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玉華の領主 9


「回復系の魔導士、しかも魔力が高く熟練された魔術の使い手しか治せない……最低条件が既に狭き門ですね」


やれやれ、とため息を吐くユージーン。


彼もまた強力な魔力を持ち、高度な魔術をいくつも使える。


だが、それは攻撃系の魔術のみ。


回復系はユージーンにとって専門外。


傷を治す事は多少出来ても、呪詛を解く程の魔術は無理だ。


そして恐らく……火狼もユージーンと同じ。


この中で唯一呪詛を解ける蓮姫は、大牙へと問いかける。


「領主様。今現在、玉華には呪詛を解ける程の魔導士は何人ほどおりますか?」


「…………恐らく……5、6人です。それも3人は老兵。元々玉華は魔力を持って生まれる者が少ない土地ですから」


玉華の民は魔術ではなく、武術を使いこなす者が多い。


その理由は魔力を持たず、魔術そのものが使えないからだ。


魔術などに頼らず、自らの腕っぷしだけで力を証明する。


それが玉華の民の強みであり誇り。


だが、今回ばかりはそれが裏目に出てしまった。


火狼は大牙の発した『老兵』という言葉に反応して声をかける。


「その老兵さん達にゃ頼めねぇな。下手すりゃ呪詛に取り込まれて逆にお陀仏(だぶつ)になっちまう。そんだけ命をかける危険な魔術だかんな」


「老兵に限った話じゃねぇだろ。呪詛を解くのは相当の魔力と精神力、それと生命力を使う。解けるとしても……姫様と合わせて3、4人…か」


火狼の言葉に補足をいれながら、ユージーンはチラリと大牙へと目線を配る。


その視線の意図に気づいた大牙。


「毒……いや、呪詛に侵されている民は、報告されただけでも50人以上だ」


「うわぁ~……改めて考えると恐ろしい状況じゃん。俺、何にも出来ねぇけど……聞いてるだけで寒気がしてきたわ」


「安心しろ。いくら寒くても風邪引かねぇよ。……犬だから」


「犬科もちゃんと風邪引くかんね!!?そしてソコは馬鹿だからって続くっしょ!?普通は!」


「馬鹿って認めてんじゃねぇか、馬鹿犬。…………どうしたんです?姫様」


いつもの空気を読まぬ漫才。


普段の蓮姫なら「領主様達の前でふざけるな」と二人を一括している。


しかし……蓮姫は口を挟むことなく、ただ黙って何かを考えているようだ。


ふいに顔を上げた彼女は、問いかけたユージーンではなく大牙へと声をかける。


「領主様、呪詛に侵された民の症状はバラバラですか?」


「報告によると、軽度の者もおれば先程の桃花のように床から出られぬ者もいると、聞いております」


「ならば……症状が軽度の民は玉華の魔導士に託します。呪詛の進行が進んでいる民は……私が治します」


「に、弐の姫様!?これ以上の勝手な行動は困ります!今すぐに我が邸へとお戻り下さい!」


蓮姫の急な申し出に声を荒らげる大牙。


一人治しただけで倒れた蓮姫。


弐の姫の身を預かる玉華としては、これ以上の無茶をさせる訳にはいかない。


「そもそもそんな事を繰り返しては、弐の姫様の正体が直ぐにバレます!そうなったら…反乱軍は弐の姫様の命を直接狙いに来るのですぞ!!」


「…………はい。そうでしょうね」


焦る大牙とは逆に、蓮姫は笑みを浮かべていた。


蓮姫の笑みに、大牙も火狼も……ユージーンでさえも背筋にゾワッと悪寒が走った。


ユージーンの足元で蓮姫を見上げていたノアールは、小さく一言だけ鳴くと、怯えたように蓮姫から一歩下がった。


動物的な本能が、主への忠誠心や好意を上回ったのだろう。


確かに蓮姫の口元は弧を描いている。


だが……笑っているというのに…………何処か恐ろしい。


恐怖や狂気を見た者に感じさせる微笑み。


本来笑顔が持つ、楽しさや喜びは一切感じない。


むしろ怒り……いや、殺気を含んでいる笑みだ。


こんな風に笑う蓮姫を、王都から側で仕えてきたユージーンは知らない。


いや、王都で共に過ごした双子も、この世界の誰も知らないだろう。


「領主様。呪詛で苦しむ民は日に日に増えているとおっしゃいましたね」


「……………………は?……っ!?さ、さようです!」



蓮姫からの威圧感で硬直していた大牙。


声をかけられても直ぐに反応出来ない程に彼女が恐ろしかったようだ。


だが、先ほど蓮姫から感じた恐ろしい空気は、今は全く感じられない。


「つまり……憶測(おくそく)ですが反乱軍の狙いは『飛龍元帥の血族、彩一族』であり、彼の治める『玉華の民』である。玉華に住む全ての民が反乱軍の標的になっていると思われます」


