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悲運のキメラ 6



必死に蓮姫に伝えるアルシェンだが、所々にキメラの声が混じっている。


それはキメラが…弐の姫である蓮姫への殺意が、再び現れた証拠に他ならない。


「姫様。アーシェは…アルシェンは…とっくに限界だったんですよ。キメラとして成長する度に女王への怒りは増える一方。キメラとして変形する度に、心や魔力もキメラの犠牲となった能力者達に侵食(しんしょく)されていく。暴走を恐れたからこそ月光蓮を飲んでいたんです。 暴走の兆しや発作(ほっさ)が現れたら、月光蓮でキメラの一部を、自分の一部を殺して。そうやってその場を(しの)ぐしかないのなら …能力が届かず彼女が完全にキメラとなるのも近い」


「そんなっ!!?」


「蓮っ!お願いっ!!」


「姫様ならさっさと逃がす!だからアーシェ!お前もしっかり自分を保て!少しでも時間を稼げ!!」


蓮姫の肩を引きながらユージーンはアルシェンへと答えた。


アルシェンが『早く逃げてくれ』と言っていると思ったからだ。


しかし、アルシェンから出たのはここの誰もが予想だにしなかったもの。



「違うのっ!!私の願いを……聞いてぇ!!」



「アーシェ?」



「お願い…蓮……私を……私達を…殺して」



「っ!!?」



アルシェンの願い。


それは友である蓮姫に自分を殺してもらうことだった。


「…な……何言ってるの!?…そんな…そんなこと…出来るわけないじゃない!!」


「お願い……弐の姫である…貴女しか…出来ないの!」


ユージーンも火狼もノアールも、戦闘能力、殺傷力は高い。


しかし相手がキメラならばそうはいかず、魔王と呼ばれた男も、暗殺ギルドの首領も、魔獣も危ない。


彼等が危険にさらされる。


すなわち蓮姫の死へと直結するのだ。


既に満身創痍の彼等と、何度でも蘇るキメラ。


分配がどちらにあるか、など考えなくてもわかる。


しかし、この中で唯一キメラを完璧に、それも一度で殺せる人物がいた。


それが弐の姫として想造力を扱える蓮姫。


「アーシェ。貴女も姫様がどういう方かよくわかったでしょう。友を殺せるような人じゃないんですよ、俺の姫様は」


ギロリと睨みながらアルシェンへと語るユージーンだが、内心ではソレが確実に全員が生き残れる策だと理解している。


そして……それが蓮姫にとって、どれだけ残酷で、腕を砕かれる事よりも苦痛な事かも理解していた。


「蓮……お願い………『コロスコロス』 …このままじゃ…『弐の姫』……私は貴女を…『コロ』…殺してしまう」


自分が友を殺す前に、友に自分を殺してほしい。


なんと自分勝手でなんと悲しい願いか。



「…でき…ないよ……私にはできない…できないよぉっ!!」



蓮姫は泣きじゃくりながら叫んだ。


できないではない。


したくない。


自分の手でアルシェンを殺すなど…したくはない、と。


「お願い…蓮……私はもう………私じゃキメラを…私の中の皆を……おさえられない。……このままじゃ…私は私ですらなくなる。…今…生きながらえても…キメラに取り込まれて…暴走する化け物になるだけ…」


「………アーシェ……」



「お願い。貴女の友達の……アーシェとして……死なせて…」



消え入るような声…しかし強い意志をこめた瞳でアルシェンは蓮姫へと頼む。


口元に笑みを浮かべながら。


そんなアルシェンからは、少しづつキメラの声が混ざらなくなってきていた。


それはまるで、アルシェンが最後の力を振り絞っているかのよう。


「私だけじゃない。…私の中の……キメラとなった人達も……本当は辛いの…悲しんでるの」


「……アーシェ……でも…私はっ!」


「怒りのまま生き長らえるのは……とても辛いの。…誰かを…世界を憎みながら生きるのは…とても悲しいの。私達は……もうそんな風に生きる事に…疲れてしまった」


能力者であるがゆえに禁所へと追いやられ、閉じ込められた。


能力者であるがゆえにキメラとなった。


能力者であるがゆえに女王に利用された。


能力者であるがゆえに大婆や他の村人の復讐に利用された。


能力者であるがゆえに…女王を…世界を…自分自身が能力者である事を憎み、悲しみ、怒り、呪い続けてきた命。



この数多の命が幸福だと……誰が思うだろうか。



「もう……終わりたい。…終わらせて?貴女の手で…」


「…アーシェ……それでも…私…」


「アーシェ。お前の話はよくわかった。だが、姫様にそんな事をさせるわけにはいかない。死ぬのが望みなら協力してやる。ただし、俺とノアと犬とで、だ」


切々と頼むアルシェンに首を縦に振れない蓮姫。


しかしアルシェンがキメラへと戻る時間は刻一刻と迫っている。


不毛な押し問答はもういい、とユージーンは二人に口を挟んだ。


アルシェンはそんなユージーンに苦笑を返すと、そっと目を閉じた。


「……わかりました。蓮、嫌なお願いをして…本当にごめんなさい」


「……アーシェ…」


「どちらにしろ同じだものね。それなら…罪悪感を持たない人の方がいいに決まってる。それでも…私は貴女に殺してほしかった。女王を憎んできた私達が…弐の姫である貴女に殺される事で…許されたかったのかもしれない。でも…そんな事が許されるはずもなかった。世界に必要とされない、一方的に拒絶された私達には…」


