再会 2
【城・女王陛下謁見室】
ソフィアはメイド二人と共に城の謁見室で、そわそわと女王の登場を待っていた。
メイド達はソフィアから少し離れた後方に、頭を下げたまま控えている。
ガチャリ、と重厚な扉の開く音が部屋に響くと、ソフィアは慌てて姿勢を正し頭を下げた。
現れた女王、麗華は優雅な足取りで近づき、玉華へと腰掛ける。
「よう来たのソフィア。久しぶりじゃ」
「女王陛下。この度はあまりにも不躾で急な申し出にも関わらず、快くお受け下さり誠に恐悦至極に存じます」
玉座に腰掛ける麗華に、ソフィアは淑女らしくドレスの裾をつまみながら頭を下げる。
そんなソフィアに麗華は満足気に微笑んだ。
「ほほ、よいよい。そのような慣れぬ言葉を無理に使うでない。楽にいたせ。そなたのような可愛らしい客人ならばいつでも歓迎じゃ。妾は美しい者、可愛らしい者が大好きなのだから」
「勿体ないお言葉です、陛下」
「して、そなたの話とはなんじゃ?何でも話してみよ。あぁ、普通に話して構わぬからな」
「それでは…お言葉に甘えまして……女王陛下、弐の姫様が玉華におられるとは本当なのですか?」
ソフィアはゆっくりと頭を上げながら、正直に麗華へと尋ねる。
女王相手に不敬だととられるだろうが、今はそれを窘めるサフィールもいない。
麗華も気にもとめず、楽しげに笑みを浮かべるだけだ。
「おやおや。確かに蓮姫の話は真じゃが、何故侯爵家の姫がそのような話を知っておるのじゃ?レオナルドやクラウスが話したのか?」
「そこにいる我が邸のメイドが話しておりました。公爵家のメイドと知り合いで、その者から聞いたと」
ソフィアの後ろに控えていたメイド達は、更に深く女王へと頭を下げた。
メイド達は貴族に付き従い女王の謁見室に入る事は出来ても、自ら発言する事は許されない。
女王陛下からの許しがあり初めて発言する事が出来る。
「ほぉ……人の口に戸は立てられぬものよな。じゃが…知られてしまったものは仕方がない。ソフィアよ。これは一部の者しか知ってはならぬ話。他言をしてはならぬぞ。これは妾からの勅命として受けよ」
「御言葉、この胸にしかと。ですが、弐の姫様の婚約者であり、私の従兄弟でもあるレオナルドが玉華へ向かうとも聞きました」
「…………ほんに人とはおしゃべりなものよ。これでは女王の勅命の意味がまるでない。あぁ。別にそなたを責めているわけではないのだ」
ソフィアは自分が女王の怒りを買ったと、ビクリと肩を震わせたが、そんな少女の姿に麗華はやんわりと笑いながら労るように声をかける。
そんな女王の姿にソフィアは安心し口をすべらせた。
「女王陛下。もしお許しを頂けるのでしたら……私も玉華へと参りたいのです。私もおね……弐の姫様のお力になりたいのです。ひと目でも…お会いしたいのです」
普段のように『お姉様』と口にしそうになり、『弐の姫』と訂正するソフィア。
今までのソフィアの態度や行動は、女王への不敬と罰せられても仕方がない行為だ。
しかし、それだけ彼女は蓮姫を慕い、また会いたいと心から願っている。
麗華は「ふぅ」とため息を吐くと、玉座から立ち上がりソフィアへと歩み寄る。
怒られる、罰を与えられる、と目をギュッと瞑り身構えるソフィアだが、その考えは自分を包み込む暖かい感触によって否定された。
麗華が優しくソフィアを抱きしめたのだ。
「ほんに可愛らしい子。いじらしく、正直で、……妾はそなたのような子が大好きじゃ」
とても楽しそうに笑う麗華。
ソフィアは嬉しいと思いながらも、直接当たる豊満な身体や顔に触れる絹糸のような髪、微かに香る薔薇のような芳醇な香りに顔を赤らめる。
