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悲運のキメラ 1


大きな衝撃音と共に爆風が家の中へと吹き込む。


あまりの衝撃に驚き蓮姫達も立ち上がり、音の方へと体と目を向ける。


爆風でなびく髪を片手でおさえながら、蓮姫はもう片方でノアールを抱きかかえた。


「な、なにっ!?」


「姫様!俺の後ろへ!!」


「うわぁっ!な、なんだぁ!?」


爆煙の中、音の正体もわからぬが、3人は無意識に蓮姫を中心にして陣形を固めた。


何故急に大砲でも撃たれたかのように、家の壁が吹き飛んだのか?


だが、何かによる襲撃だと3人は判断した。


そして煙が晴れていく中、徐々にその正体が現れる。


1番最初に反応したのは……1度ソレに対して強い恐怖を味わった蓮姫だった。


森の中で出会った、この世のものとは思えぬおぞましい獣。


幾多の命が犠牲となり造り出されたモノ。


このアビリタに住む能力者達の成れの果ての姿。


そう


キメラが。


「…ぁ…あの時の……キメ…ラ」


「姫様。大丈夫です。今度はノアだけじゃない。俺がいます。俺が姫様を必ず守り抜きます」


「…は……はは……旦那ったら…かっくい~。コレ目の前にしてよく言えんぜ…」


ガタガタと震える身体、あの時のような強烈な吐き気を必死におさえながら蓮姫は倒れないようにするのがやっと。


怯える蓮姫を落ち着かせるように呟くユージーンだが、後ろにいる彼女から見えないだけで彼も冷や汗をかいていた。


そんなユージーンの様子に気づいていた火狼も、普段のように軽口をたたくが……普段とは違い語尾が少し震えている。


3人が今まさに対峙し、壁を破壊したその正体…キメラの頭部についた女の顔は蓮姫を見つめるとカタカタと震える口で言葉を発した。


「ぁ………コ……ロ………弐の………ひ…め」


女の顔から紡がれる声は…幾人もの声が混ざりあっている。


キメラに取り込まれた者達の声が重なっているのか、聞き取るのも難しい。


だが、今の言葉で一つだけわかった。


「狙いは姫様か。……女王や姫を許せない本能が、怨嗟(えんさ)がソレを言わせるか…はたまた操る者がいるのか?」


「悠長に解説してんなよ!姫さん狙いなら俺ら確実にやべぇじゃんか!!」


「私を…?どうして…っ」


蓮姫の脳裏にはふと大婆の姿が浮かんだ。


あの老婆は女王は勿論、自分の事も毛嫌いしている。


姫という理由だけで…。


そうさせる境遇の中で育った彼女、禁所へ追いやられた先祖からの恨み、長い人生の中で何人もの能力者が犠牲となる姿を見てきたであろう老婆。


魔女のような風貌以上に、彼女の心が邪になるのは安易に想像できる。


「まさか…大婆様の……」


「可能性は十分あります。アビリタの連中は揃いも揃って女王の被害者。姫様が姫という理由だけで勝手に毛嫌いし、恨み、殺意も抱く。しかし村人は俺達に対して全く干渉をしていない。大婆の(めい)を馬鹿正直に聞いている。つまり大婆ならば村全体を動かせる。村人は大婆の命令に忠実。キメラですら俺達の前に姿を現さなかった。このキメラを俺達…いえ、姫様へとけしかけた大元は…大婆でしょうね。そしてそれは…大婆がキメラを操る可能性の高さも意味しています」


