アビリタを探れ 9
「助けられたはずなの!私がもっとちゃんと!反乱軍や世界の事を知ってたら!何か出来たかもしれないのにっ!!今みたいに想造力を使えれば!リックだって死ななかった!それなのにっ!!」
「ずっと……そのリックという人の事を…悔やんでいたのね」
「後悔なんて…私には……許されない。あの子を死なせた……あの子を殺した私には…そんな資格も無い。それでも……私が弐の姫だったから失われた命なら……私が弐の姫だからそこ出来る事で…償いたいの。償わなきゃいけないの」
「…償いの為に…蓮は女王になるの?」
そう蓮姫に尋ねるアルシェンの顔には翳りがある。
その理由は明白。
この蓮姫の女王となる動機は、現女王がアビリタの者達に行っている行為の動機と近いものがあるからだ。
女王は自らの立場を利用し、アビリタの者を犠牲にしている。
しかしその大きな理由は自分の子供達を救いたいからだ。
認められる事ではないが、彼女の母としての子を想う気持ちがそうさせる。
誰かのために何かをする。
その想いは、時として他者を顧みずに犠牲を出す事もある。
そして女王となれば、誰を犠牲にしようと誰を傷つけようと、世界は咎めない。
大元の理由は素晴らしいのかもしれない。
しかし、その想いにのみ囚われては、周りを見る目が霞んでいく。
「最初は…償いだった。あの子を死なせてしまった私が…あの子のように、争いの犠牲が出ないような世界を作らなきゃ…て、そう思ってた。でも……ここに来て…アビリタに来て思ったの。本当に私は…何も知らないんだって」
「蓮……知らない事は恥ではないわ。私達の事は女王が、世界が隠してきた事。むしろ知らない方が…蓮には良かったのかもしれないわね」
アルシェンは後悔していた。
禁域に入った彼女達をアビリタへ招いてしまった事に。
大婆の家へと案内してしまった事に。
彼女がアビリタの歴史を知ってしまった事に。
この短い間で、アルシェンは蓮の性格をよく理解した。
他人の事を想いやる彼女が、アビリタの事実を聞いて傷つかない訳が無い。
噂通りの弐の姫で、アビリタの事を他人事で片付けてしまうような無能だったなら、どれだけアルシェン自身も楽だったことか。
「そんな事言わないで!アーシェは…この村の人達は…私の…弐の姫の事なんて嫌いなのはわかってる。むしろ来なければ良かったのにって思われても仕方ない。でもね…私はこのアビリタに来れて良かった。陛下や先代女王のした事を知れて…良かった。だって、知ってしまえば同じ過ちを繰り返さないようにできる。改善だっていくらでもできる」
そう告げる蓮姫は、真っ直ぐにアルシェンへと向き合っていた。
嘘偽りの無い瞳。
蓮姫はこのアビリタの現状を黙って見過ごせるような姫ではないのだから。
「そういえば……さっきアーシェに聞かれた事に…ちゃんと答えてなかったよね」
アルシェンに問われた事、とは彼女が…弐の姫である蓮姫が女王となれば世界は変わるのか、というもの。
そんな事は誰にもわからない。
蓮姫自体にも自分の未来などわかるはずは無いのだ。
仮に蓮姫が女王となったとして、そう簡単に収まる問題でもない。
それでも
「世界を変える為に…私は女王になりたい。誰かが理不尽に傷つく世界なんて…私は許せない。認めたくなんかない」
「………蓮」
「絶対に女王になって世界を変えるんだ!なんて言い切れなくてごめんね。でも……変えなきゃいけない。誰かが動かなきゃ変わるはずないんだ。それが女王にしか出来ないのなら…私は女王になりたい」
女王にならなくてはいけない。
そう思っていた蓮姫。
しかし心から『女王となりたい』と願ったのはコレが初めてだった。
「蓮………ありがとう。その言葉だけで…私は救われる。貴女というお友達が出来た事…それだけで…今まで生きてきた事に意味ができた」
「アーシェ?それって…どういう?」
「蓮。私は今日、帰りが遅くなるわ。どれほどになるかわからないから、夕食を頼んでもいい?」
