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間章 5


その姿は恋をし、幸せの真っ只中にいる少女そのもの。


凛は決して疑わない。


自分の幸せも、自分の愛する男も。


その男が自分を愛しているのだと、信じて疑う事はない。


「ねぇ、蘇芳。私は蘇芳が大好き。愛してるわ、蘇芳」


「俺も愛していますよ。俺だけの姫を。いつだって……この心は俺の姫様で満たされています」


蘇芳は抱き締める姫からの愛を、自分が愛する姫への愛で答えた。


嘘は言っていない、騙されるのが悪いのだと、凛に対する罪悪感など欠片もない。


むしろ婚約者がいながら自分の事を愛していると言い放ち、その婚約者にも嫌われないように立ち回ろうとする彼女に、蘇芳は嫌悪感しか抱かない。


それでも……蘇芳の愛しい蓮姫の為に彼は自分を愛する凛を利用する事をやめなかった。


女王の命により凛の側を離れる事を禁じられた蘇芳。


蓮姫へ近寄る事も出来ず、敵対する女に従う事しか許されない。


それなら、その立場を利用し凛を傀儡のように使えない姫として育て上げようと彼は決意した。



(貴女の側にいて良い事が二つある。それは姫様の敵である貴女を、俺自らが弱体させる事。もう一つは……俺に裏切られていたと知り、絶望に染まる顔を間近で見れる事だ)



蘇芳は自分の思惑を悟られないよう、凛へと口づける。


凛は蘇芳からのキスで再度自分の幸福を感じて……いや、勘違いしていた。


唇を離し、蘇芳は凛へと微笑みながら更に彼女を駄目にする言葉を(つむ)ぐ。


「姫様。今宵はブラナー伯爵より晩餐(ばんさん)のお誘いがあります。姫様の為に吟遊詩人を招いたとか。是非ともそのお誘いを受けるべきです」


ブラナー伯爵は凛に媚びへつらう貴族達の筆頭だ。


先程のアンドリューの言葉にあった、茶会等の執務に関係ない無駄な時間を作る当事者。


だからこそ、蘇芳は率先して凛に貴族達の誘いを受けるように声をかけた。


彼女が姫として学力を身につけないように、執務を行えないように。


役立たずの姫を作る為に。


「ふふ。ブラナー伯爵にはいつもいつもお世話になってるもん。お受けしますと使いを出して。晩餐用のドレスを選ばなきゃ。……あ、でも…少し遅れるかもって伝えて」


「姫様?何かご用事でもおありですか?」


いつもなら2つ返事でドレスや装飾品を選ぶ凛だったが、今日は違ったらしい。


「実はね、前から私に会いたいって面会の申し込みをしてる女の人がいるの。庶民の人らしいんだけどね」


「庶民の……女性ですか?」



「うん。マチルダさんって人」





【庶民街・酒場】


「……なんだよ。お前からの呼び出しってだけでも珍しいのに、昼間っから酒奢ってくれるなんざ……雪でも降るのか?」


カインは目の前に座るかつての同僚に向かって呟く。


彼とこうして一つのテーブルに座るなど何年ぶりだろう。


テーブルに肘をつくカインとは対照的に、彼を誘った久遠は礼儀正しく背筋を伸ばしている。


「セネット。お前に聞きたい事がある」


「だろうな。お、サンキュ」


店主から出された葡萄酒のジョッキをグッと(あお)るように飲みながら、カインは考えていた。


何故、今頃になって自分達が仲良く酒を飲んでいるのか?


