表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/433

玉華の領主 8



【玉華・宿屋の一室】


「なん……ですと?弐の姫様……今、なんとおっしゃいました?」


「玉華の民を(むしば)んでいるのは毒ではありません…と申しました。領主様」


宿屋につき部屋の中に入ると、蓮姫は横になる事を拒否し、代わりに大牙が予想しなかった言葉を発した。


この場には蓮姫達の他、侍女と兵士が二人(他の兵士は部屋と宿屋の外で見張りをしている)だけの為、蓮姫への呼び方が『弐の姫』に戻る大牙。


蓮姫の言葉に大牙を初め玉華の人間は驚くが、ユージーンと火狼は納得したような表情だった。


椅子に腰掛ける蓮姫も、顔色が戻りつつあるが、先程の事で頭を悩ませる。


「私は以前、毒に(おか)された人を何人も治した事があります。ですが今回の……あの桃花ちゃんを治した時は、その時と違う力が働いていたんです」


「……どういう事でしょう?私には……全く理解が出来ません」


「解毒……いえ、体内から毒を完全に消し去る事は、先程も申し上げた通り経験があります。その時と同じように、桃花ちゃんの体から毒を消そうとしました。確かに彼女の体に毒はありました。……正確には解毒剤によって中和されている途中の毒が残っていたんです」


大牙は毒によって倒れた者がいる、と報告を受けると、直ぐに薬師をその家へ向かわせ解毒剤を配っていた。


どの家も喜び、その解毒剤を欠かさず毎日飲んでいる。


しかし成果は出ていない、と報告も受けている。


だが蓮姫は、桃花の体の毒は中和されていると話した。


そして彼女は桃花を治したが、その疲労は大きい。


一度に多くの情報が頭の中を巡り、大牙は混乱せずにはいられない。


「姫様……想造力を使用して、これ程までに疲れるのは久々でしたね」


「ああ。正直、私も驚いてる。あの時は……かなりの人数を治したから倒れけど……どうして今日は…?」


「姫さんって回復系得意だったよな?俺や旦那の傷も治してくれたし。その姫さんが、こんだけ疲れたってのは…何か理由があんだろな」


禁所で彼等がキメラに受けた傷は、全て蓮姫が治した。


骨も傷も瞬時に完治させたのを目の当たりにしている二人。


そしてロゼリアでのリスクの一族……ドロシーの毒を消し去った蓮姫。


今までの蓮姫を誰よりも知るユージーンは、主の代わりに口を開く。


「犬が言っていたように、姫様は回復系の魔術が得意です。傷は瞬時に治せる程、回復系の想造力は使いこなせています。そして毒に対してもソレは同じ。それでも今回、手間取ったのは…………恐らくですが、怪我とも毒とも全く違うモノだったからでは?」


「怪我とも毒とも違う?では、我が民は病だと?今回の件は流行り病で反乱軍は関係無い……そう言いたいのか?ユージーン殿」


ユージーンの言葉に大牙は自分の予想を告げるが、ユージーンは軽く首を振りながら答える。


「いえ……仮に(やまい)だとして、姫様が病を治すのは初めてですから時間がかかるのは納得できます。しかし……姫様は何か『違う力が働いていた』と、おっしゃいましたね」


「そう。まるで……まるで何かに邪魔をされているような、そんな感覚だった」


蓮姫は桃花を治した時の事を思い出しながら呟く。


治そうにも…何か原因を探ろうにも……ソレが何かは結局わからなかった、と説明する。


その言葉に余計に困惑する面々だったが、ユージーンだけは一人納得していたようだ。


「なるほど……。つまり姫様は、あの桃花という少女が倒れた原因がわからず、強引にただ治したんですね」


「そういう事になる…かな。……ジーン、何か分かったのか?」


「はい。流石は姫様。相変わらず(さと)いですね」


ユージーンはニッコリと微笑みながら告げる。


その微笑みに近くにいた侍女が顔を赤らめるが、蓮姫は『さっさと答えろ』と手であしらう。


「姫様が疲労した原因は、力任せに、理由もわからぬまま、想造力を使用したせいでしょう。鍵のかかったドアを鍵を使って開けるのと、無理矢理ぶち破るのでは、疲労は天と地ほど違いますからね」


