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悲運のキメラ 3


「グギィアアァァア!!」


ノアールに噛み付かれたキメラは甲高い悲鳴のような叫びを上げ、頭をブンブンと大きく振る。


ノアールは振り払われないように更に右目へと牙を食い込ませ、必死にしがみついた。


蓮姫の思いをくみ取ったノアールによって助けられた火狼は、この隙に詠唱を始める。


右手を二本だけ立て胸元…朱雀特有の痣の前へと当てながら、早口で唱えた。


「我が身に継がれし紅蓮の炎よ。(おおとり)の爪の如く、我に仇なす者を引き裂き(えぐ)れ。朱雀の(えん)(おおとり)鋭爪(えいそう)!」


詠唱が終わり右手を前へと出すと、火狼の体から炎の鳥が現れる。


それは鳥というにはあまりに大きく、今のノアールよりも巨大。


その鳥は真っ直ぐキメラへと向かうと、存在感の強い大きく鋭利な爪でキメラの首を切り落とした。


首を落とされたキメラだが、それでも首を振るのをやめずに暴れる。


ノアールはピョン!とキメラから飛び降り距離をとる。


キメラは離れたノアールを探すようにバタバタと暴れながら、ドスン!!と大きな音を立てて倒れてしまった。


「こ、これでもまだ……終わっていないの?」


「……あぁ…そうさ、姫さん」


不安げに話す蓮姫へと答える火狼。


振り向く事はせずにその視線はキメラから離しはしない。


後ろ姿だけでも蓮姫には彼がどんな顔をしているのか予想ができた。


いつもの余裕めいた飄々とした顔は確実にしていない、不安と焦りがありありと現れているのだろう、と。


「…旦那が吹っ飛ばされた時から嫌な予感がしてっけどよ……コイツは……っ!!?」


火狼が言葉を紡いでいる最中。


キメラの斬られた首元からはビクビクと血が吹き出てきた。


切り落とされた首はゴロゴロと動きだし、まるで体へ戻ろうとしているかのよう。


「く、首が!?キメラの体がっ!?」


「おい猫!首だけでいい!噛み砕け!!」


火狼はノアールへと叫びながら、アルシェンの家でみせたように大きく右手を回しながら高く上げる。


チラリと蓮姫を見たノアールだが、コクリと頷く彼女を見て火狼の命令を受け入れて、自分の体程あるキメラの首へと噛み付いた。


バキバキと音を立ててキメラの首を喰いちぎるノアール。


蓮姫はノアールといえど、そのおぞましく恐ろしい光景から目を逸らす。


そんな中かまわずキメラを見据えながら詠唱を唱える火狼。


「我が身に継がれし紅蓮の炎よ!(おおとり)の翼が起こす竜巻の如く、…以下略!朱雀の(えん)火焔鳳翔(かえんおうしょう)(こう)!」


長い詠唱だったのか、火狼は途中で詠唱を止めるとキメラへと右手を向ける。


火狼の身体から放たれた炎の鳥は、先ほどと同じように真っ直ぐキメラへと向かう。


旋回しながらキメラの上を飛び回る鳥の尾からは、更に炎が放たれキメラを火柱に包み込んだ。


轟音とともに燃え上がる炎の威力は先程の比ではない。


激しく燃える炎の中で、のたうちまわるように暴れるキメラ。


「ゲホッ!ゲホッ……朱雀の(えん)…朱雀しか使えねぇ強力な炎術。こればかりは俺も使えやしねぇ」


「ジーンっ!!」


「はい姫様。貴女のユージ…ゲホゲホっ!!」


キメラに払い飛ばされたユージーンが、いつの間にか戻って来ていた。


頭から血をボタボタ、ダラダラと垂らしながら歩いている様は彼が美形な為に不気味にも映る。


さすがのユージーンも深手なのか、右手で左の脇腹を押さえ左足は引きずっていた。


「ジーン!?怪我したの!?」


「ゲフッ……ブッ。…そりゃあ、かなりの力でふっ飛ばされましたし崩れた家の下敷きになりましたからね。内臓と骨をいくつか…あと足もやられました。ハァ…顔もちょっとヤバかったんですが、姫様にこれ以上顔の事でやいやい言われたくないのと、姫様に無様な顔を(さら)すのは絶対に嫌でしたのでソコは自力で…ゲホッ、なんとか見れるくらいには治しましたけど」


