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再会 4


火狼の言った通り、玉華領主にして飛龍元帥の息子、大牙が兵士と共に戻ってきた。


蓮姫は大牙に声をかけようとしたが、侮蔑(ぶべつ)を含む表情や彼が(まと)う張り詰めるような空気に、息を()む。


「弐の姫様。ご無事にお戻りになられてようございました」


「い、いえ。大丈夫です。はい」


ニコリと微笑みながら声をかける大牙に、蓮姫もおかしな返答をする。


このように笑う大牙を蓮姫もユージーン達も知らない。


玉華に来てからというもの、大牙とろくな会話はしてこなかった。


いや、向こうが一方的に避けていたので出来なかったのだ。


今日になり蓮姫が挑発するように賭博をしかけ、火狼のイカサマで勝った後に街へと出掛けてからは蓮姫達も大牙という領主の人となりを知る事が出来た。


それでもこんな笑顔の大牙を見る事はなかったし、このような笑顔を向けられるとは思っていなかった。


大牙に認められたとか、そういう問題ではない。


むしろこの笑顔が意味するのは悪意だ。


そしてその悪意を向けられているのは蓮姫達ではなく……。


「久しいな大牙。お主も息災(そくさい)のようで何よりだ」


「これはこれは飛龍元帥。お久しぶりでございます。大将軍という地位も誉高(ほまれたか)いと思っておりましたが、まさか元帥にまで御昇格(ごしょうかく)なされるとは。女王陛下は(まこと)、元帥を御信頼なさっておられるようですな」


久々の親子再会。


だが、この二人の会話に違和感を覚えたのは蓮姫だけではない。


ユージーンや火狼は今朝の大牙と小夜のやりとりで予測はしていたが…。


元帥は変わらず息子へと声をかけるが、当の大牙はパタパタと羽扇(うせん)(あお)ぎながら父親の方を向こうともしない。


「私の留守中、玉華はお(ぬし)小夜(さよ)に任せきりだ。父として申し訳なく思う一方、誇りに思う」


「いえいえ。私は自分の役目を(まっと)うしておるだけです。それに留守などと……。元帥は玉華を捨て女王陛下へと忠義を尽くす御方。此度(こたび)の滞在も(わず)かでしょうが、ごゆるりとなされませ」


「……大牙よ。俺は玉華もお前達も捨てた訳では」


「元帥もお客人も、何より弐の姫様もお疲れでしょう。さぁ、我が邸にお入り下さい。ささやかですが歓迎の宴を開かせて頂きます」


元帥の言葉を遮り、大牙は「ささ、弐の姫様。お客人方」と蓮姫やレオナルド達を邸へと誘った。


自分と目も合わさずに邸へ入ってしまった息子の後ろ姿を見つめ、元帥は小さく息を吐いた。


そんな元帥の様子を見た火狼はユージーンへと歩み寄る。


「あ~りゃりゃ~。な~んか訳ありでございますね。領主様と元帥ってば」


「…………言いたい事は多々あるが… もう少しまともな言葉使いは出来ないのか?」


「これが限界でございますですよ。戦ってばかりの人生でしたもんで、そんな教養は無いんでございます」


「………………わかった。ならせめて喋るな」


「俺『 口先から生まれた』って、よく言われるんで、そいつは無理な相談でございますよ」


ニカッ!と先ほどの大牙とは正反対にいい笑顔を向ける火狼に、ユージーンは自分のこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。


しかし、飛龍元帥の手前……いつものように殴る事も蹴る事も、暴言を吐く訳にもいかず…………結果ため息だけで済ませるしかなかった。


「……つまらぬモノを見せたな。ユージーン殿、火狼殿」


「私達の事などお気になさらず。それよりも元帥もお早くお邸に。奥方様は元帥のお帰りを心待ちにしておられました。それは御病気の御子息も同じでしょう」


「うむ……すまんな。では貴殿のお言葉に甘えるとしよう」


元帥が邸へと入ると、部下達も揃って後を追う。


門前に残されたのは火狼とユージーン、ノアールだけになった。


「姫さんの婚約者様に、その婚約者と仲良しの可愛い女の子。それにギッスギスな親子関係の元帥と領主様。反乱軍もいるってのに姫さんの様子も変。こりゃ思った以上にややこしくて面倒くさい事態なんじゃないの~?」


