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間章 4


「監視という事は、弐の姫様の身に何がおころうと……口を挟む事すら許されない…」


女王がレオナルドに求めている事は蓮姫から弱音を吐かせたりボロを出させたりと、蓮姫にとってマイナスとなる事を引き出させるだけ。


そしてソレを正しく女王へと報告させる事。


女王へと仇なす行為や言動が見られれば、禁所を解放した事に重ね弐の姫から王位継承権を剥奪しやすくなるのだから。


そして今回の役目を担うのはレオナルドだけではない。


飛龍元帥はヴァルではなくとも女王に忠実な臣下だ。


レオナルドが出来ずとも彼ならば弐の姫の醜態(しゅうたい)を洗いざらい女王へと伝えるだろう。


事と場合によっては、どんなに後悔しようと悩み苦しもうと、弐の姫である蓮姫を斬り捨てる事すら出来る。


その場合、飛龍元帥を止めたり咎めたら公爵家も女王に対する反逆行為を行ったとされるだろう。


文字通り、レオナルドにはただ見ている事しか許されないのだ。


「弐の姫様は愚かではない。王都に戻らぬも、禁所を解放した事にも毅然とした自分の意志がある。しかし……陛下のお怒りはそんな事で解けるはずもない」


女王の罰……それがどんなモノかは公爵も伝えられてはいない。


どんなに非情なモノでも蓮姫はソレを受け、自分の力で乗り越えなくてはならない。



「弐の姫様……お許し下さい。私と息子が不甲斐(ふがい)ないばかりに……貴方に重責を背負わせてしまいました」



蓮姫が変わったのも王都を出たのも自分達のせいだと公爵は自分を責める。


届かぬ謝罪を何度も繰り返した。


「申し訳ありません…弐の姫様。…レオナルド……すまぬ」


彼等にこれから待ち受けるであろう試練。


何も出来ない自分を悔みながらも公爵は責任をとる為に、一つ心に決めていた事がある。


それを他の者が知るのはまだ少し先のこと。




【城・壱の姫の部屋】


「今の……サフィールさんの話…本当?」


「わざわざ陛下のヴァル…それも宰相であるサフィール殿がそのような嘘をつく理由は無いだろ。信じられんような内容だが…事実だ」


壱の姫が婚約者であるアンドリューと共にお茶をしている際にサフィールは現れた。


人払いをしてその場に凛とアンドリュー、サフィールのみになってから蓮姫が禁所を解放した事を伝える。


それは凛が蓮姫と同じ王位継承権を持つ者であり、現状では彼女が次期女王最有力候補だからだ。


アンドリューは壱の姫の婚約者であり女王の親族である為、当然その内容は最上級秘密事項であり他言無用という事も踏まえてサフィールはアンドリューにも伝える。


サフィールは説明が済むと凛から勧められたお茶を断り、早々と退室した。


凛は手元にあるティーカップを撫でながら自分の向かいに座るアンドリューへと言葉をかける。


「でも……禁所って怖い能力者がたくさんいる所なのに…なんで解放なんて」


「それは俺やお前が考えたところで無意味だ。答えは弐の姫しかわからん。ただ……あの弐の姫が考えも無しに解放するとも思えんがな」


アンドリューは蓮姫を認めている。


初めは外見がタイプな事、自分に(なび)かなかった事に興味を持っていた。


しかし少ない時間だが彼女と過ごし、また反乱軍襲来時に彼女が庶民街へと赴いた事からも姫としての蓮姫に興味を持つようになった。


「……弐の姫の事…気になる?」


「気にしているのはお前の方だろう。いや、むしろ気にしないのであれば…お前はそこまでの姫でしかないがな」


「……アンドリューは…なんか…私に冷たいね」


「蘇芳殿と違って残念か?」


アンドリューは軽蔑の意味も込めて凛へと馬鹿にしたような笑みを向ける。


そんなカレの言葉と態度に凛はビクッ!と肩を震わせた。


アンドリューは自分の婚約者である凛が蘇芳を愛している事、また自分の事も(ほっ)している事を見抜いている。


「す、蘇芳と比べたりなんかしてない!アンドリューにはアンドリューの良さがあるし!蘇芳には蘇芳の良さがあって!私は二人がどっちも大切なだけで!」


慌てたように弁解する凛だがその口ぶりは誰が聞いても言い訳めいたもの。


それでも彼女を責める者はいない。


それは凛が壱の姫だから。


その境遇こそが彼女を盲目に、軽率に、駄目にしていく、と気づきながらもアンドリューは彼女へと哀れむ事はしない。


「そろそろ俺はお暇しよう。馳走になったな」


「ちょっ、ちょっと!アンドリュー怒らないで!話を聞いて!」


「怒ってなどいない。ただ俺にも皇太子としての執務や役目がある。いつまでもここで油を売っている訳にはいかん。お前も壱の姫としての責務を果たせ」


「……うん。わかった。………また来てね」


「あぁ」


アンドリューはグイッ!とティーカップに残る紅茶を飲み干すと颯爽と扉へと向かう。


ドアノブに手をかけるとその動きが止まり、ゆっくりと凛へと振り返り言葉をかけた。


「わかっているだろうが…今の話は秘密事項、他言する事は許されない。誰にも話すな。お前に尻尾を振る貴族達にもだ」


「尻尾って!?私を助けてくれる皆さんに酷い事言わないで!」


「そこはどうでもいい。……いいな。絶対に誰にも話すな」


「…………うん。わかった」


凛の言葉を聞きながらも、アンドリューは軽く彼女を睨みながら扉を閉めた。


部屋から出た瞬間に大きくため息をつくアンドリュー。


(私を助けてくれる?よくもまぁ…そんな事が言えるな。あいつらはお前に媚を売ってるだけだ。夜会やら茶会やらに呼び執務とは関係ない無駄な時間を過ごさせる…。能力者の悪口まで吹き込まれて…)


