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玉華の領主 7




桃花(とうか)。領主様と魔導士様が来て下さったよ」


あの母親に連れられ、彼女の家へと着いた蓮姫達。


中へ案内されると、そこには簡素なベッドに横たわる少女がいた。


まだ幼いというのに、痩せ細り顔色も悪い。


時おりゲホゲホと激しく咳き込みながら、息をするのも苦しそうだ。


横になって寝ているというのに、少女の目には(くま)がある。


病の苦しさのせいで、ろくに眠れていないのかもしれない。


明らかに衰弱(すいじゃく)している。


「桃花ちゃんは……いつからこの(よう)な症状に?」


一昨日(おととい)からです。家に帰って来た時から元気は無かったんですが……その時はただの風邪だとばかり。夜になるとうなされて、何度も咳をして……食べ物は勿論、水もろくに喉を通らず…」


蓮姫に声をかけられた母親は、泣くのを堪えるように口元に手を当てながら答える。


大牙は苦虫を噛み締めたような、渋い顔で桃花と呼ばれた少女を、眺めていた。


恐らく、領主である大牙は彼女と同じ症状の者を何人も聞き、見てきたのだろう。


そしてその都度、己の無力さを思い知らされているのかもしれない。


そんな中、蓮姫は少女の横たわるベッドへと進み、少女の体の負担にならない位置にそっと腰掛けた。


蓮姫は手を伸ばすと、ゆっくりと少女の顔に触れ、その頬や髪を撫でる。


自分の顔に触れる手の感触に、桃花は目をゆっくりと開いた。


「……ん……かぁ…ちゃ…?」


「こんにちは、桃花(とうか)ちゃん」


「…………だ……れ?」


「私は蓮よ。桃花(とうか)ちゃんのお母さんに桃花(とうか)ちゃんを助けて、ってお願いされたの」


「…お……ねぇちゃん……助けて…くれる……の?」


「大丈夫。必ず助けるよ。約束する」


幼い少女が不安にならないよう、ゆっくりと優しく、笑を絶やさずに声をかける蓮姫。


だが、その心中は穏やかではなかった。


(この子の体……凄く熱い。こんな高熱……大人だって辛いのに!)


蓮姫の中には反乱軍への怒りが満ちていた。


蓮姫には目の前で苦しむ少女の姿が、かつてのエリックの姿と重なっていく。


(絶対に助ける!もう……反乱軍のせいで誰も殺させたりしないっ!)


そう思うや否や、蓮姫は想造力を発動させた。


桃花の頬をそっと片手で包むと、目を閉じて意識を集中する。


「蓮様っ!?」


「大丈夫です。領主様……桃花ちゃんは助けます」


「し、しかし!」


「やらせて下さい領主様。…私は桃花ちゃんを……苦しむ玉華の民達を助けたいんです」


蓮姫の言葉に、グッ!と拳を握りしめる大牙。


彼とて苦しむ自分の民を放っておく事など出来ない。


彼等を救える存在ならば、弐の姫とはいえ願ったりだ。


だが、自分は女王陛下に弐の姫の身を預かっている。


女王の許しもなく、勝手に弐の姫に想造力を使わせる事は女王陛下への不敬。


弐の姫に恩を売ってしまえば、玉華の民は他の領土や貴族達に軽んじられる事にもなる。



悩んだ末……大牙は領主として民を救える選択を選んだ。



「お願い致します。蓮様……我が民を……お救い下さい」


「はい」


大牙から正式に許しを得た蓮姫は想造力を強める。


しかし、彼女は病に苦しむ桃花に想造力を発動させながら違和感を感じていた。


(……なんだ?……この感じ……これは…ロゼリアで人魚病……いや、リスクの一族の毒を治した時と…………違う)


日頃からユージーン達の怪我を想造力で治してきた蓮姫。


結界を張る事と回復に関しては、想造力を完璧に使いこなしている。


「なぁ……なんか姫さん……手こずってない?」


「お前も気づいたか。いつもなら…もう相手が回復してもいいんだが……何も変わらない。むしろ……姫様の方が疲弊(ひへい)してる」


他の人間に悟られない程の小声で話す火狼とユージーン。


蓮姫はかつて、ロゼリアで毒に侵された者達を100人近く治した。


その経験もあり、怪我だけではなく想造力で解毒も瞬時に行える。


しかし蓮姫は桃花(とうか)に触れたまま微動だにしない。


ベッドに横たわる桃花(とうか)の苦しげな呼吸も、顔色も変わらない。


薄らと蓮姫の顔に冷や汗が流れ、その表情は何処か苦しげだ。


(……なんだろう?怪我でも毒でもない?まさか……桃花(とうか)ちゃんはただの病気?)


蓮姫はまだ、想造力で病気を治した事は無い。


病気ならば、と想造力に『病気よ治れ』と意思を込めるが……やはり桃花(とうか)の様子に変化はない。


「魔導士様?どうしたんですか?桃花(とうか)は……娘は治るんですよね?」


何も変わらない娘の様子に、不安げに母親が声をかける。


蓮姫は母親の方を向く余裕も無かったが、ただ一言『大丈夫です。桃花(とうか)ちゃんは助けます』とだけ告げる。


今の状況を見ている者にとって、その言葉は蓮姫の強がりのように聞こえるだろう。


だが、蓮姫は強がりではなく、桃花(とうか)を……目の前で苦しむ少女を必ず救うと心に決めていた。


その決意は決して揺るがない。


(私は……必ず桃花(とうか)ちゃんを助ける!この子を苦しめるモノ!今すぐに桃花(とうか)ちゃんを!この子を解放しろ!!)


