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間章 6


だがかつての同僚に図星をさされても、久遠は何も答えない。


暫くの沈黙の後、久遠は出された水を飲み干して立ち上がる。


「今日は話し過ぎた。情報感謝する。それではな」


カインの方をチラリとも見ずに、久遠は酒代だけテーブルに置くと酒屋を後にした。


(弐の姫が力をつけたのは驚異だ。この世界にとっては良くない。派閥が生まれ、争いが起こる。……しかし)


街中を歩きながら、久遠は見透かされた自分の想いをただ頭の中で何度も繰り返した。



(彼女は成長している。壱の姫様とは違って……)


(いや、壱の姫様を愚弄(ぐろう)するなど…将軍としてあるまじき事…)


(だが……貴族と毎日堕落したような暮らしをしている壱の姫様は……否定も出来ず…また期待も出来ないのでは…)


(だが、歴代の女王陛下は代々壱の姫だった方ばかり)



頭の中で何度も否定を繰り返す久遠。


久遠は蘇芳程ではないが、壱の姫へと仕えている。


率先して教鞭(きょうべん)を取り、凛にこの世界の事や政治に関してを教えた事もある。


どのような女王となりたいか、今の世界をどう思うか、自分が女王となった際には何を成し遂げたいのか、と質問した事だって一度や二度ではない。


だが、彼女はソレに答える事も出来ず、困るといつも蘇芳へと答えを聞いていた。


自分の考えなどまるで持っていない、周りに助けられて生きている凛。


そしてソレを(とが)めず、当然のように甘やかすばかりの取り巻き達。


蓮姫が王都を出てから壱の姫を見守り仕えていた久遠にとって、凛という女性は女王たる器を持つ姫には見えなかった。


極めつけはロゼリアでの一件。


女王陛下からの勅命だというのに、王都から出る事に酷く脅え泣きわめいた彼女。


ようやく王都を出てロゼリアに着いたと思ったら、事は全て終わっていた。


泣くほど脅えていたというのに、蘇芳や久遠を引き連れて連日買い物をしていた彼女を見て、何故将軍である自分はこんな事に付き合っているのか?と一日に何度も自問していた。


それでも、貴族だけではなく庶民も壱の姫を受け入れている。


凛がこの世界に来た、その時から。


カインが言っていた通り、これからも壱の姫である凛を支持する人間は増えることだろう。


ふいに立ち止まると、彼は空を仰いだ。


届かない想いは口にせず、心の中でのみ問いかける。


今まで……凛とは違い、この世界に来たその瞬間から自分が否定し続けていた……彼女に。


(弐の姫……君は…女王となるために成長しているのか?…俺は……君を否定し続けていた。今も…禁所を解放などという馬鹿げたことをした君を軽蔑する……だが…)


久遠は左手で剣の柄を握りしめながら、右手を胸に当てて目を細める。



(俺は迷っている。貴族と豪遊する壱の姫様にこのまま仕えるべきか……危険な速度で成長する君を…受け入れるべきなのかを…)




酒場を出た久遠が思いを遠く馳せている頃、カインはまだ酒場へと残っていた。


久遠が去った後に自分も酒を飲み干して出ようとしていたカインだが、それはある者達によって止められていた。


「どうだカイン。お前も俺達と一緒に壱の姫様を支持しようぜ」


「悪りぃな、おやっさん。俺はそういうの好きじゃねぇんだよ。そもそもそんなのに入れる社交性持ってりゃ軍を辞めたり、しょっちゅう仕事をクビになったりしねぇだろ」


「ガッハハハハ!そりゃそうだなぁ!」


カインの目の前(先程まで久遠がいた席)に座る中年の男性は豪快に笑う。


彼だけではなく、テーブルを囲うように立っている数人もニヤニヤとしている。


彼等は久遠が言っていた、壱の姫を支持する団体に所属する者達だ。


久遠が店を出た直後、カインの元へと近づき『今のは天馬将軍だろ?壱の姫様に仕えてるなんざ羨ましいぜ』『壱の姫様のお側にいるんだ。次期元帥は天馬将軍に決まりだろうね』『誉れ高いってのはこの事だろうな』と口々に壱の姫や久遠を褒めちぎる。


