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悲運のキメラ 4


キメラの首は火狼の炎によって確かに切り落とされた。


しかし炎の中で燃やされ続けたためか、その顔は完全には再生出来ておらず、その歪さ不完全さゆえに先程よりも不気味に映る。


ノアールが再び首を食いちぎろうとキメラに向かって勢い良く飛び出した。


しかし人の手と同じ形をしたキメラの前足が、飛びかかる前にがっしりとノアールをつかんだ。


スピードも増している。


キメラはノアールをチラリとも見ずに、ギリギリと爪を突き立てながら握り締めた。


「グ………グギャ…」


「ノア!?」


肉や骨が軋む痛みにノアールは必死に意識を保とうとする。


意識を失ってしまえば、直ぐに普段の仔猫の姿に戻りキメラに握りつぶされるだろう。


これで蓮姫を守る者、全てがキメラによって捕らえられた。


彼女を守るのは彼女だけ……自分でしか自分を守れない。


蓮姫は結界を張ろうと意識を集中するが、キメラの方が早かった。


キメラはユージーンにしたように大きく手を振り、蓮姫を近くの木へとふき飛ばす。


先程より軽い力だったようだが、蓮姫は木にぶつかった衝撃で血を吐きながらズルズルと幹に沿って地面へと座り込む。


(ぐ……やばい…私も内臓……やられたかも…)


あまりの痛さに立ち上がる事も出来ない蓮姫。


これでは結界も満足に張れないだろう。


しかしそんな彼女の状態なぞキメラには関係ない。


むしろ好機だった。


キメラはノアールを後方へ放り投げると、二人を下敷きにしている後ろ足に力を込めて飛び上がった。


火狼は力を振り絞って結界を強めたがその体は結界ごと地面へとめり込んだ。


ユージーンは体の殆どを潰されたが、必死に蓮姫へと叫ぶ。


「姫、様!逃げ、で!」


しかし彼の望みは叶わない。


蓮姫も上空から飛びかかる大きな影に命の危機を感じ、とっさに逃げようとした。


痛みをこらえながら左手を地面へとつき、飛び出そうとする蓮姫。


だが………それでも遅かった。


ボキィッ!!


