玉華の領主 4
先程よりも驚いた顔で蓮姫へと詰め寄る大牙。
「反乱軍の様子ですと?……気になるのは当然でしょうが……館の外に出れば危険に曝されるかもしれないのですよ。わかっておいででしょうか?」
「わかっております」
「では、この館にて大人しく」
「それは出来ません。反乱軍の存在は私個人の問題ではなく、壱の姫や陛下…この世界に暮らす人々の安寧を脅かすもの。自分を狙っている者がいる。自分の命を狙い、争いを仕掛ける者達がいる。なのに…どうして自分だけ安全な場所で悠々としている事が出来ましょうか」
蓮姫の強い意思に大牙は言葉を失った。
確かに、自分の命を狙う存在が近くにいれば、誰だって気になるだろう。
だが、わざわざ危険を侵してまで見に行こうとする馬鹿はそうそういない。
この世界の誰もが予測など出来ないだろう。
予測などするはずもない。
争いから逃げ、世界中を遊び歩く弐の姫が、自分の命を狙う反乱軍の動向を自らが探りに行こうなどと。
噂通りの愚かな弐の姫ならば、安全な場所で遊び呆けているかもしれない。
だが……蓮姫という弐の姫は、噂とは真逆。
蓮姫は大人しく閉じこもる事など出来はしない。
むしろ先陣きって危険へと足を突っ込むタイプだ。
蓮姫からの威圧にカラカラになった喉を、お茶で潤す事も忘れ、大牙はなんとか言葉を紡ごうとする。
昨日から弐の姫一行の世話は全て使用人に任せ、自分は極力彼女達と関わらないようにしていた大牙。
ソレは弐の姫である蓮姫を見下していたから。
しかし今、彼の中で蓮姫への印象は変わりつつあった。
それでも長年伝え聞いていた弐の姫への偏見は、早々破られるものではなく、心の何処かで『ただの無知な小娘』と思っている。
「……失礼ですが…弐の姫様は反乱軍の恐ろしさを……ご存知ないのですか?」
「…よく知っております。……この身をもって」
蓮姫は苦々しく呟くと、座ったまま服のボタンに手をかけ次々とソレを外していく。
「っ!?に、弐の姫様!?」
「え!?姫さん!どしたの急に!?大サービ……痛ぇっ!」
驚き慌てる大牙と、驚きながらも少し鼻の下が伸びている火狼。
蓮姫の意図に気づいたユージーンは火狼の頭を殴った後、蓮姫の側へと行く。
「姫様、預かります」
「あぁ。頼むジーン」
蓮姫は先に脱いだ赤い上着をユージーンへ渡すと、足の位置を変えて椅子の背もたれへと体を向けた。
つまり大牙へは背中を向けている。
蓮姫が何故急にこんな事をしたのか、従者は何故止めないのか。
混乱する大牙など構わず、蓮姫は服をスルリとはだけて背中をあらわにした。
さらされた白く美しい蓮姫の背中と右肩には、大きく痛々しい傷跡。
「コレは反乱軍が王都へ襲撃した時に出来た物です。反乱軍はあの日、街へ火を放ちました。私は友人を助けようとした…でも……助ける事は出来なかった。コレは私が生涯背負う罪です」
エリックの姿が脳裏に浮かび、ギリッ!と歯を噛み締める蓮姫。
「反乱軍に直接受けたモノではありません。それでも……あの時の民の悲鳴、苦しみ、恐れ…腕の中から命が消える感覚を…一日たりとて忘れた事はありません」
静かに淡々と……怒りを抑えるように呟く蓮姫。
年若い娘には似つかわしくない醜い傷跡を迷いなく晒す弐の姫に、大牙は初めて蓮姫という弐の姫を偏見とは関係なく直視する事が出来た。
「弐の姫様が身の回りの世話、特に湯浴みや着替えの際は使用人を必要としない……とは聞いておりましたが。ソレが理由ですか?」
「……見て気分の良いモノではありませんから。それに、身の回りの事はこのユージーンで事足りています」
蓮姫は大牙からの質問に答えながら、服を正しユージーンから上着を受け取った。
蓮姫が簡素で動きやすいチャイナ服を着ているのは、反乱軍の事だけが原因ではない。
自分の過去を、この傷を知るユージーン以外には、なるべく傷跡を見せたくはないから。
小夜のような着物は、蓮姫一人では着れない。
当然使用人達や小夜など、この玉華の者に手を借りなければ着れない。
だからこそ蓮姫は男物だろうと地味だろうと、自分一人で着られる簡単な服を選ぶのだ。
「領主様、今一度お願い申し上げます。反乱軍がこの玉華にいるのならば、私はその動向を知る為に街へ出たいのです。弐の姫として」
「ですが弐の姫様…危険です」
蓮姫のあまりにも強い瞳に、一瞬大牙も気圧され許可を出しそうになる。
だがそれを堪え、ゆっくりと首を左右に振った。
蓮姫への評価を改めたところで、弐の姫を預かる事は変わらない。
玉華の領主として、同情や感動で自分の選択を間違ってはいけないのだ。
「姫様は危険など百も承知です。我々も当然、姫様と共に参りますから領主様の手を煩わせる事もありません」
「そうそう!俺もだけど、この旦那も超強ぇから。心配しなさんな、領主様」
「そういう事を言っているのではない。弐の姫様のお望みならば、私自らが供についても構いません」
ユージーンと火狼を叱咤し、大牙は蓮姫へと告げた。
大牙のその姿に、蓮姫は一瞬、飛龍元帥の姿が重なって見えた。
