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玉華の領主 10






「姫様、体調はいかがです」


「…………正直……ちょっとヤバイ…」


「無茶なさるからですね。自業自得です」


「いやいやいや。姫さんの無茶を止めなかった旦那にも責任あるっしょ」


「ぅにゃあ」


椅子に座りながらも、寝そべるように上体をテーブルに乗せる蓮姫。


テーブルに乗ったノアールがペロペロと蓮姫の手を舐めるが「大丈夫。ありがとうノア」と話すだけで、いつものように背を撫ではしない。


いや、したくても出来ない程に疲れている。


そんな彼女にやれやれとため息を吐きながら、ユージーンは辛辣(しんらつ)な言葉を投げる。


あの後、蓮姫は呪詛に(むしば)まれた玉華の民を訪ね、片っ端から呪詛を解いて回った。


最初は一件づつ巡っていた蓮姫達だが、噂を聞いた玉華の民達が「家の者も治して下さい!!」と、ある者は子供を、ある者は年寄りを背負い、逆に蓮姫の元へ訪ねてきた。


蓮姫は再び宿屋に戻り、訪ねた者達を一箇所に集めると、彼等にかけられた呪詛を順に解いていった。


「……軽く20人。ぶっ倒れなかっただけマシでしたね」


「むしろ最初ぶっ倒れたんに、なんで今は姫さん大丈夫なんだよ?」


「……大丈夫じゃない。…頭がクラクラするし……気持ち悪い…」


「あ、なんかごめんね。姫さん」


「あの桃花という子供の時は呪詛だとわからず、無理矢理解きましたからね。それ以降は呪詛だとハッキリわかっていましたし、段々と呪詛の解き方にも慣れて時間もかからなかった。しかし……流石に20もの呪詛を解くのは無茶し過ぎですね。顔が真っ青ですよ、姫様」


