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悲運のキメラ 5


真っ直ぐとアルシェンを見つめる蓮姫の瞳には、疑心や恐怖など欠片もない。


その光景にアルシェンだけでなく、火狼も驚いた。


(おいおい……今まさに殺されかけたんだぜ?あ~あ…汗かいて口もひきつって…まぁ、あの腕じゃ当然だな。それなのに…姫さんってばお人好しだね~。……旦那が怖ぇから口にはしねぇけど)


火狼は呆れたように小さくため息をはいた。


いや、実際呆れているだろう。


しかし評価もしている。


止めどなく血が流れる痛々しい右腕…その痛みをこらえる事のできる精神力…そして友を信じる蓮姫の人となりを。


火狼以上に蓮姫をよく知るユージーンは、黙って蓮姫やアルシェンの出方を見ていた。


わざと殺気をアルシェンへと向け、警戒を怠らない。


それはユージーンが跨るノアールも同じだった。


三方向から別々の視線を受けながら、アルシェンはポツリポツリと話し出した。


「私は…幼い頃にキメラになったの。母と同じで…私も能力者だったから」


「それは軍の…女王陛下の命令で?」


「いいえ。能力者達は様々な経由でキメラとなったわ。女王の命令により軍の魔導師にキメラにされた者、自らの意思でキメラと同化した者。そして……大婆様の(めい)でキメラとなった者。私は大婆様の命がきっかけで、自分の意思でキメラになった」


「自分の意思……どうして?」


今まで蓮姫達が調べてきた内容をまとめたら、キメラとなった者達は被害者だ。


自分の意思など関係なく、女王の身勝手な理由で醜い化け物にされた…そう思っていた。


「初めの頃は…一方的に強い殺傷能力を持つ者がキメラにされた、と聞いたわ。でも…時がたつにつれ…私達アビリタの考えは変わっていったの」


「どうせ『キメラとなって女王を廃する』とかだろ?女王すら止められないキメラとなり復讐する…そう考える奴が現れた…ってとこか」


「………その通りです、ユージーン殿。ソレを指揮し、能力者達を(あお)ったのが大婆様でした」


あの老婆ならそうだろう…と3人は同時に心の中で呟いた。


大婆本人がキメラとならなかったのは、アビリタ中の村人を煽り復讐心や女王抹殺の正当性を植え付けるためだろう。


「私が幼い頃に…母がキメラとなったのは教えたわよね?蓮…私がキメラとなった一番の理由は…母なの」


「お母さんが…原因?」


「母がキメラと同化した際、キメラとなった能力者達の怒りが頂点に達したのよ。キメラの暴走が始まった。何人もの村人がキメラに殺され、建物も森も破壊された。…村人は勿論、軍の者達ですら……キメラを 止められる者は誰もいなかった。………私以外は…」


「アーシェ以外?どういうことなの?」


「ソレが……私の能力だから」


アルシェンは自分の両手を見つめながら呟く。


なんの変哲もない、ただの女の手だ。


それでもアルシェンはギュッと思い切り両手を握り締めた。


忌々しい…とでもいうように。


「私の能力は『怒りを(しず)める事』。私が触れた者は…誰であろうと怒りが収まるの。一時的でしかないけど…それでも些細な苛立ちから強い殺意を引き起こす憎悪まで鎮められる」


「『怒りを鎮める』…ねぇ。能力としてはショボい気もすっけど……まぁ、あの化け物が暴れてた時なら、まさしく渡りに船、地獄に仏、って感じだったんじゃん?」


「はい。他の能力者や村人が必死にキメラを押さえ込んだ瞬間、私はキメラに触れて怒りを鎮めました」


「それと……アーシェがキメラになったのと…なんの関係があるの?」


蓮姫の問いにアルシェンが答えようとしたその時、アルシェンは苦痛の表情を浮かべてギュッと右手で胸をおさえた。


ハァハァと呼吸も荒くなっている。


「アーシェ!?どうしたの!?」


「……ぅ、……くっ…はぁ……大…丈夫…。なんでもないわ」


「でもっ!」


「大丈夫……まだ…大丈夫だから」


蓮姫がアルシェンの肩に怪我をしていない左手を置いて顔をのぞき込むと、その顔は真っ青だった。


力なく笑うその表情に、蓮姫は彼女の言葉を信じることはできない。


それでも『大丈夫』とアルシェンは言葉を続ける。


「母は…子供の頃から大婆様に女王への恨みを聞いて育った。私が生まれて能力者だった事を悲しみ…その悲しみが怒りや恨みへと変わり…女王へと向けられた」


「能力者ならばキメラの材料となる懸念(けねん)が払えない。閉鎖されたこの村の中ですら、娘が天寿を全うする事は難しい…と思ったんでしょう」


「その通りです、ユージーン殿。そして母は…いえ、母も私もシスルの直系の子孫。能力者同士の婚姻も一番多かった家系。それ故に生まれ持った魔力も他の村人より郡を抜いています。母がキメラの一部となった時…母の恨みや魔力がキメラを暴走させるきっかけとなってしまった。……だからこそ…私もキメラの一部となったのです。母や犠牲になった者達の怒りを鎮めるために」


幼いアルシェンには暴走したキメラ…暴れる化け物が母の苦しんだ姿に見えたのかもしれない…。


そう思った蓮姫は彼女の心痛を感じ、何も言えなかった。


代わりにアルシェンへ声をかけたのは火狼。


「アーシェちゃんが自分の意思でキメラになったってのはわかったぜ。キメラと姫さんが初めて会った時も、そばにアーシェちゃんがいたのもこれで納得。だってキメラがアーシェちゃんなんだからよ。でもよ…俺らと一緒に飯食ったり寝たりもしたじゃん?キメラじゃなくてアーシェちゃんとしてさ。それってどゆことなん?」


火狼の問いはもっともだった。


キメラとアルシェンが同時に蓮姫達の前に出た事はない。


同一の存在なのだから当然だろう。


しかし…キメラが化け物になったり、一人の女に変わったりとはどういう事なのか?


