アビリタを探れ 8
命を惜しまない部下に対して、なんと冷めた意見だろうか。
しかしこれこそ火狼の本心だ。
弐の姫暗殺は一族の誇りを持って行わなければならない。
だが、そこまで熱くなる必要なんてない。
何より、火狼はユージーンの正体はわからずとも、彼の特性は誰よりも理解した。
仮に蓮姫を殺したとしても、ユージーンからそれ以上の報復……最悪、朱雀を皆殺しにもしかねないだろう、と。
「………なぁ、青龍の奴等が禁所に来んのっていつだ?」
「は?青龍…ですか?確か……今晩だったかと…」
「今晩ね。よし……お前ら、ちょっと頼みがある」
「っ!は!なんなりと!」
「お前ら帰れ。勿論全員な」
「は?」
頭領から下された命令は、彼等には理解できないものだった。
「な、何をおっしゃいますか!?我らは任務を遂行する為に!」
「おう。任務遂行の為にさっさと帰ってくれや」
「っ!いい加減になさいませ!先代が聞いたら嘆きますぞ!!」
男達の中でも、特に年配の者が火狼を怒鳴る。
しかしその言葉に、火狼の顔からは一気に表情が消えた。
「……先代が…なんだって…?」
「っ!?も、申し訳………ぐっ!」
火狼は男の顔面を右手で覆うように掴むと、ギリギリと力を加える。
男は何か喋ろうとするも上手く息すら出来ないのか、まともに言葉は出てはこない。
「先代?親父はもう死んだだろうが。今の朱雀は俺だ。俺が朱雀だ。それとも何か?純血じゃねぇ狼風情にゃ従えねぇのか?」
「そ、その……よ…な………こ………とは…」
「あぁ。お前、親父の下にずっとついてたもんなぁ。親父が恋しくでもなったかよ。なら……こんなトコでぐずぐずしてねぇで…さっさと会いに逝きな」
ゴォッ!!
瞬間、男の顔面を抑えていた火狼の右手から赤い炎が放たれる。
男はバタバタと暴れ、腕から、炎から逃れようとするが叶わず。
断末魔すら上手く上げられずに果てた。
火狼が右手を離すと、ドサリと倒れ込む男の遺体。
その首から上は真っ黒く炭のように煙が立ち上がり、顔の分別などできはしない。
無表情に遺体を見下ろす火狼の姿に、無残に焼け焦げた仲間の姿に、かの暗殺ギルド朱雀の者達ですら恐怖を覚える。
だが次の瞬間、火狼は部下達へと振り向くと満面の笑みを浮かべた。
人を一人殺した後だというのに……朱雀達にはその姿が、その笑顔が不気味で仕方がない。
恐怖を抱く彼等に気づいていながらも、火狼は何事もなかったかのように話し出す。
「今回の弐の姫暗殺だけどよ。しくじったらそれこそ朱雀にとってもよろしくない、だろ?誰の依頼だろうと姫を殺そうってんだからな。女王陛下が黙ってるはずがねぇ。だからこそ今回は長期戦で慎重に、尚且つ俺単独でいこうって思ってんのさ。つー訳で今回はこのまま帰ってくれ。悪く思うなよ、お前らを信用してねぇ訳じゃねぇんだ」
「は、はぁ。しかし……雇い主は…」
「そっちは俺が何とかすっから心配すんな。お前らには里の事や朱雀に来た他の依頼を頼みたい。やれるな?」
「も、勿論です…頭領」
「よし!んじゃ悪いけど帰ってくれ!弐の姫の件は俺に一任って事で頼むな。あ!あと、コレの片付け…つーか、どっかの獣にでも喰わせといてくれ」
コレ…と指さしたのは火狼が先程焼き殺した部下の遺体。
自分の部下を手にかけたというのに、火狼はゴミでも扱うかのように言い捨てた。
そんな頭領の笑顔に再び恐怖を覚える部下達は、一礼すると遺体を担いでその場から離れようとする。
「あ、待て。ちょっと聞きてぇんだけどよ……残火はどうしてる?」
残火……と告げた時だけ、火狼の顔に少しだけ人間味のある表情が戻る。
しかし部下はそれに気づく事なく、聞かれた事にのみ答えた。
「残火様…ですか?あの方ならば、里にて子供らに勉学を指南されていますが」
「つまり、いつもと変わんねぇんだな。今回の事……残火の耳には入れるなよ。聞けばアイツの事だ…ぜってぇ勝手な真似すっからな。何か聞かれても適当に流しとけ」
「は、はぁ。わかりました」
「頼むぜ。弐の姫の件は俺に一任。残火には伏せる。コレ頭領からの最重要命令だからな。他の奴等にも伝えといてくれ」
それだけ言い捨てると、火狼は狼の姿へと戻り来た道を戻る。
残された朱雀達も思うところはあったが、誰一人口にする事もなく森を離れていった。
(あいつらがいちゃ、余計に姫さん殺すとか無理だろ。まぁ……旦那いる時点で俺にも結構キツイんだけどな…。さて、と…先ずは律儀に戻ってやりますか。姫さんのお望みの通りにね。……つーか…例の化け物に全然出くわさねぇな。ありがてぇけど………なんでだ?)
