アビリタを探れ 5
だが、蓮姫の方が有利になった訳ではない。
ハッタリは確かに効果的だったが、これから下手な事を喋れば、直ぐに嘘なのがバレる。
相手に勘づかれずに、上手く聞き出さなくては意味がない。
「大婆様……失礼とは思いますが、直接大婆様の口からお聞きしたいのです。あのキメラの事を」
「……儂の言葉など不要じゃろぅ?お主が聞いた話がどのような物かは知らぬが…村の者が話したのであれば……事実じゃろうて」
(むしろ村人の話じゃ全然わからないから聞いてるんですが……どうしよう。ハッタリが効き過ぎちゃったのかな。もう全部知ってるなら一々聞くなって思われてるよね)
大婆は何も語ろうとはしない。
蓮姫は頭の中をフル稼働して、なんとか聞き出せないか、何か繋がる話題は無いか必死に思い出そうとする。
「話はそれだけかぇ?ならばさっさと去ね」
「そうですか……わかりました。あのキメラは、このアビリタの希望…そうやすやすと他人には話せないでしょうから」
「ふんっ!儂らを攻めるような言い方はやめるがいいっ!!元々はお主らのせいじゃっ!お主ら姫や女王が!能力者なんぞを産むからではないかっ!!」
大婆は杖を振り上げたかと思うと、先端を蓮姫の鼻先へと突き付けて怒鳴った。
いきなりの出来事に、蓮姫も目をパチパチとさせて汗を流す。
古びた木製の杖とはいえ、本気で刺されるかと思ったからだ。
そんな蓮姫に構わずに怒鳴り散らす大婆。
慌てて後ろからアルシェンが抑えるも、しゃがれた声をわんわんと出しながら暴れる仕草は、百歳超えとは思えぬ程だ。
「お主らはっ!貴様等女王や姫はいつもそうじゃっ!自分の子供ならば溺愛しても、他の能力者なんぞは邪魔か道具としか見やしないっ!脅威となる前に潰すか実験材料にしちまうんじゃからなっ!」
「大婆様っ!落ち着いてくださいっ!蓮は今までの女王とは違いますっ!!」
「違ったらなんじゃ!?どうせ弐の姫じゃろうがっ!女王にもなれんのなら構わんっ!おおっ!一つだけ言わせてもらおうっ!子供なんぞは絶対に産むでないっ!女王となれぬとも産まれた子供が能力者なら儂らと同じ!悲惨な人生を歩む事は明白じゃからなぁっ!!」
口を挟む暇も無いほどに、大婆のマシンガントークが繰り出される。
しかし蓮姫は、ただ聞いていただけではない。
確かに今、大婆は重要な単語を出したのだから。
(実験…材料?………キメラを作ったのは…この人達だと思ってたけど……なんか…違う)
アビリタの者達にはキメラを造る理由も、女王や世界を恨む道理もある。
だからこそ、全ては彼等の仕組んだ事だと思い込んでいた。
しかし…その考えはどうも違うらしい。
(そもそもキメラは…女王の許可が必要だし…勝手にこの人達が造ったら直ぐに陛下にバレちゃう。王都の軍や貴族までちょくちょく来てるのに………待てよ……女王の許可……材料…っ!?まさか…)
蓮姫はふと浮かんだ自分の考えを、ブンブンと頭を振って振り払う。
しかし、もしそうなら……大婆がここまで取り乱すのも、アルシェンが黙り込んだのもわかる。
だが……蓮姫には信じられない。
それでも、その可能性が捨てきれないのであれば、蓮姫には確かめずにはいられない。
真実が何なのか……弐の姫として…知らなくてはならない。
「大婆様。今一度言います。大婆様の口から真実をお話下さい。私には……まだ信じられないのです」
「信じられぬとは?どれの事じゃ?」
「全てです。あのキメラの事も…このアビリタの村人達の事も……そして……」
蓮姫はあえて最後の一言を口にしなかった。
それは大婆の興味を引く為。
そして、蓮姫自身が彼女が関わっている、と信じられなかったからだ。
「そして?なんじゃ?女王の事も信じられぬと?ヒヒ……ヒィーッヒヒヒヒヒヒ!!何が信じられぬじゃ!?やはり弐の姫!愚かな小娘よのぉ!!あの忌まわしく汚らわしい売女の本性を見抜けぬのだからなぁ!!ィイヒィヒィヒィヒィヒィ!!」
狂ったように笑い叫ぶ大婆の姿。
だが蓮姫は、大婆のその姿よりも、今の言葉の方が衝撃だった。
(やっぱり……あのキメラには…陛下が関わっていたんだ)
ずっと疑問だった。
何故このような禁所に、あの様な化け物が…キメラがいるのか?