「それじゃあ…結局は姫さんが悪いんでないの?旦那」


「本当にそれだけならな。姫様の無謀が招いただけの話になる。だが……まだ謎が残ってるだろ」


ユージーンが言う謎とは『毒でも病でもない。玉華の民を苦しめているモノの正体』だ。


病だと予想した蓮姫は、病を治すという想いを込めて想造力を発動した。


しかし結果は変わらず、無理矢理想造力を使う事になった。


つまり、病でもない。


毒でも怪我でも病でもない。


しかし、玉華の民は今こうしている間も、苦しんで(とこ)()している者が多くいる。


領主である大牙は自分の民を襲う現実が打破出来ず、また原因もわからない事に苛立っていた。


「…一体……玉華で何が起こっているというんだ」


静かに怒りに震える大牙。


その姿は大の大人…それも体格のいい成人男性だというのに、泣いているようにも見える。


そんな大牙の姿を見て、蓮姫はユージーンへと再度向き直り命令を下した。


「……ジーン、いつものをやれ」


「よろしいんですか?」


「私にわからなくても、お前ならわかる事がある。今までだってそうだ。だから、やれ。命令だ」


「はい。姫様のお望みのままに。……まぁ、正直言うと俺も気になっていたので、そうさせてもらう気満々でしたが」


「あ~…アレすんの。確かに便利だよなぁ。俺にすんのは勘弁してほしいけど」


「頼まれてもお前にはしねぇよ」


ユージーンは火狼への悪態も忘れぬまま、蓮姫の正面へと立つ。


腰を屈めると蓮姫の額に自分の額をつけた。


蓮姫は直ぐに目を閉じユージーンを受け入れようとしたが、初めてこの光景を見る大牙は慌て出す。


「ユージーン殿!?弐の姫様になにを!」


「大丈夫です領主様。ジーンは私の嫌がる事は絶対にしません。コレもやましい事ではありませんので、ご安心ください」


「し、しかし」


「姫様の言葉に偽りはありませんよ、領主様。ただ…少しの間お静かに願います。終わりましたら御説明しますので」


無礼な物言いをするユージーンに大牙も再度反論しようとしたが、あまりに真剣……いや、僅かに殺気を込めた笑顔を向けられて黙るしかなかった。


大牙がこれ以上口を挟まないと確認したユージーンは、目を閉じ意識を蓮姫の記憶へと集中する。


直ぐにユージーンの脳裏には、蓮姫が桃花へ想造力を使った時のシーンが流れてきた。


頭の中を巡る数々の情報を一つも漏らすまいと、ユージーンは当時の記憶を隅々まで探る。


そして彼も感じた。


蓮姫の想造力に抵抗する別の力を。


スッ……と蓮姫から額を離すユージーン。


蓮姫も額が離れた感触に、ゆっくりと瞳を開いた。


「どう?ジーン」


「……正体がわかりましたよ。正直、毒や病の方がよっぽどマシでしたね。かなり厄介なモノです」


「ユージーン殿!どういう事だ!?わかったとは……我が民を苦しめるモノは!一体何なのだ!?」


痺れを切らしたように叫ぶ大牙。


そんな彼へと向き直り、ユージーンはゆっくり、そして一言ずつハッキリと告げる。



「玉華の民を苦しめているのは、反乱軍からの呪詛(じゅそ)です」



ユージーンから発せられた驚愕の真実。


今回の事件の渦中にある玉華の人間には戦慄が走った。


「じゅっ!呪詛ですと!?」


「そんな……なんて恐ろしい!」


「おのれ!反乱軍め!!」


あまりの衝撃に大牙も侍女も、兵士でさえも感情を剥き出しにして声を荒らげた。


驚き、恐れ、焦り、怒り、様々な想いが体中を巡る。


あくまでも他人事なユージーンと火狼は、焦る事もなく何処か納得のいく表情を浮かべていた。




【呪詛】

魔導士、もしくは呪術師がかけた強力な呪い。肉体的や精神的に対象の相手を苦しめ、貶める。呪詛をかけられた人間は衰弱し死亡する事も少なくない。



「『呪詛』かぁ。だったら原因なんて直ぐにはわかんねぇか。元々『毒』ってフェイクがあっから余計にな」


「姫様も呪詛を解いたのは初めて。そもそも『呪詛』は『毒』と違って、強い魔力で施されるもの。ソレを解くのにも相当な魔力が必要ですからね」


冷静に分析して発言するユージーンと火狼だが、その態度が大牙の怒りを買った。


「何を呑気におっしゃっているのだ!?ユージーン殿!火狼殿!」


「呑気に、ではありません。あくまで冷静になっているんです。領主様も落ち着かれたらどうですか?」


「落ち着けだと!?何を悠長に!『呪詛』をかけられたのは我が民だ!こうしている今も苦しんでいる民がいるのだぞ!」


「それは毒だった場合も変わりません。むしろ『呪詛』ならば『毒』と違って簡単に処理出来る問題ではない。領主様もご存知では?」


あくまでも冷静に、淡々とした口調を変えないユージーン。


そんな彼の態度に大牙は……いや、大牙も侍女も兵士も爆発寸前だ。


しかし彼等よりも先に動いた人物が一人。


蓮姫は勢いよく椅子から立ち上がると、


パンッ!!


ユージーンの左頬を全力で引っぱたいた。


「っ!?姫……様?」


「口を慎め、ジーン。それ以上無神経な事を言い続けるなら……お前でも許さない」


「っ!申し訳ございませんでした。領主様」


「私の従者が無礼な事を……本当に申し訳ございません」


蓮姫に睨まれユージーンは跪き、大牙達へと謝罪する。


その横で蓮姫も深く頭を下げた。


火狼は蓮姫が立ち上がった頃から、後ろの方でオロオロしていたが。


「弐の……姫様」


「ですが領主様。原因が『呪詛』だとわかった今、再度民達への対応を考えなくてはなりません」


蓮姫は頭を上げると大牙へと告げる。


ユージーンほど無礼な物言いではないが、蓮姫もユージーンと同じ考えだ。


今やるべき事は…ここで騒ぐ事ではない、と。


「……その通りでございます。私の方こそ、取り乱し弐の姫様に醜態(しゅうたい)を晒すなど……申し訳ございません」


「領主様が謝る事など何もありません。……しかし…『呪詛』となると……(こと)は簡単ではありませんね」


苦々しく話す蓮姫だが、それはこの場にいる全員が気づいていた。


先程ユージーンが言った通り『呪詛』を解くには、強い魔力が必要になる。


だが、必要なのは魔力の強さだけではない。


呪詛そのものが複雑で高度な技術を必要とする魔術な為、ソレを解除するのにも高度な技術が必要とされる。


その上、回復系の魔術を扱える者のみ、対象者から呪詛を解く解除の魔術を使用出来るのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