アビリタを探れ 3
蓮姫達は大婆の命令で、勝手にこの家から離れる事は出来ない。
ソレを条件に村に入った訳だし、ソレを破れば蓮姫達を庇ってくれたアルシェンに迷惑をかける事になる。
だからこそ、蓮姫は今日1日、この家から一歩も外には出なかったのだから。
「うん。でも……ちょっち考えがあるんだよね。…聞いてくれる?二人共」
ニヤリと笑いながら、蓮姫はユージーンと火狼に語りかけた。
「ありがとう、蓮。お客様なのに晩ご飯まで作ってもらっちゃって。とっても美味しいわ、この肉じゃが」
「そう言ってもらって私も嬉しいよ。厄介になってるんだもん。ご飯くらい作らせて」
アルシェンが帰ってくると、既にテーブルには蓮姫が作った夕食が並べてあった。
それを食べながら、女性二人は和やかに話す。
「うんうん。姫さんの料理はやっぱ最高だよなぁ~!このジャガイモの切り方!肉とのバランス!味付けも最高だぜ~!」
「あんた朝、私が作ったサラダが歪とか言ってなかった?」
「姫様。犬っころなんで人様のように自分の発言を覚えてないんですよ」
「いや、覚えてんよ!覚えてっから今まさにフォロー入れてんじゃん!必要以上に褒めまくってんじゃん!!」
「ソレ、私本人を前にして言う?」
「それと姫様。肉じゃがは確かに姫様が作りましたけど、他は全部俺ですよね?」
「………そうでした」
「お!旦那の作った味噌汁も美味いぜぇ!」
「とってつけたように褒めんな。つーか犬に褒められても嬉しかねぇよ」
ギャーギャーと騒ぎながら食事をする3人に、アルシェンはクスリと笑った。
そんな彼女にいち早く気づいた蓮姫。
「アーシェ?」
「ふふ。ごめんなさい。本当に……こんな賑やかな食卓…久しぶりで。……両親が死んでから…ずっと一人だったから…つい、ね」
「……それって…あの写真の人達?」
蓮姫はタンスの上に飾り直した写真立ての方を向きながら、アルシェンへと問いかけた。
本来はもっと高い位置に置いてあったが、テーブルから見えるようにわざと置き直したのだ。
勿論、アルシェンにはノアールが落としてしまった、と説明をして。
「えぇ。あの写真に写っている二人よ 。真ん中は私」
「アーシェちゃん、昔っから可愛かったんだな。美人のお母さん似ってヤツ?あ、でも髪はお父さん似っぽいな?お父さんもアーシェちゃんも髪は栗色だけど、お母さん黒髪だし」
「はい。母に似ているとは子供の頃から言われていたんですが、性格や髪質は父に似たんです」
アルシェンの話から、やはりこの二人は彼女の両親に違いないようだ。
実に自然に聞き出せた、とユージーンは内心ほくそ笑む。
これなら必要以上の事も聞けそうだが……あまり深くまで聞いては、答えてくれないだろう。
そもそもアルシェンは、蓮姫と火狼と違い、ユージーンの事はまだ警戒している。
まぁ、警戒されるような言動ばかりだから仕方ないだろうが。
だからこそ本題に移るべきだ……と、ユージーンは視線でのみ蓮姫へと語りかける。
蓮姫もその意図がわかり、アルシェンへと向き直った。
「アーシェ。お願いがあるんだけど……いいかな?」
「お願い?」
「うん。明日、アーシェと一緒に大婆様に会いに行きたいの」
「え?大婆様に?」
いきなり出た蓮姫の要求に、アルシェンは少なからず疑問を感じる。
大きく動揺したり、頭ごなしに拒否されなかったのは幸運だと蓮姫は言葉を続けた。
「実はね、例のアーチを見に行きたいの」
「アーチを?」
「うん。本当に出れないのかどうか試してみたくて。でも、勝手に行く訳にも行かないでしょう?だから大婆様に許可を頂きたいの」
「そうだったの。でも…それなら私が大婆様にお聞きしてくるわ。勝手に会いに行っては、三人が大婆様からお叱りを受けるかもしれないもの」
やはりそう簡単にはいかないらしい。
アルシェンは単純に蓮姫を心配しているのかもしれない。
それとも大婆に自分が咎められるから嫌がっているのか?
ユージーンは睨むように二人のやり取りを見ていた。
「アーシェ、心配してくれてありがとう。勝手なお願いなのはわかってる。ワガママを言ってるのも。でもね…私はやっぱり、ずっとここに、アビリタに居るわけにはいかない。ソレをアーシェを通してじゃなくて、私の口から大婆様に伝えたいの」
「でも……大婆様はその…この間でわかったように…その」
「人の話をろくに聞きやしないクソババアですね」
アルシェンが言いよどんで……いや、言葉を選んでいる中、ユージーンはスッパリと言い放つ。
直後、彼の脳天に蓮姫の鉄拳が下りたのは言うまでもない。
「アーシェごめんね。このバカの言う事は聞き流して」
「え、えぇ」
「それに、行くのは私だけ。あ、出来ればノアも一緒に行きたいんだけどいいかな?」
蓮姫は足元で魚を食べていたノアールに目線を向けながら話す。
ノアールは自分の名が呼ばれ、ひと鳴きした。
「この子を?でも…この子はサタナガット…よね?蓮だけならともかく…サタナガットを連れていくのは…」
「大丈夫。ノアはいい子だよ。ね、ノア」
「にゃんっ!!」
蓮姫に返事をするように鳴くと、ノアールは犬のようにパタパタと尻尾を揺らした。
(いい子が家の中で暴れるか?姫様はホント、ノアに甘い。俺にもそのほんのちょっとでも甘けりゃいいってのに)
(猫好きって自分の猫には特に甘いしな。姫さんも『自分の猫が一番!』ってタイプなんかね?)
