玉華の領主 1
玉華。
女王からも信頼の厚い飛龍元帥の一族が治める土地。
他の都市と比べると人口は少ないが、恵み豊かな山々、森に囲まれた和かな土地だ。
その領土は山や森がある分、王都よりも広く、また他の都市や国よりも貧富の差が無い。
貴族は領主一族だけで、他は庶民。
しかし玉華の領民は生き生きとしている。
それは領主が必要以上に民から搾取する事がなく、作物が不作の時などは躊躇なく自分達の財産を領民に分け与えたり、税を減らしているから。
それゆえ、領民からの領主の信頼も厚い。
「……思った以上に…和かで…ぶっちゃけ暇ですね」
領主の館の一つ……その最上階にある部屋から外を眺め、ユージーンは呟いた。
ユージーンは腰ほどの高さの柵に手を置きながら、寄りかかり部屋の中にいる主へと体を向ける。
彼の主でもある蓮姫は寝台に腰掛けながら、膝に乗せたノアールを優しく撫でている。
ユージーンの呟きに反応したのは、そんな彼女ではなく長椅子に寝転がりながら果物をつまむ火狼。
「ホンット暇だよな~。昨日玉華に着いたはいいけどよ~……この館…別館?からは出してもらえねぇもんなぁ」
蓮姫達が玉華に着き、玉華へと足を踏み入れる際、既に王都から知らせを受けていた飛龍元帥の息子(現玉華領主)が出迎えた。
彼は簡単な挨拶を済ませると用意した馬車に蓮姫達を乗せ、この館へと連れてきた。
馬車の窓にはカーテンが外からかけられ、領民が蓮姫達を見る事もなく、また蓮姫達も街の様子を見る事も出来なかった。
館では飛龍元帥の妻が出迎え、豪華な食事を振る舞われたが……。
「飯も酒もおかわり自由。風呂はいつでも好きな時に入っていい。一人づつ部屋を割り当ててくれて、服までくれたけどよ……これって…」
「犬に一々言われなくてもわかってんだよ。姫様……これは監禁、いや軟禁です」
身体は拘束されていないものの、その行動は制限されるものが多い。
蓮姫達の部屋は全て最上階にある。
しかし外に出る事は勿論、下りるにも領主の許可が必要。
ちなみに『外出の際には必ずお声をかけて下さい。共につける者がいれば準備致しましょう』と言った領主だったが、その顔から蓮姫達は彼等が出す気は無い、と本心を直ぐに読み取れた。
そんな境遇にユージーンはイラつき、火狼は退屈していた。
蓮姫はいつの間にか眠ってしまったノアールを寝台に置くと、ユージーンの方へと歩き出す。
彼の隣へ立つと、蓮姫はそこから玉華の街並みを眺めた。
「王都やロゼリアよりは田舎かもしれないけど……民に活気のあるいい街。街の雰囲気や着てる服、この館からして…なんだか想造世界の中華街を思い出す」
そんな蓮姫も今はチャイナ服に身を包んでいる。
ちなみに蓮姫は、黒い長袖のインナーの上に袖なしの赤い前開きのチャイナ服、下には黒いスボン。
長い髪は後ろは靡かせ、上に二つお団子を作っている。
ユージーンは白地に龍の描かれた裾の長い服、蓮姫とは違いボタンは上部にだけ斜めにあるもので、下は蓮姫と同じ黒いスボン。
チャイナ服というよりはカンフー服だ。
火狼は紺地に炎が描かれた前開きの服で蓮姫の服よりは裾が長く、腰に白い布を巻き付け、下は同じく白いズボンを履いている。
「姫さ~ん。そんな地味なのじゃなくてスリット入ったドレス着てよ。あのエロいヤツ、絶対似合うって」
「黙ってろ犬。しかし姫様、それ色はともかく…男物や稽古着ですよね?ドレスではなくとももっと他にあったでしょう。あの着物みたいな貴族が着るようなヤツ、たくさん部屋に準備されてたじゃないですか」
「こっちの方がいざという時に動きやすい。だからこれでいい」
自分の服装について文句を言う男達の方をチラリとも見ずに、蓮姫はキッパリと言い切った。
火狼の方は『えぇ~。もったいねぇ~』と口を尖らせているが、ユージーンは違った。
「『いざという時に動きやすい』……ですか」
蓮姫の言葉をそっくりそのまま口にしながら、ユージーンは主の思惑に気づいた。
「それは…『反乱軍がいつ来ても動けるように』……という意味ですか」
「…………わかっているなら、いちいち聞くな」
「これは失礼を」
自分達へと向き直る蓮姫にユージーンはにやける顔を隠しもせず、頭を下げる。
元々蓮姫は正装する場以外、ドレスや着物といった煌びやかな服はあまり着ない。
王都を出てからも、ほぼ毎日が歩きづめな為に軽装で行動してきた。
だが、それだけではない。
この玉華には今、反乱軍の噂がある。
彼等を直接見た……という話もあれば、玉華の外に出た者が反乱軍に襲われた、という話も。
女王政権を徹底して廃する思想を持つ彼等にとって、女王の軍を束ね且つ軍の中でも最強と言われる飛龍元帥は一番邪魔な存在だ。
ならばその一族が治める土地を潰そうと考えるのも道理。
だが何故、今の時期なのか?