「…まだ呪詛を解いていない民もいるが……重症な民は全員治せた。……領主様に感謝しなくては」


蓮姫を訪ねた玉華の民で、宿屋には長蛇の列が出来ていた。


それを整理し、中でも重症者を選別して蓮姫へと案内するよう手筈を整えたのは……蓮姫の提案を反対していた大牙だった。


ちなみに蓮姫に治してもらえなかった者も、すぐに軍の魔術師の元へと案内され呪詛を解いてもらっている。


「意外でしたね。あの頭でっかちの領主様が協力するとは」


「姫さんに聞かれた時は頭下げて『我が民をお救い下さい』とか言ってたし……吹っ切れたんかね」


「あの方は領主として、民の命を守る選択を望まれたんだろう。私としても領主様の意見を無視はしたくなかった。……良かった」


「姫様。そんな青い顔をして『良かった』とか言われても、全然説得力がありません」


青い顔をして、ぐったりしている蓮姫だが、その表情はとても満足気だ。


どれだけ自分が疲れようが、傷つこうが、苦しむ民を放っておけない。


それが蓮姫だとわかっているため、ユージーンもこれ以上は苦言をやめる。


「にしてもよ……これで『呪詛を治せる魔導士の女がいる』って玉華中に広まっちまったぜ。本当に大丈夫かよ、姫さん」


火狼の言葉に、部屋中にピリッ…と

張り詰めたような空気が漂う。


蓮姫はゆっくりと上体を起こしながら、静かに呟いた。


「……むしろ望み通りだ。来るならいつでも来い」


「ホントにいつでも来ますよ。姫様の命を狙う為に。反乱軍は」


玉華の民を救いたい。


それは蓮姫の本心だが、真の目的は反乱軍に自分を見つけさせる事。


自分の命を狙う反乱軍を返り討ちにする事だ。


「反乱軍と事を構えるとか……正気じゃないぜ、姫さん」


「正気じゃなくていい。仇を撃てないのなら、そんなものいくらでも捨ててやる」


「……姫さん」


火狼が何か言いかけたその時、コンコンと扉を叩く音がした。


ユージーンが声をかけると、扉の向こうから聞こえてきたのは男の声。


どうやら蓮姫達を警護していた兵士のようだ。


「蓮様。領主様よりの言伝をお預かりしております」


「姫様は今お休み中ですので、代わりに私がお聞きします。ノア、姫様を頼んだぞ」


「にゃんっ!」


「お~い。俺は無視なの~?」


火狼には何一つ答えずに(無視ともいう)ユージーンは蓮姫へと一礼すると、部屋を出た。


兵士とユージーン、二人分の足音が遠ざかるのを聞きながら、蓮姫はゆっくりと体を起こす。


「姫さん。起きて大丈夫なん?あんま無理しない方がいいぜ」


「ジーンも言っていただろう。いつ反乱軍が襲ってくるかわからない。悠長に寝てる暇なんてない」


「そりゃそうなんだけどな。てかソレを狙ってたんだから、寝てられないってのはわかる。わかるけどさ~」


火狼は頭をガシガシと掻きながら呟く。


蓮姫に無茶はさせたくない。


だが、その無茶もこれから待ち受けるだろう襲撃も蓮姫が望んだ結果。


ソレを全て受け入れて、蓮姫自身が撒いた種。


止めようにも蓮姫はソレを望まないし、咎めようにもこの状況は蓮姫が一番理解している。


やり場のない想いが、火狼の中をグルグルと渦巻いていた。


そんな彼の心情を知ってか知らずか、蓮姫は手を握りしめながら静かに呟いた。



「やっと……やっと仇が撃てる。奴等に……復讐してやる」



その一言に、火狼は頭を掻くのをピタリと止め蓮姫へと目を向ける。


そこには復讐の炎を黒い瞳の中に燃え滾らせる蓮姫の姿があった。


「…………。姫さん。俺、一個だけ姫さんに言いたい事あるわ。旦那も居ねぇし……ハッキリ言わせてもらうぜ」


火狼はツカツカと蓮姫へと歩み寄ると


バン


片手でテーブルを強く叩き、上体を前のめりにして蓮姫へと顔を近づけた。


火狼の急な行動に驚く蓮姫とノアール。


ノアールは火狼から何かを感じ取ったのか、子猫の姿のまま威嚇するも、火狼はテーブルに乗っていない方の手でヒョイと子猫を掴み、そのまま手を後ろに回してしまう。


残された蓮姫に、火狼はニッコリと微笑みながら静かに告げた。



「今の姫さんは愚かで醜い弐の姫、そのものだ」



(あざけ)るように告げる火狼。


口元の笑とは裏腹に、その緑の瞳には軽蔑の色が滲む。


今まで蓮姫が向けられていた一方的な思い込みの嫌悪ではない。


蓮姫という一人の人間を知っているからこそ、蓮姫へと向けられた嫌悪た。


「……狼、何を」


「だってそうだろ?他人のため、呪詛に苦しむ民のため。立派な事を言っておきながら結局は自分の目的のためだ。本当にアイツら救いたいにしても他にも方法はあった。それなのに別の道を探す事もしないで、自分のために、自分にとって都合のいい道をえらんだ。愚かで自己中心的、争いの元。まさに弐の姫。そうだろ?」


火狼がここまで感情的に蓮姫へと意見したのは、これが初めてだ。


だが、彼の言葉は正論。


「俺さ……今の姫さん嫌いだわ」


「……狼」


「アビリタん時の事、姫さん覚えてる?」


「っ!………忘れるわけ…ないだろ」


禁所アビリタで起きた悲劇。


その悲劇は蓮姫が起こしたもの。


女王の身勝手な実験の犠牲になった者達。


ソレを終わらせる為に……蓮姫は自らの手で友を……アルシェンを殺した。



忘れる訳がない。



忘れられる訳がない。



火狼の言葉に、蓮姫は怒りで身を震わせながら答えた。


「んじゃ、姫さんが言った言葉もちゃんと覚えてる?」


「私が……言った言葉…」


いつになく真剣な火狼の声。


蓮姫は記憶を巡ると、ハッとした表情で彼を見る。


彼女は火狼が何を言いたいのかを、先ほどの言葉の意味を理解した。


「『復讐に囚われるな』つったの姫さんじゃん。だから…ちょっと軽蔑してんのよ。俺」


ソレは蓮姫が、復讐に囚われ生きてきたアビリタの村人達に告げた言葉だった。


「狼……お前…」


「俺は旦那みてぇに姫さんに優しくねぇし、旦那みてぇに頭良くねぇから……思った事ハッキリキッパリ言うぜ。『他人は駄目』で『てめぇは良い』……なんて考えは自己チューそのもんだ。今の姫さんは自己チューそのもんに見える」


復讐の為だけに生きてきたアビリタの村人に、復讐に囚われずに生きろ、と伝えた蓮姫。


しかし今の蓮姫は……火狼の言う通り、復讐に囚われ反乱軍の事ばかりを考えている。


矛盾している自分の姿に蓮姫は俯きながら奥歯を噛み締めた。


そして次の瞬間……


ガンッ!!


「ぅおっ!?姫さん!?」


テーブルに思いっきり頭を打ち付けた。


正面で蓮姫の奇行を目の当たりにした火狼は、今までの軽蔑やら全て吹き飛びそうだ。


「……ふふ………ふふふ…はははははは!!」


「ひ、姫さん!?ちょ!どうしたってんだよ!!?」


今度は急に笑い出した蓮姫に火狼はワタワタと慌て出す。


「あ~~……なんか…ジーンみたいだな、私」


いつかのユージーンを思い出しながら、蓮姫はポツリと呟くと火狼へと向き直る。


「…そうだな。今の私は自己中心的過ぎた。復讐に囚われていたのは……私。あんなに偉そうな事を言っておきながら…こんな醜態を晒すなんて……私は自分が恥ずかしい」


「…いや…あの……俺も言い過ぎたし…ね」


「言われ過ぎるくらいが私には丁度いい。……ありがとう、火狼」


今までの怒りなど何処へいったのか、蓮姫は爽やかに笑顔を向ける。


反乱軍への怒りが解けた訳ではないし、早々解けるものでもない。


それでも今の蓮姫は……心のモヤモヤが少し晴れていた。


「玉華に来てから……反乱軍への復讐ばかりを考えてた…。領主様やお前達に迷惑をかけて…一人で突っ走って……ずっと復讐に囚われっぱなしだった」


玉華に来てからの自分の行動を振り返る蓮姫。


今までも勢いだけで、勝手に突っ走った事は何度もあった。


しかし今回は違う。


自分のドス黒い感情を抑える事もせずに、欲望のままに突き進んだ。



「気づかせてくれて……ありがとう」



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