「じょ、女王陛下……」
「ふふふ。妾は可愛い子の可愛い頼みは断れんのじゃ。よかろう。レオナルドと蒼牙と共に、玉華へと参るがよい」
「っ!!?あ、ありがとうございます!女王陛下っ」
「ふふふ……ほんにそなたは……可愛らしい……真に……可愛らしいのぉ」
「と、いう訳で女王陛下から直々に御許可を頂きました!」
「なにが『と、いう訳で』だ!お前!自分が何をしたかわかっているのか!?女王陛下に自ら」
「レオナルド様、落ち着いて下さい。今ソフィア様を責めても詮無いことです」
あっけらかんと答えるソフィアを怒鳴りつけるレオナルドだが、やんわりと飛龍元帥が宥める。
レオナルドはまだ怒鳴り足りないようだが、時間帯もあり、なんとか気持ちを静めようと深呼吸を繰り返す。
それはさっきまでの従姉妹の姿と重なった。
「……ふぅ…………。すみません元帥。しかし……女王陛下から許しが出るなど…信じられませんが」
「先程のソフィア様の話にもあったように、陛下の御温情やもしれません。陛下は弐の姫様を大変気にかけておりましたし、ソフィア様とのご関係もご存知ですから」
「そう……でしょうか?……いえ、長く陛下にお仕えしている元帥のお言葉です。そうなのでしょう」
レオナルドは何処か腑に落ちない。
極秘である女王の勅命だというのに、どうしてこうも簡単にソフィアの同行を許したのか?
罰せられても文句は言えない事態だというのに。
そう考えを巡らせていたレオナルドは、ソフィアが同行する事になった原因を思い出す。
「ソフィア。お前のメイド達は我が邸のメイドから話を聞いたと言ったな」
「はい。ですが彼女達は、これ以上この件が広がるのを心配された女王陛下に引き渡す事になりました」
「メイドを……ですか?」
ソフィアの言葉に反応した飛龍元帥は、何処か引っかかるモノを感じた。
それはレオナルドも同じだが、いつまでもここでこうしている訳にもいかない。
こうしている間も刻々(こくこく)と時は経っているのだなら。
「ソフィア……これは遊びではない。玉華には反乱軍もいるんだ。命の危険もある」
「それはお兄様も同じです!お兄様!私とお兄様は一心同体!一蓮托生です!!」
「知っている言葉を使えばいいというものではない。はぁ……元帥……どうすれば?」
「女王陛下の御許可が下りたのでしたら、私は身命をとしてお二人を御守りするのみです」
助けてくれ、と含んだレオナルドの言葉の意味を理解した飛龍元帥だが、ソフィアの話から女王の許し……もはや命令が下されたも同然。
苦笑を浮かべながら二人に一礼するしかなかった。
「はぁ~……ソフィア。何があろうと一人で行動するな。俺と元帥の側を離れるな。俺と元帥の言葉には必ず従え。……約束できるか?」
「ありがとうございます!お兄様!!」
約束できるか?と問われてはいたが、ソフィアはレオナルドの言葉に喜び彼に抱きつきながら礼を告げる。
その言葉で彼が折れたのだと、わかったからだ。
喜ぶソフィアとは裏腹にレオナルドは再び深いため息をつく。
飛龍元帥もため息どころか小言を一つ二つ告げたかったが、仕方がないと一連の流れを見ていた部下達に早々と支持を出す。
「ソフィア。お前、乗馬はした事があるが……天馬は?」
「初めてです!生まれて初めて天馬に!それもお兄様と乗れる!!それもそれもお姉様にもお会い出来る!!今日は人生最高の日です!」
はしゃぎながら喜ぶ従姉妹に、レオナルドはもう言葉は出ず、ため息しか出なかった。
