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再会 3


突然現れた美しい男にレオナルドは驚き、勢いよく蓮姫から一歩下がった。


美しい男ことユージーンはその隙を(のが)さず、ニッコリと笑みを浮かべながらレオナルドに背を向けて二人の間に割り込む。


「我々が玉華に滞在している間、飛龍元帥の御子息でもある領主様には大変お世話になりました。姫として飛龍元帥には是非お礼を申し上げるべきです。あまりお待たせする訳には参りません」


「う、うん」


一見(いっけん)(さわ)やかに笑うユージーンだが、蓮姫は自分の従者が浮かべるこの笑みの意味を知っている。


怒っている、と。


少したじろぎながらも返事を返すと、蓮姫は後ろに控えていた飛龍元帥へと向かった。


飛龍元帥は大丈夫だと判断したユージーンは、蓮姫と伴には行かずその場に留まる。


蓮姫を見送った際にソフィアと目が合うと、ユージーンは自覚のある誰もが見惚れるような微笑みを向けた。


「っ!!」


ユージーンに笑顔を向けられたソフィアは顔が真っ赤になり、ドキドキと激しく脈打つ胸をおさえた。


一瞬で年端(としは)もいかぬ少女の心を捕らえたユージーン。


だがユージーン本人はソフィアの反応を予測していた確信犯にも関わらず、面倒くさいとしか思っていない。


「旦那も罪な男ね~」


両手を頭の後ろに組みニヤニヤしながら、からかうような口調で話す火狼。


しかしユージーンはいつもの暴言ではなく、ため息を吐いて火狼を(たしな)める。


「レオナルド様の前で無礼な態度はよせ」


「おりょ?…………あ、はい。すみませんでした」


珍しいユージーンの態度にポカンとする火狼。


だが困惑しながらも一応謝罪し頭を下げる。


火狼が頭を下げたのを確認すると、今度はユージーンが頭を下げる。


目の前にいる蓮姫の婚約者……レオナルドに向かって。


「この者の無礼をお許し下さい。レオナルド様」


「あ、あぁ」


「また姫様とレオナルド様との御再会の挨拶を(さまた)げた事にもお()び申し上げます。(まこと)に申し訳ございませんでした」


「……あ、あぁ。いや……蓮姫も姫として先ずは元帥に一言申し上げるべきだったな。俺……いや私も配慮が欠けていた」


ユージーンの言葉に自分にも落ち度がある、と反省する言葉を紡ぐレオナルド。


思わず普段の『俺』と言いそうになったが、相手の素性もわからぬ為に『私』と言い直した。


しかし自分に深く頭を下げるこの男に、レオナルドは先程の火狼よりも困惑している。


それもそうだろう。


蓮姫がヴァルを探す為に王都を出た事は勿論知っていた。


だがレオナルドは、本当に弐の姫である蓮姫に仕える者が現れるとは思っていなかったのだ。


父である公爵も、ユージーンの事はあえてレオナルドに伝えていなかった。


(お前は誰だ?)


(何故蓮姫と一緒にいる?)


(いつから蓮姫と行動を共にしている?)


(蓮姫を姫様と呼んでいたのなら、彼女が弐の姫だと知って(そば)にいるのか?)


(蓮姫とは……どんな関係なんだ?)


グルグルと頭の中を色々な言葉が巡るが、出た言葉はそのどれとも違う。


「……何故……私の名を知っている?」


「これは御無礼を。レオナルド様の事は姫様より詳しく教えて頂きました。以前我々がお会いした公爵様の御子息だと」


「蓮姫が……俺…いや、私の事を?」


蓮姫が自分の事を他人に話した。


それだけだというのに……驚きから徐々に口角(こうかく)が上がっていくレオナルド。


そんな彼の変化にユージーンはギロリとレオナルドを睨む。


しかしレオナルドがユージーンへと視線を戻した時には、既に目は伏せていた。


「申し遅れました。私の名はユージーン、この者の名は火狼と申します。姫様…弐の姫である蓮姫様にお仕えしております」


「っ!?蓮姫の……従者だと?」


「左様です。火狼はただの従者ですが、私は姫様が王都にお戻りになられた際にヴァルとなります。誠心誠意(せいしんせいい)、この命をかけて姫様へとお仕えする所存にございます」


