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再会 7


数える程しか向けられなかった、婚約者の笑顔。


レオナルドが笑顔を向ける相手は、ほとんどが自分ではなく彼の従姉妹(いとこ)だった。


しかし今は蓮姫のみに向けられている。


瞳に愛情を込めて。


その事実に、彼の笑顔に、蓮姫の胸は恋する少女のように高鳴った。


「……レオ」


「蓮姫。俺は…お前が王都を出てからずっと後悔(こうかい)していた」


後悔(こうかい)?レオが?」


レオナルドの顔から笑が消え、代わりに(かげ)りが見える。


そんなレオナルドの変化に蓮姫は、落ち込むでも不審(ふしん)に思う事も無く、ただキョトンとした表情で眺めていた。


「あぁ、そうだ。ずっと考えていた。何故俺は…お前にあんな風に冷たく、厳しく接していたのか、と」


「…………うん」


レオナルドの態度が冷たいと思った事も、厳しくされたのも事実。


蓮姫は否定せずにゆっくりと頷いた。


「俺はお前に厳しくし過ぎた。もっとお前と話していれば…優しくしていれば……もっと二人の時間を作っていれば………お前が一人で王都から出る事もなかったのでは、と」


「それは……」


違う、と言いたかった蓮姫だが、その言葉をあえて飲み込んだ。


彼女の中にも彼を責めたい気持ちがあったからだ。


何も言わない蓮姫に、レオナルドは困ったように笑いながら言葉を続ける。


「わかっている。そんな事は有り得ない。過ぎた事だ。どうしようもないのだ、と」


「有り得ない……訳じゃないと思う。でも……うん。王都を出るって決めたのは…私自身だったから」


蓮姫が王都を出た原因は二つある。


一つは小さな友人エリックを救えなかったこと。


もう一つは、未来の自分自身に王都を出るように言われたこと。


『王都を出ろ』と告げたのも『王都を出よう』と決めたのも、どちらも他ならぬ蓮姫自身なのだ。


蓮姫が未来の自分に会った事を知るのは、蓮姫と女王麗華、そして蓮姫の記憶を(のぞ)いたユージーンのみ。


レオナルドは当然知らないが、普通の人間ならばそんな事は予測など出来ないし、そもそも自分の意思で決めた事に変わりはない。


「それでも……俺に()がなかった訳ではない。俺は……お前と(いち)からやり直したいと思っている」


「私と…(いち)からやり直す?…どういう意味?」


「蓮姫……お前の婚約者として俺はお前の(そば)でお前を守りたい。それが…弐の姫の将来の伴侶(はんりょ)として、女王陛下に(さだ)められた者の()すべきことなのだから」


レオナルドは蓮姫を愛する者として、彼女の(そば)にいたいのだ、と蓮姫本人に告げる。


玉華に着いたら伝えたいと思っていた言葉。


それはユージーンという存在のせいで、彼に嫉妬(しっと)(あけ)りを生ませた。


そしてそのせいで……蓮姫は今の言葉に傷ついている。


「女王陛下に……(さだ)められた…」


「あぁ。陛下の血を受け継ぐ者として当然だ」


(ほこ)らしく告げるレオナルドだが、そんな彼の様子に蓮姫の心はさらに痛んだ。


レムストーンのピアスの意味を知り、愛されていたと知った。


しかしそれは愛では無かったのでは?


