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アビリタを探れ 4


-大婆の家-


大婆の家の前で、蓮姫は地面に下ろしたノアールと一緒に、アルシェンを待っていた。


大婆の家にたどり着いた時、アルシェンから『私が先に大婆様にお話をしてくるから、ここで少し待ってて』と言われた為である。


蓮姫はそこらで拾った小枝をノアールの前で左右に振り、ノアールは楽しそうにソレにじゃれている。


時々村人が蓮姫の方を見て睨んだりヒソヒソと話をしているが、その度にノアールはじゃれるのをやめて、村人達へと威嚇(いかく)する。


仔猫とは思えぬ眼光の鋭さと怖さに、村人達はさっさとその場から逃げ出すように離れた。


ユージーン達の言う通り、ノアールは蓮姫をしっかりと守っていたのだ。


しばらくすると……


ガチャ


「蓮。大婆様に許可を頂いたわ。中に入って」


「ありがとうアーシェ!さっ!ノア、行くよ」


蓮姫はノアールを抱き上げると、アルシェンへと続く。


ここでの彼女の役割は、ユージーンや火狼と同じ情報収集。


そしてユージーンがなるべく多くの事を探れるように、アルシェンをこの場に足止めしておく事。


口八丁(くちはっちょう)のジーンと違って、上手く大婆様からキメラやこの村の思惑を聞き出すのは、私には難しいかもしれない。それでも……私が聞き出さなきゃ)


蓮姫は決意を胸に、大婆の家へと足を踏み入れた。


が、踏み入れた瞬間に後悔した。


家の中とはいえ、早朝だというのに、ドアの向こうは不気味な程に薄暗かった。


窓の殆どを締め切っているのか、外からの光が一切入っていない。


元々森の中にあるこの村だが、朝や真昼などは太陽の光がさし込んでいる。


だが、そんな朝の恵など一切いらない、とでも言うようにこの家は外界の光を遮断していた。


真っ暗な部屋の中、ぼんやりと燭台の火が灯り、それが余計に蓮姫の気を滅入らせる。


アルシェンの家よりも遥かに古いのだろう、あちこちで木の軋む音が響く。


カビ臭く、埃っぽい、古臭い古民家そのものだ。


(く、暗ぁ~。何ここ?こんな所で大婆様って暮らしてるの?……魔女っぽいもんなぁ…あの人…)


蓮姫の脳裏には、引き攣ったような笑い声を上げて大釜をかき回す大婆の姿が浮かんだ。


(こ、怖ぁ!!)


「蓮、大婆様はこの奥に……………どうしたの?」


「う、ううん。なんでもないよ」


あまりにも青ざめて引き()った顔をした蓮姫にアルシェンが声をかける。


その言葉には心配も込められていたが、それは彼女の表情というよりも、あまりの蓮姫の引きっぷりにだ。


自分の頭の中にある魔女のイメージを払拭するように、ブンブンと首を振りながら蓮姫もオーバーリアクションで答えた。


「そう?ならいいけれど…。……蓮、大婆様はアビリタで一番、女王や姫に対する執着も嫌悪も強い方よ」


「まぁ……そうだよね」


蓮姫は初日の大婆の態度を思い出しながら、から笑いで答えた。


元々、女王によって無理矢理外界から隔離されたアビリタ。


長年生きてきた大婆ならば、他の者よりも恨みが募っていてもおかしくはない。


蓮姫の人格だとか、彼女が当事者ではないとか、そんなものは関係ないのだ。


ただ、女王という存在、女王となる未来を持つ姫という存在が憎い。


「私は大丈夫だよ、アーシェ。弐の姫だもん。嫌われるのには慣れてるから。心配しないで」


「蓮……そんな悲しい事を言わないで。そんな思いをしてまで…どうして姫であり続けるの?姫が複数いる場合は辞退だって出来る、と聞いたわ。それなのに……何故?」


「まぁ、逃げようと思えばいくらでも逃げられるんだよね。姫なんて、さ」


自嘲的な笑みを浮かべながら蓮姫は答えた。


今すぐ王都に戻る……もしくは麗華との約束の日を破れば、自動的に時期女王候補からは外される。


そんな面倒な事をしなくても、弐の姫ならば『姫を辞めたい』と言えば、喜々として受け入れられ、壱の姫が女王となる日まで隔離されるだろう。


彼女自身、友を失った悲しみで現実から逃げた事もある。


忌み嫌われ、命を狙われ、姫を辞めたいと何度思った事か。


その度に


脳裏に浮かぶ者達。


自分を慕ってくれた友人。


自分を信じてくれた人達。


自分に仕える者。


「でもさ、逃げちゃったらいろんな人を裏切っちゃう。それだけは……絶対にしたくない」


「………蓮」


「姫から逃げるって事は、その人達の期待……気持ちから逃げるって事になる。それはしたくないし、絶対にしない」


満面の笑みで、しかし瞳だけは強い光を秘めて、蓮姫はアルシェンへと告げた。


「だから私は……自分が姫である事から…絶対に逃げない」


それはアルシェンに対して…というよりも自分自身に投げかけた言葉でもあった。


「さて……大婆様とご対面といきますか!」







「こんなあばら家に…わざわざよう来たの………弐の姫」


「……大婆様。お言いつけを破り、申し訳ありません」


「儂の言いつけを…破る?…ヒヒヒ……ヒィーッヒッヒッヒッ!!弐の姫が、女王となる野心を抱えた娘が!こんな老いさばらえた婆の戯言をまともに守るなんぞ最初(ハナ)から期待しとりゃせん!」