キメラの前足……人型の手が蓮姫の右腕へと振り落とされる。


「ぅあああぁぁあぁ!!」


折られたなど生ぬるい。


キメラの一撃により、蓮姫の右腕の骨は粉々に砕かれた。


「…う、あ…ぅで……がぁ…」


あまりの痛さに右腕を投げ出したまま横向きにうずくまる蓮姫。


千切れてはいないが、かろうじて肉や皮で繋がり骨も飛び出ている。


あまりにもグロテスクな自分の右腕を見るだけで痛みが増していき、涙が止めどなく溢れてきた。


少し動かすだけで……いや、呼吸をする際の(わず)かな振動でさえ痛みを増長し、蓮姫はその場から動く事も出来ない。


そんな彼女に………キメラは容赦なく、その大きく(わに)のような口を開いた。


「姫……ざ、まっ!!」


「く…そがぁ!!」


「グァアア!!」


ユージーンと火狼はろくに動かない体を無視し魔術を発動させ、放られたノアールも血を流しながらもキメラへと向かう。


それでも………キメラの方が早い。


「っ、ひぃっ!!」


死への恐怖、得体の知れないキメラに噛み砕かれて死ぬ……と覚悟した蓮姫はギュッと目をつむる。


キメラのひときわ鋭い大きな牙が蓮姫の頭に触れる瞬間…



「ダメぇっ!!」



ある女の声が響きわたった。






いつまでたっても来ない衝撃に…蓮姫が恐る恐る目を開けて顔を上げると…


そこにはピタリと動きを止めていた、大きなキメラの口があった。


後ろの二人もノアールも、その場で固まっている。


魔術発動やキメラに襲い掛かる寸前、彼等は気づいたのだ。


先ほどまでがウソのように…蓮姫へと向けられていたキメラからの殺気が感じられない事に。


動きを止めて殺気すらも無くしたキメラ。


しかし、今まさに殺されかけた蓮姫にとって、キメラが動かない以上に重要な事があった。


「…今の……今の…声って」


蓮姫がキメラに向かって呟くと、キメラは徐々に、小さくなり女の姿へと形を成していく。


その女は、蓮姫達もよく知る…女だった。



「………ア…シェ……アーシェ…なの?」


「蓮……ごめんなさい…ごめんなさいっ!!蓮っ!!」



アルシェンは崩れるように膝をつくと、両手で顔を覆いながら泣き出し、まるで壊れたオルゴールのように何度も何度も繰り返し謝る。


何故アルシェンが?


蓮姫には理解出来なかった。


いや、本当は気づいた、わかってしまった。


それでも……自分が出したその結論を拒否するように、自分自身の考えから逃げようとしたのだ。


だが、そんなモノは意味が無い。


蓮姫やアルシェンの代わりに言葉を紡いだのは、ユージーンだった。



「…アーシェ……お前も…キメラの材料だったんだな」



その言葉に、アルシェンはビクッ!と大きく体を震わせた。


ユージーンは潰された下半身を引きずりながら、無事だった両手を使ってズリズリとほふく前進の形でアルシェンへと近づく。


その姿は間抜けにしか映らないだろう。


しかしユージーンの紅い瞳は、殺気を込めたままアルシェンから逸らそうとはしない。


「っ!!ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」


「謝れば許してもらえるとでも思ったか?謝れば…姫様や俺が情けをかけるとでも?謝れば…姫様を殺そうとした事実が……消えるとでも?」


「違いますっ!!そんな事…私はっ!」


「あ~あ~。…な~んで俺ってこんなに女運が無いかねぇ。姫さんといいアーシェちゃんといい…いい女ばっか殺さなきゃなんねぇとはさ」


火狼もユージーンに続くように、ゆっくりとアルシェンとの距離を縮めていた。


右手に炎を(まと)いながら、言葉とは裏腹にその(みどり)の瞳には迷いも後悔も未練も無い。


あるのはただ殺気のみ。


ノアールもグルル…と唸り、今にもアルシェンへと飛び掛ろうとした。


「アーシェ…?本当に…貴女も…キメラの…」


弱々しく口にした言葉だったが、蓮姫にはそれ以上を紡ぐ事はでき無かった。


友人に対して、化け物の材料…などと言葉にしたくなかったから。


「ごめんなさい…蓮。…私…私もキメラの一部だったの。…大婆様に言われて…貴女を殺すようにって言われて…」


「………アーシェ……」


やはり…自分は能力者とは相容れないのか?


やはり自分を…弐の姫を能力者は受け入れないのか?


悲しみが蓮姫の中を満たそうしたが、それは思いがけないアルシェンの行動により、とどめられる。


アルシェンはガバッ!とその場に土下座した。


「でも出来ないっ!やっぱり出来ないっ!私はっ!蓮を殺すなんてっ!私には出来ないぃ!!ごめんなさいっ!酷い事をしてごめんなさいっ!!」


うわぁあ!!とその場に泣き崩れるアルシェン。


ユージーンや火狼はそんな彼女を冷めた目で見ていた。


しかし、今まさに殺されかけた女は違う。


「アーシェ…。大婆様の命令だって言ったよね?どうして大婆様は…私を?」


「大婆様は……大婆様は女王や姫を殺す事が正義だと思ってる。女王や姫の存在が…私達能力者にとっての害だって。女王や女王になる姫、女王に従う者、女王を支持する者、女王を守る者…全てを殺さなくちゃ…私達が生きる道は無いって。だから…能力者の為、アビリタの為に、弐の姫を殺せと」