一抹の疑問を抱きながらも火狼は自分が殺すべき標的、弐の姫である蓮姫、そしてそのヴァルであるユージーンの待つ禁所へと戻って行った。
火狼がアーチ目掛けて走っている時も、あのキメラは一切見なかった。
蓮姫達が初めてあのキメラに会った時のように、アーチや禁所に近寄れば……他者の侵入を阻むように現れるかもしれない。
そう考えていた火狼。
しかしそんな彼の予想は見事に外れ、すんなりとアーチが見える場所まで戻ってしまった。
(ありゃ?もう禁所に着いちまったのか?…なんかアッサリし過ぎて拍子抜け………誰かいんな。…あれは……姫さんとアーシェちゃん?)
火狼はゆっくりとアーチの内側に回り込み、茂みから彼女達を盗み見る。
蓮姫もアルシェンも、その表情は暗く一口も言葉を発しない。
(なんだ?大婆になんかされたか言われたか?随分暗い雰囲気だな、二人とも)
「………ごめんね。アーシェ」
ポツリ、と蓮姫が呟いた謝罪の言葉に、アルシェンは彼女の方へと顔を向けた。
「私……何も知らなかった。何も知らないのに知ったかぶって、勝手にアーシェ達の触れて欲しくない部分に…ずかずか入り込もうとした」
「蓮…謝らないで」
「うん。本心は謝りたくなんかないんだ。弐の姫である私が謝って終わる問題じゃないから」
謝りたくない訳ではない。
謝って済ませようと思われるのも、自分が謝る事で少しでも自分自身救われるのも蓮姫には嫌なのだ。
彼女は勿論、当事者ではない。
しかし弐の姫であるという理由が、彼女を無関係にはさせてくれない。
そして蓮姫自身もユージーンに言われたとはいえ、アーシェ達をはめようとした事が許せなかった。
「でも……謝る以外の…ごめん以外の言葉が出てこないの」
「蓮。貴女が謝る事なんて何もないわ。確かに私達は……先代の女王陛下も…今の女王陛下も…憎いと思う」
禁所に閉じ込められ、先祖も自分達の親類も人らしからぬ扱いを受け続けてきた。
そしてソレは、今も続いている。
「私の母を殺したのは女王。直接手を下した訳ではないけれど……キメラになったのは彼女のせいだもの。父は母を失ってからも男手ひとつで私を育てようとしてくれた。でも…母を失った悲しみで病に倒れ…そのまま……」
俯きながら拳を握り締めるアルシェン。
声も体も少し震えている。
怒りと悲しみで。
「私から両親を奪った女王を…私は許せない。それに……私と同じ思いをした人は、このアビリタには何人もいる。親を…兄弟を…子供を…友達を……みんな…大切な誰かを奪われてる」
アビリタにいる能力者は全体の約半数。
能力者じゃない者でも、家族や友人が能力者であり、また能力者であれば女王による実験の犠牲となるだろう。
後の事を考えて女王の勅命を逃れられても、その子供が能力者ならば……。
この村の者達は一人も例外無く、何かを失うのだ。
「そんな女王も、近い将来女王になると言われる壱の姫も…私は嫌い。女王となる人は、私達から何かを奪うだけだもの」
初めて聞くアルシェンの本音に、蓮姫は何も言えなかった。
「弐の姫が現れた事も知ってたわ。でも…何も感じなかった。姫が増えても私達には関係ない。村人の中には、姫同士で共倒れしてくれれば……そのまま新しい女王も現れずに、今の女王も想造力を失ってしまえばいい。そう思う人達もいたけれど…」
そう思うのは当然の心理だろう。
だが、それを咎める権利が誰にあるのだろうか?
女王に対して『不敬だ!』『反逆行為だ!』そう唱えるものもいるだろう。
何も知らぬ者達ならば。
しかし何も知らぬ者には、そんな権利などあるはずもない。
今まさに話題に上がった弐の姫である蓮姫にも、だ。
「………でもね…。蓮に会って…蓮と一緒に話したり、ご飯を作ったりして……貴女と過ごすうちに…私は…貴女が好きになった」
「……アー…シェ…」
「本当に全然違う。私が今まで聞いてきた女王や姫と。こんなに私達の事を真剣に考えて…こんなにも私達の事で悲しんでくれる人を……私は嫌いになんてなれない」
蓮姫の方を見ながら話すアルシェンの瞳には、涙が浮かんでいた。
そして笑顔も…。
「ねぇ、蓮。貴女のような人が姫ならば……貴女が女王となれば…世界は変わる?」
「っ!!?わたし……私はっ!」
アルシェンの問いかけに、蓮姫は彼女へと詰め寄りながら思いのたけを告げた。
「私は!何も知らなかったの!ただ王都で、公爵邸で暮らしてただけ……。何も考えないで、何もしないで…その結果…大切な……大切な友達を死なせてしまった…」
王都において、彼女を最後まで慕ってくれた小さな友人。
ただの一度も、彼女を見限る事無く……自分の味方でいてくれたエリック。
ユリウスやチェーザレのように力も無い、飛龍大将軍のように権力も無い、ただの庶民の子供。
そう、エリックはただの、普通の子供だったのだ。
そんな子供に、蓮姫は救われた。
しかし
蓮姫はその子供を…エリックを救う事は出来なかった。