなくて?」


「ああ八つ当たりじゃねぇ。嫌がらせだ」


ユージーンの回答に火狼は「いや、そっちじゃなくてさ!」とつっこむ。


しかし蓮姫の為だという言葉とユージーンの仕草を思い出し、火狼も合点がいったようだ。


「な~るほどね~。あの坊ちゃんの記憶を探るために、わざわざあんな真似をしたってわけ」


「じゃなきゃ男とデコ合わせたりしねぇし、したくねぇよ」


ユージーンは自分の額と相手の額を合わせる事で、相手の記憶を読む事が出来る。


蓮姫と二人で記憶を辿(たど)っていた姿を何度も見た火狼はそれに気づけたようだ。


……しかし知らない人間が見たら、本当にユージーンがレオナルドに迫っていると見えただろう。


実際、レオナルドとソフィアはそう勘違いしたのだから。


「んで?次期公爵様の記憶を見たのはなんでなん?」


「お前な……忘れたのか。姫様はこの玉華に女王から何かしらの罰を受ける為に滞在しているんだ。そして玉華に来たばかりの姫様は正常だった。姫様がおかしくなったのは」


「今日の……時間的には………っ!?元帥達が玉華に到着した頃か!!」


火狼もユージーンの本当の意図にやっと気づいたらしい。


ユージーンは蓮姫の変化の原因は、女王からの使者レオナルドにあると考えたのだ。


「人格を変えたり本性(ほんしょう)をさらけ出す魔術もある。それを応用した呪詛(じゅそ)だってあるくらいだ」


「あ、それなら俺も知ってるわ!確かに…あれだと魔術や呪詛(じゅそ)を掛けられた奴は記憶が混乱したり、あやふやになっちまう。なんつうの?副作用(ふくさよう)的な?……で?どうだったん?」


「…………残念ながら白だ。何も怪しい所はない。気になったのは姫様を王都に連れ戻すとかいうふざけた思考くらいだ。姫様の方も軽く記憶を見たが………正直わからん」


ユージーンは蓮姫をあやしていた時に、彼女の記憶を簡単に探った。


だが、彼女がおかしくなった事はわかっても、原因はわからなかった。


「んじゃ……反乱軍が姫さんの存在に気づいて別の呪詛を掛けたとか?」


「……はぁ。それもわからん」


力なく答えるユージーンは、火狼……正確にはノアールへと近づく。


ノアールもそれに気づき、ぴょん!とユージーンの方へと飛び移った。


「お前も……元の姫様に戻ってほしいだろ」


「うにゃ~」


ユージーンに撫でられながらも、ノアールは心配そうに鳴いた。


「必ず戻すさ。俺が戻してみせる。だから心配するな。お前は変わらず姫様を守れ」


「にゃんっ!」


ユージーンの言葉にノアールは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「まぁ、あんな姫さんじゃ俺も拍子抜けだしな~。旦那なんて『馬鹿』とか『大っ嫌い!』とか言われちまってたしぃ」


「……………………」


火狼の言葉にユージーンは何も答えず下を向く。


いつもと違う態度に、火狼は『まさか旦那までおかしくなった!?』と失礼な事を考えた。


そんな火狼を他所に、ノアールを下ろしながらポツリポツリとユージーンはつぶやく。


「……『馬鹿』なんざ何度も言われてる。…『嫌い』……は、まぁそれなりに傷ついた。……でもな」


ユージーンはしゃがみこみ、片手で自分の前髪を握りしめ力なく言葉を紡ぐ。



「『いらない』って言われたのは……結構キツかったな」



「……旦那」


珍しく落ち込んでいるユージーンに、火狼も心配になり身をかがませた。


しかし次の瞬間……


ガンッ!


「んがっ!?」


ユージーンの頭突きが綺麗に火狼の(あご)へと命中する。


「……って!なんで俺はお前なんかに愚痴(ぐち)ってんだ!?」


「…しょ……しょんな……旦那が…勝手に落ち込んで」


ユージーンの暴君(ぼうくん)ぶりに、(あご)を抑えながら抗議する火狼。


だがユージーンは謝るような男ではない。


「黙れ犬 」


「だから理不尽過ぎない!?」

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