表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/433

アビリタ解放 7



「……ジーン………私…」


「……姫…様」


顔全体をクシャクシャにして泣いている蓮姫。


ユージーンは自分が無理矢理振り向かせたというのに、彼女を見て動けず、また上手く言葉も発する事が出来なかった。


ただ呆然と蓮姫の涙に、その悲しみに衝撃を受け、何もできない。



「………私……私が…アーシェを………殺した」


「…姫様」


「っ!!私がっ!殺した!私が殺したの!アーシェを…弐の姫である私がっ!私がぁ!」



せきを切ったように蓮姫は泣きじゃくる。


悲痛な胸の内を叫ぶ彼女には、先程までの淡々とした様子は全くない。


その姿はユージーンもよく知る蓮姫。


「私が殺したの!他に何も出来なかった!何もしなかった!また…また私のせいで人が死んだ!また私は…友達を殺したんだ!」


また…とは王都でのエリックの事をさしているのだろう。


エリックは蓮姫が殺した訳ではない。


それでも蓮姫は『自分のせいで死んだ』『自分が殺した』とずっと自分を責めていた。


「私のせいで大事な人が死んでしまう!私は友達を救う事も出来ずに!殺す事しか出来なかった!私は殺す事しかしなかった!」


「……姫様」


「アーシェを苦しめるだけ苦しめてっ!私は………わたしはぁ!!」


「姫様っ!!」


グイッ!


泣き叫ぶ蓮姫の体を、ユージーンは力強く引き寄せ自分の腕の中に閉じ込めた。


強く彼女を抱きしめるユージーンの顔は、今の蓮姫と同じくらいに悲壮に満ちて今にも泣き出しそうだ。


蓮姫はユージーンの胸に顔を押し付けられながらも、自分を責め続ける。


強く押さえ込まれているため、言葉は聞き取りにくいが、それでも彼女は自分を責める事をやめなかった。


そしてユージーンも自分を責める。


(クソッ!なんで俺は気づかなかった!姫様が平気なわけ無いってのに!姫様が傷つかないわけなかったってのに!!)


ユージーンは気づいた。


蓮姫はアルシェンを殺して変わったわけでも、感情を無くしたわけでもなかったと。


涙を今まで流さなかったのは、アルシェンの死に何も感じていなかったわけではないのだ、と。


彼女は必死に泣くまいと我慢していたのだ。


友を殺した自分が、友の遺体を前にして泣く事など許されない、と。


必死に我慢して我慢して、それでもアルシェンの中にあったキメラ達の想いを無駄には出来ず、毅然とした態度でアビリタを解放した。


そうしなくては、必死に自分を奮い立たせなくては、泣き崩れて何一つ…いや、その場から動く事すら出来なかっただろう。


つい先程、面倒だ、と思っていた場面に直面したユージーン。


しかし今は面倒などとは全く思っていない。


そんな事を考える余裕すらない。


ユージーンは(ありた)めて知った。


蓮姫は強くも無情でも傲慢でもない。


蓮姫はただ弱く、優しく、不器用で、哀れなのだと。


そんな蓮姫にかける言葉を、ユージーンは知らない。


大事なモノなど既になかった彼には、彼女を慰める言葉など簡単には見つからなかった。


(俺が何を言っても姫様の涙を止める事なんて出来ない!俺が何を言っても…姫様がアーシェを殺した事実は変わらない!クソッ!俺は姫様に何一つ出来ないってのかよ!俺じゃ姫様を癒せねぇのかよ!!)


泣いている女性の慰め方などユージーンは知らない。


数多の女性にかけてきた嘘偽りの言葉の数々。


今まで自分が発言した心にも無い仮初の言葉でも、蓮姫を慰めるかもしれない。


しかし、そんな言葉は蓮姫にだけは言えなかった。


必死に思考を巡らした彼が選んだのは……。



「姫様は……弱いです」



嘘偽りの無い自分の本心を告げる事。


ユージーンの言葉に蓮姫の体はビクン!と大きく震えた。


それでもユージーンは蓮姫を離す事はせず、ただ強く抱きしめ優しく声をかける。


「俺は人の命を奪う事に抵抗はありません。俺だけじゃない。アビリタの者達にとって、アーシェやキメラの命など軽い。重要なのはキメラとしての力だけだ。でも…姫様は違ったでしょう?」


「わたし……私は…アーシェを」


「殺しました。終わらせたんです。悲しみや怒りの連鎖を。アーシェですら止められなかった、キメラの憤りを解放したんです」


「殺す事しか…出来なかった」


「いいえ。殺す事しか出来なかったのは姫様以外の人間です。俺も女王もただ殺す事しか出来ない。でも、全ての想いを受け止めて、安らかに逝かせる事が出来たのは姫様だけでした」


