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玉華の領主 2


蓮姫達は一斉に扉へと視線を向ける。


今の今まで眠っていたノアールも目を覚まし、ベッドからピョンと蓮姫の元へと飛んでいった。


ノアールを腕に抱きながら、ユージーンと火狼からの目配せを受けて、蓮姫はようやく来訪者へと声をかける。


「はい。どなたですか」


「弐の姫様。小夜(さよ)にございます。失礼してもよろしいでしょうか?」


扉の向こうから聞こえる穏やかな女性の声に、火狼もノアールも警戒を解く。


蓮姫は小夜と名乗る女性に部屋へ入るよう促すと、ノアールをユージーンに渡し自分はテーブルの側へと立つ。


扉が開かれると、そこには上質な着物をまとった長い黒髪、そして髪と同じくらい漆黒の瞳をした女性が数人の使用人を連れて(たたず)んでいた。


「失礼致します。弐の姫様」


「どうぞお入り下さい。奥方様」


蓮姫に『奥方様』と呼ばれたこの女性。


彼女は飛龍元帥の妻であり現玉華領主の母親、名を小夜(さよ)という。


蓮姫の許しを得て部屋へと入る小夜。


ただ歩くその姿にも気品さが現れている。


「弐の姫様、何か不備等(ふびとう)はございませんでしょうか」


「不備など……奥方様を始め、この館の方々にはお世話になるばかりです」


「……申し訳ございません」


小夜の問いに笑顔をを浮かべながら答えた蓮姫だったが、小夜は顔を曇らせ深く頭を下げた。


「弐の姫様に対してこのような無礼……本来なら許されるべき事ではありません。領主……いえ、夫に代わりお詫び申し上げます」


「何をおっしゃいます。弐の姫であるばかりか、今の私は罪人にも近い存在。そんな私を受け入れて下さり、ジーン…供の者達の面倒まで。奥方様が詫びる事など何もございません。奥方様には本当に感謝ばかりです。どうぞ頭をお上げください」


弐の姫である蓮姫を館の上階にほぼ閉じ込めている現状、それに対し深く謝罪する小夜だが、蓮姫は笑みを崩す事なく告げた。


そんな蓮姫を男二人は苦笑しながら見守っている。


(相変わらず……姫様は猫かぶりがお上手で)


(姫さんって人見て喋ってるよな~。女って怖ぇわ)


そんな二人の心の声が聞こえたのか、はたまた感じたのか、蓮姫はユージーンと火狼を一瞬ギロリと睨んだ後、小夜に腰掛けるよう目の前の椅子へと促した。


小夜と蓮姫が椅子へと腰を下ろすと、控えていた使用人がお茶の準備を始めた。


「弐の姫様。わたくしに『奥方様』など不要です。どうぞ『小夜』と呼び捨てて下さいませ」


「申し訳ありません。私は王都に居た際、御主人の飛龍元帥にはとてもお世話になった身です。その奥方を呼び捨てるなど……。ですが……お気になさるようでしたら、『小夜殿』と呼ばせて頂きますね」


「ありがとうございます、弐の姫様。本当に…噂とは全く当てにならぬもの。今の弐の姫様からは、これまで聞いていた話が欠片(かけら)も当てはまりません。姫として……とても聡明なお方ですもの。お供の方々も……」


小夜はチラリとユージーン、火狼、そしてノアール、それぞれへと視線を向けた。


何かを探るような……そんな目つきをする小夜だが、誰一人として動揺する者はここにはいない。


そんな彼等に満足したのか、蓮姫へと向き直る小夜。


テーブルに茶器が置かれ、ユージーン達にもお茶が配られると、小夜は使用人達に部屋を出るように伝えた。


使用人達は小夜と蓮姫に一礼すると、部屋を揃って出ていく。


が、足音が部屋の外でピタリと止んだ為、直ぐそこで控えているのは誰にでもわかった。


「本当に……使用人一人ひとりが奥…いえ、小夜殿によく仕えているのがわかりますね」


使用人達の忠実で無駄の無い動きに、蓮姫は微笑みながら茶器を手に持つ。


そんな蓮姫の言葉に小夜も笑みを浮かべながら、お茶を一口飲んで蓮姫へと声をかけた。


「弐の姫様は周りの人間をよく見ておられますね。そしてユージーン殿達も」


「姫様に仕える身です。当然でしょう」


「ジーン、言葉が過ぎるぞ。申し訳ありません、小夜殿。このユージーン……いえ、私に仕える男は口の減らない…それも無駄口ばかりで。私の未熟さを表しているようでお恥ずかしい」