「それなのに……どうして…私を殺さなかったの?」


「だって!!蓮は…蓮は私の友達だものっ!弐の姫とか!能力者とか関係ないっ!私は蓮が…貴女が好きだからっ!殺すなんて…出来ないよぉっ!」


「っ!?」


地面に伏しながら泣き叫ぶアルシェンの姿に……蓮姫も涙が溢れそうになった。


今までの境遇のせいか、自分を友だと言ってくれる存在に蓮姫は通常の人よりも感慨深くなってしまう。


「アー……っ!?」


アルシェンの名を呼び立ち上がろうとした蓮姫だが、右腕に激痛が走った。


当然だろう……彼女の腕は、既に腕としては機能しておらず、ただただ激痛を発する発信源でしかないのだから。


そんな蓮姫よりも重症なユージーンは、ノアールを手招きするとその背に乗りアルシェンへと近づいた。


常人ならば死んでいる……いや生きていても、その痛みで発狂しかねない程の傷を負いながらも、ユージーンは苦痛をおくびにも出さずにアルシェンへと冷めた目を向けた。


「殺せないのなら……お前が死ぬしかないだろ、アーシェ」


「ジーンっ!!?ぅっ!!」


「姫様、喋るのも辛いのでしょう?おとなしく黙って見届けて下さい」


蓮姫へと優しい声音で語りかけるユージーンだが、その瞳は自分の主へとは向けずアルシェンを見据えたまま。


チラリとでも目を逸らそうとはしない。


それは火狼もノアールも同じだった。


確かに今のアルシェンからは殺気は感じられず、いまの言葉も信用できるかもしれない。


しかし、だからといって油断や安心などできるはずもなかった。


今この場において味方はキメラと対峙した者だけ。


アビリタの村人達は全員がグル。


仮にアルシェンが本気で蓮姫を殺したくないと言っても、キメラとなった能力者達の総意ではないはず。


またキメラとなって自分達を襲う可能性は充分ある。


だがそんな男達の意見を無視してきた蓮姫の行動は、今度も同じだった。


蓮姫は骨が砕けた場所を避けるように、右肩をおさえ、ゆっくりと立ち上がる。


「姫さん?おいおい無茶してんなよな」


「姫様…お願いですから、おとなしくしていて下さい」


男二人の声がまるで聞こえない、とでもいうように蓮姫はヨロヨロとアルシェンへと近づく。


痛みのせいか蓮姫の足はカクカクと揺れ、一歩踏み出すだけで転びそうだ。


歩く度に振動が体や右腕に響き、苦痛に顔を歪め、全身を脂汗が流れる。


それでも……泣き出し、叫び、喚きたいのを堪えながら…蓮姫は歩みを止めない。


「姫様…お願いですから…」


「……ジーン…私は…大丈夫」


「何を言って」


「お願いだから…大丈夫…だから」


ユージーンの言葉を遮り、彼の言葉をそっくり返しながら蓮姫はユージーンへと声をかける。


「…お願い……」


「……危険と判断したら、俺は直ぐに動きますよ」


「……わかってる」


蓮姫への危険は百も承知だが、ユージーンはあえて彼女の好きなようにさせた。


彼女の意思を尊重するように、そしてキメラが蓮姫を襲いやすいようにわざと隙を作る。


コレがアルシェンの猿芝居だった時に直ぐに化けの皮を剥いで殺せるようにだ。


蓮姫が一歩づつアルシェンへと近づいてなかで、ユージーンはノアールの柔らかい毛皮をギュッと握り締める。


それは『アルシェンが少しでも怪しい動きをすれば、構わず飛びかかれ』という合図であり、ノアールもその意図に気づいたのか小さく唸った。


「……アー…シェ……ッグゥ!」


アルシェンの目の前まで来た蓮姫は、ドサリ!と力尽きたかのように、その場に膝をつく。


「……蓮…私………私は…」


「お願い…アーシェ。話して……貴女やキメラの事を。私は…貴女の言葉を信じる」


「っ!?…れ…ん?」


「だから……お願い。聞かせて…」

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