カインも元同僚を褒められるのは悪い気はしない。


しかし久遠の迷いを知る……いや感じているカインには、彼を貶されているようにも聞こえた。


勿論、彼等はそんなつもりはない。


壱の姫へと好感を持つ者にとって、彼女に認められ仕える事を許されただけで英雄扱いになるだけだ。


ひとしきり笑った後、カインの前に座る男は真剣な表情で口を開く。


「なぁカイン。俺達の団体に入れ。お前ほどの腕っぷしの奴が入れば俺達も心強ぇんだ」


「おやっさん。何度言われようとも返事はノーだぜ」


「カイン。あんた……まさかとは思うけど…今でも弐の姫の味方ってんじゃないだろうね?」


カインの右隣に立つ初老の女性は、探るような目つきで問いかける。


それは『弐の姫の味方など認めない。愚かな事だ』……と語っているような目だった。


その女性に便乗するように、彼女の隣に立つ青年も口を開く。


「おばちゃんの店に弐の姫がいた時、お前が一番弐の姫と仲良かったのは知ってるぜ。あの時だって助けようとしたり、弐の姫なんかを庇ったくらいだ」


その言葉にカインの眉がピクリ……と動く。


あの時とは反乱軍が襲ってきた時の事だろう。


炎に包まれる家に取り残されたエリックを救う為、蓮姫が一人で飛び込んだ時。


そして庶民達が弐の姫である蓮姫へと石を投げ付け、それどころか反乱軍へと差し出そうとした……カインにとっては思い出したくない過去。


そしてソレは彼等も同じ。


自分達を貴族から守ってくれていた、(ひそ)かにこの庶民街のナイトだと思っていたカインの行為。


それはカインに今まで守られ楽しく時を過ごした庶民の彼等にとって、それまでのカインを打ち消すような幻滅的行為だったのだから。


ピリピリとした空気が漂う中、最初に口を開いたのは中年の男性。


「カイン。あの時の事でお前を良く思ってない連中だっているんだ。誰だって間違いはある。俺はお前がそんな馬鹿げた事を考える奴じゃない、ってちゃんと知ってるぜ」


それはカインが久遠へと向けた、自分はお前をよく理解している、という言葉と同じだった。


決定的に違うのは、カインは心の底から久遠という男を理解していた事。


一方この男性は自分にとって都合が良い発想をしているだけで、カインの事などまるで理解していない事だ。


「だからこそ、団体に入れや。壱の姫様を支持する姿勢を見せりゃ、お前の失敗も間違いも皆が許してくれんだ。その上、今まで以上の信頼だって」


「悪いがな……本当に入る気は無ぇんだよ」


男性の言葉を遮りながら、カインはハッキリと拒否を口にした。


青年や女性が不満をありありと表情に出したまま口を開く前に、カインは言葉を続ける。


「俺が貴族に嫌われてんのは知ってんだろ。だから、俺は入らねぇ。わかってくれ」


「どういう意味だい?カイン。ちゃんと説明しとくれ」


「だからな、俺が団体に入っちまったら貴族共に変なイチャモンつけられて、団体が取り潰されるかもしれねぇんだ。大袈裟かもしれねぇけど……それだけ嫌われてっからなぁ、俺」


カインは今まで、無意味な程に庶民達へと不遜に振る舞う貴族達を、何度となく痛い目にあわせては逃亡している。


そのほとんどが正当防衛や理不尽に虐げられる庶民を守る行為であり、逃げたカインを庶民街の者達も庇ってきた。


庶民にとってのカインは自分達を守るナイト。


一方、貴族にとってのカインは目の上のコブ……いや駆除しなくてはならない害虫。


「…………そうか。カイン。お前の気持ちはわかったぜ」


「おぉ。あんがとな、おやっさん」


礼を告げると、カインは足早に酒場を後にした。


そのまま残っていれば、『入らなくても名前は残しておく』とか『何かあったら声をかける』とか言われるだろうと思ったから。


実際、そうなっただろう。


彼等はそれ程にカインを信用しているし、また蓮姫との交流や彼女を庇った事を払拭したいと思っていたから。


(普通の女を庇えばヒーロー、弐の姫を庇えば悪人……それがこの世界にとっての普通で常識だ)


久遠と同じように想いを口にはせず、カインは心の中でのみ呟く。


久遠と違うのはある場所へと向かう為、その足は止めない。



(わり)ぃな、おやっさん。あんな正論ぶった事を言っても……ホントは貴族なんかどうでもいい。潰すってんならいくらでも相手してやる)


今までだってカインは何度となく、貴族や軍とひと騒動を起こした。


それでも彼は投獄されずにこうして生活している……それは彼の強さを表していた。



(ただ……気に入らねぇんだよ。弐の姫に…蓮に全部悪い事押し付けて、何もしない、何も知らない壱の姫を女王陛下みたいに(あが)める事が)



カインはあの青年達の言葉が許せなかった。


弐の姫である蓮姫を庇う事すらも悪だと言われる、そう信じて疑わない彼等の考え、姿勢が。


(壱の姫様こそ正義で、弐の姫はただこの世界を乱す悪、か)


かつての自分もそうだった。


だからこそ



「もう俺は……間違わねぇ。あいつらと同じ側には二度と行かねぇ。蓮が帰ってきたら……今度こそ…ちゃんと仲直りすっから。……向こうで見ててくれよ」



目的地に辿りついたカインは優しい目で、小さな墓石へと声をかけた。


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