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アビリタ解放 1



「皆の者ぉ!!今のを見たか!!コレが弐の姫じゃ!これが!この世界の長たる女王になる娘の所業じゃあ!!」



静寂に響きわたる老女の金切り声にユージーン達が振り向くと、そこには大婆がわなわなと震えながら枝のような指を蓮姫へと向けていた。


大婆の後ろには村人達が集まっている。


初めてアビリタに足を踏み入れた時のように、ボソボソとお互いに何かを話していた。


違うのは蓮姫達に向けられる瞳には、嫌悪だけではなく恐怖の色が混じっていること。


「うわ~……めっちゃ揃ってんじゃん。なに?村人全員集合?」


「今の今まで隠れて、キメラが俺達を殺そうとするのを見ていたくせに……アーシェが死んだ途端…被害者面か」


「グルルルルル…」


村人や大婆に対し、ユージーンも火狼も、ノアールですら嫌悪感をあらわにする。


ただ一人、蓮姫はアルシェンの亡骸を抱きしめたまま、そちらを向こうとはしなかった。


「恐ろしい!自分を庇いかくまっていたアルシェンをいとも簡単に殺しおった!女王のせいでキメラとなった者達を…平然と殺しおったのじゃ!!」


「はっ!よく言うな。始めは確かにブ…女王の命令だっただろう。それがどうだ?アーシェもその母親も女王の命令だけでキメラになったわけじゃない。復讐という勝手な都合で能力者達を犠牲にしてきたのは自分達だろうが」


「弐の姫の犬め!女王の手先が何を偉そうにほざくかっ!自分達の悪事を儂らのせいにするとは!なんと忌々しい!!」


「犬はこっちだ。俺は姫様だけの従者であのブスは関係ねぇ。忌々しい?こっちのセリフだ。このくたばり損ないのクソバハア」


ユージーンは大婆の罵声に火狼を指さしながら同じく罵声で返す。


それでも大婆の罵声は止まらない。


それは蓮姫が抱えるアルシェンにも向けられた。


「そもそも弐の姫なんぞを招き自らの死を望むとはなんと愚かか!シスル直系の血筋としてなんと恥ずべきこと!儂らの悲願をいとも簡単に打ち砕きおって!この裏切り者が!アビリタの恥さらしじゃ!」


「おい旦那。俺いま…めっちゃお仕事してぇんだけど?もち俺の専売特許な。陛下への言い訳とかなんにも考えずに…()りてぇわ」


「止めねぇよ。俺もノアも()りたくて仕方ねぇからな。こいつらみてぇなクズ」


大婆の暴言にさすがの火狼も黙っていられず、怒りや殺意をむき出しにした。


アルシェンを自分達の復讐に利用してきたくせに、自らの意思で友に殺されたアルシェンの気持ちを少しも理解していない、理解できない大婆に。


ユージーンは止める事もせず、ノアールも牙をむき出しにして唸る。


むしろ先程からの大婆の発言や村人の態度にユージーン達もムカついて仕方がなかった。


蓮姫がどれだけ辛い選択をしたかも知らず、アルシェンがどれだけ悲痛な思いで蓮姫達と対峙したかも知らず、今の今まで安全な場所から見ていた彼らに。


すでに両足は走れる程に回復しているユージーン。


今すぐにでも大婆や村人に飛びかかり、その息の根を止めたかった。


「なんじゃ!儂らも殺すか!?おお!殺すがいいわい!弐の姫よ!儂らも殺せ!お主ならば簡単じゃろう!アルシェンのような哀れな娘を、涙も流さずいとも簡単に殺したお主ならばなぁ!!」


「言わせておけば!その口を無理矢理…っ!?」


ユージーン達が大婆へと踏み出す瞬間…蓮姫がスッ…と立ち上がった。


蓮姫はユージーンや大婆達の方をゆっくりと見据えた。


驚くのはその表情…瞳。


彼女の瞳は周りの者をしっかりと観ているようで、何も映していない。


何処か遠くを見つめている瞳……ユージーン達は知らないが、それは蓮姫が王都でエリックを失い抜け殻となった時とよく似ていた。


「姫様?」


「行こう。ジーン、アーシェを頼む」


「……え?」


「彼女も連れていく。私では無理だから、ジーンが抱えて」


「は、はい。しかし姫様、先に姫様の手当を」


「後でいい。そんな事より、早くアーシェを」


本音としては何よりもまず主の傷の手当てをしたかったユージーンだが、彼女の無表情さに気圧される。


ユージーンは蓮姫の命令通り、彼女のそばに横たわるアルシェンの遺体を抱き上げた。


ノアールもユージーンに続き蓮姫のそばへ行くと「クゥゥ~」とその巨体には似合わぬ声で小さく泣き、傷ついた蓮姫の右腕をペロペロと舐める。


心も体も傷つき、今のように無表情で他者に命令する……普段とはあまりに違う蓮姫が、ノアールも心配でならないようだ。


蓮姫はそんなノアールの頭を優しく撫でると、その背にまたがった。


飛んだ際、右腕がノアールへとぶつかり顔をしかめる蓮姫だったが、それも一瞬。


激痛で汗が頬を流れるが、その顔からはすぐに苦痛の表情は消え失せた。


「姫さん。無茶すんなよ」


「平気。ジーン、ノア、狼。それとアビリタの者達、私について来い」


「な、何を偉そうに命令しておる!?お主はこのアビリタからは出られぬ!かといって儂らがお主の命を聞くいわれなどないわ!!」


「ついて来ないのなら大婆はそこにいていい。他の者達……ついてきたい者だけ続け」


「ええい!その偉そうな口を閉じぬかっ!!忌々しい弐の姫め!お主なぞただの小娘ではないかっ!」


「このっ!」


「いい、ジーン。それよりも……行こう。ノア」


蓮姫に撫でながら命じられたノアールはゆっくりと歩き出す。


ゆっくり、ゆっくりと歩くのは大きな振動で蓮姫の右腕にこれ以上の負担をかけないため。


ノアールの後をユージーン、火狼も後に続く。


「何処へゆくというのじゃあ!!お主はアビリタから!この禁域からは出られぬ!一生ここから逃げる事は叶わぬのじゃ!かといって儂らはお主に同情などせぬぞ!!このアビリタにっ!弐の姫なんぞの居場所など与えてなるものかぁ!!」