姿だけだはなく、責任感の強い所はやはり父に似ている。
「この装いでは誤解されるやもしれませんが……彩家の長男として、武道は幼い頃より母や祖父母から学んでおります」
軍師のような格好をしていた為、蓮姫は勝手に大牙は頭脳派だと思い込んでいたが……彼は腕っぷしにも相当の自信があるようだ。
大牙からの申し出に、蓮姫は申し訳なくも有り難く受け入れようと思った。
だが大牙は「ふぅ」と一つ息を吐くと、蓮姫へと告げる。
「ですが……やはり許可する事は出来ません」
「っ!?何故ですか?」
「ソレが弐の姫様たっての強い御希望であろうと、弐の姫様の部下がどれほど強かろうと、私がお供をしようと……万が一という事があるのです。万に一つでも弐の姫様が危険に曝される可能性があるのならば……弐の姫様の身を陛下より預かる身として許可は出来ません」
絶対に弐の姫は無事だ。
という保証など何処にも無い。
大牙は女王から弐の姫の身柄を預かる者として、玉華の領主として正しい選択をした。
「領主様。お気持ちはわかりましたが……私にも譲れないものがあります。どうぞ外出をお認め下さい」
お互いの意見が交差する事はなく、ただ一方通行の会話が続いていく。
そんな中、口を開いたのはあの男だった。
「あのさぁ姫さん。俺のトコでも、意見が対立してどっちも譲らねぇ時とか良くあんのよ。そゆ時は決闘で勝った奴の意見を通す事になってんのよね」
「おい……まさか『姫様と領主様、二人で決闘して決めて下さい』とか言う気じゃないだろうな、犬」
唐突に発せられた火狼の提案に、ユージーンは殺気をこめて彼を睨みつける。
睨みはしなくとも、蓮姫と大牙も呆れた目で火狼を見た。
「いやいや。さすがにソレはナシっしょ~。領主さんと姫さんじゃ体格差あり過ぎ」
「弐の姫様へそのような無礼など、許されない。従者として浅はか過ぎるのではないか?火狼殿」
「申し訳ございません、領主様。火狼にはよく言って聞かせますので」
「姫様、後できっっっちりと俺がシメますからご安心を」
ユージーンが指をボキボキと音をたてながら鳴らす中、火狼はブンブンと両手と首を振る。
「ちょっとちょっと!ストップ!!話は最後まで聞いてくんない!?そもそも俺んトコでも意見ぶつかってる者同士の実力差あり過ぎって時があんのよ!毎回毎回決闘してる訳じゃねぇって!」
「……狼。何が言いたいんだ?」
「姫さん…そんな目で見られると俺傷つくよ?まぁ、いいや。で、そゆ時は博打とかで決着つけんの」
「「「博打?」」」
予想外の提案に、その場にいた全員の声が揃った。
確かに、大牙と蓮姫の決闘は色々な意味で平等性が無い。
大牙は飛龍元帥によく似て全体的にガッシリとした肉体の持ち主だ。
その上、幼い頃より武術を学んでおり自信も相当ある。
一方の蓮姫は想造力が扱えるが、そんな力を使ってしまえば適うものなどいない。
そもそも弐の姫である蓮姫は、忌み嫌われる存在とはいえ、今は女王の命令でこの玉華に滞在している。
領主自らが決闘など、そもそも出来るはずはなかった。
しかし……ただの博打ならば話は違う。
「どんな博打でもいい。札でもサイコロでもな。金も命も賭けない。ただし、負けた方は勝った方の意見に絶対に従う。絶対に」
「なら初めからそっちの話をしろ。勿体ぶるな、犬のくせに」
「……犬関係なくない?旦那」
火狼の意見に蓮姫は「ふむ…」と顎に手をやり考える。
確かに博打ならば蓮姫も大牙も傷つく事は無い。
ただの賭け事……遊びの延長線上だ。
大牙がイカサマ師ならば面倒な事になるが……。
「領主様。一つ私と勝負をして頂けますか?」
「…………本気ですか?弐の姫様」
「私は本気です。このまま話していても平行線のまま。時間が無駄に過ぎてしまうだけです。もし領主様が勝たれたら、私は今後一切、領主様の意見に反する事は言いません。全てを受け入れます」
「……しかし……恐れながら弐の姫様には想造力がお有りです。それではあまりにも私は不利。弐の姫様が勝たれた際、失礼ですが公平さを証明できますか?」
想造力とは想像を創造する力。
例えばトランプのポーカーで勝負するとして、蓮姫が『ロイヤルストレートフラッシュこい』と、想造力を使って想像すれば、手元に必要なトランプが全て集まり、その場で創造される事になる。
サイコロを振り『3出ろ』と蓮姫が想造力を使えば、サイコロは3の目を出す。
つまり、大牙が仮にイカサマ師であったとしても、蓮姫には関係ないのだ。
博打は蓮姫にとって圧倒的に有利であり、対戦相手には圧倒的不利となる勝負。
当然、大牙でなくとも不安になるだろう。
蓮姫はソレも予想済みだったのか、直ぐに解決策を口にした。
「では、この火狼を私の代わりに領主様と勝負させます」
「は!?俺ぇ!!?」
蓮姫に名指しされた火狼は、自分が言い出した事だというのに露骨に驚いてみせる。
ユージーンは蓮姫が自分ではなく火狼を選んだ事に納得いかなかったが、あえて何も言わずにことの成り行きを見守る事にした。