「っ!!?」


アルシェンの最後の言葉に、蓮姫の脳裏には過去の自分の姿が映った。


弐の姫であるがゆえに世界に拒絶された蓮姫。


弐の姫であるがゆえに一方的に疎まれ続けた日々。


ほんの1ヶ月か2ヶ月程前だというのに……とても遠い過去のようで昨日のようにハッキリと思い出せる。


拒絶され生きていく辛さは……蓮姫が一番よく理解していた。


蓮姫は一度俯いて、左手を爪がくい込むまで握り締めた。


「……ジーン……離して…」


「……姫様?なにを?」



「…わかったよ……アーシェ。……貴女の望みを…私が…叶える」



「っ!!?姫様!?」


「………ありがとう……蓮」



蓮姫は俯きながら、自分の肩に置いてあるユージーンの手を離す。


「ジーン、ノア、狼。お前達は下がっていろ。手を出すな」


「…姫…様?」


普段の蓮姫とはまるで違う口調にユージーンは戸惑う。


口調だけではない。


彼女の声も彼女が纏う空気も……今までの蓮姫とは違う。


(姫様……今『あんた』じゃなくて『お前』つったか。それに…『手を出さないで』じゃなくて『手を出すな』?…なんで…急に…)


これまで蓮姫はユージーンに暴言を吐こうとも、理不尽な事を言っても、それこそ手や足が出た時だってこんな風に彼をモノのように扱ったりはしなかった。


こんな他人を上から見るような、傍若無人な物言いなどした事はなかった。


蓮姫の変わりようにユージーンは呆然としながらも、彼女の命令を聞き入れ一歩さがった。


そのまま火狼やノアールにも目配せをする。


蓮姫の意志に従え、と。


ユージーンが離れた事を感じると、蓮姫はアルシェンへと手を伸ばした。


右腕は骨が折れていたので左腕だけで力強く抱き締める。


異形の姿に変わったアルシェンの左半身……ゴツゴツとした(うろこ)で覆われた背中に手を回し、精一杯自分の体へと密着させた。



「アーシェ……貴女の望みを叶える。貴女の友として…弐の姫として」


「ありがとう。本当に……ありがとう…蓮姫」


「……私、アーシェに『(れん)』って呼ばれるの…好きだった。弐の姫だってわかっても…『蓮姫(れんき)』じゃなくて私が教えた『蓮』の方を呼んでくれて……弐の姫じゃなくて私を見てくれてる…そう思えたから」


「……そうだったの。なら……お言葉に甘えて…最後まで『蓮』と呼ばせてもらうわ」



最初の言葉はユージーンへと向けたモノと同じで固い口調だった蓮姫。


しかしその後は…普段アーシェと会話していた時と同じ、優しく女の子らしい口調に戻った。


この場にいるのは、ただの年頃の女の子が2人。


ただの友達の2人……それでも…残酷な運命は彼女達を分かつ。


蓮姫はその運命を選び、受け入れた。


短い会話を交わすと、二人は同時に目を閉じる。


蓮姫が意識を集中していくと、蓮姫の体は薄い光に包まれ輝き出した。


それは蓮姫から移るようにアルシェンも光へと包まれていく。



つまり……蓮姫がアルシェンを…アルシェンを含めたキメラを殺そうとしている、ということ。


「………数多(あまた)の命。もう悲しまなくていい…憤らなくていい……憎まくていい。…安らかに…眠って」


蓮姫が声をかけると、段々アルシェンの体から力が抜けていく。


アルシェンの姿も人へと戻っていき、両方の瞼がゆっくりと下がっていった。



「……アーシェ」


「私もね……貴女に…蓮にアーシェって…呼ばれるの…好きだったわ。呼ばれるたびに…私は…貴女の友達なんだって……嬉しかった」


「私達…似た者同士だったんだね」


「……そうね。…あり…がと…私の…大好きな…とも…だ…ち……れ…ん…」


「…おやすみなさい。……アーシェ」



アルシェンは蓮姫の腕の中で、ゆっくりと息を引き取った。



幸せそうに…笑顔を浮かべたまま。



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