後ろでわんわんと叫ぶ大婆だが、蓮姫は勿論、ユージーンも火狼も振り返る事などせずに、ただ真っ直ぐ進んでいく。


「大婆様っ!もしや弐の姫は我らの村を全て壊すつもりでは!?」


「もしくは朱雀の者に命じて森ごと焼き払うのでは!?」


「恐ろしいっ!キメラを手にかけ私達まで…やはり女王となる娘。私達の事など…なんとも思っていない!」


「大婆様っ!弐の姫を殺しましょう!」


「キメラのように殺される前に!俺達が先にあの娘を殺すべきです!大婆様!」


「大婆様っ!」


「大婆様っ!!」


長年の大婆の教育の賜物(たまもの)なのか、村人達は好き勝手に蓮姫へと悪態をつく。


正確には蓮姫に対して…ではない。


自分達が恨み、妬み、憎む女王……その後継者候補である弐の姫に対して、だ。


キメラを、アルシェンを殺した事で、村人達の憎しみも恐怖も増した。


蓮姫という一人の人間ではなく、弐の姫に対する嫌悪感が増長したのだ。


そんな村人達の反応に大婆は満足そうに笑い頷いた。


「ゆくぞ皆の衆。キメラが倒された今……女王の前に弐の姫を亡き者にしてくれようぞ」




真っ直ぐ村の奥へと蓮姫を乗せながら進むノアール。


ノアールの右隣にアルシェンを抱えたユージーン、左隣に火狼が足並みを揃えて進む。


そして少し離れて、後ろから大婆率いる村人達がついてきていた。


その様子にとっくに気づいていた蓮姫達だが、声をかける事も振り向く事もせずに前へ前へと進む。


ユージーンはいざとなったら、アルシェンの亡骸を村人達へ投げつけてでも蓮姫を守ろうと考えるが、誰一人として何も事を起こそうとはしない。


お互いがお互いの出方を見ているのだ。


しかし進んでいくうちに、誰もが蓮姫の目的地を悟る。


「……なぁ姫さん…この先って…」


「姫様。よろしいんですか?」


「…アーシェの時と同じ。コレも…私にしか出来ない事だから」


「……そうですね。…どちらにしろ…このままでは俺達はともかく…姫様は禁所からは出られない。懸命な判断だと、俺は思います」


「俺は…あんま賢い判断とは思えねぇけどなぁ」


蓮姫達が言葉を交わしていた時、村人達もザワザワと騒いでいた。


「大婆様?この先は…」


「弐の姫…今度は何をするつもりだ?大婆様…早く殺してしまった方が…」


「あの小娘……もしや…。皆の衆…まだ手を出すでないぞ。…事が成された後でも…遅くはなかろうて」


「大婆様?どういう意味ですか?」


各々の想いが交差する中……ついに目的地へと辿り着く。



あのアーチの元へと。



「ノア。降ろして」


「グルルルル」


蓮姫が声をかけると、ノアールは蓮姫が降りやすいよう伏せて体勢を低くする。


すかさずユージーンは片手でアルシェンを抱えなおすと、残った片手を蓮姫へと差し出した。


蓮姫は左手でユージーンの手に捕まるとノアールから降り、一人でアーチの前へと進んでいった。


『通さない。能力者は決して。能力者は私の世界にいらない』


アーチへと近づくと、蓮姫の脳裏には再びアーチへとこめられた先代女王の声が響く。


しかし蓮姫は動揺する素振りも見せずにただアーチへと足を進めた。


『通さない。決して出さない。私の世界に能力者はいらない』


「そうやって……何年も…何百年も…能力者を拒絶してきたの」


『決して通さない。決して。いらない。能力者なんかいらない』


「もはや貴女は女王ではない。ただの幻。アーチに残ったただの記憶。遠い昔の意思」


蓮姫は凛としたままアーチへと話しかける。


まともに話が出来るような相手ではない。


向こうはただの残留思念にしかすぎないのだから。


それがわかっていながらも、蓮姫は言葉を紡ぎ続ける。


『通さない。いらない。決して』


「いらない命なんてない。何故それがわからないの?女王として…どうしてそんな簡単な事が理解できなかったというの」


『私の世界にはいらない。能力者は通さない』


「貴女の拒絶が…たくさんの悲しみを、怒りを、憎しみを生み出した。貴女の拒絶が…たくさんの命を不幸にした」


『いらない。私の世界にはいらない。能力者はいらない』


「もはや貴女の世界じゃない。貴女の世界はとうに終わっている。……だから……」


蓮姫はそっとアーチへと触れると、めを閉じながら一言一言をゆっくり、しっかりと口にした。



「貴女も…役目を終えなさい」



蓮姫がそう呟いた直後。


キメラを…アルシェンを葬った時のように、蓮姫の全身を淡い光が包む。


つまり蓮姫は想造力を発動させた。

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