「ブッ!?……え?姫さん…それ俺も入るの?入っちゃうの?」


蓮姫の言葉が心外だ、とお茶を吹きながらヒクヒクと口を震わせる火狼だが、蓮姫は聞こえないフリをしてお茶をもう一口飲む。


そんなやりとりを見て、小夜は口を片手でおさえながら『ふふふ』と上品に笑った。


「申し訳ございません。ですが…弐の姫様と従者の方々が、あまりにも仲睦まじく見えまして」


「…………本当にお恥ずかしい限りです 」


上品に、そして和やかに笑う小夜。


嫌味でも何でもない、裏表(うらおもて)の無い評価に蓮姫は少し顔を赤らめながら先程と同じ言葉を小さく呟いた。


「恥ずべき事など何もございません。ユージーン殿も火狼殿も……そしてその魔王猫(サタナガット)も…とても弐の姫様に忠実であり……尚且(なおか)つ…相当の手練(てだれ)でございましょう…」


スッ……と目を細めて話す小夜。


今までの柔らかい空気が嘘のようだ。


瞬時に変わった空気……小夜からのプレッシャーは蓮姫へと直接向けられている。


小夜の目の前に座る蓮姫は、彼女の急な変化に冷や汗が背中を流れるのを感じた。


蓮姫だけではない。


ユージーンも火狼もノアールも……この部屋の中に緊張が走る。


だが、それはほんの一瞬のこと。


小夜は直ぐにまたニコリと穏やかに微笑んだ。


変わった……いや元に戻った部屋の空気に、誰もがゆっくりと息を吐く。


最初に言葉を発したのはユージーンだった。


「…………流石(さすが)に……飛龍元帥の奥方…と言ったところですかね。貴族の姫や箱入りお嬢様ではないようで」


「ふふふ。お褒めに預かり光栄です。ユージーン殿」


「褒めてなんざいません。急に殺気を出したかと思えば、直ぐにソレを消して普段通り笑っている。姫様もそうですが……女というのは本当に怖い。女性不信になりそうです」


『お前は元々女性不信だろ』と心の中でのみ蓮姫はユージーンにつっこむ。


小夜は満足したように、ニコニコと蓮姫を見て微笑んでいた。


殺気を向けられた直後に、好意を向けられ蓮姫も少し困惑しているが、それに気づいた小夜が口を開く。


「ご無礼お許し下さい、弐の姫様。ですが……失礼を承知で殺気を向け……今のわたくしはとても満足しています」


「満足……ですか?小夜殿、何故です?」


「わたくしは武家の生まれ。幼い頃よりあらゆる武芸を学んで参りました。夫と共に(いくさ)へ出た事も一度や二度ではございません」


小夜の生い立ちに蓮姫は驚きの表情を浮かべる。


目の前に座る女性は細く美しい。


上品な振る舞いから貴族の姫だとばかり思い込んでいたからだ。


だが、驚いているのは蓮姫だけ。


男達は全く表情を変えず、火狼にいたってはあくびまでしている。


「若い頃は数多(あまた)の命を奪いました。わたくし自身、命を奪われかけた事もございます。そんなわたくしの殺気を真正面から浴びて……弐の姫様は逃げるどころか怯えもなさいませんでした」