そしてそんな彼等のやりとりを影から覗く男が一人いた事に、レオナルドもソフィアも気づかない。
飛龍元帥は既に気づいていたが、その男が女王が最も信頼する男の一人だとわかると、頭だけ下げて二人を天馬へと誘う。
二人が天馬に跨るのを確認した飛龍元帥とその部下は、今度こそ玉華へ向かうために既に明るくなっていた大空へと天馬を走らせた。
そして場面は三日後の玉華(現在)へ戻る。
「お姉様っ!本当に本当にお会いしたかったんです!お元気でしたか!?お一人で寂しくはありませんでしたか!?ソフィアはお姉様がいなくなって、とってもとっても寂しかったです!」
「………ソフィ……ごめんね。たくさん心配させちゃって…」
矢継ぎ早に喋るソフィアに蓮姫は苦笑しながら謝る。
興奮して次々と言葉が飛び出すこの少女の体が、カタカタと小刻みに震えていた事に気づいたからだ。
蓮姫には聞きたい事も言いたい事もあった。
しかしなんと言えばいいかなど分からない。
それだけこの状況に困惑していた。
しかし必死になって自分を強く抱きしめるこの小さな体に、まずは謝らなくてはならない、と思った。
自分を姉と慕ってくれた可愛い少女。
会いたかった、寂しかったという言葉は本心だろう。
時には蓮姫も彼女を本当の妹のように思っていた。
とても可愛らしく、大切だと。
そして……時には疎ましくも思った。
しかしそれは自分を見つけて真っ先に駆け寄ってくれた、この少女のせいではない。
ソフィアを疎ましく思った一番の原因である彼は、二人へと歩み寄る。
「………蓮姫」
「……レオ……久しぶり」
「……ああ」
「心配させて……ごめんなさい」
「……ああ」
蓮姫の言葉に、レオナルドはただ彼女を見つめながら短く答えた。
傍から見れば無愛想か、もしくは怒っているように見える。
だが蓮姫を心から愛しているレオナルドは、ただ目の前に蓮姫がいる、という現実が感慨深かった。
しかし……やはり彼のこの本心も当の蓮姫には伝わらなかった。
蓮姫は自分の婚約者が怒っていると思い、段々と視線が下がる。
さすがにその様子を見て焦ったのか、レオナルドは「あ、いや」「その…だな…」と口ごもる。
そんな二人の空気に我慢出来なくなったのか、ソフィアはガバッ!と勢い良く蓮姫から離れた。
急に離れたソフィアに蓮姫もレオナルドも驚き、目を丸くしている。
「もうっ!お兄様はなんでいつもそうなんですか!?ちゃんと『心配していた』とか『無事で良かった』とかおっしゃって下さい!」
ズイッ!とレオナルドに詰め寄るソフィア。
その様子は先程のレオナルドと違い、事実上の怒り心頭だ。
ソフィアは自分の顔をレオナルドに近づけそっと囁く。
その仕草はまるで恋人のようで、蓮姫は王都にいた頃、何度も経験した胸の痛みを感じた。
「な、なんだソフィア」
「ハッキリとおっしゃって下さい。心から心配していたと。会えて嬉しいのだと。そうでなくてはお兄様はいつまでもユリウス様とチェーザレ様を超えられません」
「っ!!?」
ソフィアから発せられたユリウスとチェーザレの名前に、レオナルドはビクンッ!と体を震わせる。
ソフィアはわかっている。
この従兄弟を焚きつける為に、どのような言葉を言えばいいか、誰の名前を出せばいいのかを。
そしてそれはソフィアの思惑通り効果を発揮した。
レオナルドはゆっくりとソフィアから離れると、蓮姫の前へと足を進める。
「……レオ?」
「蓮姫……俺は……お前が!」
レオナルドが意を決して自分の気持ちを告げようとしたその時…。
「お話中失礼致します。姫様、そろそろ飛龍元帥にも御挨拶をなさるべきかと」