ここは世界を統べる女王の城……それも次期女王、壱の姫の部屋の前。


誰が聞いているかもわからない。


アンドリューは心の中でしか悪態をつけない息苦しさに吐き気がしそうだった。



アンドリューが退室してから数分後、凛は椅子から立ち上がると本棚の一角にある大きなベルを鳴らす。


カランカラン!と音をたてるベルは、普段メイド達を呼ぶベルよりも大きく部屋に響き渡った。


コンコン。


ベルを鳴らした数秒後、何者かが扉を叩く。


凛はその者を呼ぶ為にベルを鳴らしたのだ。


「姫様。お呼びでしょうか?」


「入って、蘇芳」


凛の言葉に促された蘇芳は、扉を開けると彼女に一礼しゆっくりと歩み寄る。


以前、誰にも告げずに凛の側から離れた蘇芳は、女王の命により凛の許可なく彼女の側を離れる事は許されなかった。


凛が婚約者であるアンドリューと会う時は、その場にはいなくとも、隣の部屋や彼等に見えない場所で待機している。


呼び出しがあれば直ぐに彼女の元へと駆けつけられるように、と。


これは凛が心から望む事だが、蘇芳が望む事ではない。


この世界において女王の命令は絶対。


それを拒む事は時に死を意味する。


もし死を免れても、蘇芳が真に愛する蓮姫に近づく事は今後難しくなるだろう。


仕方なく凛の側にいるのだ、という心境を全く感じさせない好青年の仮面を被り、彼は今日もまた自分を愛するもう一人の姫へと(ひざまず)き、その手の甲に唇を落とした。


「姫様、今日もこの蘇芳をお側に置いて下さる事、身に余る光栄です。しかし……どうなさいました?そのように悲しげな影を落とされて」


「……蘇芳には何でもお見通しだね」


自分を案ずる従者に凛は頬を薄く染めながら苦笑する。


自分は愛されているのだと。


自分を愛する男に心配をかけてしまったと。


凛は恋する少女らしい思考へと落ち着くが、蘇芳からすればその表情も言葉もわざとらしく、煩わしいだけだ。


しかし自分の目的の為にも彼は本心を一切、表には出さずに彼女の欲しい言葉をつらねる。


「何か辛い事があったのですか?お話下さい。姫様が悲しむ姿を見ると…私まで心が苦しくなります」


「蘇芳……ありがとう。本当は誰にも喋っちゃダメなんだけど…蘇芳なら信じられるから……聞いてくれる?」


「それで姫様の御心労が少しでも軽くなるのでしたら…なんなりと。御安心下さい。この胸にだけ(とど)め、他言はしないと誓います」


蘇芳の言葉を聞き、凛はサフィールから聞いた蓮姫の情報を全て蘇芳へと話してしまった。


アンドリューに他言無用と言われていたが、貴族に話すなと言われただけで蘇芳にも話してはいけない、と言われていない。


凛の中ではその屁理屈が正当化されてしまった。





「弐の姫様が……禁所を…解放…?」


凛の話を全て聞き終わった後、蘇芳は喜びに震えた。


無意識にニヤけてしまう口元を手で隠し、凛から顔を背け心の中で愛しい蓮姫を思い浮かべる。


自分からは悲しみに震えるようにしか見えない蘇芳の姿に、凛は心配そうに声をかけた。


「蘇芳…大丈夫…?」


「…………はい。申し訳ありません姫様。あまりにも今のお話が…その…衝撃的でして。姫様から思わず顔を背けるなど…無礼を」


「ううん。私もビックリしたから。蘇芳……嫌な話を聞かせてごめんなさい」


蘇芳にとっては嫌な話どころか朗報だ。