正直、逃げたくて仕方なかった。


怯えていた。


それでも蓮姫は必死で恐れを隠し、震えそうな体を止めて小夜からの殺気を受け続けていた。


「そして従者の方々も弐の姫様を守る為にわたくし同様、殺気を向けて来ました。それだけではありません。瞬時に窓辺や壁へと視線を向け、突破口を探すしぐさ。常に周りへの警戒を怠らない姿勢。弐の姫様への忠誠心」


つらつらと述べる小夜は本当に満足気な顔をしている。


「弐の姫様、ユージーン殿、火狼殿。皆様はわたくしは勿論、夫にも劣らぬ武人です。そのような強き方々をおもてなし出来たこと、本当に嬉しく思います」


姫に対して無礼極まりない行為、普通ならば弐の姫として蓮姫が軽んじられたと思うだろう。


だが、小夜の言葉は本心だ、と蓮姫は感じていた。


武将の妻として、自らも武人として相手の力量を計りたかったのだろう、と。


しかし意図は他にもある……と思うが心に留め、蓮姫は口には出さずに礼だけを発した。


「こちらこそ、飛龍元帥の奥方…小夜殿に認めて頂けるなど、光栄です」


「光栄というよりは姫様に仕えるんですから、当然ですがね」


「ジーン、言葉を慎めと何度言わせる気?」


しれっと答えるユージーンに蓮姫は目を向けずに、殺気だけを向けた。


それはユージーンにとって、先程の小夜よりも余程恐怖を掻き立てる。


「まぁまぁ、姫さんも旦那もよしなって。でもさ、誰にでも好かれる『壱の姫様』と違って弐の姫である姫さんには強~い味方が必要じゃん。壱の姫様よりもさ。だから姫さんの傍に居るからにゃ、強いのが最低条件。強くて当然。だよな、旦那」


二人の仲裁に入りながらも、火狼はユージーンへのフォローも忘れない。


それが気に食わないのか、ユージーンはチッと舌打ちをし、気を取り直して小夜へと声をかける。


「それで小夜殿。女王陛下からの使者、飛龍元帥はいつ玉華にお戻りに?」


蓮姫達が到着した昨日の夜、宴の席(とはいえ居たのは蓮姫達と小夜のみ)で小夜は女王からの使者が自分の夫である事を、蓮姫達へと伝えていた。


「夫は女王陛下の勅命を受け、天馬にて王都より空を駆けておりますから、本日夕方頃には到着する予定です。弐の姫様をお待たせする事となり、申し訳ございません」


「は?元帥って天馬で帰って来んの?だったらもう着いてても良くね?」


小夜の言葉に火狼はあからさまに驚いた様子で問いただす。


ユージーンも声には出さないが眉を潜め、それに対して小夜は苦笑するだけ。


この世界の基準がイマイチわからない蓮姫だけが、話についていけない。


「俺達は禁所から玉華まで5日かかりました。ヴェルト公爵は青龍の力を借り、俺達が数日かけた道のりを短縮して王都へ戻ったでしょう」


「青龍は移動に小型の飛竜を使ってるぜ。四大ギルドもよく借りてるしな。あの禁所から王都までなら……1日で帰れる」


「あのブ……いえ、女王陛下ならば公爵から報告を受けた後、直ぐに勅命を下したでしょう。公爵が王都に戻ったその日……もしくは明朝に使者は出発したはずです。他の者ならいざ知らず、飛龍元帥ほどの天馬の名手ならば昨日、もしくは姫様が玉華へと着く前日に到着してもおかしくないのでは?」


蓮姫への説明も込めてユージーンは小夜へと問う。


つまり、その名の通り天を翔ける天馬ならば、山も街も関係なく目的地へと一直線で飛べる。


徒歩である蓮姫達とは比べ物にならないほど、早く辿り着く事ができるだろう。


それなのに、その天馬に乗る飛龍元帥は未だ玉華へと足を踏み入れてはいない。


そんな中、蓮姫の脳裏には悪い予感が浮かんだ。


「まさか……反乱軍の襲撃にあったのでは?」


最近の玉華には反乱軍の噂が満ちている。


女王の右腕とも言われる飛龍元帥の故郷であり、家族が治める土地。


それ故に狙われている。


それは、この玉華に住む民を苦しめる為でも、飛龍元帥の家族を傷つける為でもない。


飛龍元帥。


彼を亡き者にする為、だ。


不安げな表情をしながらも、強く問いただす蓮姫に、小夜は微笑みながら返した。


「いえ、そうではありません。実は王都より客人をお連れしているそうなのですが……その方は天馬に不慣れらしく、休憩を入れながら向かっていると。客人の件は女王陛下もご存知だと夫からの手紙にはありました」