「…………おい。一つだけ言っておく」


「ん?何よ旦那」


「俺のストレス解消の為に死ね」


理不尽(りふじん)っ!!?」


いかに蓮姫がおかしくとも、周りの者達がギクシャクしていようと、変わらない男二人の姿を間近で見たノアールは、嬉しそうに『にゃあ~』とひと鳴きした。






蓮姫達が領主の邸へ戻った頃…………反乱軍達にも動きがあった。


玉華の街から少し離れた山の(ふもと)にある洞窟。


一見すると10メートル程で行き止まりだが……実はその部分に魔術がかけられ決められた人間だけが奥へ進む事が出来る。


洞窟の最深部には数十人の武装した者達が集まっていた。


洞窟内の為、明かりは岩壁につけられた松明(たいまつ)のみ。


淡い炎の明かりに照らされた怪しい集団。


その中にはあの『13』と呼ばれた青年もいた。


若様と呼ばれる青年は集団から離れ、松明の近くで壁に背をあずけ(たたず)んでいる。


集団の目の前、石で出来た舞台に一人の男が上るとその場にいた全員(若様以外)はザッ!と姿勢を正し、舞台に立つ男に一礼した。


(みな)、既に知っている者も多いが…玉華に飛龍元帥が到着したらしい。…………我々はこの時を待っていた。女王と姫を討つ前に……あの忌まわしい飛龍元帥とその一族、玉華の民を根絶やしにしてくれようぞ!」


男の言葉に武装した集団……反乱軍は『オォー!!』と雄叫びを上げる。


その声は洞窟中に響き渡るが、魔術のせいで外に()れる事は無い。


それがわかる彼等は腹の底から叫び、手や剣を上げる者もいた。


そんな集団を、若様は手元の蓮をクルクルと回しながら興味なさげに見つめる。


雄叫びが小さくなった頃を見計らって、集団から一人の男が胸に手を当てながら一歩踏み出し、舞台の男へと声を上げた。


「首領!恐れながら申し上げます!玉華にて我々がかけた呪詛ですが、一人の女魔導士によってことごとく解かれたとのこと!」


「ふむ。その話は俺も聞いている。我等の中でも特に魔力の強い者達でかけたあの呪詛を、一日で…それも呪詛の進行が強い者を全て解くとは……余程の力を持った魔導士のようだな」


この舞台に立つ首領と呼ばれた男。


実は蓮姫が王都で反乱軍に襲われた際に、彼女を殺そうとした男だ。


そしてそれを防ぎ蓮姫を守ったのが、反乱軍が今まさに殺そうとしている飛龍元帥。


「上手く流行(はや)(やまい)や毒だと玉華には噂を流したが……もしや元帥が勘づいて送り込んだのか?元帥の手の者ならば殺すだけだが……それだけの魔導士……(じつ)()しい」


「首領!その女魔導士は玉華領主と行動を共にしていたと報告があります。間違いなく元帥や(さい)一族と関わりのある者かと!」


「あれほどの呪詛……女王や姫以外に解ける者がいるとは。元帥を討つ前にその女をここに連れてこい。誰か、その女を見たものはいるか?」


首領の言葉に数人が手を上げる。


そこには玉華で蓮姫達とすれ違った者や、宿屋で蓮姫に詰め寄った者もいた。


彼等は既に玉華へと入り込んでいる。


そして少し遅れて手を上げた青年に、首領は声をかけた。


「13。お前もその女魔導士を見たのか?」


「……俺が見たの……魔導士じゃない。でも……呪詛を解ける…女」


「魔導士ではないが、呪詛を解ける女だと?」



「……玉華に……弐の姫がいた」



「っ!!?弐の姫だとっ!!」


13と呼ばれる青年の言葉にその場にいた全員がどよめく。


今まで全く無関心だった若様も、彼の言葉には驚きうっかり蓮の花を落としそうになった。


首領は舞台から下りると13へと足を進める。


その首領の様子に反乱軍達は数歩13から離れ彼への道を作った。


「13。弐の姫と言ったな?本当に弐の姫だったのか?」


「本物だった。…王都で見た弐の姫…玉華にいた」


「それで?殺したのだろうな?」


首領の問いかけに13はフルフルと首を横に振る。


その仕草に反乱軍は再度どよめいた。


「……13…………どういう意味だ?」


首領はギロリと(にら)みながら怒気を含む声で問いかける。


それでも13は脅える様子も慌てる様子もない。


「弐の姫……猫を追って…何処かに行った」


その言葉に首領は13の胸ぐらを掴む。


首領の体は怒りでわなわなと震えていた。


「っ!取り逃がしたというのか!お前ほどの男がっ!弐の姫を目の前にして!絶好の機会に!何故だ!?」


「今日の…俺の任務……若様の護衛。弐の姫を…殺す事じゃなかった」


苦しむ事もせず淡々(たんたん)と答える13に、カッと頭に血が上った首領は掴んでいない方の手を拳にして振り上げた。


バシッ!!