女王の許可無くば造ることは許されない存在。
しかし禁所の人間は外界から隔離され、定期的に軍からも監視が派遣されている。
そのような場で、禁所に追いやられた身で、何故わざわざ女王の怒りを買う真似をするのか?
女王にバレずにどうやって?
そう考えていた蓮姫。
だが、現実は逆だった。
女王こそがキメラを造らせた張本人。
それも現女王である麗華が関わっているのは、今の大婆の言葉で確定した。
「私の知る陛下からは……想像も出来ませんでした。だからこそ…大婆様から、詳しい事情を知りたかったんです」
「…聞いて何になると言うんじゃ?」
「私は…何も知らない。能力者の事も…禁所の事も……あのキメラの事だって知らなかった。無知だからこそ……ちゃんと知りたいんです。弐の姫として」
「………蓮…。大婆様、先程も言いましたが…蓮は他の女王や姫とは違います。蓮は…信用できます」
大婆は暫く蓮姫とアルシェンを見つめると、急に踵を返し奥へと進んで行った。
「大婆様?」
「ついて来るがいい、弐の姫。そんなに知りたいと言うのなら、いくらでも教えてやる。お主が目指すモノのドス黒い真実をのぉ」
大婆について行くと、簡素で古ぼけたテーブルと椅子、それとランプだけがある暗い部屋へと辿り着く。
一応そこは客室らしい。
欠けたティーセットも置いてあるが、蜘蛛の巣が張っている事から長らく使われていないようだ。
「座るがよい、弐の姫」
「失礼します」
大婆に促され、蓮姫とアルシェンは腰をおろす。
床もホコリっぽく、足跡まで残った為、蓮姫はノアールを抱き上げると自分の膝の上へと下ろした。
「…して……何が聞きたい?」
「全てです。あのキメラの事は…全てを教えて頂きたいんです。……アーシェのお母さんの事も」
「っ!?……知って…いたの?」
「ごめんなさいアーシェ。昨日写真で見たアーシェのお母さんの顔が…キメラについていたから」
謝る蓮姫だが、アルシェンは何も語らずにギュッとスカートを握り締めていた。
蓮姫も本当は話しをするつもりもなかった。
しかし彼女の母までが犠牲になったのなら、そのいきさつまで知るべき。
そしてアルシェンに黙って、後で大婆に聞くよりは、彼女の前でちゃんと聞くべきだと思ったから。
それは彼女を傷つける事になるかもしれない。
だが、このアビリタに入り、あのキメラに出会ってしまったのなら、蓮姫は遠からず知る事になっただろう。
「よかろう。アルシェン、お主もよいな」
「………はい、大婆様」
「………始まりは…我等が始祖…シスルがこのアビリタに閉じ込められた時からじゃ。シスルはこの禁域にて、王都に居た頃より孕んでいた子を産んだ。能力者の娘をの」
「………どんな能力者だったのか、お聞きしても?」
「当然の疑問じゃな。……その娘の能力は多産。一度に数人から十数人の子を産み落とす事が出来た。その娘は義理の兄……シスルの夫の連れ子との間に数十人の子を産み落としたのじゃ。能力者も、そうでない者ものぉ」
「多産の能力………それにより…アビリタの人口は増えた」
「その通りじゃ。その頃はまだよい。しかし、その能力のせいでアビリタの半数以上が能力者となった。先代女王はアビリタに子が産まれる度に訪れたらしい。シスルと同じ能力か、もしくはそれ以上に危険な能力かを確かめにのぉ」
何故先代女王はそこまで能力者を恐れたのだろう?