よれよれと力なく歩き、いつもの軽口をたたくユージーンだが、その目は燃え盛る火柱を鋭く見つめている。


チラリとユージーンが火狼の方を見ると火狼は険しい顔で深くため息をついた。


「……これでも殺せねぇってんだろ。ハッ!朱雀の(おさ)としてこれ以上の屈辱はねぇぜ」


「だろうな。ノア、その頭は噛み砕いてもいいが飲み込むなよ。ゲホッ…材料になった能力者や魔獣が毒や呪いを持ってるとも限らないからな。……って、姫様!?」


ユージーン達が会話をしている中、蓮姫は自分を守っていた結界を消してユージーンへと歩み寄り腕を掴んだ。


「じっとしてて。今治すから。キメラが動けない今しかちゃんと治せないでしょ」


「姫様!俺は死なないんですから無駄に力を使わないで下さい!!ちゃんと自分の身を守る事だけ考えて下さいと言ったじゃないですか!」


「死ななくても弱ってたら戦力は下がるでしょ!いらない見栄で苦手な回復系の魔術まで使ったんだから!おとなしく治されろ!命令だバカ!!」


蓮姫から命令という言葉が出るとグッ…と言葉につまるユージーン。


その隙に蓮姫は彼の脇腹に触れると意識を集中して想造力を発動させた。


「ようわからんラブコメ中に申し訳ねぇんだけどさ……旦那。コイツは」


「あぁ。もう一つの想定外。嬉しくない事態が発覚しやがった。俺の魔術から抜け出せたのはそういう事だろうよ」


「どういう事?」


蓮姫が二人に尋ねた直後、火柱の中でキメラが大きく音を立てて崩れた。


その音に心なしかホッとする蓮姫だが、二人の男もノアールも表情は全く和らいでいない。


「姫様。安心するのは早すぎます。コイツはまた直ぐに回復する」


「そ、そうだった。でも…あれだけ強力な魔術を何回も使えば…」


「……あんまそれはしたくねぇな。むしろしない方がいい」


「どういう意味?狼」


一度殺しただけでは死なないキメラ。


何度も殺す必要があるならば強力な魔術を叩き込むのが普通だろう。


しかし、それはかえって自分達の首を締める事に繋がると、ユージーン達は気づいてしまった。


「コイツは一度受けた魔術に耐性が出来るんですよ。さっきは俺が足を凍らせましたが、一度目よりも2度目の方が遥かに早く抜け出せた。『こんなのもう効かねぇよバカ』って言われた気分でしたよ」


「つまり、俺や旦那が強力な魔術を使えば使うほどに効かなくなる。このキメラがあと何回殺せば死ぬのかはわかんねぇけど……コイツが死ぬ前に俺達の魔術のレパートリーがなくなっちまえば、それこそもう無理ってわけ」


「そんな……じゃあ……」


やっぱり自分が想造力で倒すしかない…と考えた蓮姫だが、アルシェンの顔が脳裏に浮かぶと躊躇(ためら)いが心の中をしめる。


アルシェンの母も過去のアビリタの能力者達もキメラの犠牲となった。


ソレがわかっていながら殺せるのか?


