アビリタ解放 4
蓮姫の問いにヴェルト公爵はゆっくりと首を横に振る。
つまり答えはNO、だ。
「定期的に視察には来ておりましたが、私自身は実験に関わっておりません。私には魔力も魔術の知識もありませんので、実験には軍の魔導師やアビリタの者が行っておりました。息子には爵位を譲る際に全てを話そうと思っておりましたので…息子は何も知りません」
「そうでしたか。つまり…知っていて何もせず、見ていただけだった…と」
「全ては女王陛下の御心に従ったまでです。彼等を哀れとは思っても…罪の意識は……ありません」
「公爵様ですら…能力者の命を軽んじるのですね」
「……申し訳ありません。しかし私は公爵です。女王陛下直系の子孫であり、陛下より数多の民を預かる領主。女王陛下のご意向に…どうして逆らえましょう」
ヴェルト公爵の言葉は正論。
女王陛下より何代も前から公爵という高い爵位を受け、多くの民を預かる者が個人の感情で動くわけにはいかない。
ヴェルト公爵は蓮姫よりも、人の上に立つ者として自分の立場を理解している。
しかしそんな正論も、蓮姫を幻滅させるには十分すぎた。
(あの公爵様でさえ…王都に居た頃…庶民にも分け隔てなく接していた公爵様でさえ…アビリタに疑問を持っても行動を起こす事は無い。……これが…この世界の現状…真実なんだ)
それは蓮姫が知りたくなかった…知らなくてはならなかった、この世界の姿だった。
「弐の姫様。今回の事…私はどのように陛下に報告すべきか……正直…悩んでおります」
「陛下には、隠さず全てを報告して下さい。陛下が私を罪に問うというのなら罰も受けます」
「では弐の姫様も王都へ」
「それは出来ません」
公爵が王都へ戻るよう促すが、蓮姫はそれは拒否した。
確固たる意思を秘めた瞳で、真っ直ぐとヴェルト公爵を見据える。
「私はまだ王都へ戻るわけにはいきません。王都に居た頃の私は…何も知らなかった。知ろうとしなかった。このままこの世界の実態を知っていきたいんです。それが…弐の姫である私が、女王となる為に必要な事だと思っているからです」
「ならば……せめてこの先にある玉華にて、しばしの滞在をなさって下さい。弐の姫様のご意向も陛下へとお伝え致しましょう。陛下よりの指示を玉華でお待ち下さい。もし陛下より王都へ戻るよう命がありましたら…」
「その時は…陛下のご意思に従います」
蓮姫としてはこのまま期限まで世界を廻りたいのが本音だ。
このような禁所が…迫害される者達がまだ大勢いるかもしれない。
アビリタだけでは無いだろう、この世界の闇としっかりと向き合いたいのだ。
だが女王へと刃向かえば、それこそ反逆罪へと問われる事となる。
コレが蓮姫とヴェルト公爵、双方が 出来る最大限の譲歩だった。
「公爵様…今回の事で公爵家に御迷惑をかけるようでしたら、私の後見を外すよう陛下にお話を」
「何をおっしゃいます。そのような事をお気になさいますな。私は貴女のような弐の姫の後見である事…誇らしく思います。それは息子とて同じでしょう」
「……感謝します、公爵様」
公爵の言葉に、蓮姫は深々と頭を下げた。
「話は終わったようですね、姫様。今後、我々はどのように?」
公爵と共に戻って来た蓮姫に、ユージーンは声をかける。
彼女達の会話の内容は把握していたが、あえて彼は蓮姫の言葉を待った。
「ジーン、私達はこれから玉華へ向かう。そこで陛下からの御沙汰を待つ事になった」
「姫様のお望みのままに。アーシェはどうします?」
「禁所の外で埋葬する」
「お待ち下さい、弐の姫様。その娘はキメラであり能力者。その所有権は女王陛下にあります。遺体はこのまま軍の者が持ち帰り、王都におられる陛下へと献上させて頂きましょう」
公爵の言葉に、蓮姫は不快感をあらわにする。
自分の後見でもあり世話をしていた公爵に対して、これほど不遜な態度をとる蓮姫は初めてだ。
睨まれるような彼女の視線を受けながらも、公爵はひるまない。
いや、その動揺を表に出していないだけで困惑はしているが。
「彼女をどうするつもりですか?公爵様」
「それは陛下がお決めになる事です。どのような事であれ、私如きが口を挟む事は許されません」
「簡単に言いますね。公爵様が姫様に言えないのでしたら、変わりに申し上げましょうか」
ユージーンもまた公爵に対して不遜な態度を崩さない。
彼にとって重要なのは蓮姫のみ。
蓮姫が好ましく思わない素振りを見せたのなら、自分が礼を尽くす必要は無い、と感じたのだ。
「遺体は王都の魔導師や医者に解剖されるでしょう。実験は死んでもなお行われる。能力者の体も命も…魂ですら、女王にとっては道具でしかない」
