アビリタを探れ 6
大婆は静かに語り出した。
時を遡る事、約500年前。
現女王、麗華が即位して初めて能力者の子が産まれた頃。
産まれた子は直ぐに、母である女王の手によって子を残せない体にされた。
それは自分の子を誰よりも深く愛する、麗華の望む事ではなかった。
しかし民衆は、この世界の麗華以外の人間は、能力者が増えない事を望む。
女王から能力者が産まれる事は許されても、その能力者から更に能力者の子が産まれる事は許されない。
彼女は母としてよりも、女王として生きねばならない。
女王から能力者が産まれる仕組み、理由、それらは全て明らかにされていない。
女王自身も、子供が能力者かどうかなど、妊娠しただけではわからないのだから。
それでも、麗華は諦めなかった。
麗華という女王は自分の子は、能力者であろうとも深く愛情を注ぐ。
だからこそ、能力者という理由で自分の子が子を残せない、他人から忌み嫌われる事が許せなかった。
そんな彼女が目をつけたのが、このアビリタの村人達。
彼等を使って能力者についてのあらゆる実験を行う事を決めた。
自分の子供と同じ能力者を。
自分と同じ能力者の子を持つ親を。
彼等を利用しようと。
麗華とは子を愛し、民を愛し、平和を愛し、愛した者達と健やかに暮らす事を望む女王。
だが、それは彼女に愛された者に限られる。
アビリタの者達は彼女に愛されなかった。
外界から隔離された先々代女王の御落胤達は、彼女の民ではなかったのだ。
アビリタの者……それも能力者は、女王の命令によって有無をいわさず実験材料とされた。
秘密裏に派遣された軍の者も、相手が能力者というだけで疑問も持たずソレを遂行してきたのだ。
どうすれば能力者が産まれないか。
どうすれば能力が消えるのか。
全ては愛する我が子の為。
そういえば聞こえはいいかもしれない。
だが、それにより出た犠牲は大きく、行われたのは非情な行為。
初めは些細な実験ばかりだった。
しかし何をやっても結果が出ない実験は…次第に……内容が過激していった。
拷問を与え続けたら能力は消えるのか?
能力者に食事を一切与えずに衰弱させたら能力は出ないのか?
能力者の目の前で子供、もしくは親を惨殺したら精神的ショックで能力が無くなるのでは?
千里眼や動物と話せる能力者は、その能力の象徴である目や口を潰したら?
他の動物、魔物と組み合わせたら人格と一緒に能力も薄くなるのでは?
他にも妊婦や乳幼児にも、おぞましい実験が行われた事もある。
そうして実験が繰り返された結果、当時数百人いたアビリタの数は瞬く間に減っていったのだ。
ご丁寧に後々(のちのち)の実験を考えて、能力者を常に半数は残して。
「…………酷い…」
大婆の話を聞く蓮姫からは、ポロリと涙と一緒に言葉が零れた。
それ以外の言葉は出てこない。
無意識に出た言葉だった。
しかし、それがかえって大婆の逆鱗に触れる。
「……酷い…じゃと?酷いじゃとぉ!!?そんな言葉で済むと思っておるのかっ!?貴様のような偽善者が一番腹が立つっ!忌々しいっ!貴様も同じ穴のムジナじゃ!弐の姫ぇええ!」
杖を蓮姫に向かって振り下ろそうとした大婆だったが、ソレを必死でアルシェンが止める。
「大婆様っ!!落ち、着いて、下さい!!大婆様っ!!」
「ええいっ!離せっ!!離さぬかぁっ!!」
蓮姫は自分を守ろうと、直ぐにでも腕から飛び出して大婆を襲おうと暴れるノアールをギュッと抱きしめる。
アルシェンが後ろから羽交い締めにする格好で、大婆を止めている中、蓮姫はアルシェンを見た。
彼女も…彼女の母も……同じ犠牲者なのだろう、と。
少しすると大婆も落ち着き……いや怒りはまだ爆発しそうだが、ドカッ!と椅子に座り直した。
アルシェンは大婆に注意しながら、また暴れても止められるように、椅子には座らず後ろに立っている。
「アーシェ……貴女のお母さん…も…?」
「っ!!………えぇ。母が死んだと言うのは…嘘なの。母は…私が子供の頃に……キメラに埋め込まれた。あのキメラは…ずっと続けられている実験。母だけじゃなく、他の能力者も入っている。それでも……各々の能力は、完全には消えていない」
「人格も少しだが残っておる者もいる。その殆どが女王への恨み。憎しみじゃ。じゃからこそ!ソレを逆手にとってやるんじゃ!お前さんはどうせここから出られんから全て言うてやる!あのキメラは儂らの希望!あのキメラを使って!女王を殺してやるんじゃあ!!」
全てが繋がった。
あのキメラの存在。
大昔から禁所付近にいる理由。
アビリタにとっての希望という意味。
キメラにアルシェンの母の顔があった理由。
このアビリタが……どれだけ女王を憎んでいるか、が。