首領の拳が13へと振り下ろされる。


だが13の顔を狙った首領の拳は、彼に当たる事はなかった。


(すんで)でのところで薄桃の蓮の花に防がれたからだ。


「っ!?若様っ!?」


「そう目くじらを立てるな。こいつは自分の任務を全うしただけだ」


13を庇った若様に驚く首領だが、その腕にギリギリとくい込む蓮の花の痛みに顔をしかめる。


ただの花の茎ならば大の男の腕にくい込む事も、ましてや振り上げた腕を止める事など出来はしない。


しかしそれを出来るのが……この若様の魔力の高さを物語っていた。


周りの者達も騒ぎはせずに固唾(かたつば)を飲んで、若様と首領……ことの成り行きを見守っている


「若様…」


「腕を下ろせ」


「しかし!」


「オースティン。俺は『腕を下ろせ』と言ったんだ」


「っ!……はっ」


首領ことオースティンは腕を下ろすと一歩下がり若様へと頭を下げ『申し訳ございません』と小さく告げる。


若様は首領を睨んでいたが『……若様?』と尋ねる13には『気にするな』と微笑んで彼の頭にポン、と手を乗せ軽く撫でた。


「しかし若様……13の失態は厳罰(げんばつ)(しょ)されるべきこと。死をもって(つぐな)っても……足りはしません」


「お前は余程(よほど)、俺を怒らせたいとみえる。失態とはいえ過ぎた事だ。今更責めて何になる。俺に二度も同じ事を言わせた、お前こそ無能に感じるがな」


その会話に13は昼間の自分と若様のやり取りを思い出していた。


若様が自分に向かって同じ事を二度繰り返して話していた事を。


しかし13は思い出しても疑問に思う事もない。


「若様……13は我等の悲願(ひがん)成就(じょうじゅ)する機会をおめおめと(のが)しました。若様をお護りする任務があったとて」


「こいつは与えられた任務にのみ執着し、それだけを完璧に遂行しようとする。そう育てたのは…………他ならぬお前だろう。オースティン」


「ですがっ!他の者に(しめ)しがつきません」


「ならばこいつをそう育てたお前の責任。そして弐の姫とやらにも気づかず、こいつが弐の姫を殺さなかった一番の原因でもある俺の責任だ。他の者に示しがつかぬのなら……この場でお前とこいつを殺し、俺も自ら命を絶つのが道理だろう」


若様が告げたとんでもない内容に、さすがの反乱軍達もざわついた。


首領の顔は驚愕(きょうがく)に染まり、今まで……それこそ自分の事を責められているにも関わらず、無関心無表情だった13も目を丸くしている。


「若様っ!?お(たわむ)れも程々になさって下さい!直系末裔の若様が失われれば我等の悲願も!我等の存在理由も無いに等しいのですぞ!」


「俺達の存在理由……ね」


首領が必死に告げる言葉に若様は苦笑しながら小さく呟く。


それは近くにいた首領と13のみにしか聞こえない程の声だったが、それは烈火の如く怒る首領に油を注いだ。



「若様!貴方は我等にとってかけがえの無い存在なのです!貴方の命は我等……いえ!この世界中の誰よりも重い!一族が滅んだとて!貴方には!貴方だけは!!生き延びねばならんのですぞ!」



「……あぁ。わかってるよ。俺はそういう風に生きろと育てられたんだからな。お前達全員に」



「御自覚がおありでしたら……二度とさような戯れはお止め下さい」


「…………あぁ。誓うさ。誓う代わりに今回の件は不問(ふもん)にしろ」


「………今回だけです。それこそ……二度目はありません。13!」


苦々しく言葉を交わす首領と若様。


その言葉の意味が一番理解できない、二人が言い争いをした渦中(かちゅう)の青年は名を呼ばれて『なに?』とだけ答えた。


「お前に機会をやる。この玉華で弐の姫を殺せ。必ずだ」


「それが……俺の任務?」


「そうだ。弐の姫を殺す事がお前の任務だ」


「……わかった。俺……弐の姫を殺す」


首領の言葉に13はコクリと小さく頷いた。


その様子を若様は悲哀(ひあい)を込めた瞳で見つめる。


「若様。弐の姫がいるのならば我々は玉華を地図から消す事も(いと)いません。どうぞ若様は故郷へお戻り下さい。おい!誰か若様の護衛としてつけ!」


若様の返答も聞かずに二人の男を護衛として指名する首領。


半ば強制的に事を進めなければ、若様がまたお戯れとやらをすると思ったからだ。


首領の意図がわかった若様も、小さくため息を吐くだけでもう彼には何も告げようとしない。


そんな中、若様は再び13の頭を撫でる。


「しばらくのお別れだな。ちゃんと生きて戻れ。約束だ」


「…約束……わからない。でも……若様の…言う通りにする」


「……それでいい。無茶はするなよ」


若様は悲しく微笑むと二人の男(護衛)と共に洞窟から出て行った。


若様が結界を抜け外に出たのを確認すると、首領は再び13を睨む。


「13。若様にはああ言ったが……やはり許されるべきことではない。任務は必ず遂行しろ」


「わかってる。……弐の姫…殺す」


「弐の姫を殺す為ならお前の命を捨てても構わん。同士討ちでも弐の姫さえ消せればな。弐の姫を殺せなければ、今度こそ自ら命を絶て」


「若様……俺に……生きて戻れって」


「それはお前の任務ではない。13よ。命など惜しむな。お前の任務は命を捨ててでも弐の姫を殺すこと。わかったな」


「それが……任務。……わかった」


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