「そ、それでは!我が民全てが呪詛で倒れるまで、この悪夢は終わらぬと!?」


普段と変わらぬ蓮姫の様子に平静を取り戻した大牙。


怒りで震えるその姿は平静とは程遠い。


しかしそんな大牙へ更に油を注ぐ言葉をユージーンは発した。


「反乱軍の事ですから『倒れるまで』というよりも『死ぬまで』の方が正しいかもしれませんね。殺意が無くて、これほどまでに呪詛をバラまけるとは思えませんから」


「ユージーン殿っ!!」


「うっわ~…玉華全滅かよ。反乱軍もまた(すげ)ぇというか、馬鹿というか……大胆で楽天的っつうか」


ユージーンだけではなく火狼までも軽々しく、それも自分の民の命について話す姿に大牙は爆発寸前だ。


だが本当の爆弾発言をしたのは、ユージーンでも火狼でも大牙でもなかった。


「ならば終わらせましょう。この悪夢を終わらせる方法が一つあります」


「弐の姫様!?し、しかし……弐の姫様に、また御無理をさせる訳には参りません!姫として魔力や生命力が他者よりも高いのは存じております!しかし、そんな事をしたら反乱軍が!」


「はい。それが本当の狙いです」


勿論、玉華の民を救う事も大切な目的ですが…と言葉を繋げ、蓮姫は他の誰もが予想しなかった……したくもなかった案を出す。



「玉華に弐の姫が居ると、反乱軍にわざと教えるんです」



あまりの展開に大牙も火狼も侍女達でさえも、呆気に取られる。


ただユージーンだけは、やれやれと深いため息を吐いた。



「姫様……自分を(おとり)にするつもりですね?確かに…呪詛を全員治されたうえに、弐の姫である姫様がいるとわかれば…彼等は玉華どころではない。狙いは姫様一点集中になる、と?」



蓮姫の言葉を補足するようにユージーンは告げる。


驚き固まる大牙や火狼達と比べ、あまりにも冷静な従者に蓮姫は彼へと視線を投げる。


その意味がわかったのか、ユージーンは微笑みながら蓮姫へと跪いた。


「反乱軍の噂を聞いた時から、このような事態は予想できました。姫様が無茶をなさるのもいつもの事ですので、今更驚いたりしません。勿論、姫様を止めるつもりも」


「ユージーン殿!?(あるじ)を軽んじる発言も大概(たいがい)になされよ!お主は弐の姫様を御守りせねばならぬ存在!ヴァルではないか!」


怒鳴りながらユージーンの胸ぐらを掴み、彼を立たせる大牙。


だがユージーンはやんわりとした笑顔で、しかしソレとは真逆に大牙の手を力強く払う。


「はい、左様です領主様。あなた方とは違って……ね」


「なんだと!?何が言いたい!」


「あなた方、玉華の民は女王への忠誠の為に姫様の身を守る。それは領主様だけではなく、姫様を慕う者にも言えます。ですが……俺は違う」


蓮姫をチラリと見た後、ユージーンは乱れた襟元を正しながら呟く。


「その他大勢が姫様のお身体や命を第一に考えるのなら、俺は姫様の心を第一に考えます。姫様の心を、意志を、想いを守り抜くのが俺の使命。それが姫様の望むヴァルですから」


当然姫様の命を守る事が前提ですけど、と付け加えるユージーン。


それはふざけている訳でも、己の力に自惚れている訳でもない。


主である蓮姫への絶対的忠誠心の現れだ。


「ひゅ~。旦那かっけぇ~。惚れちゃうね」


「死ね」


「……死ねとかダメ。絶対」


からかうようにユージーンの方へと手を回す火狼だが、ユージーンは心底嫌そうにその手から逃れる。


「姫様。体調はいかがです?」


「だいぶいい。これなら想造力も使える」


「かなり回復されたようですね。呪詛を解くのは並大抵の魔術ではありません。しかし姫様は飲み込みも早いですし、すぐ慣れるでしょう。また倒れても俺がお支えします」


「いらない。もしそうなったらノアに支えてもらう」


目の前で繰り広げられる光景に、大牙も侍女達も呆気に取られている。


蓮姫の行動も提案も勝手だ。


その身を任せられた玉華や彩一族にとって、女王に睨まれるような勝手な行動は困る。


しかし蓮姫の勝手な行動の根源は玉華の民のため。


玉華の民を救いたいという優しい想い。


そして反乱軍と対峙する事への強い意志。


それに気づいてしまった大牙達は、自分達が彼女を止めるべきか否か、迷っている。



思い悩む大牙へと、蓮姫は静かに声をかけた。



「領主様。玉華の領主としてではなく、玉華の民としてお聞きしたい事があります」


「……弐の姫様」


「呪詛に苦しむ玉華の民を…私は救いたい。それに対する答えを……領主としてではなく、玉華の一民、彩 大牙殿としてお聞かせ下さい」


真っ直ぐに自分を見つめる黒い瞳に、大牙はゆっくりと口を開く。



蓮姫の答えなど…既に決まっているのだから。

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