そもそも、キメラは初めて会った時も今も、本気で蓮姫を殺そうとした。


しかし蓮姫達と過ごし、蓮姫を案じていたアルシェンも嘘では無いだろう。


「そんなんは俺でもわかる。簡単だ。キメラとなった者達の中で、アルシェンが一番魔力が強いんだろ。それに『怒りを鎮める能力』とやらでキメラの暴走だけでなく、キメラとしての存在すら押さえ込んでる。違うか?アーシェ」


「本当に…ユージーン殿は聡い方ですね。今おっしゃられた通りです。日常生活ではアルシェンとして、自分の中のキメラを鎮めながら生きています。それでも…常に、とはいきません。身の危険を感じたり…大婆様の(めい)で軍や青龍達を牽制(けんせい)する時にはキメラの自己防衛本能や、女王への怒りが急激に増してキメラとなる事もありました。私はキメラの一部であり、キメラもまた私の一部です。ただキメラとなった者達、キメラの中で存在している意識の中では、一番正気を(たも)ち、キメラの中の総意を従える事ができる」


「従える…とは言うが、それも完璧じゃないんだろ?だから月光蓮を飲んでた。…違うか?」


「っ!!?…そこまで…ご存知だったんですね。…蓮……貴女も知っていたの?」


「……ごめんなさい。私が…ジーンに命令したの。…アーシェの家を…探るようにって」


「謝らないで。私はもっと酷い事を貴女にしてしまったのだから」


そう言うとアルシェンは、痛々しい蓮姫の右手をそっと撫でた。


痛みでビクッ!と体が強ばる蓮姫だが、アルシェンをこれ以上追い込まないために今度は蓮姫の方が「大丈夫」と力なく答える。


それでもアルシェンの後悔は、懺悔は変わらない……むしろ大きくなるだけ。


気丈に振る舞おうとする蓮姫の姿に、アルシェンの方が苦しそうに眉を寄せる。


「ごめんなさい……蓮…本当に…っ!?ぐ……ぅああっ!!」


「アーシェっ!?」


再びアルシェンは自分の胸を強く押さえ込んだ。


先程のように…いや、先程よりも強い異変。


体がガクガクと震え出し呼吸が荒くなるが、それだけではない。



「……蓮っ……『にの』………逃げ……『コロ』………『姫は…ロス』……逃げてぇ!!」



アルシェンの声に混じりながらも、幾人(いくにん)もの声が、アルシェンの口から発せられる。



弐の姫を殺す…と。



「っ!?姫様!アーシェから離れて下さい!!」


「げっ!アーシェちゃん!?体が…尻尾…蛇まで出てきてんぞ!?」



アルシェンの体……左半身がバキバキと音をたて、徐々に変形していく。


左足は獣の足へと変わり、スカートからは二股に別れた蛇がお互いを喰い殺す勢いで激しく暴れながら生えてきた。


左腕は肥大していき、肩から骨や角のようなものが出て肉を突き破る。


背中の服がビリビリと破れたかと思うと、その背には魚のような(うろこ)がブツブツと浮かんできた。


顔の左半分も目が大きくつり上がり、口は段々と裂けて牙が覗いている。


アルシェンがキメラへと戻ろうとしているのだ。


そう直感したユージーンはノアールから片足で下りると、蓮姫をアルシェンから引きはがそうとした。


だが、蓮姫はそれを拒むように暴れる。


「離してっ!ジーン!このままじゃアーシェがっ!」


「アーシェよりも姫様の方が危ないんですっ!キメラに戻ったら姫様が一番に狙われる!俺だってまだ完全には回復していない!大人しく言う事を聞いて下さいっ!!」


「そんなっ!じゃあアーシェはどうなるの!?」


キメラがアルシェンであると知った蓮姫には、当然の疑問。


しかしそれに答えるユージーン達の答えも当然のもの。


アルシェンがキメラだろうと当初の予定に変更はない。



キメラを……アルシェンを殺すだけ。



しかしそんな事を言い出したら蓮姫がどう出るかなど、ユージーンにも火狼にも簡単に予測はできた。


ノアールも火狼も今すぐにでもアルシェンへと攻撃をしかけたい。


しかしアルシェンと蓮姫の距離が近すぎる為、あえて動かない…動けないでいた。


動けたのは、何度でもその身を訂して蓮姫を守れるユージーンだけ。


「姫様っ!何度言わせる気ですか!今は自分の事だけ心配して下さい!!」


「アーシェ!しっかりして!アーシェっ!!」


ユージーンの言葉など聞こえていない、という風に蓮姫はアルシェンへと声をかけ続ける。


「……蓮……私は…ぅっ……『コロ』……今までキメラの……『弐の』……怒りを…鎮め……『姫を殺』……私の中の…キメラを…おさえてきた」


「アーシェ!?」


「でも…女王への…『コロ』…恨みや怒りは……年々強くなる…だけ。…私は……私じゃもう…『コロス』…キメラとなった人達の……怒りを…鎮めきれない。今までだって…『弐の』……何度も…暴走しようとした……『弐の姫を』…その度に……月光蓮を…飲んで…しのいでいた…『コロス』…けど…ぅうっ!!」

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