そんな事は微塵も感じない、予想すらしない凛は愛しい蘇芳を悲しませたと反省する。


凛は蘇芳に騙されている。


だがそれは彼女だけではない。


この王都で蘇芳を疑うのはユリウスとチェーザレだけ。


その二人も忌み子として世間には疎まれ、塔から出る事は殆どなく蘇芳との面識も数えるほど。


蘇芳の本心を知る者は誰一人としていないのだ。


「ねぇ蘇芳。私は……どうすればいいのかな?」


蘇芳に甘えるように寄り添うと、凛は上目遣いで彼を見つめる。


可愛らしい少女に下から見つめられても、蘇芳の心にはときめきどころか嫌悪しか湧かない。


それでも彼はいつものように優しげな笑顔を浮かべた。


「姫様は何をお悩みなのですか?」


「弐の姫が王都を出て…禁所を解放して…能力者を自由にして……それなら私は、もう一度禁所を封じたり能力者の力を消した方がいいんじゃないのかな」


凛は能力者に対して世間と同じ印象しか持っていない。


化け物のような力を持つ怖い存在だと。


それは凛が悪いわけでも考えが足りない訳でもなく、この世界の認識そのものが能力者を悪としているから。


凛の周りにいる者達が能力者を恐れているのだから、必然的に凛も能力者を恐れるようになった。


言ってみればユリウスとチェーザレ、二人と共に過ごしたからとはいえ能力者を恐れぬ蓮姫のような者の方が稀だ。


だからこそ凛は思う。


「弐の姫が壊してしまった事は、私でしか直せない。そうでしょ?それなら…私は禁所に行くべきなんじゃないかな、と思ったの。姫として」


「……しかし姫様…王都を出るとなると…道中姫様の身に危険が及ぶやもしれません。当然、護衛は将軍指揮の元、数百はつけますが…目的地である禁所は能力者の住処(すみか)。能力者が相手では…並の兵士では歯が立たない事もあります。そもそも姫様は禁所になど(おもむ)かず、此度(こたび)の件は陛下にお任せした方が良いかと」


「蘇芳は反対…なの?」


凛の表情からは意外や悲しみといった感情が見て取れる。


弐の姫の犯した失態、それを正すのは壱の姫である自分の役目だ。


禁所に行く事は勿論、王都を出る事にも抵抗があったが、それでも凛は蘇芳に進言した。


姫として成長したと、立派だと、彼に褒めて欲しかったからだ。


だからこそ蘇芳の顔が難色を示した事が凛にとって意外であり、悲しかった。


そんな彼女の心情を手に取るように熟知している男は、目を伏せながら優しく呟いた。


「姫様が自ら進んで禁所に(おもむ)こうとした事。私も誇らしく、姫様の成長を嬉しく思います。ですが……愛しい姫様の身に何かあったらと…案じてしまう。私の愚かなこの想い…お許し下さい」


あくまでも本音は蓮姫のため。


ここで凛が禁所へ行き再度封じてしまえば、蓮姫の評判はまた更に悪い方へと向かうだろう。


そもそも姫が禁所に行く事を女王が許すとは思えないが、万一のために蘇芳はわざと凛を案じたふりをする。


そしてその効果は直ぐに現れた。


「……蘇芳…ありがとう。蘇芳に心配ばかりかけられないもんね。うん、ここは陛下に任せて私は余計な事はしないでおくよ」


蘇芳の答えに余程満足したのだろう。


凛は照れたように頬を染めながらも、満面の笑みで蘇芳を抱きしめた。

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