「それは構わないけど…どうしたの?何か用事?」
「……ちょっと、ね。でも心配しないで。先に休んでて大丈夫だから」
「……う、うん」
言葉を濁し誤魔化そうとするアルシェンに、蓮姫も戸惑ったように返した。
何故かはわからないが、蓮姫にはアルシェンの言葉や様子が何処か引っかかる。
「蓮。例のアーチだけど…不用意に触っては駄目よ。貴女が姫で想造力が使えるのならば…何かしらの反応を示すかもしれない。そうなっては……女王陛下に咎められる。…罪を問われるわ」
「うん……わかった。約束する」
「よかった。それじゃあ私はもう行くわね。一人で…大丈夫?」
「大丈夫だよ。一人じゃないから」
「でも…あの子は寝ているんでしょ?」
「ふふ。大丈夫大丈夫。別な護衛がいるからさ。心配してくれてありがとう、アーシェ」
蓮姫からの礼を受けると、アルシェンは直ぐに来た道を戻る。
が、数歩先で急に立ち止まると蓮姫の方を振り向いた。
「蓮!」
「っ!?ビックリした。どうしたの?」
「私!貴女が好きよ!とってもとっても!蓮は大好きな友達だから!」
「え、えぇ!?わ、私も大好きだけど…どうしたの?急に」
「ふふっ。ちゃんと伝えておきたかったの。じゃあね!」
アルシェンは大きく蓮姫に手を振ると再び歩き出した。
今度は一度も振り向かずに。
蓮姫はアルシェンが見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
アルシェンが見えなくなり手を振るのをやめると、蓮姫は手をゆっくりと下ろし、目を閉じて深く息を吸い込み、ふぅ…と吐いた。
そして後ろを振り向かないまま口を開く。
「………で?いつまで隠れてるの?さっさと出てきたら?」
「ありゃ?バレてたんだ。完全に気配消してたってのに…凄ぇじゃん、姫さん」
蓮姫に声をかけられ、火狼はガサガサと音を立てながら草むらから出てきた。
狼の姿のため、わかりづらいがその顔は心なしか驚きの表情を浮かべている。
「泣く子も黙る朱雀の頭領がかくれんぼ?盗み聞きなんて趣味が悪いんじゃない?」
「そう言うなって。見目麗しい乙女達の会話に男が入るのは悪ぃって思ったから、ここでジッとしてたんじゃん。偉くね?俺」
「ホント、ジーンと狼って似てるね。私の周りってこんな男しか集まらないのかな。だとしたらめっちゃ男運無いかも」
「こんだけのイケメン捕まえて、姫さん結構贅沢な事言うね。旦那なんて俺以上なんにさ」
『ま、今の俺は狼だけどな~』と火狼はケタケタ笑いながら答える。
それでも内心、蓮姫に対しての印象を改めていた。
(俺の…朱雀の気配に気づくなんざ、並大抵の奴にゃ出来ねぇ。それをアッサリ見破りやがった。さっきの姫さんの言い分からして、随分前から気づいて……ん?てことは)
「姫さ~ん。さっき言ってた護衛ってもしかして」
「狼以外に誰がいるっての?」
「あの猫は?」
「ノアは寝てる……っていうか、寝かせた。想造力で」
そういう彼女が服の胸元を開くと、寝ているノアールがチラリと覗く。
が、当然彼女の白い肌も外気にさらされる訳で…。
「あ~らら~。姫さん大サービス?」
「バカじゃないの?そもそもノアで見えないでしょうが」
「いやぁ~、綺麗なデコルテを見れただけで俺の狼な部分が元気になりそうだわ」
「バカ確定。後でジーンに言いつけるから」
「ソレって死刑宣告じゃん。つーか、なんでコイツ寝てんのよ。しかもそんな羨ましい場所で」
蓮姫はスウスウと寝息をたてながら丸まっているノアールを一撫ですると、襟元を正しながら火狼へと説明する。
「大婆様に話を聞いてから、ノアが暴れて仕方なかったの。ずっと抱っこしてたんだけど、離したらすぐ大婆様の家に戻りそうで」
「だから想造力で眠らせたんね。なに?そんなに猫が怒るような事を姫さんは婆さんに言われたん?」
ノアールは主に忠実な魔王猫だ。