「そこの者…ユージーンと言ったか?弐の姫様に仕える者ならば口を慎め。従者風情が女王陛下を軽んじるとは……お前の不敬は主である弐の姫様を」
「公爵様。ジーンが言った事は事実ですか?」
公爵の言葉を遮り再び問いかける蓮姫。
自分が聞きたいのはそんな話ではない、とでも言いたげだ。
「………つまらぬ憶測です。私には何も答えることは出来ません」
「ハッキリと…否定はなさらないのですね」
「先程も申し上げたように…陛下がお決めになる事ですので。弐の姫様もこれ以上お関わりになりませんよう」
「公爵様が私を心配して下さっているのはわかります。ですが…その望みは聞けません」
蓮姫は公爵にそう告げると、ユージーンの方へ……正確には彼の抱えるアルシェンへと近づく。
その場にいる誰もが蓮姫の様子を黙って見守った。
しかし彼女の次の行動は、誰もが予測しなかった事。
蓮姫は優しくアルシェンの頭を撫でると、その手を止めて目を閉じる。
すると、彼女の体からは再び光が溢れアルシェンも光へと包まれていく。
光がアルシェンの体を全て包み込むと、その遺体は跡形もなく消えてしまった。
「に、弐の姫様っ!何を!?」
「想造力で彼女を別の場所へ飛ばしました」
慌てた様子の公爵とは真逆に、蓮姫は冷静に、淡々と語る。
アルシェンを今まで抱えていたユージーンだが、軽くなった腕を見た後、両手を下へとおろした。
つまり、ユージーンの手には既にアルシェンの遺体が無いということ。
その仕草を見た公爵は蓮姫の行動が事実だと感じる。
「今すぐに遺体を戻し私に引渡し下さい!陛下への冒涜となります!」
「残念ですが、お断りします。私は陛下にアルシェンを引き渡すつもりはありません。私の行動が陛下への冒涜とおっしゃいましたが、陛下へと引き渡す事は死者への冒涜です」
「弐の姫様っ!」
「公爵様が陛下へと忠誠を誓っている事、私の身を案じて下さっている事。よくわかっています。それでも…私にも譲れないものがある。私は友を…これ以上苦しめたくはありません。陛下にはどうぞ、ありのままをお話下さい」
「…………弐の姫様。…こればかりは…陛下からの処罰はまぬがれません。今一度お考え直し下さい」
公爵はすがる思いで蓮姫へと問う。
だが、蓮姫の考えが変わるはずもない。
蓮姫は公爵の言葉には答えず、ノアールへと向いた。
「ノア。森を抜けるまではそのままの姿でいて。森の中には魔獣がいるから」
「ぐぅうううん」
ノアールは低い声で唸りながらも、蓮姫の手へと顔をすり寄せた。
蓮姫の行動に公爵は深いため息をつく。
疲労感がありありと顔に出ている公爵に、ユージーンはニッコリと笑みを浮かべて声をかけた。
その笑顔は意地悪く嫌味にしか見えない。(むしろユージーンはわざとだろう)
「姫様の意志は変わりません。ブ…女王陛下には公爵様のお好きな様にお伝え下さい」
「…貴様が……いらん事を言ったせいではないか。弐の姫様を危険に晒しただけだと…わかっているのか?」
「いいえ。姫様が後悔なさらぬようにしただけです。姫という立場ならば遺体を引き渡した後に何があったのか…いずれ知ってしまうでしょうから。公爵様がお仕えするのが女王陛下なら、俺…いえ私がお仕えするのは姫様ただお一人。姫様の命は勿論、その思想もお守りするのが従者である私の役目です」
「……弐の姫様の意志は…嘘偽りなく陛下へとお伝えしよう。その上で…陛下に進言はさせて頂く」
「我が主を思って頂き…感謝致します、公爵様」
ユージーンは胸に手を当てて公爵へと跪いた。
彼も気づいたのだ。
公爵が女王陛下へと忠誠を誓うだけではなく、弐の姫である蓮姫の事を気にかけ心配している事に。
進言とは女王から受ける罰が少しでも軽くなるように、との意味があるのだろうと。
「弐の姫様。必ず玉華にて滞在なさって下さい。もし陛下の使いが玉華へと向かった際、弐の姫様がおられなければ…なんとしてでも探し出され、罪人として王都へと強制送還。幽閉される事となりましょう」
「はい。私はこのまま玉華へと向かいます。しかし気になるのは……このアビリタの者達。…公爵様はどうされるおつもりですか?」
「陛下へと報告後…私が管理させて頂きましょう。キメラが暴走した事もあり…実験は中止されると思われます。しかし能力者を世界に放つ訳には参りません。これは能力者である彼等の命を守る為でもあります」
「……ありがとうございます、公爵様」
公爵は少なからず彼等に同情していた。
村人にこれ以上の無体を強いる訳でもなく、かといって自由にする訳でもない。
だが……今はそれが最善の策だろう。
公爵ならば他の者よりも安心して任せる事が出来る。
蓮姫は再度、深く公爵へと頭を下げた。