蓮姫は今までにないほど、強い力を込めた。


すると、段々と桃花(とうか)の顔色が良くなってくる。


反対に、蓮姫の苦しげな表情は増してきていた。


「っ!?蓮様!?」


「大……丈夫です。領主様……あと……少し」


蓮姫の身の危険を感じた大牙が彼女を止めようとするが、蓮姫はソレを断る。


その言葉通り、蓮姫がスッ……と桃花(とうか)から手を離した。


すると、今の今まで病弱そうに倒れていた桃花(とうか)の肌にはハリが見られ、荒かった呼吸も正常になる。


蓮姫がゆっくりとベッドから立ち上がると、桃花(とうか)はベッド上で上体を起こした。


「っ!!?桃花(とうか)っ!」


「母ちゃん!!」


桃花(とうか)桃花(とうか)ぁ!!」


起き上がった娘に母親は駆け寄ると、その小さな体を全力で抱きしめた。


桃花(とうか)桃花桃花(とうかとうか)!治ったんだね!」


「母ちゃん……母ちゃ……ぅう」


母親に抱きしめられ、桃花(とうか)は大きな声で泣き出した。


そんな娘に母親も静かに涙を流しながら、よしよしと頭を撫でてやる。


そんな母娘(おやこ)の姿に蓮姫も自然と笑みがこぼれた。


「…本当に……良かっ……」


「姫様っ!」


喋りながらもフラフラな蓮姫。


いつ倒れてもおかしくない彼女に、ユージーンは駆け寄りその体を支える。


ノアールもユージーンと一緒に駆け出し、二人の足元へと擦り寄った。


「…ジーン……」


「お疲れ様でした。姫様」


「……ぁあ。………桃花(とうか)ちゃんが……治って…良かった」


「にゃぁん?」


「…ノア……心配してくれるの?……ありがとう」


体はフラフラ、顔色は先程の桃花(とうか)と同じくらいに悪い蓮姫。


だがその笑みは満足感に満ちていた。


そんな姿の蓮姫を見て、大牙は声をかけようとしたが……グッ!と詰まり、声が出てこなかった。


領主として民を救ってくれた事に感謝したい。


頭を下げ、今までの非礼を蓮姫に謝罪したい。


だが、蓮姫が勝手な真似をしたのも事実。


もし、今回の事が反乱軍にバレたら……彼等は病を治した魔導士とやらを全力で探るだろう。


もしそうなれば……その魔導士が弐の姫とバレるかもしれない。


ただの憶測……しかしバレるのは時間の問題だ。


今回の反乱軍の目的は、あくまで飛龍元帥の身内……彩一族だ。


しかし弐の姫が玉華にいるとわかれば、話は別。


反乱軍は総力を上げて、弐の姫である蓮姫を狙うだろう。


最悪の場合、弐の姫と彩一族をまとめて片付ける為、この玉華ごと火を放つかもしれない。


「蓮……様」


「領主様……っ!?」


辛うじて、声を絞り出すように蓮姫の名を紡ぐ大牙。


蓮姫もそれに応えようと足を向けようとしたが、瞬間ガクッ!と足の力が抜ける。


ユージーンに支えられていなければ、倒れていただろう。


「姫様、無茶なさらないで下さい。領主様、何処か休めるような場所はありませんか?」


「ジーン……私は大丈」


「姫様が自分の事で大丈夫と言う時は、ほぼほぼ大丈夫じゃない時です」


「……………………」


「無言は肯定と受け取りますよ」


蓮姫の言葉を遮って告げるユージーンに、蓮姫は頬を膨らませ彼を軽く睨む。


ユージーンは構わず、蓮姫を抱き上げた。


蓮姫も抵抗せずに……いや恐らく抵抗する気力も体力も無いのだろう。


そんな二人の代わりに火狼が大牙へと声をかける。


「姫さん、かなりお疲れみたい。……なるべく近場で休める場所無い?領主様」


「……この通りの端に宿屋がある。蓮様、そこで休みましょう」


「お願いします。良いですね?姫様」


「…申し訳……ありません。……領主様」


大牙は兵士の一人に宿屋の手配をするよう告げる。


蓮姫の方を振り向く事も、彼女を見ようともせずに。


それはまるで、蓮姫への後ろめたさが、彼女と正面きって向き合う事を拒んでいるかのようだ。


「魔導士様っ!!娘を助けて下さり!本当に!本当にありがとうございます!」


「お姉ちゃん!ありがとう!!」


「……お役に立てて……良かったです」


何度も何度も頭を下げ、礼を言う母親。


先程までの病弱ぶりが嘘のように、興奮気味で話す桃花(とうか)に蓮姫は青白い顔色で微笑む。


ユージーンに抱きかかえられながら、母娘に力なく手を振ると、蓮姫達はこの家を後にした。


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