そのノアールが主の制止を聞かずに暴れようとしたのならば、ソレは主が危険にさらされたか侮辱されたかだろう。
そう考えて口にした火狼だが、蓮姫はフルフルと首を振った。
「大婆様は真実や自分の想いを口にしただけだよ。私がむしろ失礼な事を言っちゃった。でも、ノアはそうは感じない。だから…悪いとは思ったけど眠らせておいたの。あ、ここに入れたのはあったかかったから」
大婆に罵声を受けても、蓮姫はソレを受け止める。
火狼も彼女が何を言われたのかは薄々感づいていた。
ソレを掘り返した所で自分に利はないし、蓮姫に再度嫌な想いをさせるのも利はない。
むしろ蓮姫にそんな想いをさせたら、先程の死刑宣告が現実味をおびてくる。
火狼はユージーンの蓮姫以外に見せる殺気のこもった紅い瞳を思い出し、ブルリと身体を震わせた。
(確実にえげつないやり方で殺されんな、俺)
ユージーンは暗殺ギルドの頭領すらも恐れさせる。
それ程の力量と経験があるのだと、火狼は確信していた。
今はお互いの利害が一致している為に一緒に行動しているだけ。
それでも火狼にとって今の状況はありがたい。
標的である蓮姫には手も足も出せないが、代わりに彼女やユージーンの力量を知る事が難なく出来たのだから。
「それで?狼はあんな所で何をしてたの?」
「俺かい?俺は言われた通りに情報収集させてもらってたぜ」
「こんな町の外れには誰もいないように見えるんだけど」
「ちゃんと話は聞いてきたぜ。結構有力情報もあるしな。んで、試しに俺もアーチとやらを見て、ついでに出れるかどうか試そうと思ってたんよ」
犬のように尻尾を振りながら人懐っこく話す火狼。
だが、蓮姫には正直に全てを話したりはしない。
そんな必要はないし、蓮姫も自分が嘘つきだということをちゃんと理解している。
しかし嘘ばかりではなく、話を聞いたのは本当。
ただしアビリタの者からでなく、自分の部下からだが。
「有力情報…ね」
「姫さんにとっても大事な話だと思うぜ。まぁ、詳しくはアーシェちゃんの家に戻ってから旦那と一緒に話すよ」
『何より腹減ったしな~』と軽く笑う火狼を、蓮姫はじ…と見つめるだけで追求はしない。
何かを隠しているのはわかるが、どうせ追求しても答えるはずはない。
何もかもを話させるのではなく、自分から探るのも大切だと、蓮姫は先程の大婆との会話で学んでいた。
「………そうだね。ジーンもお腹空いてるはずだし…そろそろ帰ろう」
「あいよ~。……ん?つーか姫さんさぁ、ホントに俺が護衛でいいわけぇ?自分で言うのもなんだけどよ…俺、姫さんの事を殺すのがお仕事なんだけど?」
「わかってるのにわざわざ自分で言うんだ?でもいいよ。私、別に気にしないから」
「いや、それはダメだろ姫さん。俺に言われたくないだろうけどよ…んな簡単に他人を信用しちゃいかんぜ。今は殺さない。確かに約束したし俺もその気は無ぇけど、だからってさ~」
もはや蓮姫を殺すどころか、彼女を思って説得する始末。
火狼は呆れたように彼女を諭そうとした。
それでも蓮姫は気にしない、むしろそんな話は興味ない、とでもいうように髪をいじりながら火狼へと声をかけた。
「気にしないって本人が言ってるからいいんじゃない?」
「そ~れが、よくないって言ってんだけどなぁ~」
そんな蓮姫の態度に、火狼も先程の彼女への評価を取り消そうかとも思った。
(やっぱ、ただの世間知らずでいい子ちゃんなお姫さんかねぇ)
だが、火狼の考えを否定するように蓮姫は答えた。
「別に全く気にしてない訳じゃないよ。むしろ今朝までは気にしてたし、狼と二人なんて絶対に嫌だった」
「………可愛い子にハッキリ言われると傷つくんだけど…」
「でも今は気にしない。だって昨日や今朝まではジーンの隙とか私の動きとかを探るように見てたけど…今は本気で私を殺そうとしてないでしょ?」
「っ!?」
「理由は言わなくてもいいよ。私もただ、なんとなくそう思っただけだしね。だから気にしないの。わかった?」