蓮姫が頭を下げながら告げた言葉に、さっそく嫌味で返す大婆。


ノアールは大婆の言葉に憤慨(ふんがい)し、全身の毛を逆立てて威嚇する。


言葉のわかるノアールは、主を馬鹿にされたと怒り心頭だ。


いつ巨大化して、大婆の喉元を喰いちぎるともしれない。


蓮姫がノアールを宥めるよりも、先に大婆が口を開いた。


「ヒッヒッ……サタナガットまで連れておるとは…このしなびた(ばばあ)を喰らうつもりで来たか?女王でなくとも姫ですら、儂等が邪魔で忌まわしいと感じておるらしい」


「そんなつもりはありません。ただ、大婆様に……いえ、大婆様とお話したい事があります」


「ヒヒヒ。魔王にしか飼い慣らせん魔獣を連れた姫……どんな厄介事を持ってきたんじゃ?」


大婆に見つめられ、ノアールは低く唸る。


蓮姫が口ぱくで、ダメ、とノアールに伝えていなければ、直ぐにでも飛びかかっていただろう。


「大婆様……差し出がましいようですが、蓮は姫としての礼を尽くしています。アビリタの長…そして先々代女王の血を引く者として、そのような無礼…いかがなものでしょう」


あまりの大婆の態度に、黙っていたアルシェンも口を挟んだ。


大婆はアルシェンをギロリと睨む。


「アルシェン……お主の最近の言動は目に余るのぉ。儂に歯向かうどころか、弐の姫に肩入ればかり。アビリタの者としての誇りが失せたか?」


「大婆様。私がアビリタの者であり、逃れられない運命に囚われた能力者である事は…大婆様が一番、御存知かと」


「……わかっておるなら良い。その事…夢々忘れるでないぞ」


大婆は睨むように、釘を刺すようにアルシェンへといい放つ。


アルシェンは頷く事も、首を振る事もせずに、ただ大婆を見返していた。


二人の会話についていけない蓮姫。


しかし、アルシェンが能力者である事は、これで確定した。


「………して……弐の姫よ。村の外れにあるアーチをくぐる為に、アルシェンの家から出歩く許可がほしいんじゃったな?」


「は、はい。そうです。」


急に自分の話題に戻され、蓮姫はビクッ!と肩を震わせながら答える。


「構わん。アーシェ以外の村人と関わらぬのであれば。どうせアーチまで行こうと何も変わらぬ。お主らはアビリタから出られぬだろうよ」


大婆の言葉には『お前が何をしても意味がない』と含められていた。


それに対してアルシェンは再び表情を険しくし、ノアールは大婆に対して威嚇の体制をとる。


しかし蓮姫は予想できた、とでもいうように穏やかな笑みを絶やさなかった。


何事(なにごと)もやってみなくてはわかりません。私はアビリタから出て、成さねばならぬ事があります。何としても外に出なくてはならないので」


「弐の姫風情が偉そうに吠えるのぉ?所詮は女王となる素質を持つ娘。弐の姫ごときには無謀だというに、世界の頂点という愚かな夢にすがるか」


「確かに…現状弐の姫、私が女王となるには難しいでしょう。でも、だからといって諦めるつもりも毛頭ありません」


大婆の挑発的な態度に、同じ様に答える蓮姫。


挑発に乗りムキになった言い方をしてしまったが、コレが蓮姫の本心。


どんなに理不尽な目にあおうと


どんなに人々に忌み嫌われようと


彼女は女王となる為に歩みを止めない。


信じてくれた者達の為に。


「しかし大婆様。仮に直ぐにアーチをくぐれたとしても、私達にはまだ懸念(けねん)材料があります」


蓮姫の発言に、大婆の白く薄い眉がピクリと動く。


どうやら大婆も次の彼女の言葉が予想出来ているらしい。


「あのキメラについて……教えて頂きたいのですが」


「はて?キメラとは?弐の姫が何を言うておるのかのぉ?」


「私達は森の中で、ある恐ろしい獣に襲われました。 魔獣とも違う……色々な獣が合わさったモノ」


「お主らが何に襲われようと儂らには関わりない。キメラじゃと?女王の許可なくば造れぬモノ…女王と関わる事すらない、儂らが何を知っとるというのじゃ?」


あくまでもシラを切る大婆。


このままでは何一つとしてわからない。


蓮姫は早めに奥の手を出す事とした。


「あのキメラについて、調べはついています。村人と会話はしていませんが……偶然、話は聞こえてきたんです。とても信じられない…でも、信憑性の高い」


「…………………」


「…………………」


蓮姫は火狼を使って村人から聞いた、という事実。


そしてユージーン直伝の大袈裟な煽り。


つまり、ただのハッタリだ。


いかにも真実を知っている…という蓮姫の言葉に、大婆とアルシェンは黙り込む。


それは(すなわ)ち、蓮姫の嘘に気付かず、また蓮姫の言葉に真実味がある事へと繋がる。

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