ユージーンが言っているのは、あくまでも可能性の話。


だが、二人は以前自分達で立てた仮説を信じた故に失敗している。


アクアリアでは蓮姫が危険にさらされた事もあり、ユージーンは言葉を紡ぎながらも更に推測を重ねていた。


しかし、そんな悠長な時間は今は与えられない。


「ノア」


「…ぐ………グルルルルル」


ユージーンは後ろを振り向かずにノアールを呼ぶと、彼の意図を悟ったかのようにノアールは蓮姫の腕から抜け出すと巨大化する。


「姫様。ここは俺と犬がなんとかします。大技も食らわせるつもりなのでノアに乗ってとりあえず逃げて下さい」


「に、逃げるったって…何処に!?」


「いやそこは自分で考えて下さいよ。何の為に頭ついてんですか?飾りですか?ソレ」


「……よし。後で蹴る」


蓮姫が危ない発言をしノアールの背に乗った瞬間、ノアールはドアに向かって突進してドアどころか周りの壁ごと突き破って家の外へと飛び出た。


扉や壁が壊れる程の衝撃。


蓮姫は振り落とされないよう、必死にノアールの背にしがみついた。


キメラが壁を突き破った時と同じように、周りには煙や砂埃が立ち込め、木片がバラバラと散っていく。


「げほっげほっ。ノア…凄いね。でも……家をあんなに壊しちゃって…後でアーシェに謝らなきゃ」


普通に考えれば謝って済む問題ではない。


家の両側にでかい穴を開けられた上に、これからユージーン達が更に破壊する事も安易に想像できる。


「アーシェは嫌がるかもだけど……想造力で直せないかな?……あれ?ノア…どうして止まるの?」


アルシェンの家から飛び出し村の中央まで走っていたノアールだったが、ふいにその足が止まる。


周りをキョロキョロとするわけでもない。


真っ直ぐと前を向いているが、アメジストのような瞳は何かを警戒している。


前方に誰かいるのか?


キメラが追ってきたのか?


そう考えた蓮姫だが周りの景色を見回すと、ある違和感を覚えた。


「なに?やけに暗い。……ていうか…暗すぎる」


元々この禁所は女王の治める王都や、国家であるロゼリアに比べれば街灯等もなく夜は比較的に暗い。


だが、この暗闇はそれだけではない。


「明かりのついてる家が…一個もない。……どういうこと?………ノア」


蓮姫に声をかけられ、彼女の意図がわかったノアールは再び走り出した。


今度は突き進むような走りではなく、慎重に。


蓮姫を乗せたノアールが家を飛び出た直後、当然あのキメラも蓮姫を追いかけようとした。


しかしキメラは動く事が出来なかった。


キメラの両足と()が氷で覆われ、床ごと凍っていたからだ。


「…弐……姫………コロ………じゃ…ま……ス…ナ」


「邪魔するに決まってんだろ。折角逃げた俺の姫様を追わせるか。てめえはここで……粉々にしてやんよ」


「…氷結系の下級魔術、蒼き錠枷【クリスタル・ロック】かよ。しかも詠唱無しとか。まぁ…確かにこれならコイツも動け」


バキバキッ!!


「……ないわけじゃないのね。やっぱさ」


キメラは必死に足を氷から抜こうと力を込めている。


あまりの強さにキメラを文字通り足止めしていた氷は、音を立てて今にも砕けそうだ。


その様子を火狼は落胆の表情で眺めるが、ユージーンは違った。


その表情は『想定内だ』とでも言わんばかりに落ち着いている。


「だろうよ。こんなんで済むとは最初(ハナ)から考えちゃいねぇ。……なら…とっておきをくらわせてやるだけだ」


「だ、旦那?なにをなさるおつもりで?」


「この家ごとコイツを凍らせる」


「はぁ!?ちょ、ちょっと待てよ!家ごとって!!」


火狼の言葉を無視し、ユージーンは両手を広げたかと思うと直ぐに胸の前へ引き円を描くように動かす。


紅い瞳はキメラを見据えたまま、詠唱を始めた。


(こご)える闇に囚われた亡者よ。我が(めい)に従い我が前に立ちふさがる者を囚えよ。蒼氷(そうひょう)(おり)に閉じ込め汝らの闇へと(いざな)え。…氷結しろ!」


「げっ!?ソレって!!」


「蒼き冥府の檻【クリスタル・ケイジ】!」


「くっそ!」


ユージーンが両手を前に押し出し、術名を叫ぶ直前、火狼は右手を回しながら天を指した。


直後


ユージーンの両手からは絶対零度の突風がキメラ目掛け放出され、火狼の周辺からは凄まじい勢いで火柱が立ち昇る。


ドォオオン!!