しかし、この大婆の発言は蓮姫にも見過ごせない。
「ま、待って下さい!そんな事をしたら!反逆罪で村中の人が罪に問われます!」
「だからなんじゃ!女王さえ殺せればそれで良いっ!アビリタの者は全員その思いで今日まで生きてきておるっ!」
「む、村には能力者じゃない人も!老人や子供だっているんですよ!」
「その通りじゃっ!老若男女!全てが女王を恨んでおるっ!無関係な者など誰一人おらぬわぁ!」
「そんなっ!大体あのキメラだって!大婆様に従うとは限らないじゃないですか!?今だって何処にいるのか!?村人だって迷い込んだ旅人や王都の軍人達も襲ってるんでしょう!?村人にとっても!大婆様にとっても危険なだけじゃないんですかっ!?」
「…………なに?…弐の姫……今なんと言った?」
「……蓮?」
「え?で、ですから……あのキメラは…大婆様にも危険…なんじゃ」
蓮姫にとっては当然の疑問であり、大婆を止めようと必死に出した言葉の数々。
だが、その中に蓮姫も気づかない彼女の失態を表す言葉があった。
「弐の姫…お主……儂にハッタリをかけたな?」
「っ!?な、何のこと…ですか?」
「ヒヒヒ、ヒヒ……ヒハハ!ヒャ~ヒャヒャッ!流石は弐の姫じゃのぉ!ハッタリで儂からキメラの秘密を出し、儂をわざと逆上させて儂らの目的まで吐かせようとはなぁっ!」
大婆が勝手にキレて女王暗殺を喋っただけだが…。
しかし、蓮姫がハッタリをしかけた事は何故かバレてしまった。
(な、なんで急にバレたの!?何がいけなかったんだろう!?このままシラを……でも…バレてるんだったら今更…。だけど話はまだ終わってない!どうすれば!?)
蓮姫が必死に、どうこの場を切り抜けるか考えていると、大婆はガタリ、と椅子から立ち上がる。
「弐の姫。お主にはもう何も話す事は無い。何も、じゃ。早々に出て行くがいい」
「お、大婆様!?騙していた事には謝ります!でもっ!」
「何も言うでない。何を言おうとも…お主の言葉は、もはや信ずるに足りん。さっさと出て行くんじゃ」
自分で招いた種。
大婆がこう言うのも無理は無いだろう。
ただでさえ、女王や姫に対して偏見の強い者を騙したのだから。
それがどんなに些細で、小さな事でも、蓮姫は元々無い信用を更に自分で下げてしまったのだ。
こうなれば話を聞く事も、聞いてもらう事も出来ない。
蓮姫は一礼だけすると、ノアールを抱えてドアへと向かった。
アルシェンは大婆と蓮姫を交互に見た後、アーチへと案内する為に蓮姫の後を追った。
「待て、アルシェン。お主はここに残れ」
「………ですが大婆様。蓮…弐の姫にアーチの場所へと案内する、と私は約束しました」
「アーシェ」
律儀に約束を守っているのか?内心、蓮姫を軽蔑しているのか?
ソレはわからないが、蓮姫はアルシェンの言葉が嬉しかった。
大婆よりも自分を優先しようとする彼女の行動が嬉しかった。
「アーチでも何処でも案内するがいい。じゃがの…ちと話がある。なに、簡単な頼み事じゃ」
「………」
にま~…と、魔女のような笑みを浮かべる大婆に、アルシェンは不機嫌さを隠す事なく顔を歪める。
何かを企んでいるような、ロクな事を考えていない、その笑みをアルシェンは子供の頃から知っていたからだ。
「弐の姫。お主に用はない。さっさと出るがいい。話が終わればアルシェンは外に出すでな」
「………蓮。先に外で待っててくれる?」
「ぅ、うん。では大婆様、失礼します。それと……騙してしまい…本当に申し訳ありませんでした」
「ヒヒヒ。『反省は猿でもできる』という言葉があるが、ホントにそうじゃなぁ。悪いと思うなら、黙ってさっさと去ね。お主の声を聞くのも耐え難い儂には、それが一番の礼儀じゃろうて」
蓮姫が扉を出るまで大婆は嫌味を投げかけた。
バタバタと怒り狂うノアールを必死に抱きしめながら、蓮姫は口を噛み締めて外へと向かった。
残されたのは大婆とアルシェンのみ。
大婆はゆっくりと、アルシェンへと語りかけ………いや、命令を出した。
「そんなっ!!何故です!?大婆様っ!?」
「弐の姫である事以外に理由が必要かえ?」
「蓮は他の女王や姫とは違うと言ったではありませんかっ!さっきの話だって少しハッタリをしただけです!蓮は……蓮は心からアビリタを!私達を案じてくれているのにっ!!」
「それが事実でも…儂らには屈辱でしかない。どう転ぼうと儂の考えは変わらぬぞ」
「大婆様っ!!」
「アルシェン。アビリタの者ならば理解せよ。お主の能力ならば……お主ならば容易いじゃろう?」
「っ!?…そんな…友達なんです。…蓮は……私の友達なんですっ!!」
「そんな下らぬ情など、お主には必要ない」
「っ、でも……」
「よいか。今一度言う。今夜、弐の姫を殺すんじゃ」