ユージーンや火狼、他の誰であれキメラを殺す事は不可能ではなかった。


女王ならば楽々とその命を奪えただろう。


それでも、キメラの心を鎮め、想いを受け止め、涙を流してくれるのは蓮姫だけ。


「アーシェの最後の言葉はなんでした?アーシェの最後の望みはなんでした?アーシェが笑顔を浮かべたのは何故ですか?俺の姫様はそれがわからないような方ではないでしょう?」


アルシェンは命つきる前に蓮姫へ『ありがとう』と告げた。


アルシェンの望みは友であり弐の姫である蓮姫に殺して貰う事だった。


アルシェンの最後の笑顔は…ようやく辛く悲しい運命を終わらせる事ができたから。


「姫様は弱いです。でも強くならなくていい。人の命を奪う事に慣れるような強さは、姫様には必要ありません。それでも……強がる事はしなくてはいけない。弱さや涙を見せてはいけない。姫様が望む女王となるために」


蓮姫はただ静かにユージーンの言葉へと耳を傾けていた。


「俺は姫様の望みを叶えると…共に茨の道を歩むと約束しました。アーシェの事で姫様も気づいたはずです。このままではいけないと。自分の目指す女王への道の困難を……そしてその望みはアーシェへの(とむら)いとなる」


(とむら)い?…殺したアーシェために…生きろ…なんて言うつもり?」


そんな月並みな言葉をユージーンが自分へとかけるとは、蓮姫も思っていなかった。


そしてそんな綺麗事で自分が許されるとも思っていない。


だが、このやりとりは、蓮姫には覚えがある。


エリックを失い、抜け殻のようになった蓮姫。


その時に交わした未来の自分とのやり取りにとても似ていた。


蓮姫の疑問など知るはずもないユージーンは、言葉を続ける。


「姫様が後悔し、足を止めてしまう事はアーシェへの侮辱です。アーシェの、死者の気持ちはわかりません。わかるわけない。それでも…姫様にしか作れない世界は、今この世界よりもアーシェ達が望む世界となる」


蓮姫の望む世界、目指す女王を唯一知るユージーンは断言した。


それは女王となる弐の姫である蓮姫にしかできない。


蓮姫のような理想を持つ姫などそうそういないから。


「姫様は女王となる為に進み続けなければならない。涙を見せる事も、弱音を吐く事も許されません。強がって強がって強がって…身も心もボロボロとなるまで進み続けなくてはならない。……だからこそ……」


「……ジーン?」


「だからこそ…今はただ……泣いて下さい。悲しんで下さい。弱さを…脆さを全て出して下さい。誰も見ていない。誰も聞いていない。俺の腕の中で…今はただ…弐の姫ではなく蓮姫として…アーシェの友として泣いて下さい」


「っ……ふ……ぅ……ぅうっ」


ユージーンの胸に顔をうずめながら涙を流す蓮姫。


初めは静かに嗚咽を繰り返す彼女だったが、涙は止まる事なく悲しみは増していく。


彼女は左手でユージーンの服を強く掴み、激しく泣き叫んだ。


溢れても溢れても止めどなく涙は流れていく。


蓮姫を思うままに泣かせる事を選んだユージーンは、これ以上何も告げずにただ彼女を強く抱きしめた。



これから先、蓮姫は進み続けなければならない。


今回よりも悲痛な想いをする時がくるかもしれない。


泣く事も悲しむ事も許されない時がくるかもしれない。


それでも……今だけは、今この時だけは、自分の胸の中で泣いてほしいと。





「むぐ!むぐぐぐ!!」


「しー。暴れんなよ、猫。バレちまうだろ?まぁ…多分旦那は気づいてるだろうけどさ」



少し離れた場所で木の影に隠れながら、火狼はノアールを抱いていた。


口を抑えられている為にノアールはジタバタと暴れるが、火狼にとってはささやかな抵抗でしかない。


木に背をつけて、2人とは真逆の森の中を向きながら火狼は苦笑する。



「姫さんの泣き顔は見ないでおくぜ。姫さんだって旦那にしか見せてないんだからな。旦那も旦那で姫さん最優先だから俺に気づいても何もしてないんだ。俺達は何も聞いてないし邪魔しない。だから……今は泣きなよ。…明日からまた…辛い現実が待ってるんだからさ」



誰に告げるでもなく、空を見上げながら火狼は呟いた。



明日から蓮姫はまた進まなければならない。


今回の事を女王に咎められるために、向かう先は玉華。


女王に従順な飛龍大将軍の治める土地へと。


公爵の使いにより自分が弐の姫である事を知る者が、今回の事を知る者達がいる土地へと。



弐の姫としてまた立ち向かわなくては、受け止めなくてはならない事があるだろう。



それでも蓮姫は、今この時…ただ信じる者の腕の中で泣き続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