やはりレオナルドは、女王に決められた為に仕方なく婚約者として扱っているだけなのでは?と。


それでも……自分を見る彼の表情を見る(たび)に、自分の胸は高鳴りと痛みを繰り返す。


「ねぇ、レオ。本当に……私の(そば)にいてくれるの?」


蓮姫の言葉を肯定(こうてい)だと受け取ったレオナルドは、その顔を赤らめながらも歓喜(かんき)に染めていく。


「っ!あぁ!蓮姫……俺は!お前を……お前の事をずっと」


レオナルドが本気で一世一代(いっせいいちだい)の告白をしようとしたその時……



「お兄様ーー!お姉様ーー!」



レオナルドと蓮姫が良く知る人物の声で(さえぎ)られた。


二人が同時に振り向いた先には、玉華の着物を纏ったソフィアが手を振りながらこちらに向かって走っていた。


「ソフィア…またそのような、はしたない真似(まね)を」


レオナルドは項垂(うなだ)れながら、片手で頭を抑えて呟く。


婚約者の呆れ返る様子に蓮姫も苦笑いするしかなった。


「お姉様!見て下さい!玉華の着物とやらを着てみたのです!似合っていますか!?」


蓮姫達の目の前に辿り着いたソフィアは、楽しげに着物を見せるためクルリと回る。


玉華の着物は想造世界の漢服と同じで、和風の着物とは異なる。


年若いソフィアに似合う桃色の着物に濃黄の帯、着物から伸びるスカート丈の下衣は帯よりも薄い黄色。


栗色の髪は上で2つお団子を作り、赤いリボンで(まと)められ(はな)やかな金色の鳳凰(ほうおう)(かんざし)を刺している。


「とっても良く似合ってるよ、ソフィ」


「本当ですか!?お姉様にそう言って頂けてソフィアもとっても嬉しいです!」


蓮姫に褒められ本当に嬉しそうに、楽しそうに笑うソフィア。


そんなソフィアの様子を見る蓮姫は、褒めたとは裏腹に心の中がドロドロとした何かに埋め尽くされるようだった。


「あ!でもお姉様はお疲れだったのでは!?もう大丈夫なのですか!?」


「……大丈夫だよ。少し休んだからね」


「ソフィア。お前の方こそ慣れぬ天馬で疲れていたのではなかったか?お前が何度も天馬に酔ったと言うから、元帥は何度も何度も休憩をとって下さり結果玉華へ着くのが遅れたんだぞ。それが玉華に着いた途端に」