ユージーンは顔を上げニコリと微笑みながらレオナルドへと告げる。


男でも見惚れるほどの美しい微笑みだが……その裏に隠された悪意に気づいたのは火狼のみ。


レオナルドはユージーンの真意には気づいていない。


だが、今の言葉は彼にとってこれ以上無い程の衝撃を与えた。


「っ!………ヴァル…だと?」


「はい。片時も姫様のお側を離れず、お守りし支えてまいります」


ヴァルとは女王、又は姫が最も信頼する部下の名称だ。


主にのみ忠誠を誓い、全てを主の為に捨て命をかけて仕える者。


全てとは(個人差もあるが)自分の家族、友人、故郷、恋人、夢……大切なモノ。


それらを捨ててでも生涯、主の為だけに生きると誓った者。


それ故にヴァルの主である女王や姫も、ヴァルには全幅(ぜんぷく)の信頼を寄せる。


家族とも友とも軍に対する信頼とも違う。



それは確固たる絆の証。



ユージーンは暗に告げているのだ。


自分は蓮姫にとってかけがえの無い存在なのだ、と。


「お前は……一体…………何者だ?何故弐の姫である蓮姫のヴァルに?」


もはや()(つくろ)う事も出来ない。


レオナルドは震える声でそう聞くのが精一杯だった。


ユージーンの言葉が、存在が、レオナルドに痛みを与える。


それは()しくも蓮姫がレオナルドに与えられていたものと同じ。


それがわかっているユージーンは、あえて挑発するように……しかしそんな仕草は全く見せずに、あえて彼がこれ以上混乱し傷つくような言葉を告げた。


「私は姫様だけのヴァル、ユージーンです。それ以外はもはや意味がありません。ヴァルとなったのは姫様が私を望まれたからです」


「蓮姫が!?どういう」


「にゃあー!!」


この緊迫した空気が嫌だったのか、はたまた退屈したのか、今まで静かだったノアールはユージーンの足元で大きく鳴いた。


その鳴き声にレオナルドの意識はユージーンからノアールへと移る。


そしてノアールに注目したのはもう一人。


「まぁっ!黒い仔猫ですね!ユージーン殿の猫ですか!」


「いえ、こやつは姫様の愛猫(あいびょう)ノアールです」


ユージーンは片足を地面に着くとノアールの喉を撫でてやる。


ノアールも気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。


ソフィアが近づきユージーンと同じように触れようとしたが、ノアールはソフィアの手が触れる前にフイッとそっぽを向いてしまう。


元来サタナガットは危険な魔獣であり、人に懐くものではない。


ノアールは主である蓮姫と、自分よりも遥かに強いユージーンだからこそ二人に懐いているだけだ。


だが、そんな事は知らずにただの仔猫だと思っているソフィアはめげずにノアールに触れようとする。


ノアールが威嚇(いかく)する前にユージーンは先手を打った。


ノアールを背にして立ち上がるとソフィアへと再び頭を下げる。


「ソフィア様。ノアールは姫様と私以外には懐かないのです。お許しを」


「そうなのですか?私もノアールと遊びたいのに……残念です、ユージーン殿」


「ソフィア様、私に敬語は不要です。私は、いえ私達は御二人のように高貴な身分ではなく(いや)しい身。どうぞユージーンとお呼び捨て下さい」


「ふふ。わかりました。ユージーン」


ソフィアはユージーンの言葉を全く疑わず、それどころか彼の口から自分の名が(つむ)がれるだけで頬を染めて笑う。


そんな従姉妹(いとこ)の様子を間近で見たレオナルドは、もうこの場でユージーンを問いただすことは出来なかった。


ユージーンやレオナルド達が話している間、蓮姫は飛龍元帥である(サイ) 蒼牙(ソウガ)との挨拶を済ませていた。


王都でも自分を気にかけてくれたひとり、飛龍元帥との久々の再会に蓮姫は顔をほころばせる。


「お久しぶりです、蒼牙さん」


「弐の姫様。ご無事で何よりです。王都をお一人で出られたと聞いた時は驚きましたが……息災(そくさい)でお変わりなく、またお会いできた事を…(まこと)に嬉しく思います」