いや、正確には彼女が恐れたのはシスルの能力……嘘を暴くという心理的な能力を恐れたのかもしれない。
「その……失礼ですが…先代女王は能力者に対して…何もしなかったのですか?」
「……ご丁寧に言わんでもいい。『殺さなかったのか?』とハッキリ言いたいのならば言うがいい。しかし…先代女王はその様な事はしなかった。儂ら能力者を恐れ、忌み嫌ってはいたが…出来なかったのじゃ。シスルとの契約があったのでのぉ」
「契約?」
「アルシェン……そこの壁に額があるじゃろう。外して持って来るんじゃ」
大婆に言われ、アルシェンは壁にかかっていた額を取り外すと、テーブルへと置いた。
額に入っていたのは一枚の手紙……それも血で書かれた物。
「大婆様…これは一体?」
「シスルと先代女王の交わした契約書じゃ。所々滲んだり破けておるがの…『快く禁所へ追われてやる故に我が一族には女王とて決して手を出さない』と……簡単に言えばこうじゃな。コレはシスルと先代女王の血を混ぜてシスルが書いた物。【血の盟約】ほどではないが、もし破ればそれ相応の犠牲が出る」
「だから……先代女王はアビリタに手を出さなかったんですね。いえ、この場合…出したくとも出せなかった…の方が正しいかもしれませんけど」
この契約があるから、シスルはすんなりと禁所へと移されたのだろう。
先代女王の娘としての王都で華やかな暮らしを捨てたのも、何か理由があったのかもしれない。
「『アビリタ』というのはシスルが死ぬ前に名付けたという。その名の通り『能力者の村』という意味を込めて」
「村の半数以上が能力者の村。………でも…待って下さい。シスルさんの娘はその後も子供を産んで、更にその子供達もお互いが子を残していったんですよね?…なら…何故今のアビリタには50人程しか村人がいないんです?」
ユージーンやユリウス達の話によると、現女王の麗華が王位についたのは約500年前。
そして先代女王は愛しい男、ユージーンに不死の呪いをかけた為に他の女王より長くは生きていないが……恐らく200年か300年は生きていたはず。
そしてユージーンが眠りについていたのは約800年。
つまり、先代女王が王位についたのは800年ほど前の事だ。
800年もたてば、小さな村でも人口が増えてそれなりに賑わうはず。
だが、先程も蓮姫が言ったように、今のアビリタにいるのは50人程度。
これはどういう事なのか?
だが、蓮姫のその一言が、再び大婆の怒りを買った。
わなわなと全身が震え、目も軽く血走りながら大婆は怒鳴り散らした。
「全てっ!!全て今の女王のせいじゃっ!!えぇいっ!!忌々しいっ!忌まわしく憎たらしいっ!殺しても殺し足りんっ!!」
大婆は枯れ枝のような指を握り締め、テーブルに何度もダンッ!ダンッ!!と打ち付けながら叫ぶ。
「あの女がっ!!自分の子供の為にっ!儂らをっ!人とは思えぬ所業を村人達にしてきたのじゃあっ!!」
「お、大婆様っ!!落ち着いて下さいっ!」
アルシェンが必死に止めようとするも、今の大婆には何も聞こえていない。
ふいに拳を開くと、ビッ!と蓮姫に人差し指を突きつける。
あまりの剣幕に蓮姫は冷や汗が止まらず、ノアールは蓮姫に抑えられながらも、大婆に噛み付きそうな勢いで跳ねていた。
「キメラについて知りたいと言ったなっ!愚かな弐の姫よっ!教えてやるわいっ!!あのキメラは!今の女王が造ったものじゃっ!自分の子供の能力を消す為にっ!同じ能力者である儂らを材料として!あの化け物は………あの化け物はぁっ!女王が我が子可愛さに人体実験した、この村の能力者のなれの果ての姿じゃあっ!!」
「っ!!?そ、そんな…」
衝撃の事実にただ呆然とする蓮姫。
彼女の脳裏には、美しく微笑む麗華の姿が浮かぶ。
蓮姫の知る麗華は、この世の誰よりも美しく、気さくで、自分達の目標となる大先輩。
そして何より、息子達を深く愛する女性だった。
「わからぬ…信じられぬというかおじゃのぉ」
「………大婆様…教えて下さい。どうして…陛下が…そんな酷い事を…」