じと…と蓮姫とノアールを見つめながら、男二人は心の中でのみ悪態をつく。
が、口から出たのは別の言葉だった。
そもそも蓮姫が大婆に会いに行くのなら、ノアールが一緒の方が二人にとっても好都合だからだ。
「ノアは確かに凶暴なサタナガットです。しかし、そのサタナガットをいつまでも家の中に閉じ込めてストレス溜め込む方が危険。仮に、それが原因でこの家を出て、他の家に忍び込み暴れるとも限らない。たまには外に出してやるべきでしょう。幸い、ノアは姫様には忠実ですからね」
「サタナガットは仲間意識は勿論だけどよ、主への従順さも魔獣の中じゃ上だぜ。な~んも心配いらねぇよ、アーシェちゃん」
二人に説明され、アルシェンも考え込む。
ふと、蓮姫の足元にいるノアールを見るが、自分が噂で聞いていたサタナガットとは違う。
ただの可愛らしい仔猫の姿。
「わかりました。それなら蓮、明日はノアールを連れて私と一緒に大婆様の元へ行きましょう。……でも…申し訳ないのですが…」
蓮姫の申し出を笑顔で承諾したアルシェンだが、後半は言いづらそうに二人の男の方を見る。
二人もアルシェンが何を言いたいのか気づいた。
「勿論、俺と犬はここから出ませんよ。姫様の帰りを、首を長くしてお待ちしています」
「俺は昼寝でもしてよっかな~。ちゃんと言いつけは守っからさ、安心してよ」
「申し訳ありません。ユージーン殿、火狼殿。では蓮、明日は朝食を早目にとって早くに出ましょう。あまり村人の目につかない方がいいもの」
「ありがとうアーシェ!!良かったねノア!お出かけできるよ!!」
「にゃにゃんっ!!」
嬉しそうにはしゃぐ蓮姫とノアール。
ソレを和やかに見守る他の三人。
アルシェンの目には子供のようにはしゃぐ蓮姫と保護者に見えただろう。
だが蓮姫達は、既に明日の計画を頭の中で描いていた。
蓮姫のすべき事は決まった。
本当ならユージーンも彼女について行きたいところだが、自分が行けば必要以上に警戒させてしまう。
それに蓮姫がまた大婆に何か言われたら、黙っていられる自信もなかった。
だからこそ、見た目は可愛い仔猫でも、蓮姫に忠実で戦闘能力の高いノアールを彼女につけたのだ。
そして蓮姫が側にいないからこそ、彼が自由に出来ることもある。
-次の日-
「それじゃあジーン、狼。行ってくるから、後はヨロシクね」
「すみませんお二人とも。留守をお願いします」
朝食を食べた後、蓮姫とアルシェンは手早く支度を整えると男二人に振り返って声をかけた。
「えぇ、姫様もお気を付けて。ノア、姫様を頼んだぞ」
「うにゃっ!!」
蓮姫に一礼すると、ユージーンはノアールにも声をかける。
ノアールはまるで『任せろ!』というように力強く鳴いた。
「おぉ、おぉ。元気いっぱいじゃん。立派なボディガードで姫さんも安心だな」
「ふふ。そうでしょ?よし、行こう!ノア、アーシェ」
蓮姫はノアールを抱きかかえると、アルシェンと共に家を後にした。
そんな二人を見送るユージーンと火狼。
蓮姫とアルシェンの姿が見えなくなると、二人の男の表情から笑みが消えた。
「わかってんな?」
「もち。俺は今日も村の散策。旦那はアーシェちゃん家を探る…で、いいんだよな」
「あぁ。昨日よりもちったぁマシな情報持って来い」
「旦那もな。せっかく姫さんいねぇんだから、家の隅々まで探してくれよ」
「お前に言われんでもやる。さっさと行け、犬っころ」
ユージーンにギロリと睨まれると、やれやれ、と苦笑いしながら、火狼は狼へと変身し駆け出した。
「…………あいつ…なんか企んでやがんな。まぁ、姫様にはノアもついてるし…下手な事はしねぇはずだが……。今はまず…姫様の憂いを晴らすのに全力注ぐとするか」
一人呟くと、ユージーンは家の中へと戻る。
アルシェンの母親がキメラの材料となったのなら、あのキメラに関する情報があるかもしれない。
それは蓮姫の望みでもあるが、彼女がいれば女性の……しかも自分の友人の部屋を細かく探したり、荒らせば黙ってはいない。
だからこそユージーンは、蓮姫を守る立場でありながら、蓮姫との別行動を受け入れた。
「さぁて……うるさい…いや、細かい姫様もいないし……徹底的に粗探ししてやるか」