言葉は固い元帥だが、その顔は王都にいた時と変わらない。


本当に蓮姫の無事を喜び、それを蓮姫自身も感じていた。


「たくさん心配をかけて…すみませんでした。でも私は一人じゃなかったんです。ジーンもいましたし」


「ジーン?……それは……あの銀髪の男ですか?」


「あ、はい。彼はユージーン。私の従者です。王都に戻った時はヴァルになってもらう予定なんです」


蓮姫はのほほんと答えたが、やはりレオナルドと同じく元帥の顔も驚きに染まる。


それだけ……弐の姫にヴァルという言葉は似つかわしくないのだ。


かつての弐の姫にもヴァルがいた例も確かにある。


だが……ほとんどの者は、弐の姫のヴァルになる事など望まない。


「弐の姫様……あの男は……一体何者なのですか?それに奥の男とあの猫。あれは魔獣のサタナガットでは?」


「はい。ノア……ノアールはサタナガットです。あ、でも大丈夫です!ノアは確かに大きくなって強い魔獣ですけど!私の命令が無かったら大きくなりません。普段はとてもいい子なんです!」


「サタナガットが……いい子…ですか?」


「はい!それともう一人は火狼(ひいろ)と言います。彼はヴァルになる約束はしていませんが私の従者なんです」


元帥は失礼だとわかりながらも、疑うように蓮姫をジロジロと眺める。


この蓮姫は本当に自分の知る弐の姫なのか?と。


以前と変わらないように思えるが……何処か違う。


この短期間でヴァルとなる男と従者となる男を従え、尚且(なおか)つサタナガットをも従えている。


だが……目の前にいる蓮姫は自分の知る彼女となんら変わりない。


それが何処か……元帥に違和感を持たせた。


「失礼致します、姫様」


「あ、ジーン」


レオナルド達との会話が終わったと判断したユージーンは、早々に蓮姫の元へと参じる。


忠実な従者を演じているが、ただ単にレオナルド達との会話が面倒になっただけだ。


ユージーンを探るように見る元帥の目に気づいた蓮姫は「ああ!」と納得したようにユージーンの隣に立つ。


「紹介します蒼牙さん。彼がユージーンです」


「お初にお目にかかります、飛龍元帥。私はユージーン。弐の姫様のヴァルとしてお仕えしております」


「ユージーン……か」


飛龍元帥は一歩ユージーンへと近づく。


元帥の探るような眼光は更に鋭くなったが、ユージーンは微笑を口元に浮かべたまま自分からは何も発さず頭を下げた。


「弐の姫様のヴァルを務める意味を……本当にわかっているのか?」


「無論にございます。私は姫様のみに忠誠を誓いお仕えするヴァル。姫様の為ならば命など()しくはありません」


ユージーンの言葉に、元帥の後ろで控えていた部下達は目を見開いた。


これが厳しい訓練を乗り越えた元帥の部下でなければ、ザワザワと騒いでいた事だろう。


弐の姫に命をかけてもいいと、それほどまでに覚悟をした者がいるのか?と。


だが、真実はここにいる者達が思っているほど深くはない。


ユージーンは確かに蓮姫の為に命をかけてはいるが、その命は何度でも犠牲にできる上に回復も早い。


しかしその事実を知るのは蓮姫達のみであり、それをわざわざこの場で明かすバカもいない。


そして飛龍元帥もユージーンの言葉を相当の覚悟だと解釈した。


「……そうか。弐の姫様にお仕えすると決めた貴殿の覚悟。並大抵(なみたいてい)の物ではあるまい。一度貴殿とは…ゆっくり話をしたいものだ」


「かの飛龍元帥にさような言葉を頂けるとは、光栄にございます」


「弐の姫様……本当にようございましたなぁ」


「蒼牙さん。……はい!」


微笑みながら声をかけてくれた元帥に、蓮姫も満面の笑みで応えた。


そんな蓮姫の様子をレオナルドは苦虫を噛み潰したような顔で見ていたが、蓮姫は気づかない。


気づいたのはユージーンと蒼牙と火狼のみ。


ユージーンは誰にも見られないよう下を向いたまま意地悪く笑い、蒼牙はレオナルドを見て苦笑い、火狼は哀れむように見つめる……と三者三様の反応だが。


ふと火狼が鼻をひくつかせる。


犬科特有の鼻の良さが、この場に近づく者達の存在を誰よりも早く気づかせたのだ。


「姫さん。そろっと領主様が戻ってきたみたいよ~」


「……火狼?」


「あ、すいません。お戻りになられたようでございますよ」


いつもと変わらず軽い口調で告げた火狼にユージーンはギロリと睨みを効かせたが、結果軽口よりも失礼な変な敬語になってしまった。

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