玉華の領主 5
「お待ち下さい弐の姫様!私はまだ勝負するとは!?」
「先程申し上げました通り、領主様が勝たれれば私はこの館から一切出ません。もし領主様が負けても、 領主様がつける監視の目の届く所で行動し、夕方までは館に戻ると約束します」
「し、しかし……」
大牙は蓮姫の申し出に対してなかなか頷けずにいる。
そんな中、蓮姫はあえて大牙を挑発する言葉を発した。
「なんです?勝負をせずに、いえ、勝負そのものを投げるおつもりですか?飛龍元帥の御子息とは思えませんね」
「…………なんですと?聞き捨てなりませんな。元帥は関係ございません」
「はたしてそうでしょうか?飛龍元帥ならば自らが私の護衛をし、街へ出る許可を下さいます。瞬時に街へ出る時間も部下の配置も事細かく決められるでしょう。それ程までに元帥は自らの使命に忠実、そして強いお方です。そもそも元帥ならば、勝負をせずに諦めるなど…武人としてあるまじき選択はなさいません」
蓮姫の話が進む程に、大牙の眉間の皺は深くなっていく。
何故それ程までに父の話題を嫌がるのか?と見ている方が不思議がるほどに。
だが、小夜との会話で父への嫌悪感をあらわにした大牙に、あえて父の話をする事で挑発できると蓮姫は考えていた。
そしてソレは当たりだった。
「そこまでおっしゃるのでしたら、お望み通り火狼殿との勝負をお受け致しましょう。弐の姫様からの条件も了承致します。弐の姫様、先程のお約束…お忘れなきように」
「勿論です。私は火狼を信じていますが…その時は領主様も約束をお守り下さい」
ニッコリと微笑む蓮姫を見ながら、ユージーンも口元に笑みを浮かべた。
(姫様も随分、俺に似てきたな。嬉しいんだか……怖いんだか…)
「では領主様にも御了解頂けたところで。姫様、勝負は何にするつもりですか?」
「狼。勝負は全てお前に任せる」
「え~……ホントに俺がやんのね。じゃあサイコロなら持ってるし…シンプルに『数当て』でもしますか」
火狼は袖から小さな赤いサイコロを一つ取り出すと、蓮姫と交代して椅子に腰掛けた。
「火狼殿。そのサイコロに細工などしていないだろうな」
「ん?イカサマなんざしねぇよ。細工も無し。つっても俺のサイコロでやんのは信用出来なくて当然か。じゃあ俺の分も領主様が振っていいぜ。なんなら数も決めてくれて構わねぇや」
「……そこまで言うのならば信頼しよう。しかし、折角のお言葉だ。甘えて火狼殿の分も振らせて頂く」
「んじゃ、ルール説明。勝負は1回。お互い数字を決めてからサイコロを振る。決めた数と出た目が同じなら当然勝ちだけど……1回勝負なんで、同じじゃなくても数字が近かったら勝ちってことで」
「異論は無い。まずは私から……数は『6』だ」
大牙は火狼からサイコロを預かると、手の中で軽く振った後、テーブルへと放る。
コロコロコロコロ……カタン。
出たサイコロの目は5。
「あ~りゃりゃ。いきなりニアピンっスか~。こりゃキビシーね」
「次は火狼殿の番だ」
「ん~~~と……じゃあ玉華に来て2日目なんで『2』で」
「『2』でよろしいのだな。……では」
大牙は先程と同じように、軽く手の中でサイコロを転がしてからテーブルへと放った。
蓮姫もユージーンも、大牙もくいいるように回るサイコロを見つめる。
コロコロコロコロ……カタン。
出たサイコロの目は……。
「うわ!?『2』出た!!凄ぇ!俺めっちゃ凄ぇじゃん!!」
火狼が言った通り、出た目は『2』。
つまりこの賭けは火狼の、そして蓮姫の勝ちだ。
その結果に大牙は納得がいかないと、苦虫を噛み潰したような顔でサイコロを見つめる。
苦々しい顔のまま蓮姫へと向き、口を開いた。
「もしやとは思いますが……弐の姫様…」
「私は何もしておりません。想造力は一切、使っていませんよ」
「………………」
大牙はその言葉も信じられなかった。
あまりにも、この賭け事は出来すぎている。
想造力を使っているかどうかなど、他人が見てわかるものでもない。
していない、と言うのは簡単だ。
誰にも証明する事は出来ないのだから。
「お疑いでしたら私は一旦部屋を出ましょう。その上で勝負をやり直して下さっても、私は構いません」
「え~……。やり直しちゃうの~?俺めっちゃテンション上がったのに~」
蓮姫の提案に、火狼はテーブルへと体を倒して口を尖らせた。
そんな火狼や蓮姫の姿を見て、大牙は大きくため息を一つ吐いてから、腰を上げた。
「いえ。それには及びません。一回きり…それも弐の姫様との勝負に不満など…武人としてあるまじき事でした。弐の姫様、無礼をお許し下さい」
「お気になさらず、領主様。私をお疑いになるのは当然の事ですので。むしろ一方的にこちらが押し付けた勝負を受けて下さり、感謝致します」