女王の個人的都合で造られたキメラを弐の姫の個人的都合で殺していいのか?と。


(所詮…能力者は女王や姫の都合で利用され殺される……そんな事…)


蓮姫の中には迷いしかない。


こんな状態で想造力を使いキメラを殺すなど無理。


むしろ自殺行為だろう。


「姫様。アホな考えをおこしてる暇があったら今すぐ結界を張って下さい。キメラがいつ回復するかもわかりませんし、内臓くらいならもう治りましたから」


「で、でも…ジーン…」


「姫様のおっしゃりたい事もわかります。でもそんな事は時間の無駄です」


ユージーンは辛辣(しんらつ)な言葉を口にしながらも、蓮姫の手を優しく自分の腹部から外す。


チラリとノアールの方を見てみると、キメラの首は既に肉塊と化していた。


(あんだけすりゃ首は大丈夫だろ。問題は本体だ。あと……何回殺しゃあいいってんだ)


不死身のユージーンにとっては全身の骨が折られようと、内臓全てを潰されようと、体をバラバラにされようと大した事ではない。


むしろこんな奴を相手にしなくてはいけないキメラの方こそ哀れだ。


しかしユージーンには守るべき者がいる。


守るべき……彼にとって今現在、一番の重荷で足手まといである蓮姫が。


それでも、彼女を見捨てる選択肢はない。


彼女の意思を、想いを捨てて、このキメラ……アビリタから逃げる事もしない。


彼女と行動を共にするうちに、ユージーンは蓮姫に従順なヴァルへと近づいている。


だが


ソレがいけなかったのだ。


「おい犬。中の様子が全く見えねぇだろ。いつまで燃やしてんだ」


キメラを包む火柱は未だに消えておらず、天高くまで燃え上がっていた。


それは術者である火狼が魔術を使い続けている証拠。


長時間の魔術使用は当然術者への負担も大きくなる。


しかし火狼は魔術をとかずにユージーンへとこたえた。


「奴が死ぬまで……というか、ぶっちゃけると…術をときたくねぇんだよ。消しちまったら直ぐに飛びかかってくんじゃねぇか、ってな」


「なに朱雀の頭領がビビってんだよ。そもそも消そうが燃やしたままだろうが結果は同じだろ。むしろ炎で結界を作って閉じ込めた隙に時間をかせいだ方が…」


男二人の会話の最中、蓮姫は火柱へと目を向ける。


するとゾクリ!と強烈な寒気が全身をかけ巡った。


「ジ」


「弐ノひめぇえええぇえ!!」


蓮姫がユージーンへ声をかけようとした瞬間、火柱から全身黒く焼けただれた巨体が飛び出してきた。


意表をつかれた三人だったが、ユージーンは反射的に蓮姫を突き飛ばす。


「きゃあぁああ!!」


蓮姫が突き飛ばされた直後。


キメラの巨体はユージーンと火狼の体を直撃……押しつぶした。


「グッ!」


「ガハッ!」


キメラの後ろ足がそれぞれの体の上にのしかかる。


巨大な獣に踏まれただけではなく、距離をとって飛び乗られた状態。


地面へと近かった右足で踏まれたユージーンはかなりの衝撃を受けた。


うつ伏せの状態で肩から下は地面へとめり込んでいる。


キメラの重すぎる体重や先程の衝撃で、骨が折れている様子がバキバキという耳を塞ぎたくなるような生々しい音。


蓮姫が治したばかりの内臓や骨は無残にもまた壊された。


キメラの後ろ足からのぞくユージーンの顔は苦悶に満ちている。


火狼は仰向けの状態で腹から下を押さえつけられる形だが、蓮姫を庇わなかった分ユージーンよりも時間が稼げた。


そのため結界を自身の周りのみに発動させ、両腕で潰されないよう必死にキメラの足を押し返している。


しかしユージーンよりも直接的な被害が無いだけで、メリメリと圧迫されていた。


圧死するのは時間の問題。


「ジーン!?狼!?」


ユージーンに突き飛ばされた衝撃で倒れていた蓮姫は、肘をつきながら上体を起こし叫んだ。


キメラはただれた顔をジィ…と蓮姫へと向ける。


顔全体が黒く焦げ、肉が見えるほどに焼けただれていてもわかる。


獲物をしとめる目。


キメラを包む、蓮姫だけに向けたおぞましい程の殺気。


火柱の中から感じた寒気の原因はこれだったのか、と蓮姫は悟ったが今さら気づいても何もできやしない。

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