昔……カインが軍に所属していた頃はよく二人で酒場にも来ていた。


しかしカインが上官を殴り倒し、軍をクビになってから二人は疎遠状態となっている。


それが最近、会う頻度が急に増えた。


それは蓮姫がこの世界に呼ばてからだ。


「最近、庶民街で壱の姫様を支援する団体が出来たそうだが…知っているか?」


出された水に手もつけず久遠は問いかける。


自分が予想していた内容を問われて、カインはもう一口葡萄酒を口に含んだ後に頷いた。


短い付き合いだったが、お互いの事は良く知っている。


だからこそ簡単に久遠の言葉に予測がついた。


「ああ。出来てるぜ。今の人数は……30人くらいか?これからもっと増えるだろうけどな」


「庶民も本格的に壱の姫様を王位継承者として受け入れた、という事か」


元々、この世界には王位争いの元になる弐の姫を冷遇(れいぐう)し、壱の姫を優遇(ゆうぐう)する者が多い。


それでも、庶民が壱の姫を支持する動きを率先して行うのは珍しい事だった。


「なんだよ?嬉しくなさそうだな。大事な壱の姫様とやらの命令で俺に聞きに来たんだろ?」


「いや。今回は俺の独断だ。壱の姫様は関わりない」


「あっそ。真面目な奴。また何を気にしてんだかな。(ゆずりは)家、次男坊」


カインは酒場に久遠が現れた時から気づいていた。


彼が何かに思い悩んでいる事に。


だが、それは庶民である自分が軽々しく聞いていいものでも、久遠が簡単に話さない事もわかっている。


久遠の家系……杠の一族は元々王都の()ではない。


麗華が女王となってから、大和(やまと)という国より同盟を期に移住した一族。


杠は貴族ではないものの、女王より代々将軍職を預かる家系だ。


貴族とは違うが、その実力を認められた一族。


蒼牙への対応とは違い、貴族達も久遠には大きく出ない。


それには理由がある。


過去の戦で杠家は何度も功績を残している事。


そして久遠の祖先には女王である麗華の娘や、その功績を認めた貴族達の娘も嫁いでいる。


血は薄れているが女王の一族であり、貴族の血も流れている杠。


現に彼の母は王都の子爵家の者であり、兄の妻も大和の左大臣家の末姫…祖母に至っては数代前の帝の姫。


女王に認められ、貴族達にも認められる杠、そして久遠。


だからこそ……今回の蓮姫の一件も彼の耳には届いた。


(弐の姫が禁所を解放したのが事実で……それが公にされれば、世界中の人間が壱の姫様を支持するだろう。そうでなくとも…貴族も庶民も壱の姫様の王位継承を望んでいる。…………だが…)


久遠の脳裏には王都に居た頃の蓮姫の姿が浮かぶ。


自分を恐れてオドオドしている態度の蓮姫が。


(弐の姫……王都に居た頃の彼女からは想像も出来ない。この短期間で成長した……とでもいうのか?もしそうならば…)


「おい。急に黙り込むなよ。しかめっ面を見ながらだと、せっかくのタダ酒も不味く感じるだろ」


久遠の思考を遮ったカインは、店員に葡萄酒のおかわりを頼みながら彼へと向き直る。


今までとは違い真剣な表情のカインに、久遠も怪訝(けげん)そうに眉を潜めた。


「俺からもお前に聞きたい事があったんだけどよ……答えろ、久遠」


「……なんだ?」


「お前。壱の姫の護衛でロゼリアに行ったよな」


「ああ。それがどうした?」


「ロゼリアに流行っていた【人魚病】を(しず)める、って名目(めいもく)で壱の姫に付いてったくせに……結局は観光のお()りで終わったんだろ?」


フッ…とカインは見下すように目を細めて笑った。


軽蔑、哀れみが現れるその目に久遠は怒りを感じる。


カインに、ではない。


否定の出来ない自分にだ。


カインは気づいている。


久遠が壱の姫を支持し仕える事に……揺らいでいる事を。


「『壱の姫様は毎日を貴族の方々と御勉強に励んでる』って話だけどよ。蓮と違って壱の姫は庶民街なんざ見に来た事も無い。女王陛下の命令で人の命がかかってたってのに……ロゼリアに行くのも初めは渋ってたんだろ?」


「セネット。無礼な物言いはよせ。それ以上、壱の姫様を愚弄(ぐろう)するなら……お前でも斬り捨てるぞ」


久遠は腰に下げた剣の柄を触りながら、カインを睨みつける。


だが、睨まれたカイン本人は『はぁ~』とため息をつくだけ。


ちょうど先程頼んだ葡萄酒が届いたため、彼はソレで再度喉を潤した。


「酔っ払いの戯言(ざれごと)だろ。ムキになるなよ」


「お前がそれくらいで酔うはずがないだろう。……短い付き合いだったが、お前の事は理解しているつもりだ」


「……なら、俺の言いたい事もわかんだろ」


カインは久遠の方へ視線を向ける事なく、ポツリと呟いた。


カインは他の者達と違い、壱の姫を好ましく思っていない。


当然、蓮姫と関わっていた事は理由の一つにもなるが、彼が聞く壱の姫の話は…どれもこれも凛が本物のお姫様のように振る舞う話ばかりだった。


庶民街の様子も庶民の暮らしも知らない。


毎日を貴族と過ごしており、城での優雅な生活。


蓮姫とは真逆に、この世界に来ただけで愛された彼女。


カインの中で蓮姫が基準となるならば、壱の姫である凛の存在は好ましいはずはなかった。


しかし、カインはただの贔屓(ひいき)だけで壱の姫を嫌っているのではない。


一番の理由は……目の前にいる元同僚だ。



「お前が迷ってる顔をしてんなら……お前が仕えてる相手を……俺は信用出来ねぇよ」



久遠という男は、女王に、自分が仕える主に、執務に忠実な男だ。


そんな彼を惑わすのは……主や執務を邪魔する者か、もしくは主そのものだとカインは知っている。

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