深く頭を下げる大牙に、蓮姫も同じくらい深く頭を下げた。
大牙は頭を上げると、そのまま扉の前へと足を進める。
「勝負は勝負。負けは負けです。お約束通り、街へと案内致しましょう。供の準備をさせますので少々お待ち下さい」
再度蓮姫へと頭を下げ、大牙は部屋を後にした。
大牙と一緒にいくつもの足音が遠ざかる。
全ての足音が聞こえなくなると、蓮姫はドサッ!と乱暴にベッドへと腰を下ろした。
「……とりあえず…バレなかったみたい」
「姫様も人が悪いですね。相手がムキになる事をわかって挑発し、有無を言わさず勝負をけしかけ、イカサマで勝とうなんて」
ユージーンの言葉に、今度は蓮姫がムッと口を尖らせた。
火狼は楽しそうに手の中でポンポンとサイコロを投げている。
「わかっていたから、お前は口を出さなかったんだろ。ジーン」
「ええ。わかってましたよ。それでも、犬に負けた気がして非っっっ常に面白くないんです」
久々に蓮姫へと黒い笑みを向けるユージーン。
蓮姫が自分ではなく火狼を頼った事が、よっぽど心外だったらしい。
「んな嫌うなって~。むしろ姫さんの考えに直ぐ気づいた事を褒めてよ、旦那」
「褒める訳ねぇだろ。姫様の従者なら姫様の思惑ぐらい感じ取れて当然だ」
「はぁ……拗ねるな、ジーン。それと狼、ご苦労様」
ニヒヒと笑顔を返す火狼に、蓮姫も満足げに笑みを浮かべていた。
そう。
本当のイカサマ師は大牙でも蓮姫でもない。
この火狼だった。
そして蓮姫は初めからそれを見越して、火狼を自分の代わりに勝負させたのだ。
賭け事で一番重要であり、自分が勝つ為に必要なこと。
それは相手に自分の心を悟らせない事だ。
火狼は常日頃から嘘を重ねる男。
それは蓮姫とユージーンが身をもって知っているし、中には気づいていない嘘もある。
だが、飄々(ひょうひょう)として軽薄そうな見た目とは裏腹に……火狼は暗殺ギルド朱雀の頭領。
相手に本心を悟らせない事にかけては、蓮姫は勿論、ユージーンよりも上手の人間。
だからこそ、蓮姫は火狼を自分の代わりに勝負させた。
必ず勝つと信じていたから。
「信用してもらうのはありがたいけどよ~……そんな簡単に他人を信用しちゃダメだぜ、姫さん」
「狼だって外には出たいでしょう?だから勝つと信じていた。イカサマだろうと、ね」
「そこまで見抜いちゃうとか……俺ってそんなにわかりやすい?」
あれ~、と首を捻る火狼。
この仕草も見抜かれて驚いているのか、最初からこうなる事を見抜いて演技しているのか……それも蓮姫達にはわからない。
「狼は朱雀の頭領。戦闘力も魔力も他の朱雀の者達よりは強いはず。なら一族の中で決闘よりも博打をする機会は多かった。……違う?」
「ふふん。姫さんの言う通り。多かったぜ~。俺と互角にやれる奴ってそんないねぇかんな」
「姫様。あんまり言うとコイツが調子乗るだけですよ。てめぇでサイコロ持ってるあたり、イカサマの常習犯だろ。あの領主は誤魔化せたが、どうせサイコロに仕掛けがあんだろ」
「その通り!さすがは旦那!このサイコロは出る目の順番が決まってんのさ。誰が振ろうが、どんだけ転がそうが関係無し。次は『3』が出るぜ」
そう言うと火狼はテーブルにサイコロを軽く投げた。
出た目は火狼の宣言通り『3』。
火狼は得意気にウィンクするが、ユージーンは眉間に皺を寄せる。
「やめろ気色わりぃ。出る目の法則さえ覚えてりゃ勝てる。お前も凄くねぇし、サイコロも大した細工されてねぇな」
「はいはい。無駄口はそこまで。ジーン、狼、ノア。領主様が来られたら直ぐに外へ出る」
蓮姫はいつものように、パンパン!と手を叩きながら二人の話を終わらせ、本題へと入った。
「恐らく、領主様は何人も部下を連れてくるだろう。私が勝手な行動をとれないよう見張るために」
「姫様のガードは固くなるでしょうね。当然ですが……軽く街を回って終わり、になる可能性は高いです」
「俺が何気なく離れてから狼の姿になろうか?そしたら街中を探って回れるぜ。禁所の時みたいにな」
「そんな隙があればいいけど。もし可能性があれば直ぐに動いて。ジーンは私から離れるな。ノア、お前は私が抱いて歩くからね」
「にゃあ!」
「姫様。先程は領主様を挑発する為にああ言いましたが、恐らく飛龍元帥が到着すれば……自由には動けないでしょう」
「そうだろうね。あの人は陛下に忠実。独断で勝手な真似はしない。だからこそ……今日しかない。お前達……どんなに些細な事でも構わない。一つでも多く反乱軍の情報を集めろ」
「はい!姫様の仰せの通りに」
「はいよ!全ては姫さんの為にね」
姫の命令に跪き、ユージーンは力強く、火狼はおどけながら告げた。