「……そう…なんですか…。……良かった」


安心した蓮姫はゆっくりと息を吐いた。


そんな彼女に小夜は柔らかい笑みをより一層、深める。


心なしかその微笑みは嬉しそうだった。


「夫の事を気づかって下さり、本当に弐の姫様はお優しい方ですね」


「いえ、そういう訳では!しかし…何事も無いのならば安心しました」


小夜の言葉に慌てて首を振る蓮姫だが、反乱軍が関わっていないと知り安堵を浮かべる。


しかしユージーンは反乱軍の話が出た事を幸いに、ここ数日探りたかった件を小夜に直接問いかけた。


「反乱軍と言えば…玉華は最近、反乱軍の噂が絶えないようですね。直接的な被害は出ているのですか?」


「いえ……弐の姫様方にお話する程の事では」


ユージーンへの返答に顔を逸らしながら言葉を濁す小夜。


だが、ユージーンも譲らない。


「話す程の事ではないか…それは姫様がお決めになる事ですよ、小夜様。飛龍元帥、そしてその一族や玉華の民が本当に狙われてるとしても……それ以上に危険なのは姫様です」


ユージーンの言葉にハッと顔を上げる小夜。


反乱軍の目的は飛龍元帥の命だ。


だがソレは彼が女王の部下の中で最も強く最も信頼される将軍だから。


反乱軍は女王を(はい)する為に存在する組織。


女王でなくとも、次期女王となる姫も彼等には廃する対象。


そしてそれは、弐の姫である蓮姫も例外ではない。


玉華に弐の姫が居る、と反乱軍に知れれば、彼等は飛龍元帥と弐の姫を一度に始末出来ると確実に襲ってくる。


「正直、この館に来る使用人達にも探りはいれましたが…誰一人として口を割ろうとはしない。だからこそ、直接貴女にお聞きしたいのです。……お答え下さい、小夜様」


しばしの沈黙が流れた後、小夜は口を開きゆっくりと話し始めた。


「今現在、反乱軍の被害は……数は少なくとも深刻です。井戸や川に流された毒を口にした者、街を出て反乱軍に襲われた者、原因不明の病に伏す者が日に日に増えております……今はまだ死者は出ておりませんが……」


言葉の途中でギュッと自分の腕を握る小夜。


死者は出ていない。


まだ出ていないだけだ、と。


「井戸や川に毒を流すのは大規模な暗殺の常套(じょうとう)手段。手っ取り早く事が済むかんな。街を出て襲われた奴らも『玉華の人間』って事以外、多分共通点は無ぇだろ」


「死者が出ていないのならば、流された毒も即効性や致死量ではないのでしょうね。飛龍元帥やその一族を追い込む方が重要らしい」


「小夜殿。被害にあった人達は今どうしているのですか?」


暗殺を生業とする火狼、幾度となく死地をくぐり抜けただろうユージーンの言葉。


そして目の前で憂う小夜の姿を見て、蓮姫は一つの決意をする。


「弐の姫様?」


「もし重傷者や重病人が居たら、そこまで案内してくれませんか?」


急な蓮姫の申し出に流石の小夜も驚き、表情を曇らせる。


「で、ですが…」


「今おかれている自分の立場はわかっています。この館から出てはいけないという意味も。でも、私の想造力で救える人がいるなら…私はこの力を使いたい。使わなきゃいけない。そう思うんです」


蓮姫の強い想いに小夜は胸を打たれたかのように、体を前へと乗り出した。


「弐の姫様!お願い致します!私の」






「何をしているのですか?母上」

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