ユージーンの術はキメラを凍らせるだけでなく、アルシェンの家も、その付近の木や草、地面までも一瞬で氷に包む。


またあまりの突風に家具や壁が音を立てて崩れた。


そして火狼の生み出した火柱は轟音と共に天井を突き抜け、空高くまで燃え上がった。


大きすぎる衝撃と爆音にその場から離れていた蓮姫とノアールもそれを受け、体勢を崩しそうになる。


「な、なに!?あの火柱!?あっちって…アーシェの家じゃない!?あの馬鹿二人!なにしてんのよ!?ノア!戻って!!」


蓮姫の命令にノアールは答えるように咆哮すると、直ぐさま元の道を駆け出した。





…パキ………パキ……



ユージーンは火柱を背に凍りついたキメラへと近づく。


一歩進む度に凍った床がパキパキと音を立てるが、それは表面だけで氷が砕ける様子はない。


キメラはユージーン達を襲おうと大きく口を開けたまま、氷の彫刻のように固まっていた。


アルシェンの母である女の顔も苦痛の表情を浮かべ、目も口も開いたままに凍っている。


「……まだ油断はできねぇけど…さすがにこれなら、そう簡単には抜け出せねぇだろ。一応…砕いてはおくけどな」


ユージーンがパチン、と指を鳴らした直後……大きな音を立ててキメラはバラバラに砕け散った。


砕けた氷は後方の火柱にキラキラと照らされているが、所々に血や肉片が混じり赤やピンクに輝く。


その中心に(たたず)むユージーン。


氷が砕けた衝撃で髪がなびき、そして彼の周りを肉片や血の塊がキラキラと舞い散る。


「……氷結系は…これだからいいんだよな…」


赤い氷の粒を見つめながら、うっとりと狂気じみた笑みを浮かべるユージーン。


その風景も彼も、とても残酷で狂気的なのに…ただただ美しく映る。


ユージーンが踵を返し家を出ようと足を進めると、火柱が上の方から段々と消えていく。


全ての火柱が消えた後、そこには疲弊した火狼がいた。


「巨大な火柱で自分を包み込み、俺の術から逃れたのか。詠唱無しでそれだけの炎術を出すあたり…曲がりなりにも朱雀の長だな」


「…ハァ……ハァ………お…お褒め頂き…どうも……ゼェ…」


「俺としちゃ、そのままお前もくたばってくれた方が良かったんだけどな。姫様のためにも」


「…か……勘弁してよ…マジで…」


ユージーンの言葉はあながち冗談ではない。


攻撃系の魔術は基本、術者に害は及ばない。


どれだけ周りを氷の大地にしても、灼熱の炎で燃やし尽くしても、術者には傷一つないのだ。


またそれは術者本人でなくとも、術者自らが守護する術を予めかけていた者も含まれる。


それ以外には術者以上の力の持ち主やその術を更に上回る魔術ならば、その力を相殺する事も出来る。


それがわかっていながら、ユージーンは躊躇(ちゅうちょ)なく、火狼が逃げ出す時間も待たずに魔術を放った。


それはユージーンが火狼の力量をハッキリと知りたかった、という意図も含まれている。


朱雀の長ならば咄嗟に結界を貼るなり、得意の炎術を使う事は想像出来た。


しかし疲労しているとはいえ詠唱も無しに、あれだけ強力な火柱を生み出したのは想定外。


結果ユージーンは、火狼の実力はかなり高い、という嫌な事実を知ってしまった。


「…ハァ……ハァ…ハァ~……少しは…落ち着いたぁ…。…つーか旦那こそホントのホントにナニモンだよ。詠唱無しに蒼き錠枷【クリスタル・ロック】があれだけ広範囲、それも一瞬で出るとか…見た事勿論、聞いた事も無いんだけど」


先程から二人が口にしている詠唱。


魔術を繰り出す際には呪文の詠唱が必要になる。


詠唱する事で身体中の魔力を集め、高めるからだ。


また自分の中だけではなく、自然界に存在している魔力を自分へと引き寄せる意味もある。


どのような魔術にも詠唱はあるが、慣れてくると詠唱無しでも使用は可能。


だが詠唱を行わない場合は、時間が短縮される代わりに威力が半減してしまう。

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