「あー!あー!お兄様の言葉なんて聞こえませーん!」


レオナルドの苦言にソフィアは両手で耳を塞ぐ。


そんなソフィアの仕草に、レオナルドのこめかみにはピクッと青筋が浮かんだ。


「お前という奴は!!いいか!何度も言うが侯爵家令嬢たる者!如何(いか)なる時も」


「わーん!お姉様ー!お兄様が虐めます!助けて下さいー!」


「あ、こら!ソフィア!」


ソフィアが面白がるように蓮姫の後ろに隠れると、蓮姫を挟んでソフィアに向かって小言を繰り返すレオナルド。


仲良さげに喧嘩する二人に挟まれ、蓮姫の心の中のドロドロは段々と増していく。


レオナルドもソフィアも気づいていないが、今の蓮姫の表情からは一切の感情が抜けていた。


「もうっ!お兄様ってばお小言ばかりです!」


「お前が貴族の姫らしく振る舞えば俺もこんなに小言は言わん!」


「お姉様だって怒ってばかりのお兄様なんて嫌いですよね~?……お姉様?」


喧嘩の最中にソフィアが蓮姫に声をかけたが、反応がない。


蓮姫はハッ!としたように、慌てて自分の腰の位置から顔を出したソフィアの頭を撫でた。


「怒られてばかりじゃ、ソフィも辛いよね」


「お姉様っ!わかって下さいますか!?」


「蓮姫っ!ソフィアを甘やかさないでくれ!こいつは直ぐに調子に乗る」


「レオも……そんなに怒らなくてもいいんじゃない?」


「そういう訳にもいかん。いいかソフィア。王都に戻ったら貴族の姫に相応しくなるまで、みっっっちりと家庭教師に叩き込んでもらうからな!」


「王都に戻ったら…………はっ!ならば!玉華では好きにして良いのですね!お兄様ありがとうございます!お姉様っ!一緒にたくさん遊んでたくさんお喋り致しましょう!」


何故か自分にいい方へ都合良く解釈したソフィアは、蓮姫の手を取ってクルクルと回り出す。


だが思い出したようにピタリと止まると、ソフィアは蓮姫をジーッと見つめた。


「ソフィ?」


「お姉様っ!この服は確か武芸を(たしな)む者が稽古で着る物だったはずですわ!」


「え?あ、うん。それっぽい事も聞いたような」


「こんな格好やっぱりダメです!今すぐに向こうの大きな館に行ってお着替え致しましょう!ソフィアがお姉様に似合う着物を見立てます!」


蓮姫が口を挟む暇も無い程にまくし立てたソフィア。


全て言い終わると蓮姫の手を引いてズンズンと前に進んでいく。


困った蓮姫が振り返ってレオナルドに助けを求めるが、彼はやれやれといった方に苦笑しながらも首を横に振り二人に付いていった。



そんなレオナルドの態度に蓮姫は下を向いて表情を曇らせる


(なんで?なんでソフィなら許せるの?もしこれが私だったら怒ってるのに……なんで?……ソフィだからいいの?)


先程レオナルドはソフィアに対して小言とはいえ、怒ったばかりだ。


だが今の蓮姫にはそれすらも二人のじゃれ合いとしか思えない。


(なんで?なんでソフィならいいの?レオはやっぱり……ソフィが……いいの?)


答えが出る筈もない、自分だけの思い込みに心の中で自問自答を繰り返す蓮姫。


心の中のドロドロは既に(あふ)れる寸前にまで()まっている。


どす黒い何かで心が埋め尽くされるのを感じながら、蓮姫本人にはソレを止められない。


「ソフィ!そこは階段だぞ!そんなに急ぐな!」


「んもぅ!お兄様は本当にお小言ばかりです!」


レオナルドの大きな声で我に返った蓮姫。


慌てたように見上げるとそこにはソフィアが頬を膨らませてレオナルドに抗議する姿。


ソフィアは蓮姫から手を離すと腰に手を当てて、レオナルドにズイッ!と迫った。


「お兄様!これから私とお姉様は着物を選びに行くのですよ!妻が美しく着飾るのですからもっと喜んで下さいませ!」


「つ、妻!!?」


「っ!!?」


ソフィアの言葉にレオナルドは真っ赤に、蓮姫は真っ青に顔を染める。


レオナルドは当然照れからだが、蓮姫は違う。


ソフィアの『妻』という言葉は蓮姫を指していたが、蓮姫の中ではソフィアへと変換された。


ゆっくりと蓮姫は一人、後ろへ下がる。


その間もレオナルドは『な、何を言っているんだ!?』と慌てながらソフィアへと詰め寄った。


ソフィアもソフィアで挑発するように言葉を返す。


「事実ではありませんか!遅かれ早かれそうなるんですから!もう結婚したも同然です!」


「何故そうなる!?」


「お兄様が言葉も態度も足りない意気地無(いくじな)しだから、いっそそうしちゃいます!」


「なっ!!?い、意気地無(いくじな)しだと!?」


しかし蓮姫には騒ぐ二人の言葉は……いや風の音すら聞こえていない。


(やっぱり……そうなの?私じゃ……ないの?)


愛されていたのは自分じゃない。


レオナルドにとって大切な存在は自分じゃない。


ソフィアだ。


そんな考えばかりが頭の中を駆け巡る。


蓮姫の意志とは関係なく彼女の体は両手を伸ばしながら、ゆらゆらとソフィアへと近づいた。


その瞳はソフィアを見ているようで見ていない。


(……ソフィが……ソフィがいるから?……私は……愛サレナイノ?)


蓮姫の心の中に溜まった真っ黒いドロドロは


(ソフィガ……イルカライケナイノ?)


今まさに



(ソフィナンテ……イナクナッチャエバイイ)



溢れる。

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