それは反乱軍にしかわからないだろうが……この玉華は今、反乱軍によって狙われている。
当然、弐の姫である蓮姫が滞在している事が知れれば、彼等は彼女の命も狙うだろう。
「うっわ!さすが姫さん!考えてんねぇ!」
「お前、今の今まで気づかなかっただろ。もしそうなったら…お前も働けよ。逃げたら殺す」
「……旦那はいつまで俺に厳しいのよ」
「コントはいいから。それよりも……ここに来てから…何か情報は探れた?」
いつもの男二人のやりとりを制しながら、蓮姫は尋ねる。
先程までのふざけた空気は何処へいったのか、ユージーンも火狼も真剣な表情で蓮姫を見つめた。
「いえ、残念ですが何も。ここの使用人は口が固い者ばかりです」
「必要最低限の会話しかしてくんねぇのよ。可愛い子だって、さっさといなくなっちまうし…邸から出らんねぇのに狼の姿になるのも怪しまれるかんなぁ」
「そうか。反乱軍の動きが少しでもわかれば良かったけど……仕方ない」
「……姫様。今俺達は女王の命令でここに滞在する身です。反乱軍が気になるのはわかりますが……下手に動くわけにはいきません。姫様の立場も更に悪くなります」
ユージーンは蓮姫を咎めるように進言する。
彼女の身を案じればこそ。
しかし蓮姫にも譲れないものがある。
「私は飛龍大将軍……いえ、飛龍元帥には王都での恩がある。そして反乱軍には大きな借りが。全く正反対なモノだけど……どちらも返したくて仕方ない。特に……反乱軍の方は…ね」
そう告げながら、蓮姫は自分の手をギリギリと強く握りしめた。
飛龍元帥から受けた恩は、弐の姫である自分の味方をしてくれた事。
いつでも自分を気にかけてくれた事。
王都に反乱軍が襲撃された時に命を助けてもらった事だ。
いつか返さなくては、と蓮姫は王都を出た時から思っていた。
しかし、反乱軍の方から受けた借りは……王都を出る前から……常に彼女の心を締め付けていた出来事。
王都に居た頃、嘘をついて庶民達と過ごしていた蓮姫。
嘘がバレた時も、その後も、死ぬ間際まで蓮姫を慕ってくれた小さな友人。
そんな友人を殺したのは……無力で無知だった自分自身と…………街に火を放った反乱軍。
「奴らだけは……決して許さない。私の手で…………仇は討つ」
今まで……あの禁所で見せた時よりも更に強い怒り……いや殺意の篭った目で蓮姫は静かに言い放つ。
事情を知らない火狼は、見た事もない蓮姫の憤りに冷や汗をかきながらゴクリと生唾を飲み込んだ。
だが、事情を知るユージーンは動揺する素振りも見せずに蓮姫へと声をかけた。
「…この玉華で………反乱軍に復讐するつもりですか?」
「だ、旦那?」
珍しく蓮姫に冷ややかな目を向けるユージーン。
そんなユージーンと蓮姫を心配そうに交互に見つめる火狼。
その姿から彼が暗殺ギルドの頭領とは誰も思えないだろう。
「何か言いたげだな、ジーン」
「そりゃ言いたいですよ。姫様……姫様の気持ちはわかります。誰かに復讐したい気持ちも、自分への怒りも。昔の俺なんて散々復讐して、されての毎日でしたから。だからこそ言います。怒りに任せて暴走などしないで下さい」
「……ジーン」
「姫様が成すべき事は、復讐なんてちっぽけな事だけじゃありません。姫様の理想はそんな感情で潰されるような軽いものじゃない。怒りに囚われて、その結果王都へと連れ戻されるような愚行はなさらないで下さい。小さな友人を思うなら……その為に掲げた自分の理想を、するべき事を忘れてはいけません。まぁ、丁度仇がいるなら、俺も協力しますし何なら俺が八つ裂きにします。だから……一人で突っ走る事だけはやめて下さいね」
「……………………」
「先に俺と約束したのは姫様ですよ。だからこそ、俺は今こうして姫様に仕えてるんですから」
「…………はぁ。わかってる」
額に手を当てながらため息をつく蓮姫。
まるで息を吐きながら、同時に怒りも吐き出しているかのようだ。
そんな二人のやりとりを黙って見ていた火狼だが、いきなり大きなため息をついた。
「おい。姫様の真似すんな犬」
「したくてしたんじゃねぇから!もう何なの!?姫さんも旦那もさ!今俺ちょー怖かったんだからぁ!」
「泣く子も黙る朱雀の頭領が何言ってんだ」
「そんだけ怖かったの!その朱雀頭領の俺がね!!」
ギャンギャンと騒ぐ男達を見ながら、蓮姫は笑みをこぼす。
この玉華に反乱軍がいる、と聞いてから蓮姫はエリックの仇を討つ事ばかり考えていた。
姫として、次期女王として自分が決めた事すら忘れて。
それを簡単に思い出させたユージーンの言葉。
常日頃から自分の傍にいて、唯一自分の望みを知り、自分にだけ絶対的忠誠を見せるユージーン。
エリックを失った悲しみも、反乱軍への怒りも消えた訳ではない。
一生消えはしない。
だからこそユージーンは『復讐するな』ではなく『一人で暴走するな』と言ったのだ。
蓮姫の気持ちを理解した上で、蓮姫の理想も妨げない為に。
(まったく……ジーンの言葉が嬉しいなんて…ね。絶対に言わないけど)
蓮姫がそろそろ騒ぐ二人を止めようとした時……。
コンコン
扉を叩く音が響いた。